小学生に宥められるのは地味に凹みます!
そこは都心からわずかに離れた郊外のマンションだった。
都心の喧騒から離れ、それでいて不便さを感じるほど閑散としてもいない。
マンションの一階にはコンビニエンスストアがあり、徒歩十分ほどの場所にはスーパーもある。
ロビーには警備員も詰めており、エントランスホールや通路には監視カメラも設置してある。
女の子二人を住まわせるには比較的安全だと言えるだろう。
「……すご」
「こんなごうかなマンション、初めて見たよ……」
貧乏暮らしの長い少女二人は唖然となりながらマンションへと足を踏み入れる。
「塔宮さんも太っ腹だな~」
「過保護と言えなくもないがな」
興味本位でついてきた男二人も若干の呆れ交じりにマンションの中へと入る。
「お待ちしておりました」
警備員の一人が挨拶をしてくる。
「黒鋼火錬様と夜乃満月様ですね。会長よりお二人を案内するように言われております。私はこのマンションの常駐警備員をしております、桜井と申します」
「あ、はい」
「よろしくおねがいします」
ガタイのいい警備員に頭を下げられて恐縮する火錬と満月。
「……制服に塔宮警備保障って書いてあるな」
「ああ。あの人もかなり手広く色々やってるらしい。このマンションも塔宮グループ所有らしいぞ。だから面倒な手続きとか一切なしだと言っていた」
後ろで見ていた桐嗣と恵は二人に聞こえないようにひそひそと会話する。
四人は桜井に案内されて六階までエレベーターで昇る。
角部屋まで案内されて、そのまま中に入った。
「うわ、豪華!」
「ぴかぴかだよかれんお姉ちゃん!」
傷一つない真っ白な壁。
てかりで眩しく見えてしまうフローリング。
皺ひとつないシーツで整えられた二つのベッド。
今日から入るというのに、必要だと思われる家具がすべて揃えられている。
冷蔵庫を開けると、ぎっちりと食べ物が入っていた。
ただし調理しないと食べられないものばかりだが。
インスタントものは一つもなかった。
この辺りも過保護な空気を感じる。
「うわ~。有難いけど、ちょっと困ったな。私、料理苦手なんだけど」
「火錬ちゃん。それ、一人暮らしの女の子のセリフじゃないよ」
「う、うるさいなあ師匠! 一人暮らしの女の子がみんな料理上手だなんて思ったら大間違いなんだから!」
「……それ、男のセリフだと思うなぁ」
かなり呆れた視線を向けてくる恵にきゃんきゃんと言い返す火錬。
そんな二人を見た満月が、
「だいじょうぶだよ、かれんお姉ちゃん。わたし留守番しているときが多かったからちゃんと料理できるよ。だから心配しなくてもだいじょうぶ!」
火錬を安心させようとしてそう言うのだが……
「うぅ……子供の厚意って時に恐ろしく残酷だよねぇ。悪気がかけらほどもない分、さらに突き刺さるわぁ」
小学生にそんな宥め方をされた火錬としては、さらに凹むしかなかった。
「え? あれ? かれんお姉ちゃん?」
自分の何が悪かったのか理解できない満月はおろおろして恵と桐嗣を見る。
「大丈夫。満月ちゃんは悪くない」
「ああ。満月ちゃんは悪くない。火錬が馬鹿なだけだから」
「?」
よく分からない満月は首をかしげるばかりだった。
「それでは私はこれで失礼いたします。何かお困りの事や足りないものがありましたら遠慮なくおっしゃってください。すぐに対応します」
「あ、はい。ありがとうございます。今のところは大丈夫です」
「だ、だいじょうぶです!」
ぺこりと頭を下げて退室しようとする桜井に戸惑いながら対応する火錬と満月。
貧乏暮らしが長いとブルジョアに耐性がなくて逆に困るらしい。
「ここで、暮らすんだね。しばらく……」
「うん……」
広い室内。
ぴかぴかの床。
最新の電化製品。
グッドアクセス。
二人とも一生縁のないものだと思っていただけに、ちょっと途方に暮れてしまっている。
六畳一間の壁にシミやひび割れがあるぼろアパート。
いつ修理に出す羽目になるか心配になる家電。
最寄りの駅までは自転車で十五分ほどの微妙なアクセス。
それが、今まで二人がいた世界だった。
そんな場所にすらいられなくなった二人がこれから暮らす場所がこんな好条件などといきなり言われても、戸惑いの方が大きくなるのは当然だった。
「とりあえず、あんまり私物を増やすのはやめておこうか。そんなに長い間ここに居るわけじゃないだろうし」
「うん」
長くともSG開催中だけだろうと思っている二人はそんな風に言った。
「……どうかな。この過保護ぶりだとなんだかんだで安定するまで面倒みそうな気がするのはオレだけか?」
「いや。俺も同感だ」
せっかくいい場所を提供してもらったんだから、今度からSG終了後はここで打ち上げ&山分けをしようという事になった。
これから先は賞金額も一千万円以上になることだし、さすがに居酒屋で打ち上げついでに分配、というのは危険すぎる。うっかり店員が入ってきたりしたら騒ぎになりかねない。
こうして、火錬と満月は新しい住処をゲットすることができたのだった。
至れり尽くせりな待遇に、絶対に今度も勝ち抜いてやろうとやる気を新たにする二人だったが、それはそれで悊人を複雑な気分にしてしまう事に気づいていないのだった。
一人暮らしだからって料理が出来るっていうのは確かに偏見ですにゃ~。私も会社の寮生活時代は色々と酷い目に遭いましたにゃ~。誰かの部屋で飲み会をすると必ず料理担当が私になる。いやいやいやお前らも何か作れや!とか怒鳴りたくなったものです。




