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お兄ちゃんだよ?

 後日、焼き肉屋に繰り出した恵達は、第二回戦突破祝いということで、高級霜降り和牛を思う存分堪能していた。

 お店のレジ付近に高級そうな木板に『松阪牛』と書かれている。

 つまり、松阪牛を出すお店だということだ!

 ビバ松阪牛!

 霜降りハラショー!

 ……などと盛り上がりながらひたすらに肉を貪る若者三人。

「うまっ! 口の中でとろける肉最高!」

 うまうまと繰り返す恵。

「いやいやそれよりも特筆すべき点は、ひっくり返している時に千切れてしまう柔らかさだろう!」

 桐継さえも興奮ぎみに答える。

「あーもうなんでもいい! 美味しい美味しい素晴らしい! 松阪牛最高!」

 そしてそもそも霜降り和牛自体数えるほどしか食べたことのない火錬は言語中枢がわずかにショートしていた。

 ちなみにこのお店、コース料理は存在しない。

 全て単品注文になる。

 なので、恐ろしく高い。

 二万円を焼き肉に費やそうとしたのだが、これは早々に突っ切ってしまいそうだ。

「今日は思う存分食べよう! 予算越えした分はオレが出すから心配しなくてもいい。上から順番に頼む勢いで食べ尽くしてくれたまえ!」

 恵がビールジョッキを片手に宣言する。

「……太っ腹なことだな」

「師匠最高! 遠慮なく食べる!」

「おう! 遠慮なく食べてくれ火錬ちゃん!」

「………………」

 若干の後ろめたさからの太っ腹。

 先日ゲットしたロマネ・コンティ一九九〇、つまりは二五〇万円分のワインをしっかりばっちり胃袋に収めてしまった恵としては、ある意味当然の行動なのかもしれない。

 そして事情を知っている桐継はやれやれと肩を竦めながら、それでも遠慮なく一番上のロース特上を注文した。

「……次は十五年熟成柏盛をリクエストしてみよう」

 ぼそりと呟く桐継に、

「おいおい……それって確か年間五本限定じゃなかったか……?」

 などと返した。

「ロマネ・コンティに較べたら可愛いものだろう」

「そりゃあ確かに」

 火錬に聞こえないように囁き合う。

 十五年熟成・柏盛。

 片山酒蔵のハイエンド商品。七二〇ミリリットルで五万円也。

「あ、特上カルビ追加お願いしまーす」

 火錬はそんな二人のやり取りなど気にせず、次々と肉を注文していく。あの小さな身体のどこにそこまで収まるのだろうと少々疑問に思う恵だった。

 そんな感じで楽しく過ぎていく打ち上げ……のはずだった。

 一人の部外者が乱入してくるまでは。

 

「………………」

 突然現れたそいつは、恵とよく似た顔立ちをしていた。

 黒い髪に黒い瞳。恵よりも身長はわずかに高く、スーツがよく似合う青年といった風体だ。

 三人が焼き肉を楽しんでいる中、その男は突然目の前に現れたのだ。

「相席、構わないかな?」

 そして尋ねてくる。

「席なら他にも空いてるだろう?」

 返答したのは恵だった。

「お前に話があったんだ。お前と相席でなければ意味がない」

「……オレにはないんだがな」

「そう言うな」

 返答を待たずに火錬の隣に腰を降ろす男。

「失礼するよ、お嬢さん」

「は、はあ……」

 よく分からないまま首を傾げる火錬。だが、

「あ、こげちゃう!」

 見知らぬ乱入者よりも焦げていく松阪牛の方が大事らしく、すぐに肉の方へと注意を逸らす。手早く野菜の上へと避難させて、一切れを口に含む。

「よし、セーフ」

「………………」

「………………」

 緊張感ゼロな光景だった。

「で、一体何の用かな? 兄貴」

「へ?」

 兄貴、という言葉に反応して、再び火錬は横を見る。男はにっこりと笑いかけて、それから自己紹介をする。

「初めまして、お嬢さん。俺は直純尚なおずみなおと言います。そこにいる直純恵の兄です」

「はあ、お兄さんですか……」

 言われてみればよく似ている、などと思いながら火錬はもぐもぐと肉を頬張る。

「できればお嬢さんの方も自己紹介をして貰いたいものだが」

「しろと言うならしますけど、必要ありますか?」

「?」

 意外な切り返しにきょとんとなる尚。

「事前連絡も無しにここへやってきたという事は、ある程度私たちのことは知っているんでしょう? つまり私のことも知っているはずですよね。知っている相手に自己紹介を求めるなんて、無駄じゃないですか?」

 もぐもぐと再び肉を頬張りながら切り返す火錬。

「………………」

 尚はまじまじと火錬を見詰めながら、くすりと笑った。

「……なるほど。馬鹿だという事前情報は当てにならないな。なかなか聡明なお嬢さんだ」

「……その事前情報を流したのが誰かというのは気になりますけど」

 馬鹿呼ばわりされた火錬はむっとして尚を睨む。

「ほうほう、オレ達のことをよく調べているみたいだな。特に火錬ちゃんが馬鹿だということまで知られているとは、いやはや恐れ入った」

「納得しないでよばか師匠!」

 言い返しながらも、肉を食べるのはやめない。

「……それで、今日は何を言いに来たんですか? 尚さん」

 崩れた場を整えるように桐継が言う。

「君とは久し振りだな、桐継君。道場をやめた時以来か」

「そうですね。三年ぶりくらいですか」

「君は才能ある門下生だったから惜しいと今でも思っている。どうだ、今からでも戻ってくる気はないか?」

「生憎と。自分が学べることは全て学んだつもりでいますので」

「……残念だ」

 本当に残念そうに、尚は肩を竦めた。

「ったく。世間話をしにきたワケじゃないんだろう? さっさと用件を言え。オレ達は楽しい打ち上げ中なんだ。美味しいお肉を美味しく食べたいんだよ。さっさと済ませてさっさと帰れ」

「……まるで俺がいると食事が不味くなるみたいじゃないか」

「まるでじゃなくてそう言ってるつもりなんだが」

「………………」

 はっきりすぎる物言いにやや鼻白む尚。

「……嫌われたものだな」

「別に嫌っているわけじゃないさ。ただ、プライベートに踏み込まれるのが嫌なだけだ」

 直純流古武術の正当継承者である尚と、バックアップに過ぎない恵とでは、すでに日常生活そのものが食い違っている。

 お互いの領域に踏み込まないのが暗黙の了解として成り立っていたのに、今更になって恵の日常に口出しをして来るというのなら、恵もそれなりの態度で応じるということだろう。

「ではもったいつけずにはっきりと言おう」

 尚は桐継のことも火錬のことも一切視界に入れずに、。

「SGとやらの参加を今すぐやめろ」

 恵だけを見ながらそう言った。


お兄ちゃん登場。

ちょみっとエリート思考なのがいいことなのか悪いことなのか。次回ちょっとした口論に発展するかも?

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