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七話

 一度事態が動き始めると、リオット子爵の有能さはもれなく発揮されたようだった。


 カリムが資料を届けると、彼はその資料をてこ(・・)に即座に伝手を動かし、そう時間をかけることなく新たな証拠を掴んだらしい。


 やはり権力と手数というのはあればあるだけよいようで、カリムが二年もかけてようやく得た証拠は、いつの間にか数多く発見された証拠の内の一つになった。それもたった二週間程度の間に、である。


 またその調査の過程で、アンヘルが殺された理由についてもリオットは情報を掴んだようだ。


 彼によると、どうもアンヘルは対立する貴族の派閥、そのグループが行っていた大規模な不正――収賄や過度な権力の行使――に気づき、それを公の場で断罪しようと試みていたらしい。


 それは当然、彼が仕える国の為というのが一番の理由であっただろう。

 もちろんそれと同時に、アンヘル自身の利害もあっただろうが。


 しかしそうした証拠固めの動きは何の因果か、結果に結びつく前に相手貴族側に感付かれることになった。


 そして、アンヘルはあのように手酷い反撃を受ける羽目になったのだ。


 これには、彼が調査のための人員をって、ひそかに話を進めていたのが悪く働いたという。


 実はアンヘルの罪に連座する形で、彼の部下数名も当時、牢獄に押し込められていた。そして彼らもまたアンヘルと同様の目にあい、その命を失った。


 これらの話をカリムはリオットの屋敷に呼び出され、途中経過ということで説明を受けた。


「まさか、そのようなことが」

「確かに酷い話ではある」


 タカトの反応に、リオットは頷く。


 ただ彼が続けて言うには、貴族たちの反撃があのように急で、ひどく乱暴な形になったのは、彼らにとっても予想外のことであったらしい。それというのも、不正に関わっていたその貴族派閥の中では、アンヘルへの対応にほとんど足並みが揃っていなかったようなのだ。


 すなわち、強硬派と穏健派、アンヘルを単に除くべきか、はたまた引き込む努力からするべきか、個々の利害関係が影響して、グループ内では一向に話が決まる様子がなかったという。


 だが、その状況によほど切羽詰まった者たち、言い換えれば不正に関してアンヘルに確かな証拠を握られたと感じた強硬派の一部が、いい加減焦れて先走った。


 そのため、アンヘルの身柄はことさら公の、議会の真っ最中というおかしなタイミングで拘束されることになったのだ。つまりそれは、単なる一部貴族の暴走に過ぎなかった。


 しかし、そうした事態引き起こしてしまったからには、穏健派に属する貴族も後には引けなくなる。彼らは一致協力して、どうにか話の矛盾を無くさなければならなくなった。


「もしかしたらアンヘル様の命を奪ったことすら、その場凌ぎの辻褄合わせにすぎなかったのではないか」


 そんなリオットの予想はあながち外れてはいない気がした。

 対してカリムが抱いた感想はただひとつ。『ふざけるな』である。


 それが表情に出ていたのだろう。


「お前の気持ちはよく分かる」


 カリムをなだめるようにリオットは言った。


「これを聞いて気分を直せ、と言っても難しいだろうが」


 すでにその貴族グループの一部はリオットが捕らえて牢に押し込んでいるそうだ。


 彼らは牢の中でアンヘルと同様、あるいはそれ以上の目にあわされているという。今は彼らが吐いた情報をもとに、さらに調査を続けているとのこと。


『そこまで簡単に話が進むなら、なんでもっと早く』 

 

 心中でカリムは思わずにはいられなかった。が、何事にも頃合いがあることは、少なからず彼も理解している。


 それというのも、アンヘルの死について強引に片を付けた、鎮めたことで、その貴族派閥はことさら図に乗ったようだった。たとえその過程が不格好で見るに耐えかねなかったとしても、結果的に押し切れたのだから問題はないとその多くが判断したのだろう。


 そして、邪魔者がいなくなり、一安心した彼らはさらに多くの権益を得ようと様々な方面に手を伸ばした。


 それはカリムが近頃感じていたこと、大通りに並ぶ店の入れ替わりが激しくなったというところにも現れていたようだ。


 リオットに聞くところによると、この二年の間、何かにつけて大通りの店は余計な税の負担を強いられていたようだ。その税は名目としては国が必要に駆られて課したものであったが、その一部ならず多額の金銭が貴族たちの懐に入っていることは明白だった。


 つまり、大通りに並ぶ店が次々と入れ変わっていた理由。それは、いい加減大通りで商売をするのが馬鹿らしくなった店から撤退していったということらしい。


「そうした仕組みを作ったことで、この二年の間、その者らの懐はかなり潤ったことだろう」


 吐き捨てるようにリオットは言った。そう彼が怒るのも当然で、リオットがよく利用していた布地を扱う店も近頃税の負担に耐えかね、大通りから撤退していったのだという。


「とはいえ、その一連の出来事こそが彼の者らのほころびの一片となったのだから、物事というのはわからないが」


「……どういうことでしょうか?」


 カリムが尋ねると、リオットは再び頷いた。


「昔から大通りに店を構えるというのは、ある意味商売をする者の目標、ひとつの到達点になっているのをお前は知っているな?」


 カリムは目で応じた。それはリオットの言う通りで、大通りに店を出すことは、売上だけでなく栄誉を得るという意味でも、昔から大勢の人間が望んでいたことだった。


 いや、ただでさえ国の許可が必要な大通りで経営を続けているという事実は、その店が優良であると証明することにほかならないのである。それはひいては客からの信頼を獲得することにつながる。


「つまり、大通りに店を出すような店主たちは総じて、人に倍する気概を持って商売を行っていたということだ」


 だから、彼ら店主は自分の店の品揃えと質にはかなりの量、気を配っていた。そうであったからこそ、カリムほか貴族の屋敷に仕える使用人たちの多くが、大通りに並ぶ店を利用していたとも言える。


 しかし、その貴族グループが闇雲に設置した税のせいで、大通りの店は全体的な商品の値上げ、あるいは品揃えの悪化を避けることはできなかった。あるいはそこまでしても税の負担に耐えられず、商品自体の質の低下すら受け入れる店もあっただろう。


 その果て、このような状況の終りが見えなければ、まともな経営者が大通りから店を移転する事を思いつかないわけがなかった。


 またこれらの悪影響が特にはっきり現れたのは、税が設置された後で大通りに出店した店舗である。税の存在を知った上で出店してきているそれらの店は、もはや最初からそれらの手段を用いることで経営のバランスを取ろうとしたからだ。


 ただそうした手段を用いれば客の信頼は当然損なわれることになるし、それは一層の客離れをまねいた。そして客離れはしかるべくして店の売上を下げたし、相対的に税の負担は重みを増す。そのためにまた――と、まさに悪夢のような悪循環が始まる。


「そのように、商業の力が衰えることを誰も望むはずはない」


 リオットがその一人であるように、不正とはまったく無関係な貴族たち、言わば中立に近い貴族たちの中にも不快な思いをする者が多く出てきた。自然、彼らはこのような事態を引き起こした犯人探しを始めた。


 その結果、その貴族派閥には再び危機が訪れることになった。


「今は状況が良い方に傾いている。この機に一気に片を付けてしまうつもりだ。私は必ず、アンヘル様の無念を晴らそう」 


 カリムはそこまで聞いたところで「よろしくお願い致します」と彼に深く頭を下げた。しかし同時に、リオットがここまで自分に詳細な説明をしてくれることに彼は疑問を抱いていた。


「それでだ」


 そんなカリムの頭の中を覗いたかのように、リオットが話を変える。


「私はこの件が解決した後のことも考えたいのだが」

「はい」


 リオットの言うところが何を意味するかわからないまま、カリムは相槌を打つ。


「それというのも他でもない、ヴァレリー様のことだ」

「……ヴァレリー様について」


 リオットは頷いた。


「アンヘル様の疑惑が完全に晴れた後、彼女はどうなる? こう言っては何だが、家を継ぐにも彼女一人では荷の方が勝ってしまうだろう。であれば、家を保つには」


「婚姻、ですか」


「そうだ。今のところヴァレリー様にお相手はいないと聞くが?」


「……そのはずです」


「そうだろう、片っ端から彼女は縁談の類を断っているというからな。しかしお前からなら、おそらくヴァレリー様に話が通るのではないか?」


 その一言で、リオットの言いたいことはカリムにも分かった。

 しかしあえて彼はリオットに尋ねた。


「リオット様がヴァレリー様のお相手に、ということですか」

「もちろん彼女の意思次第ではある。だが、私はそのつもりでいる」


 カリムにはそれを断る理由が見つからなかった。

 そして続けざま、彼の頭に一つの考えが浮かんだ。


『どうしてリオットはカリムの顔を覚えていたのか』


 それは彼がアンヘルに世話になっていたから。確かにそれもあるだろう。


 しかし、そこに実はヴァレリーのことが関係していたからではないか。わざわざカリムとの繋がりを持ったのは、同時にヴァレリーとのつながりを持ちたかったからではないか。


 例えば全て解決した後、リオットがヴァレリーに会いたいといえばどうなるだろう。カリムとしては断れるはずがない。ヴァレリーも会うことは断らないだろう。なにせ主人、親の無念を晴らしてくれた相手なのだから、二人が恩義を感じないわけはない。


 そういえば、リオットがアンヘルの死んだ後に屋敷に訪ねてきたことはなかった。それは今考えれば、その他大勢の一人となることをリオットが避けたからではないのか。彼は自分が最も魅力的に映る瞬間を今この時までずっと待ち続けていたのではないか。


 あるいは――。


 リオットの屋敷を辞して帰る途中、そのようなことを考えてカリムは背筋が凍る思いがした。しかし、自分は今リオットから聞いた話をヴァレリーにするだろう。いや、しなければならない。なぜなら、リオットに頼ろうと言い出したのはカリム自身なのだから。


 それは、もはや考えるまでもないことかもしれなかった。

 現状、最善と思われる行動。

 カリムにはそれ以外に自分の進むべき道があるとは思えなかった。

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