動き始めたの歯車
あらすじは出来ていますが、辻褄が合わなくなりそうな時など修正させて頂くこともありますので、あらかじめご了承ください。
遅筆ですが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
『昔々、ある所にとても美しい国がありました。
澄み切った湖には魚たちが泳ぎ回り、鳥たちの歌声が響いていました。
森には色とりどりの草花が咲き、たくさんの実りが得られました。
争い事もなく、みんなが幸せに暮らしていました。
ところがある日、この国の噂を聞きつけ、遥か遠くの国から魔女がやって来ました。
魔女は一目でこの国を気に入ると、自分の物にしようと呪いを掛けました。
木々は見る見る内に枯れ、湖が黒く染まり、子供たちが次々に病にかかりました。
王子は人々を守るために、魔女を森の奥深くに閉じ込めました。
国の災いは取り除かれ、元の美しい国へと戻りました。
王子は深い傷を負い大切な記憶を失ってしまいましたが、姫の愛で元気を取り戻しました。
人々は国を救った王子を英雄と讃え、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました』
「おしまい」
そう言ってルフナが本を閉じると、リゼは布団から少し顔を覗かせた。
「ねぇ、お母様。マジョはどうしてみんなと仲良くしなかったの?」
枕に頭をうずめながらも首を捻るリゼに、ルフナは少し遠くを眺めながら考えた。
「どうしてかしらね?」
「マジョはもう悪いことしないの?」
少し心配そうに眉をひそめるリゼにルフナは微笑んだ。
「悪い事をしようとしても、貴方のお父様がきっとまた倒してくれるわ」
「そう。でも、私は……」
リゼは重たくなったまぶたを閉じると静かな寝息をたて始めた。ルフナが椅子から立ち上がって部屋から出ようとすると、扉が少し開き隙間から男が顔を覗かせた。
「もう、寝てしまった?」
恐る恐る尋ねるディーンにルフナは少し困った顔をした。
「残念ながら、今寝たところよ」
「そうか、一歩遅かったか」
ディーンはベッドの傍へ静かに近づくと、娘の寝顔を見て微笑んだ。ふと、サイドテーブルの上にある絵本に気が付くと、ディーンは頭を掻きながら小さく溜息を吐いた。
「また、この本を読んでいたのか」
「この娘のお気に入りなのよ」
ルフナもディーンの横からリゼの寝顔を覗き込んだ。
「あれから、まだ七年しか経っていないとは、とても思えないな……」
ディーンは窓辺へと近づくと、煌々と輝く月を見上げた。そして、そこから視線を下げ森の奥深くにあるものへと思いを馳せた。
「大丈夫よ。もう、あんな事は起こらないわ」
ルフナはディーンの腕にそっと寄り添うと、同じ方向を見つめほくそ笑んだ。
「キャルも本当はそう思っているんでしょう?」
朝食を終えて部屋へと戻る途中、リゼの唐突な質問にキャルは戸惑いを隠せなかった。
「何のことでしょう?」
「さっき、食事の時にみんなが言っていた事よ」
王のディーンは街外れの橋が昨晩の大雨の影響で崩れかけているとの報告を受け、急遽視察に出掛けた。そして、王が不在になると決まって王妃のルフナもどこかへ出掛けてしまう為、三人分の食事が用意されていたテーブルに着いたのはリゼだけだった。
黙々と食事をするリゼにキャロは付き添っていたが、手の空いてしまった者達は暇を持て余していた。そういう時には決まって、誰が聞いているのか解らないのにも関わらず、ヒソヒソと噂話をするのだった。静かな部屋にその声が通らない筈もなく、嫌でも二人の耳にも入った。
「隣国のニール王子とのご婚約のお話しですか?」
キャルはリゼが気にしている事が何かは解っていたが、敢えて触れずに他の話題を振ったが、リゼはそんな話にはまったく関心が無いと言わんばかりだった。
「お母様とわたしが似ていないって話しよ!」
リゼは頬を膨らませ、キャロをキッと見上げた。今日に始まった話ではない。城中の者達が影でコソコソ話しているのをずっと知っていたリゼにとって、自分の味方だと思っているキャロにまで知らん顔をされるのは嫌だった。
「わたしは間違いなくお母様から産まれたのでしょう?」
リゼの縋るような目にキャロは何と答えてよいのか困っていた。
リゼが産まれた当時は、この国はすっかり荒れ果てて城に使える者達もなく、皆が自分が生きる事に精一杯だった。魔女の呪いから開放されるまでの間に、国の半分近い人々の命が失われたと伝えられている。
昔からこの地に住まう人々は、過去の辛い出来事を忘れてしまいたいかの様に、暗黙の了解の内にこの頃の話をしないという掟を定め、硬く口を閉ざしていた。口さがない城の者達は、この国が魔女の呪いから完全に開放されたとお触れが出た後に移り住んできた者達ばかりだった。過去に何が起こったのか知らないからこそ、心無い噂や憶測が飛び交うのだった。
そして何より、リゼのブロンドの波打つ髪とパッチリとした紫掛かったグリーンの瞳などの顔立ちは王妃に似ていない事から、「戦乱に紛れて王が王妃以外の人に産ませたのではないか」「心優しい二人が孤児を引き取ったのではないか」などの噂が囁かれたのだった。
「リゼ様はディーン様似ですから、お気になさる事はありませんよ」
宥めるように言ってキャロは微笑んだが、リゼは明らかに納得していない。
「それに、年齢と共に変わるものもありますから、今は似てないように思えても似てきますよ」
その言葉にリゼは少し心を動かされたのか、キャロを睨むのをやめて部屋へと歩く道すがら一人何かを考えていた。キャロはその様子を見守りながら、何も言わずに彼女の後をついて行った。
部屋に戻り、椅子に腰掛けるとリゼはくるっとキャロの方を向いた。キャロは今日の勉強に使う本を棚から何冊か取り出して並べているところだった。
「ねえ、キャロはお母様がいつもどこへお出掛けか知らないの?」
「存じ上げません」
「誰か知らないかしら?」
この話題も先ほどの噂話の中にあった。月に何度かルフナは共も連れずに出掛けていた。森の中に親戚が住んでいて、体を悪くしているのでお見舞いに行っているという話しだった。
「王妃様の後をつけた者もいるそうですが……」
「どこだったの?」
「それっきり姿を見ないそうですよ」
「え?」
片手間に聞いていたキャロだったが、リゼが余りにも不安げな顔をするので慌てて弁解した。
「巷の噂を信ずるべからずって事ですよ。ただ途中で見失っただけでしょう」
「ふーん」
リゼはまた一人考え込む様子だった。そして、キャロも何だか変だなと一人首を捻った。王妃の後をつけた者がいると、いつ誰から聞いたのか思い出せなかったのだ。