泣くな!
「なんか、また火錬ちゃんが足を引っ張るようなヘマをやらかしたような気がする」
正解。
恵は何の問題もなく樹の上に陣取っていた狙撃手を倒してから、嫌な予感に頭を抱えた。
桐継の方も屋根上に陣取っている狙撃手を倒した頃だろう。
先に室内に陣取っているであろう残り一人を片づけたいところであるが、火錬の様子を見にいくかどうか少し悩む。
悩んでいると、桐継が合流してきた。
「恵。火錬が捕まった」
「………………」
「何で拘束されているのかは分からないが、墓地で動きが止まっている。姿勢が変だから恐らく何かで拘束されているんだろう」
屋根上から火錬の動きを確認していた桐継は自分が見たモノをそのまま伝える。
「……糸か何かかな?」
「だろうな。少なくとも遠距離での目視確認は不可能だった」
「じゃあ近寄るしかないか」
「だが、どうする? 糸遣いだとしたら迂闊に近寄ると火錬の二の舞だぞ。それに、狙撃手はもう一人残っている」
「そっちはオレが行く。桐継は遠くから様子を窺ってみてくれ。糸遣いは地形を利用して罠を仕掛けるタイプがほとんどの筈だから、迂闊に近づかなければ多分大丈夫だ」
恵が道場にいた頃に対峙した糸遣いはそのタイプだった。
地形効果を利用して罠を張り巡らせ、相手が引っかかるのを待つ。
肉眼で捉えにくい糸を使う場合が多いので、罠にかかる直前までそうだと気付くのは難しい。
だが罠を待つタイプは近づかなければ安全という弱点がある。
獲物が罠にかかるのをひたすらに待つ受け身タイプの敵ならば、牽制している間にこちらが『宝』を見つけることも可能なのだ。
「分かった。出来るだけ牽制しておく。だがもしもヘマをしたらあとは頼む」
「……珍しく自信なさげだな」
「今の火錬をああまで簡単に捕らえる事が出来る敵を甘く見るつもりはない」
「なるほど」
馬鹿だ馬鹿だと言いつつも、火錬の成長はきちんと認めているわけだ。
「じゃあオレは残りを片づけてくる」
「ああ」
二人は一旦別れた。
桐継は恵と別れた後、火錬の位置を確認しながら、慎重に近づいていく。
木や石に引っ掛けられた糸がないかどうか。
地面に張り巡らされていないか。
罠を仕掛けられるギリギリの領域を見極めようとしている。
「………………」
火錬との距離は十メートルほど。
今のところ、罠の気配は見られない。
飛び道具を使えば火錬を助けることも可能か?
などと桐継が思考を巡らせていると、
ぴん、と自分の身体に巻きつく何かを感じた。
「しまったっ!」
逃げようとしたときにはもう遅かった。
糸は完全に桐継の身体を支配している。
迂闊に逃げようとすれば糸が肉に食い込んで大怪我をしてしまう。防護服の性能を考えれば腕や胴体はまだ無事かもしれない。だが首に巻きついた糸だけはどうにもならない。
首が絞まれば、死ぬ。
「く……」
姿が見えない敵に舌打ちしながら、桐継は心の中で恵に詫びた。
前回に続いて二度目の失態。
パートナーとして参加しているはずなのに足を引っ張っている自分自身が猛烈に許せなかった。
「うごか……ないで……」
「?」
背後から女の子の声が聞こえた。
「いま、くびの糸だけはずすから……ごめんなさい……」
「………………」
「まだうまくあやつれなくて……まちがえてくびしめちゃった……」
「………………」
幼い声だった。
身長は一四〇センチくらいだろう。
慣れた手つきで首の糸だけを外してくれた。
桐継から三メートルほど離れた位置で、指を動かすだけで。
「………………マジか」
そして桐継の胴体へと次々に糸を巻きつけていき、近くの木に縛りつける。
それらの動作を離れた位置から、指の動きだけで行っている。
目深にかぶった帽子のせいで顔は分からないが、間違いなく幼い女の子だろう。
「……ええと、ゲームが終わったら糸は切ってあげるね。だからもうちょっとだけ、ここにいて」
「………………」
たどたどしい喋り方をする女の子は、そのままぺこりと頭を下げてからきょろきょろと辺りを見渡す。
恐らくは恵を探しているのだろう。
「ええと……かくれたほうがいいかな……」
女の子は茂みの方に隠れていく。
「……いや、そこに隠れても俺が教えたらバレバレじゃないか?」
拍子抜けしてしまった桐継は女の子にそんな突っ込みを入れる。
「あう……そっか……そうだね……ええと、どうしよう……」
女の子は困ったように首を傾げる。
「どうしようって言われてもな……」
「くび……しめたらしゃべれなくなる……?」
「……それは勘弁して欲しいんだが」
加減を間違えられると死ぬし、と続ける。
「それに、バラす必要はなくなった」
「え……?」
女の子はきょとんとなって振り返る。
自分の首筋に刀が突きつけられているのに気付いたのは、あまりに遅かった。
まるで素人の反応だ。
「そのまま、動くな」
恵が冷たい声で告げる。
「………………」
女の子はついっと指先を動かした。
「なっ!?」
その瞬間、恵が持っていた刀が宙に浮いて飛んでいった。
「こわいから、だめ……」
女の子はそのまま両手の指を動かす。
「ちっ!」
恵は咄嗟にその場から飛び退いた。
「あ……」
恵の後ろにあった木が、糸に巻きつかれて輪切りにされた。
「げえっ!?」
桐継が思わず呻く。
俺はあんなものを身体に巻きつけられ、なおかつ首に巻きつけられていたのか!
加減を間違えられたらギロチン一丁上がりじゃねえかっ!
「………………」
恵も同じ事を思ったのか、女の子を見て顔をしかめている。
「まさか地形効果を必要としない、攻めの糸遣いがいるとはな。驚きだ」
「あ、よけられちゃった……」
女の子は次々と糸を繰り出していく。
恵は一秒たりともその場に留まらず、動き続けている。
避けているのではない。
そもそも糸の攻撃など目視で捉えることなど出来ない。
ただ、真っ直ぐに狙ってきているであろう女の子の攻撃目標地点を見抜いて動いているだけだ。
次々と輪切りにされていく立木。
非殺傷武器どころではない。
あれは立派な殺傷武器だ。
こんな物騒な奴参加させるな!
と心の中で主催者を罵倒しながら、恵は動き続ける。
「ちっ……気乗りはしないが、仕方ないか」
恵はその場にあった小石を二つほど拾い上げて、女の子へと投げつける。
「あうっ!」
その二つは女の子の両手首に当たる。
手の、指の動きさえ封じてしまえばこっちのものだ。
恵は一気に女の子への間合いを詰め、その小さな首を掴んで押し倒す。
「あっ!」
「妙な真似をしたらへし折るぞ」
圧迫しすぎないように気を付けながら、それでも安心させないように強めに首を絞める。
「降参しろ」
「………………」
女の子は押し倒されて動けないまま、恵を見上げる。
「うぇ……」
「………………」
そのままじわりと涙を滲ませる。
「ふぇ……」
「な……」
その弱々しい表情に思わずぎょっとなる恵。
「うわああああああん……!」
「うわ……泣くな! オレが悪かったから泣くな!」
いきなり泣き始めた女の子に恵の方が戸惑ってしまう。慌てて首から手を離し、しかし女の子の凶悪な両腕だけはちゃっかり拘束して縛りつけてから必死で宥める。
「ほら、もう首を絞めたりしないぞ? な? だから泣きやんでくれ~。ちょっとお兄さんいたたまれないからさ、な?」
「ひぐ……えぐっ……」
「ほらほら~、怖くないぞぉ~」
「うわああああん!」
「ええ!? オレの顔そんなに怖いのか!?」
なんとか女の子を宥めようと笑いかけていたつもりなのだが、余計に泣かれてしまったかなり傷つく恵。
「あ~、取り込み中悪いんだが、助けてもらえると嬉しい……」
そんな中、桐継が言いにくそうに恵へと助けを求めた。
「うわ。すまん、一瞬忘れてた」
「………………」
恵は桐継を縛りつけている糸を次々にナイフで切断していった。いざという時の為に持っていた刃物だが、意外なところで役に立った。
「ああ、火錬ちゃんの方も助けないとな」
「おそいよ~」
少し離れた場所から火錬が不満そうに言う。
「捕まる方が悪い」
「うう。それを言われると弱いけど」
「でもまあ、今回は仕方ない。相手が悪過ぎたな」
「よく分からない内に動けなくなっちゃった……」
糸を切って貰って動けるようになった火錬は、両手だけ後ろに縛られて泣き続ける女の子に視線を移す。
「……ええと、この子がやったんだよね……?」
信じられないが、と言いたそうだ。
「間違いなくこの子だ。地形効果で罠を必要としない、受け身ではなく攻めの糸遣い。指先一つで自由自在に複数の糸を操る恐るべき使い手だ」
「うーん。見えない。でも、捕まったしな~」
「俺も気を付けてはいたんだが……」
「火錬ちゃんはともかく桐継は悪くない。糸遣いは罠を仕掛けているのがほとんどだっていうオレの事前情報で混乱させちまったからな。むしろ謝るのはオレの方だ」
「そう言ってもらえると多少は気楽だが」
「私はともかくってひどくない!?」
「火錬ちゃんが足を引っ張るのはいつもの事じゃないか」
「うわっ! 今心の傷抉った! ぐさっと抉ったよ!?」
確かに一回戦も二回戦も、火錬がメインで足を引っ張っていた。
自覚はあるのだが面と向かって言われるとかなり傷つく火錬だった。
恐怖のロリ糸遣い!
火錬ちゃんには厳しい二人も泣き虫なロリ少女には弱いのですな~。
まあいきなりマジ泣きされたらそりゃあ引くわな……




