中国語の漢字の読みは一字につき一つではない
誰だこんな誤謬を広めた奴は! 中国語の漢字には一つしか発音がないなんてことはないぞ!
さて説明に移ろう。
中国語の半分以上の漢字は一字に対して発音が一つである。しかしかなりの割合で二つ以上発音のある漢字もある。
こうした読みが二つ以上ある漢字は「多音字」と呼ばれており、中国語学習でかなり障害になる。というのも、中国語は声調の違いによって意味が違ってくる場合があるのだ。
例えば「少」。日本語では「少年」「多少」の二つで発音は変わらない。しかし中国語ではこの二つは違う声調で発音が違っており言い分けられていた。
少 shao3 少ない
少数 shao3shu4 少数、少人数
多少 duo1shao3 どれぐらい
少见 shao3jian4 めずらしい
少 shao4 若い
少年 shao4nian2 少年
少女 shao4nv3 少女
「長」という字ではどうだろう。
日本語では訓読みだと「ながい」と読んで、音読みでは「チョウ」である。他にもいくつか読み方はあるが、「成長」と「長短」では日本語は両方とも「チョウ」という読みである。
しかし中国語ではこの二つは違う発音になり、品詞も変わる。
长 chang2 長所、長い等 形容詞
特长 te4chang2 特徴
长城 chang2cheng2 万里の長城
长短 chang2duan3 長短、長い短い
长 zhang3 生える、年長である等 主に動詞
长老 zhang3lao3 長老
成长 cheng2zhang3 成長する
长大 zhang3da4 大きくなる
他にもこういう字はたくさんある。
调 tiao2/diao4
空调 kong1tiao2 空調、エアコン
调查 diao4cha2 調査する
漂 piao1/piao3/piao4
漂流 piao1liu2 漂流する
漂白 piao3bai2 漂白
漂亮 piao4liang0 美しい
的 de/di2/di4
我的 wo3de 私の
的确 di2que4 たしかに
目的 mu4di4 目的
このように、たとえ漢字の発音を一つを覚えたとしても、声調や発音が微妙に変わるだけで違う意味になってしまうので厄介である。中国語は品詞を表す語尾や接辞は発達していないが、声調を変えることによって意味の違いを作り出すのだ。もちろん一声なら動詞になるとか規則的なものではないが、声調言語である中国語ならではの現象といえる。
しかし実は、我々にとって身近な英語でも似たような現象がある。
例えば「present」は名詞で「プレゼント」の意味にもなれば、「送る」という動詞にもなる。この意味の違いは発音に依拠している。PREsentと読めば名詞、preSENTと読めば動詞という具合である。他の多くの英単語で似たような現象(adviceとadvise、conflictとconflict、increaseとincreaseなど)が見られる。
ところでこうした一つの漢字でいくつもの発音があるものの中には、日本語でもその名残があるものもある。
例えば「重」は「zhong4 重い」と「chong2 重ねる」という二つの発音があるが、日本語でも「ジュウ」と「チョウ」という二つの発音が使い分けられている。
重大 zhong4da4 ジュウダイ 重大
重复 chong2fu4 チョウフク 重複
訓読みで意味が言い分けられているものもある。「好」という漢字は「すき」と読むこともあれば「いい」と読むこともある。
中国語でも「好」には二つの発音がある。
好 hao3 良い、形容詞
你好 ni3hao3 こんにちは
好吃 hao3 chi1 おいしい
好人 hao3ren2 良い人
好 hao4 好む、動詞
好奇 hao4qi2 好奇心がある、興味を持つ
爱好 ai4hao4 趣味とする
好色 hao4se4 好色
(ちなみに「爱好」をai4hao3と読んでしまうとまた違う意味になってしまう。中国語には同じ漢字熟語でも二つの読み方があって、意味が変わってしまうものがある。例えば「大夫」はdai4fuと読めば医者の意味であるのに対し、「大夫 da4fu1」古代の官職名になってしまう。「大人 da4ren2 敬語、世代が上の人」は軽声の「大人 da4ren0」になると日本語の「大人」の意味である)
ほかにも「度」という漢字は普通「ド」だが「忖度」と読むことがある。実は中国語でも同じように普通「du4」と読むのに対し(温度 wen1du4)、忖度は「cun3duo2」と読んで違う発音になる。
こういう時、日本人学習者は他の国の中国語学習者と比べて有利である。
ところで基本的に中国語は二つの言葉をくっつけて新しい言葉を作っても発音が変化しない。
例えば「日本 Ri4ben3」に「的 de」をつけて「日本的 Ri4ben3de0」にしても声調も発音も何も変化しない。「大学」を後ろにつけて「日本大学 Ri4ben3da4xue2」などにしてもそれは同じである。日本語では「日本 低高低」が「日本の 低高高高」「日本大学 低高高・高低低低」というアクセントの変化がそれが複合語であることを示す働きをしている。
しかし中国語でもこうした声調の変化はある。
例えば「一」は場合によってyi1 yi2 yi4と三種類の声調を持つ。(yao1もあるが)
一 yi1/yi2/yi4
十一 shi2yi1 十一
一个 yi2ge0 一個
一点 yi4dian3 ないし yi1dian3
この三つの発音の変化は、単純に後ろに来る音節の声調に影響を受けたものである。つまり「一」の後ろに何もこなければ一声のyi1、四声ないし軽声であれば二声のyi2、二声ないし三声であればyi4だ。こうした現象は三声+三声の時にも見られ、你好も実際の発音はni2hao3である。
そして「一」は序数詞である場合は必ずyi1と読まれ、「第一 di4yi1」は第一个でも絶対にyi1である。
中国語にはアンシェヌマンや語尾変化が完全にないということもない。
天(tian1 空)と啊( a だよ、だね)の二つを並べると、「天呐 tian1na うわー、すごい」になる。これはnとaがくっついた結果、語気助詞のaがnaに変わったものである。同じ理屈で「我的神呐 wo3de0shen2na OH MY GOD!の意味」とかいうと啊が呐になる。
さらに北方方言には「儿化音 er2hua4yin1」という実詞につく接尾辞がある。アメリカ英語のcarとかstoreのように後ろにrを追加する現象なのだが、これがつくとより口語的な発音になる。
狗 gou3
小狗儿 xiao3gour3
犬
→ちっちゃい犬
聊天 liao2tian1
聊天儿 liao2tianr1
おしゃべり
→同上
慢慢地 man4man4de0
慢慢儿地 man4manr1de0
ゆっくりと
→同上
このように名詞、動詞、形容詞のいずれにもつく。
そしてこの「儿」は末子音を消滅させてしまう。「完 wan2 終わる」と「玩 wan2 遊ぶ」は発音が全く同じであるので、区別するために後者は儿化させてwanr2にする。実はこのwanrは実際の発音としてはwarでnはなくなってしまう。「有点儿 you3dianr3 ちょっと、形容詞を修飾する」や「一点儿 yi4dianr3 ちょっと、量について言うとき」もyoudiar、yidiarである。小孩儿 xiao3hair2もxiao3har2になって、iがなくなってしまう。
上記のものでは意味が変わらないものも多いが、中には儿がつくと違う単語になってしまうものもあれば儿無しでは使わない単語もある。
例えば「白面 bai2mian4 小麦粉」と「白面儿 bai2mianr4 ヘロイン」ではかなり意味が違うし、「一会儿 yi2huir4すこし」などは儿無しで使うことはほとんどない。
しかしあまり使いすぎると北方方言の口語的なしゃべり方になるので、中国語の標準語である普通話では使用を制限している。ニュースでは「这儿 zher4 ここ」も「这里 zhe4li0 ここ」という「儿」を使わない言い方が好まれる。