Ep2.
死体とか、血とか。そういったグロテスクなものは、はっきり言って視界の暴力なんじゃないかと私は思っている。
それは二次元のみに許された特許であって、リアルなんてたまったもんじゃないのだ。
現実の死体は生臭い。平行世界とは違い、嗅覚へと、その刺激臭がモロに襲いかかってくる。その上、殺して残るものなんてただ重い重い罪悪感とその先に待っている暗い人生だけ。
鉄臭い、腐敗臭が鼻を刺す。
扉の先に広がったのは、そんな嫌な物が溢れかえる、むせかえる、死の戦場。
ゲームの世界なんかじゃなく、ホントウの殺し合い。
冷え切った土の上に、真っ赤な血が池を作る。他人の血が混ざり合い、他人の頭が道を示す。
ナイフ、銃、爆弾。
血、眼球、頭。
これは、まさに。
「地獄だ…」
視界に入れたくないもののオンパレードに吐き気を覚える。胃酸が逆流してきそうな感覚をぐっとこらえ、腹に手を添えた。
鉄臭い血の匂いが、何度自分の腕を嗅いでリセットしても消えない。
目下に広がる、赤に塗りたくられた地上。どうやら今の自分は、崖の上にたっているようだ。足裏に伝わる凸凹とした感覚が、私にはっきりと自覚させた。
そうしているうちに、戦場の荒々しい叫び声が耳をつんざく。
現実じみた銃撃戦の生々しい音が、少しばかり遠く聞こえている。それは自分がこの現実を受け止めたくないからなのか。
ふと視線を横にずらしてみる。と、そこにはこの現状に不釣り合いな、モコモコとした猫の着ぐるみが――
「着ぐるみ?」
「着ぐるみとは何だ失礼な」
凛々しく横を向いた――少なくとも通常のソレでは有り得ない――大きな体はくるりと方向転換をし、私と向き合う形となる。
「……新入りか」
おそらく120か、それ以下であろう体格に、似合わない大ぶりな銃。冷めた鉄の色は、私の気分に不安を焦りを仰ぐ。
着ぐるみは私をまじまじと見つめ、眉間にシワをよせた。随分とハイスペックな着ぐるみだなと思いつつ、私はつい、そのモコモコとした体に手を伸ばしていた。
「…ふぁぁ」
「間抜けた声を出すなというか触るな」
なんという手触り、なんというもふもふ。やばい、このままでは語尾に「モフ」がついてしまいそうだ。
着ぐるみは相も変わらずその顔ではやりづらいだろう高度な表情を顔に張り付けたまま、こちらを睨みつける。
私が顔の方に手をのばそうとすると、黙って見ていた着ぐるみが腕を掴んできた。
「触るな、といった筈だが?」
「…いいじゃないか、触るくらい」
「初対面の相手に随分な仕打ちだな」
「……」
「……」
しばしの、沈黙。
「………っ」
「……………………っっ」
気付けばお互い、鼻の攻防戦となっていた。
いくら本物そっくりな手触りといえど、あの湿り気のある鼻は偽物だろうと踏んだ私は、その鼻に向かって手を伸ばし、鼻を触らせたくないのか、必死に私の両腕を手を抑えつける着ぐるみ。
「触らせろよっ」
「誰がさせるかっっ」
腕と腕をつかみ合い、最早レスリング。
らちがあかないと、私は着ぐるみの足に自身の足をかけ、隙をつく。
20㎝弱の差で、斜めに傾いだ着ぐるみは、そのまま呆気なく地面に仰向けとなる。
「うぐっ」
「ふふ…観念しろっ」
着ぐるみの上に馬乗りになって、ようやく相手を押さえ込むことに成功した。何故だか優越感がこみ上げてきて、私は心中で自身を殴った。
この体勢は、端から見ればただのいじめっ子だ。そして、この着ぐるみは明らかに子供。少なくとも、私との差は二つ三つだろうか。そんな相手を下にして、恥ずかしさというか、罪悪感が頭を埋め尽くしてしまったのは言うまでもない。
だが、触りたいもんは触りたい。自分の欲望には忠実ではないと、世界はつまらないものだと、どこかの誰かが行っていたような気がする。
私は迷いを捨て、着ぐるみの非難の声も無視して鼻先に手を伸ばし、ついにその湿った皮膚に指を滑らせた。
「~んの馬鹿がっ」
「!!!!?」
突如、着ぐるみの周りから発せられた眩い光。その光で視界はフリーズして、白一面となる。
何がなんだか分からないまま目をつむり、光が収まるのを待った。やっと消えた視界の白に、恐る恐る目を開いてみると、そこには――――――
『パートナー契約完了シマシタ』
「――――は?」
まるで二次元。モロに二次元。
とうとう頭が狂ったのか。目先には浮遊する電子板しか映すことしか許してくれない。異常なのは元からか。
「あァ――っ、たくよぉ…」
「え、ナニコレ。なにコレどゆこと、意味分からん」
混乱スイッチの入った私はもう疑問符しか浮かび上がってこない。おそらく脳内メーカーにかけたら98%はそれで埋め尽くされていることだろう。
思考回路まで凍結して動かない私のよこで、着ぐるみはその毛で覆われたモコモコの腕を持ち上げ、さらにはフニフニとした肉球で頭を抱え、表情がハイスペックな顔を暗くする。
「契約、お前がオレの鼻を触っちまったことで成立しちまった」
「え、ナニソレマジイミわかんネ」
「片言でしゃべるな気色悪い!!」
「うべぁっ」
殴られた、着ぐるみに殴られた。
そもそも着ぐるみとはお子様に夢を与える存在であるはずなのに、大丈夫かコイツ。
「オレは独り身だってのに…」
頭をかしかさと仁王立ちのまま掻く。いくら着ぐるみでも猫の姿に変わりはないのだから、私としては四つん這いになってやって欲しい。それこそ、子供たちの夢をぶち壊していることにかわりないのだが。
「とりあえず、なっちまったもんはしゃーねぇんだ。来い」
「は?一体どういう…ってうぁっ」
気づけば、私は着ぐるみに手を引かれ、上空を飛行する鳥よろしく、真っ逆さまに下へと落下していた。
「あああああぁあああああぁぁああぁああぁああああああああっ!!!?」