悊人との内緒話
その数日後。
病室に備え付けられているテレビを火錬はようやく起き上がれるようになった身体で眺めていた。
『昨夜、雷堂医薬品の会長である雷堂秀次氏が帰宅途中何者かに襲われました。雷堂氏は命に別状はありませんでしたが全身の骨を奇妙な折られ方をしており、治療に当たった医師の話によりますと、今後は通常の生活を送ることは不可能かもしれないとのことです。雷堂氏を襲ったのは覆面をした全身黒尽くめの男で、彼は武器を使わずに素手で暴行を繰り返したとのことです』
「……なんか変なニュースだね。素手で全身の骨を奇妙に折るって、どんな風だろう?」
火錬が烏龍茶のペットボトルを口に含みながら首を傾げる。
「さあな~。まあオレ達には関係ないし気にすることもないんじゃないか?」
隣のベッドで同じニュースを眺めていた恵もしれっとした表情で返す。
「師匠ならどうやったか見当が付くんじゃない? 一応素手格闘の専門家でしょ?」
「まあな。でも飯が不味くなるだろうから聞かない方がいいと思うぞ」
「……それは困る。ただでさえ不味いのにこれ以上不味くなるのは嫌」
「じゃあこの話はこれでお終い」
「仕方ないわね」
「オレちょっと売店に行ってくるけど火錬ちゃん何か欲しいものある?」
火錬はまだ動くことが出来ないので、恵の買い物のついでに火錬の頼まれたものを買ってきたりしている。
「んー。じゃあ週刊誌。ジャンプ読みたい」
「……了解」
恵は軽く手を振ってから病室を出た。
一人になった火錬は微妙な表情で首を傾げる。
「そう言えば師匠昨日の夜どこか抜け出したみたいだけど……医薬品って例の首謀者かもしれないし……ううん……まさかねぇ……」
火錬はこれ以上その件について深く考えるのをやめた。
終わった事件について考えても仕方がないからだ。
恵が売店でジャンプとスナック菓子を購入していると、
「やってくれたね、恵君」
と背後から声をかけられた。
「………………」
恵は振り返らないまま会計を済ませる。
「どうも、塔宮さん」
恵は悪びれもせずに笑う。
二人は最上階にある喫茶店まで移動して、席に着いた。
コーヒーを二人分注文してから、届けられるまでの間に用件を切り出す。
「まったく。とんでもないことをしてくれたね」
「何を今更。ちゃんと言われた通り殺さない程度に留めたじゃないですか」
「だからといってあそこまですることはないだろう。雷堂氏は今後二度と立ち上がることは出来ないそうだよ。まったく、どうやったらあそこまで効率的に人間の身体を壊すことが出来るんだか」
「それどころかまともに両腕も動かせないでしょうね。一生介護が必要な生活になったわけです」
「………………」
「マフィアに脅された程度でオレ達を巻き込んだ落とし前はつけさせて貰いましたよ。火錬ちゃんは撃たれたし、女の子なのに身体に一生残る傷を負うことになりました。オレも、桐継も、火錬ちゃんも、満月ちゃんも、あの時死んでいたかもしれない。塔宮さんの援軍があと少し遅かったら間違いなくそうなっていました。たかだか未発表の抗体医薬ごときが原因でそんな事に巻き込まれたんですよ。それでもやり過ぎと言いますか?」
「……言えないな、それは」
恵達が理不尽な事情に巻き込まれたことは確かなのだ。
結果として大した怪我はしていないかもしれないが、それは彼ら自身の努力と機転で切り抜けた結果に過ぎない。もしも巻き込まれたのがもう一つのチーム『緋色の爪』であったなら、全員が死んでいた可能性も高い。記録映像を見る限り、『緋色の爪』の戦闘能力は『アウトロー・ヘヴン』に遠く及ばない。
恵が本気で怒るのも当然のことだった。
「証拠を残したつもりはありませんが、問題があるようでしたら隠蔽工作の方もお願いします。情報をくれたのは塔宮さんですから最後まで付き合って貰いますよ」
「………………」
心底苦り切った表情の悊人に対して、恵は楽しそうに口元を吊り上げた。
「心配しなくてもこの事件はこれでお終いです。これ以上何らかの干渉をするつもりはありません。オレも桐継も火錬ちゃんも満月ちゃんも、元いた日常に戻りますよ。だから塔宮さんはこれ以上心配しなくても大丈夫です」
もう二度とSGに参加することもないだろう。
四人はそれぞれの日常に戻る。
それぞれの、或るべき日常に。
「分かった。私もこの件でこれ以上君を責めることはしない。この件はこれでお終いだ。それでいいのだろう?」
「ええ」
「では面倒が片付いたところで君に質問したい」
「?」
「君はこれからどうするつもりだ?」
「どうする、と言いますと?」
「そのままの意味だ」
「と言われてもねぇ。今まで通り適当なフリーター生活に戻るつもりですけど? まあ金が入ったからちょっと旅行に行くのも悪くないかもしれないですね。ヨーロッパあたりをぶらっと一か月ほど回ってみたいですし」
「なるほど。何かやりたい仕事があるわけではないし、決まった就職先があるわけでもない、ということだな?」
「?」
どこか楽しそうな物言いをする悊人。
何を言いたいのかが分からずに首を傾げる恵。
「実は恵君に紹介したい仕事があるんだが、どうだろう?」
悊人は楽しそうな表情を崩さないまま、そんな風に切り出した。
いよいよクライマックスを通り越してエピローグに突入しました。
平和な日常が戻ってくる4人はいったいどうなるのか?
もう少しお付き合い下さいね~(^o^)




