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それぞれの事情 恵の場合

 直純恵のSG参加理由は、至ってシンプルなものだった。

 自らの内側に燻る暴力衝動の消化。

 この一つだけだった。


 直純流古武術というものがある。

 恵は由緒正しい古武術を伝える家柄の次男だった。

 古くは戦国時代から続く血筋だとかなんとか。

 恵としては疑わしい限りだが、とにかく由緒正しい血筋らしい。

 隠密の戦闘集団として、表舞台には出ない技を磨いてきた一族……らしいのだが、今の時代、そのような技に意味などないと恵は思っている。

 ただし、その力は本物だ。

 その力を受け継いだ恵自身がそれを知っている。

 戦国時代の技。

 純然たる戦技倆を、この時代までほとんど劣化させることなく受け継いできた直純の血筋には、若干の呆れと敬意が同時に存在する。

 素手同士で戦えば、まず敗北はない。

 武器を持った相手であっても、それは同じ。

 自らの肉体を限界ギリギリまで殺人向けに特化した異端の武術。

 表立った殺人が禁忌とされる時代に移行してからも、『武道』ではなく『武術』、つまりは『殺人術』の技倆を保ってきた直純流。

 その技を秘門まで受け継ぐ人間は、表立った舞台でその技を振るうことを禁じられてきた。

 簡単に人を殺してしまえる技術。

 それは、簡単に使っていいものではない。

 その教えは正しいと思うし、そうであるべきだと理解している。

 しかし力を持った人間にとって、その力を振るう機会を封じられるというのは、想像以上にストレスが溜まるものなのだ。

 いっそ桐継のような門下生だったなら、と恵は思う。

 直純流は一般向けに門下生もとっている。

 恵の幼なじみである桐継はその門下生の一人だった。

 人を殺さずに済むギリギリのレベル。

 門下生に教えるのはそこまでだ。

 桐継はその最高レベルまで極めた時点で、門下生をやめた。

 これ以上教わることがないのなら、それは正しい判断なのだと思う。

しかし恵は違う。

 直純流こそ兄であるなおが継ぐことになっているが、直純の血筋である恵には尚同様にその全てを教えられている。尚に万が一のことがあった場合、直純流を継ぐのは恵になるということだ。

血筋を受け継ぐ者に限りその全てを分け隔て無く教える。

 永い時間を技を失うことなく、劣化させることなくこの時代まで受け継がせてこられたのは、そういう背景もあるのだろう。

 つまり、現時点における恵の役割は尚のバックアップなのだ。予備パーツと言っても間違いはないだろう。

「まあ別に、跡継ぎになりたかった訳でもないけど……」

 それなりに格式ある家になってしまった直純家は、自由奔放主義の恵にとってはどうにも堅苦しい。高校卒業して家を出てから、ほとんど実家に近寄らなくなったくらいだ。

 跡継ぎではないから、という理由で大学進学も拒否した恵は、今現在フリーターをやっている。体力だけは それなりにあるので、体力仕事を選べばそれなりに食べていくことは出来る。

 ……ただ、時々どうしようもなく渇いた気持ちになってしまうのだ。

 幼い頃から身に付けた最高レベルの戦闘技倆。

 その技倆を振るう機会を一切奪われている今現在。

 力を、もてあましている。

 どうしようもなく、暴力的な気分になることがある。


 そんな時にSGの噂を聞いた。

 これだ、と恵は拳を握り締めた。

 ガッツポーズで空へと拳を振り上げて、迷うことなく参加を決めた。

 表舞台ではないので遠慮なく技倆を振るうことが出来る。

 いや、直純流が不味いというのなら、いっそ武器を持ってもいい。戦闘能力は二割ほど下がるが、その程度なら恵にとって大した問題ではない。

 非殺傷武器なら何でもいいというし、好みとしては日本刀を選びたいところだ。峰打ちか刃引き仕様にすれば問題はないだろう。骨くらいは折れるかもしれないが、命に別状はないはずだ。そこは恵が気を付けてやればいい。

 戦いたい。

 暴力を振るいたい。

 自らの内に潜む物騒な衝動を、このゲームが満たしてくれる。

 チーム戦ということなので桐継を誘ってみたら二つ返事でオッケーしてくれた。

 三人ほど足りないが、アマチュアが相手なら恵と桐継だけで十分だ。

 それは自信過剰でもなんでもなく、客観的に正しい判断だった。

 恵は制限を取り払って本気を出せば、現役の武闘派警察官五人が相手でも勝利を収めることが出来る。もちろん日頃から訓練を怠らずに鍛えているプロフェッショナルが相手だ。

 だからアマチュア参加者が多く集まるであろうSGが舞台ならば、二人いれば余裕なのだ。

 ……足手まといさえ居なければ、本当に余裕だったはずなのだ。

「……いや、本気で足手まといなんだよね、火錬ちゃんってば」

 アパートの一室でカップラーメンを啜りながら溜め息をつく恵。

 塔宮グループにチーム登録した時に引き合わされた少女は、戦力としてはほとんど期待できない素人だった。あまりにも見ていられなかったので恵自身が師匠を買って出て短期的に鍛え上げているくらいだ。

 アマチュアとしてはまずまずの力量だと思う。

 剣道部の助っ人参加もしたことがあると言っていたので、ずぶの素人という訳でもないのだろう。

 才能のある素人。

 その才能は恵も認めているが、果たしてそれを磨いていいものかどうか、悩みどころではある。

 力をつければつける程、その力に引き摺られる恐れがある。

 恵のように。

 日常的に暴力衝動を抑え込まなければならないような状態にしてしまうわけにはいかない。

 しかし火錬にはそれだけの才能があることも確かなのだ。

 恐らく、本格的に鍛えればかなり強くなる。

 だがそれは必ずしも本人にとっていい事ではないのだ。

「少なくとも、SGを勝ち抜けるだけの力量を身に付けさせればいいわけだが……」

 そのさじ加減が難しい。

 もともと誰かに教える立場に立ったことがないので、尚更戸惑ってしまう。


 しかし、心配事を抜きにすれば、足手まといが居る状況はそこまで悪くはないとも思っている。

 足を引っ張られるということは、それだけ苦戦させられるということ。

 つまりは、手加減しなくてもよくなるということだ。

 暴力に飢えている恵にとって、それは歓迎できる事なのだ。

「どこまで行けるか分からないけど、まあやれるだけやってみるかな」

 食べ終えたカップラーメンをテーブルに置いてから、そのまま寝転がった。

 思ったよりも疲れていたらしく、恵はそのまま眠りにつくのだった。


さりげにデンジャーな恵たん。

恵たんは三日くらい餌を与えられていない狼のような内面ですにゃん。つまり、肉に飢えてますみたいにゃ?

火錬ちゃんの前ではセクハラ願望丸出しですが、実際は真面目に心配してたりもするのですよ~、的なエピソードでした。

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