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ファミレス

 あれから三時間後。


「なあ、因幡ー。暇だからメシ行かねー?」


 始業式を終え、生徒たちが帰り支度を整えて教室を出ていく中、透はカバンを肩にかけた濱本に話しかけられた。


 今日は始業式だけなので生徒たちは午前中に帰れる。なので、友人とどこに昼食を食べに行くか、相談している集団も見受けられる。ちなみに、隣の天才少女はいつの間にかいない。


 普段なら透は二つ返事で誘いを受けるが――


「悪い。今日はもう先約があるんだ」


「何? ……女か?」


「まあ……一応」


「なんだと!」


 濱本は両手を頭に乗せて、オーマイゴットとか言いそうなポーズをとる。


「いったいどうしちまったんだよ! 鷺ノ宮と仲良くおしゃべりするだけじゃ飽きたらず、女と昼食だと!? 一緒に非モテ同盟を結んだじゃないか!」


「いや、結んだ覚えがないんだが……というか、女って言っても弥生姉だぞ?」


 透が言うと、はあと安堵したかのように息を吐いた。


「なんだよ、脅かすんじゃねえよ」


「お前が勝手に驚いただけだろ」


「でも弥生さんか……いいよなあ、あんな美人が姉なんて」


 そう言って、濱本は少し透に近づいて声をひそめるように言ってくる。


「なあ、弥生さん……今彼氏とかいるのか?」


「はあ?」


「いや、ちょっと気になってな。弟のクラスメイトの男はどうかなと――」


「お前には無理だよ」


 ニコリと笑いながら言う。ただし、瞳は少しも笑っていない。


「そ、そうか。まあ、彼女はもっと違う人にするよ」


「ああ、その方がいいよ」


「けどいいよなあ。あんな美人と一つ屋根の下とか最高だろ」


「それは姉がいない奴の言い分だ」


 透がキッパリと断言すると、濱本は苦笑した。


「そんなもんかねえ」


「そんなもんだよ。朝っぱらから人の頭を殴り付ける姉なんて嫌だろ」


「美人なら大歓迎だ」


「…………」


 呆れて何も言えない。


「それより因幡、時間はいいのかよ?」


「時間? なんのことだよ」


「いや、お前このあと弥生さんと昼メシだろ? だから時間は大丈夫なのかって話だよ」


「あっ……」


 透は急いでポケットからスマホを取りだし、時間を確認する。


「げっ!」


 時刻は十一時四十分。


 約束の時間は十二時だが、約束の場所までは歩いて三十分の距離だ。走ってもギリギリ間に合うかどうか分からない。


「悪い! もう行くわ!」


 慌ててカバンを肩にかける。


「おう、じゃあな」


 濱本に見送られる中、透は全速力で教室を出た。




「はあ、はあ」


 現在、学校を出た透は約束の場所に向かって息を切らしながら走っている。


 すでに学校を出て十分以上、走り続けている。帰宅部の透にとって、十分以上走り続けることはかなりキツイことだろう。


「せっかく久しぶりに弥生姉との外食なんだ……急がねえと!」


 荒い息を吐きながら呟く。その表情からは鬼気迫る物が感じられる。


 透はすでに限界の足を動かし、一心不乱に走る。途中で人にぶつかったり、信号無視をしたが気にしない。ただただ、透は走り続けた。




 そして数分後、透は目的のファミレスのガラス張りのドアの前に着いた。


 スマホを取りだし、時間を確認してみる。


 時刻は十一時五十八分。ギリギリ間に合った。


「さてと……」


 ちらりとガラス越しに中を確認する。まだあまり人はおらず、弥生の姿も見られない。


 どうやら、まだ来ていないようだ。


「……とりあえず店に入――」


 ――グオオオオオオオオオオ!


「…………っ!」


 唐突に音が聞こえてきた。いや、音というよりは生き物の咆哮というべきだろう。透は思わず、耳を両手で塞いでしまった。


 なんなんだ今の!? と、透は思った。しかし、それ以上におかしなことに透は気付いた。


「なんで……誰も気付かないんだ?」


 透の周囲にいる人は、何もなかったかのように振る舞っている。あれだけの物に誰も気付かないというのは異常だ。


 ――グオオオオオオオオオオ!


「…………っ!」


 また聞こえてきた。再び周囲を見てみるが、やはり誰も気付いていない。だが、今ので咆哮がどこからきているか分かった。


「……ガラスか……」


 ガラス――正確には、透の目の前のガラス張りのドア、それが発生源だ。


「なんなんだよ、まったく……」


 原因が気になり、恐る恐る、ガラス張りのドアに手を伸ばす。すると――


 ヌル。


「――え?」


 変な擬音と共に透の右手がガラスに飲み込まれた。


「ちょっ! なっ!」


 いや、飲み込まれたのではない。現在進行形で、透は飲み込まれている。


 しかも、飲み込まれた腕の感覚がしない。それが透をより不安にさせた。


「う、うわあああああ――!」


 そして、透は誰にも気付かれず、瞬く間にガラスの中に飲み込まれた。

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