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一話

書いている内に勢いがついたので、活動報告に時折載せていたものを独立させました。割と短編の話になる予定です。

 今日は休日ともあって、みやこの大通りは多くの人出で活気づいていた。


 天気も快晴で、日差しはほど良く暖かい。たとえ何の用事がなくとも外に出たくなるような一日、商売人にとってみれば今日こそ稼ぎどきの日もないだろう。


 案の定、大通りに面した店の前にはたいてい店員が一人二人と立っていて、威勢のよい声をあげて通りを歩く客を呼び込んでいる。


「桃、桃、桃! 今日は桃がオススメ! そろそろ時期も終わっちゃうよ!」

「揚げまんじゅうが昼過ぎ、今だけ一割引! まとめて五個で二割引だ!」

「南方で採れた宝石貝、次回入荷未定で個数限定! 個数限定!」


 そうやって皆が皆、よそに負けないように大声を出しているから、辺りは一様に騒々しい。そのやかましさはおそらく、広い王国の中でも一位二位を争うのではないか。


 とある店の前に立ちながら、従者のカリムはそんなことを考えて周囲を見回していた。なにせ彼は暇なのだ。買い物を楽しむ主人は、かれこれ三十分以上も店の中から出てこない。


「ちょっとそこで待っていて」


 主人にそう言いつけられたからには無闇に動くことも出来ないのだ。

 そうなると彼は大通りの風景を眺めて時間を潰すほかない。


(しかし、本当にうるさい場所だよなぁ)


 つくづくカリムは思う。果たして客商売、この騒がしさは逆効果ではないかと考えられそうなものだが、好きな人にとってはこのうるさいほどの掛け声がたまらなく良いものなんだとか。


 極端な話、この空気に浸っていれば何時間でも暇を潰せるそうで、大通りの混雑からすればまったく世間には奇特な人が多いのだろう。カリムとしてはただただいい加減に早く、屋敷に戻りたいものだったが。


 そういえば似たような話で、東西の遠い地方から出てきた人たち。彼らもまた大通りの活気を一目見て「やはり都は違うな」と考えを新たにするという。それもそのはず、地方ではひとつの集落に一軒、それもほかの仕事と兼業でやっている店があれば上等な方らしいのだ。


 そもそも需要自体がさほどではないから、たいていの集落は行商人が乗ってくる馬車の中身で全ての用事を済ませる。あるいは、済ませることになっている。


 そしてたとえ店が一軒あったとしても、日々競う相手がいなければ強いて経営を追求する気にはならないものだ。それが必要な物なら店側が黙っていたって売れるのだし、何より二、三時間に一人客が来るかどうかという立地でずっとやる気を保っていろという方がずいぶん無茶に思える。


 と、そのような環境に長年暮らしていた者にとって、大通りのやかましいほどの活気は特に目新しく映るのだろう。そんな彼らが田舎に戻った後は、事あるごとにその時の感動を持ち出して周囲から(特に店をやっている者から)ひどく面倒がられるというのがよくある話だそうな。


 やはり世の中にはいろんな人がいると、カリムはぽりぽりと頭を掻く。


(ただ、まあ)


 そうした噂の種にもなる都の大通りも、この賑わいにひとたび慣れた者からすればひたすら億劫だと感じさせる場所に過ぎない。


「兄ちゃん、お酒いらない? お酒?」

「いりません」


 たとえば、今日のカリムの場合。


 彼は通りの入口から半分を来るまでに、もう数え切れないほどの店員からあれこれ声をかけられていた。そうして勧められるものの中には食べ物や服、雑貨はもちろん、やれ風呂桶はどうだ、物干し竿は、金物はとそんなものまであったりする。まあ、包丁の砥ぎ石など勧められても、カリムとしては苦い顔を浮かべるしかないのだが。


 いや、そりゃ数を撃てばいつかは的にも当たるだろうが、だからといって最初から的を狙わないのも不味いだろうに。


(活気があるのはいいけど、こうも頻繁だと)


 そのような店員が近寄ってくるたびに、カリムは辟易とした感情を周囲から隠さねばならなかった。


 それでも彼は毎回、きちんと丁寧に「いりません」とそれぞれに告げている。結局その辺りのことは個人がどこまで面倒を許容できるかという問題なのだろう。


 この大通りであれば月にいくらと高額な出店料を支払って初めて店が開けることをカリムは知っていたし、従って売上の上がらない店がどうにもならなくて潰れてしまうこともそう珍しい話ではない。


 そのような最悪の事態を避けるため、どの店も日毎の売上に必死になるのはある意味当然のことだった。多少の強引なところが出てもまあ、理解できないことではないのだ。

 

 とはいえ、もちろんカリムにも許容する範囲に限度はあった。


 どうも具体的にひどいのになると、ぎゅっと客の服を引っ掴んで店の中に引きずり込もうとする店員もいるらしいのだ。そうして一度店の中に連れ込まれてしまうと、最悪、何かを買うまでそこから出られなくなるとか。


 そこまでになるともはやこれは押し売りと紙一重で、気の弱い者が捕まればみるみる間に財布の中身をむしり取られてしまうだろう。


(そういうのは最初から長期で店をやるつもりがないから――)


 何と言うか、商売を舐めている行為だった。カリムが軽いムカつきを覚えていると、知らないうちにまた新たな店員が彼のそばに近寄ってきていた。


「どうよお兄さん、この耳飾り(イヤリング)。ものすごく綺麗でしょ。翡翠ヒスイが一粒ずつ付いてて、若い娘のプレゼントにこれ以上のものはないよ。もうこんなの送った日にゃ、どんな清楚な娘だって一気に眼の色変えて……」


「いりません」


「え! そんなの嘘だよ、ほらもっとよく見て。色は黄色いけど、これ翡翠なんだから。よく見る緑色のなんかは全部歳食った婆さん向けなの。その辺の女の子なんか、みんな黄色い方が好きだからね」


「……いりません」


「まーた、嘘ばっかり。落としたい女の子の一人や二人、お兄さんにだっているでしょ。おじさんにこっそり教えてよ」


 今度のはやたらと面倒が多い店員だった。

 この妙に馴れ馴れしい態度と雑な話題作り。

 まともに扱おうとするとこちらの精神ががりがりと削られてしまう。


「少しも、まったく、いりません!」


 昨晩の酒が残っているのか、顔を赤くしたままの男にカリムははっきりと告げて、くるりと背中を向けた。


「……チッ」


 すると背中越しに小さく男の舌打ちが聞こえてくる。一気に気分が悪くなったが、とりあえずこれで興味を失ってくれたことだろう。カリムは努めて後ろを気にしないようにした。


(しかし、まあ)


 今の男の手に載せられていた“黄色い”翡翠。大きさはそこそこで高価そうにも見えるのだが、いかんせんその色がまずかった。


 西方の一地域で大量に採れる黄色い翡翠は、王国でほぼ価値がないのだ。カリムは知識としてそれを知っている。むしろ男がさんざんにおとしていた緑色の翡翠の方がずっと希少だから、資産的な意味で価値があった。


 その辺りのことを当然知った上で男はカリムに話を持ちかけてきたのだろう。


(何も知らないと思って)


 人のことを舐めるのもいい加減にしてほしかった。

 こんなのは多少物の分かる人間なら――。


「なあにそれ、カリム? 耳飾り?」


 しかしその時、ちょうど折り悪く店から出て来てしまったらしい。

 いや、さっきまでのやり取りを店の中から見ていたのか。


 右手に小さな袋を抱えたカリムの主人ヴァレリーは店の中から出てくると、商人の持ち物に興味を持ったようにひらりとカリムの背中側に回りこんだ。


「あ、ちょっ」

「おお、おお」


 突然現れた女の子に店員の男も面食らったらしい。しかしすぐに態勢を立て直すと、


「あー、なんだいお兄さん。こんな可愛い娘さんを連れてるなら最初に教えてくれればいいのに。恥ずかしかったのかな?」


 そんな赤ら顔の店員の対応は、さすがに商売人の端くれではあった。さっきまで不満気にカリムの背中を睨みつけていたはずなのに、それもヴァレリーに気付いた瞬間、満面の笑みがその顔には戻っている。


「お嬢さん、良かったらこの耳飾り、試しに付けてみるかい?」


(マズい) 


 突破口を見つけたつもりなのだろう。

 男の意図に勘付いたカリムはとっさにヴァレリーを止めようとした。


 しかし、彼が声を出そうとした時には、すでにもう小さな耳飾りは彼女の手に渡っている。そのまま流れるような仕草で彼女は自分の耳に耳飾りを付けてしまった。


「ああ、凄い! すごく良い! ただでさえ可愛いお嬢さんなのに、耳飾りでさらに可愛くなった! こりゃ都にいるどんな娘にも負けてないね! 一番だよ、一番! ほら、お兄さんもそう思うだろう?」


「本当ですか? ねえ、カリムもこれ似合うと思う?」


 そう振り向いて金色の髪をかきあげ、耳を見せてくるヴァレリーにカリムはとっさに固い笑顔を見せた。しかし、それだけでは彼女が満足しないようであったので、仕方なく彼はこくこくと頷く。


「ええ、お似合いですよ」


 場の流れを一気に持っていかれ、遣る方の無いカリムは内心で店員に毒づいた。


(この野郎~~)


 一方、二人のやり取りで店員はカリムとヴァレリーの力関係を嗅ぎとったらしい。彼はおもむろにターゲットをヴァレリーに変更したようだ。


「お兄さんも気に入ったみたいだし、良ければお嬢さん。この耳飾り買ってみたらいいんじゃない? やっぱり私もね、せっかくだったらお嬢さんみたく見目麗しい娘さんに付けて欲しいと――」


(さっきと言ってることが全然違うじゃないか)


「その、『お嬢様』! そろそろお時間ですし、もう買い物は終わりにして――」


 カリムの抵抗むなしく、両方の言葉を聞いたヴァレリーが視線を向けたのは赤ら顔の店員の方だった。それは相場の何倍も吹っかけた値段を伝えられた後でも全く変わることがない。


 そうして彼女はカリムに背中を向けたまま、後ろ手に手を差し出した。


(な、なんで……)


 目の前のヴァレリーの背中が財布を出せと語っている。こうなると、もはやカリムに断るすべはなかった。その事実に彼は力なくうなだれてしまいそうになる。


(なんで、こんなクズ石を)


 まさかそのまま口に出すわけにはいかない。


 とはいえ、今買おうとしている耳飾りに価値がないのだとどう説明したらいいものか。いや、人がせっかく気に入ったものをことさら安物だとこき下ろすのも……。


「ちょっと、カリム」


 悩んでいると、急かすようにしてヴァレリーが声を出した。

 カリムの反応の鈍さに少し機嫌が悪くなっているようだ。


 これ以上彼女を待たせるとまた後でいろいろ面倒なことになりそうで、


(こうなりゃもう……)


 そうして決意したカリムは結局財布を出さず、一歩斜め前に出てヴァレリーの横に並んだ。


「え?」


 意外そうな顔で横を向いたヴァレリーを尻目に、カリムは店員の赤ら顔をじっと見つめる。


「……店員さん」


 そう口を開くとそれがどう伝わったのか、赤ら顔の男は少し勝ち誇ったような表情でカリムの顔を見返した。その態度も妙にカリムのしゃくに障る。ここに至ってはもはやカリムがするべきことはひとつしかない。


「はい、お兄さん。毎度どう~」


「うん、その耳飾りですけど。いくらなんでも、その値段じゃ無理です」


「はい?」


「もう一回言いますけど、その値段じゃ無理です」


 そのカリムの言葉を聞いて、ヴァレリーは何かに気付いたようにこっそりと笑った。


 そうして始まった首飾りの“値下げ交渉”。


 それは大通りのどこでも見られるような光景で、その珍しくもない喧騒の一部にカリムもまた不本意ながら加わることになったのだった。


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