マンガ怖い!
寺から出た恵達は、すぐに悊人に電話した。
「ええ。そういう訳で夜乃満月を新しくチーム登録してもらいたいんですが」
『……あんまり感心しないが、モニターでも確認した。夜乃満月ちゃんの実力はかなりのものだね。条件付きではあるが、認めよう』
電話の向こうで悊人は厳しい口調で応える。
やはり小学生をSGに参加させることは快く思っていないらしい。
「条件……?」
『子供を危険な目に遭わせたくはないからね。前衛ではなく中衛か後衛で参加させること。可能な限り守ってあげること。怪我をしたらすぐにリタイアさせること。この三つを守れるなら、登録を認めよう』
「それはもちろんオレ達も同意見です。ただ、満月ちゃんをこのまま放置させるのは危険だと思います。彼女の戦闘力は驚異です。今回の戦闘をモニターしていた主催者の中に、彼女を引き抜きたいと考えた人間が何人かいると思います。チームが敗北した以上、満月ちゃん自身は現在フリーですからね。その場合、塔宮さんのような配慮をしてくれるとは限らない。違いますか?」
『確かにそうだな……』
「そして満月ちゃんには火錬ちゃんと同じく金銭を必要とする切実な理由があります。だからまだチャンスがあるなら参加しようとするでしょう。それならオレ達と一緒の方がまだ安全だと思いませんか?」
『分かった分かった。登録はしておくからくれぐれも彼女を危険な目に遭わせないでくれよ。子供が大怪我するような事態は御免だからな』
「はい。ではお願いします」
恵は電話を切った。
満月の方を振り返り、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。
「これで満月ちゃんはオレ達の仲間だ。まだSGに参加することが出来るぞ」
「ほんとう!?」
ぱっと顔を輝かせる満月。
「本当だ。ただし今回は敗者だから賞金は無しだぞ。次に勝ち進んだらちゃんと分け前をやるからな」
「うん!」
自分の立場はきちんと分かっているらしく、満月は不満を漏らしたりはしなかった。
「じゃあ先に満月ちゃんを送ってくるかな。恵と火錬は道場の方へ行ってくれ。後から合流する」
桐継が言う。
満月はあれからずっと桐継の手を握ったままだ。
どうやら相当に懐かれてしまったらしい。
なので送り届け役も自然と桐継の役目になってしまう。
「満月ちゃん。家はどこだ? 送っていくぞ」
「………………」
満月は桐継の手を握ったまま、うつむいた。
「?」
「ええと……先週、追い出されちゃった……」
「………………」
「………………」
「………………」
泣きそうな満月の台詞に、一同沈黙。
母親が入院してから家賃が払えなくなってしまったらしい。大家から督促の手紙が来ていたらしく、それが段々脅し文句のような内容になっていき、更には追い出し屋までやってきたという。
「学校から帰っておかあさんのおみまいに行こうとしたら、いきなり知らない男の人たちがやってきて……たなとかつくえとか、れいぞうことか、みんな外に出しちゃって……」
「……うわぁ、それってかなり悪質な追い出し屋なんじゃ……」
火錬が思わず呻く。
恵と桐継も気分が悪そうに眉を顰めた。
「さいしょはおかあさんの病室に行こうと思ったんだけど、よく考えたら手術前に心配かけるのってよくないかなって思って……」
「健気だ……」
「健気だけど色々間違えてるぞ、この子」
「でも健気だ……」
じーんとしたり呆れたり反応は様々な三人だった。
「チームマスターがゲーム参加中はホテルに住まわせてあげるって言ってくれたけど、負けちゃったしチームもやめちゃったから帰るのはまずいかなって思うの……」
「そりゃあ帰りづらいわな……」
そもそも負けた上に引き抜きに応じた子供の面倒を見てやる義理などないだろうし。そうなると本格的に満月は宿無しになったわけだ。
「ふむ。では満月ちゃんさえ良ければしばらくウチに来るか?」
「え?」
「子供一人くらいならしばらく置いておける余裕はある。満月ちゃんのお母さんが退院するまでならウチで暮らすか?」
桐継の提案にきょとんとなる満月。
「ええと……いいの?」
「もちろんタダじゃない。三食風呂寝床つきで一日あたり千円もらおう。支払いは賞金が入ってからでいい」
「……タダだって言わない辺りが微妙だよね、キリ先輩」
「でも千円なら安いぞ。二回戦までで稼いだ賞金があるし、払えない金額じゃないだろう。それにお金さえ払っておけば迷惑をかけているという負い目も和らぐしな。あれはあれで桐継の優しさだとオレは思うぞ」
「なるほど。そういう考え方もあるね」
結局、満月は桐継のアパートに世話になることを決めた。
それから道場で賞金の分配を終わらせ(今回は一千万円だったので一人あたり三百三十三万円。残りの一万円はチーム歓迎ということで満月へとプレゼントされた)、それぞれの家に帰ることになる。
恵と火錬と別れた桐継たちは、手を繋いでアパートへ戻ろうとする。
その帰り道、
「きりつぐお兄ちゃん」
「ん?」
「これ、十日分。これからお世話になります」
満月は先ほど貰った一万円を桐継へと差し出す。
一日あたり千円ということで、十日分の前払いらしい。
「……ああ。まいどあり」
桐継も特に断る理由はないので受け取っておく。子供から金銭を巻き上げている居心地の悪さはこの際我慢する。
「ありがとう。お兄ちゃんたちがなかまにしてくれたおかげで、わたしまだがんばれるよ」
「ああ。その分ウチの戦力として期待しているからもっと頑張れ」
「うん!」
小さな手にぎゅっと力が入るのを微笑ましい気分で感じながら、桐継は口元をほころばせた。
「そう言えば、少し質問したいんだがいいか?」
「うん。いいよ」
どうしても気になっていたことがある。
いい機会なので訊いてみることにした。
「満月ちゃんの糸遣いの技術、それはそれは大したものなんだが、そんな物騒な技術、一体誰に教わったんだ?」
そこが気になっていた。
夜乃満月はごく普通の小学四年生。
少なくとも本人はそのつもりだ。
どこか怪しげな組織に身を置いていた訳でもないし、幼い頃から特殊な訓練をしていたわけでもないし、ましてや恵のような流派の継承者でもない。
「だれにも教わってないよ」
「?」
「ええとね……マンガで糸を使って敵をしばりつけてるかっこいいキャラがいてね、あんな風に使えるようになったらかっこいいかな~って思ってれんしゅうしてみたの」
「………………」
「さいしょはちょっとむずかしかったけど、今はけっこう思い通りにできるよ」
「……恐るべし少年マンガ」
「?」
どうやらマンガのキャラがかっこいい! という理由だけで練習してみたら使えるようになったらしい。
その程度で使えるようになる満月の才能も恐るべきだが、更に恐るべきはそんな切っ掛けを与えてしまう少年マンガという情報源だろう。
夜乃満月は幸か不幸か糸遣いとしての才能があったわけだ。
「才能があるのは分かったけど、くれぐれも気を付けろよ。満月ちゃんのそれは加減を間違えると本当に人を殺しかねない。分かるか?」
あっさりと輪切りにされていく立木を思い出しながら、桐継は注意する。
本当はこんな小さな子供にあまり厳しいことは言いたくないのだが、加減を知らない子供だからこそ今のうちに理解させておく必要がある。
「うん。てかげんのれんしゅうをこれからがんばるつもり」
「いい子だ」
きちんと理解してくれている満月の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
満月は嬉しそうに撫でられていた。
本当にこんな子供がいたらマジで怖いよ?
そのうち曲絃糸遣いみたいになっちゃうよ!?
バラバラ死体が出来上がっちゃうよ!?
とゆーわけでほどほどに加減を覚えてね満月たん。




