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未知

 ――やあ、久しぶり。


 頭の中で聞いたことがある声が響く。


 ――やっと会えたね――。


 優しい声で。


 ―― 嬉しいよ。でも、君には平和に生きて欲しかったな。君の能力ちからは君自身を不幸にしてしまうから。


 どういうことだ、と問いかけたいが、声が出ない。


 ――待ってて、今度こそ君を守るから。


 不思議な声はそこで、途切れた。




「…………はっ!」


 と目を覚まし、辺りを見回す。


「……どこだ、ここ?」


 言いながら立ち上がる。透の視界に広がるのは、見たことがない街並み。周囲に人の姿は見られない。


 それを確認した透は――


「俺、どうしてこんなとこにいるんだ?」


 素朴な疑問を口に出す。目が覚めるより前の記憶が曖昧なため、ここにいる理由が分からない。


「確か弥生姉とファミレスで……」


 なんとか思い出そうと、透は今日の記憶を振り返る。


「――そうだ。なんか変なのがガラスから聞こえて、さわったら……」


 ――飲み込まれた。口に出さず、頭の中で呟いた。


 とりあえず、これでここにいる原因は分かった。次はここがどこかについてだが……。


 ガラスに飲み込まれたら着いた場所、その事実を踏まえた上で考えると――


「……もしかしてここは……ガラスの中?」


 とりあえず、思ったことを言ってみるが――


「いやいやいやいや、さすがにそれはないだろ」


 即座に自分で否定する。いくらなんでも荒唐無稽な話だ。


「……でも、それならここは本当にどこだ?」


 色々な店が並んでいるのに、街には人がいない。改めて見ると異常な光景だ。


「誰かいませんか!」


 …………。


 返事はない。本当に誰もいないようだ。


「……くそっ! これからどうすれば――」


 言いながら、途方に暮れていると――


『――グオオオオオオオオオオ!』


 謎の咆哮が響く。それと同時に、透の前に――絶望が降ってきた。


「――は――?」


 と、透は、自分の眼前に広がる光景を見て、間の抜けた声を発した。


 一言で言えばコウモリ。ただ、通常の物よりも凶悪な顔付きと真っ黒な翼に鋭い手足の爪、そしてもっとも特徴的なのが――透の数倍を誇る巨体。


「な、なんなんだよ……!」


 十メートルはありそうな巨体の化け物が、透の声に反応して視線を下げる。


「…………っ!」


 化け物の瞳に足がすくむ。


『――グオオオオオオオオオオ!」


 透の存在に気付き、化け物が咆哮を上げる。それによって、ビリビリと全身が震えた。


「…………っ!」


 このままではやばい、そう思い透は化け物から距離を取るため、背を向け走り出す。


『グオオオオオオオオオオ!』


 化け物が態勢を低くして構え――


『グオオオオオオオオオオ!』


 翼を翻し、化け物が三メートル程浮く。そして、そのまま透目がけて飛翔する。


「な……っ!」


 透は目を見開き驚愕を露にする。化け物は目にも止まらぬ速度で透に迫る。


 このままでは透は捕まってしまう。あんな化け物に捕まれば自分がどうなるか分からない。そんな恐怖に駆られ、自然と足が速く動く。


『グオオオオオオオオオオ!』


「く……っ!」


 しかし、いくら速くとも、化け物との距離が開くことはない。


「くそっ!」


 罵りの言葉と共に、透は近くにある建物の間の狭い路地に飛び込む。


「はあ、はあ……」


『グルルルルルルルルルル……』


 化け物がこちらを睨むが、それ以上のことはしてこない。


 路地はとても狭く、人一人が通れるぐらいの広さしかないめ、化け物は入ってくることができないのだ。


「これなら――」


 ――やり過ごせる。透はそう確信した。だが――


『グギャアアアアアアアアアア!』


 透の考えはまだまだ甘かった。


『グギャアアアアアアアアアア!』


 今までの物が比較にならない程の強烈な咆哮。あまりの咆哮に、反射的に両手を耳に当てて防ぐが、被害はそれだけに留まらない。


『グギャアアアアアアアアアア!』


 強風が舞い、狭い路地を形成している建物に徐々にだが亀裂が入り始めている。


「嘘だろ……!?」


 あまりにも強烈な咆哮は、最早一種の凶器のような物だ。


『グギャアアアアアアアアアア!』


 亀裂が全体に広がり始め、建物が今にも崩壊しそうになる。


「…………っ!」


 それを見て透は、建物が完全に崩れる前に化け物がいる方とは逆の道から路地を抜ける。


『グギャアアアアアアアアアア!』


 透が路地を抜けると同時に建物が限界を向かえ、音を立てて崩れ瓦礫へと変わった。


 そして、その瓦礫と奥の化け物を背に再び走り出した。


『グオオオオオオオオオオ!』


 化け物もまた透を追いかけ始める。


「まだ追いかけてくるのかよ!」


『グオオオオオオオオオオ!』


 またもや化け物との死の追いかけっこが始まる、そう思っていたが――


「ぐ……っ!」


 化け物に気を取られ、足をもつれさせて転んでしまう。急いで倒れた身体の半身を起こし、後ろを振り返る。


『グルルルルルルルル』


 化け物が口から凶悪な牙を覗かせながら、透の眼前に立っていた。


「ひ……っ!」


 情けない声が出てしまう。今すぐにでも立ち上がって逃げなければならないが、化け物の射るような眼光がそれを許さない。 


『グオオオオオオオオオオ!』


 動けない透に向けて、容赦なく化け物が大きな口を開く


「…………っ!」


 化け物の迫ってくる迫力に気圧され、反射的に両目を閉じてしまうが――



「邪魔よ」



 一言、声が聞こえた。そして、すぐに何かが斬られる激しい音がした。派手な音だ。それが気になり、閉じてた瞳を開くと――


「なんだよ……これ……」


 声が震える。透に襲い掛かろうとしていた化け物は、五メートル程先で縦に二つに割れた状態で紫色の液体に沈んでいる。


 不気味な光景だ。だが、現在透の視線を釘付けにしているのはそんなことではない。


「…………」


 透の前には少女が無言で立っている。


 この場に似合わない綺麗な学生服、見た者を惑わす青色を秘めた髪と不思議な瞳。


 そして、右手にはそれらを凌駕する存在感を放つ剣。


「どうして……」


 最初に発したセリフは、途中で途切れてしまう。唐突に起こったたくさんの出来事のせいで、まず何を言うべきか分からないのだ。


「…………」


 少女は透の声を聞くと、顔を盛大にしかめる。何か気に入らないことでもあるのだろうか。


「君は……」


 そんな少女の変化を気にせず声を出すが、再び途切れる。まだ、混乱を脳が処理し切れていないようだ。


「…………」


 だが、やはり反応はない。


「……どうしてここに……」


 ここにきて、少女が突然口は開いた。問う声音には軽い驚きが込められている。


「俺は――」


 少女の問いに答えるために顔を上げる。そして、そこで初めて――目が合った。


 近くで見ると、より強く少女の美貌を感じられる。そうやってしばらく見つめていると――


「ご……っ!」


 頭部に鈍痛が走った。何か硬い物で頭部を殴りつけられたみたいだ。


「いつまで見てるの……」


 少女――鷺ノ宮伊波が呟き、それが耳に入った直後、透の意識は闇に落ちた。




「――状況はどうなっている?」


 黒を基調としたレディースーツの女性は、部屋の中央にあるイスに腰を落としながらそう言った。


「司令」


 隣に控えていた女が、軍人のように綺麗な敬礼をする。


 司令と呼ばれた女性はそれを一瞥して、女の脛を蹴る。


「あんっ!」


「あいさつはいい。状況を説明しろ」


 苦悶というよりは、恍惚とした表情を浮かべる女に言いながら、足を組む。


 女は即座に姿勢を正した。


「はっ。侵略者アグレッシャーの出現、その数分後に撃退が確認されました」


「やったのは?」


「鷺ノ宮隊員ですね」


 女は間を開けずに答える。


「確認された個体数は一体、レベルはⅡと言ったところです」


「映像を出せ」


 司令が言うと、前方の大モニタにリアルタイム映像が映し出される。


 瓦礫の山と一人の少女、そして少し先に紫の液体と化け物が確認できた。


「まったく……我々はいつまでこんなことを続ければいいんだ……」


「それが分かれば苦労しません」


「…………」


 司令は足を上げると、ヒールのかかとで女の足を踏みつけた。


「ぐぎゃっ!」


 女が、むかつく笑みを作るのを無視し、司令は小さく嘆息した。


「言われなくても分かっている。そんなことより……例の件、上の許可は降りたか?」


「ええ、一応。ただ……もし失敗した場合は、責任者の司令が厳罰に処されるのでご注意ください」


「覚悟はしている。それより、肝心の秘密兵器は? 今日は始業式だけで、昼前には下校しているばずだ。待ち合わせ場所には、まだきてないのか?」


「調べてみましょう――と、ん?」


 女が怪訝そうに首をひねる。


「どうした?」


「いえ、あれを……」


 女が大モニタの画面を指す。司令はそちらに目をやり――


「…………」


 無言になる。


 化け物を倒した少女の近くで、制服姿の少年が倒れていたのである。


「……ちょうどいい、回収しろ」


「了解しました」


 女はまたも折り目正しく礼をした。



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