6 麓の出来事。(3)
「近いうちに、寄付を集めてララ様を訪ねます。それまで、どうか出歩かないでください」
紅茶を飲み終えて、リュンナは言った。
「嫌だよ。それまでワタシ何食べればいいのさ」
「宝石を所有する人間と言うのは、貴族や豪商などになりますけれど、そういう方がいらっしゃるのはこの村からずっと遠くですよ。この近辺にはいないので、結局ララ様はしばらく宝石を食べられないわけです――リュンナが村人や商人を訪ね回って何とか都合をつけますから、どうかそれまで短気を起こすことの無いようお願いします」
「……なに言ってるかわかんない」
これは不貞腐れている訳ではなく、本当にわからなかった。
キゾクとかゴーショーとかショウニンとか、リュンナは何を言っているのだろう。知りたいのは宝石を持っている人なのだ。そんでただ訪ねたいだけなのに、短気を起こすなってどういうこと??
『ララは山でリュンナが来るのを待っていればいいんだよ』
「だからぁ、それまでワタシは何を食べていればいいのさぁー」
『でもララが宝石を探し回ったって、近くには持っている人がいないんだってさ』
「ええ!? じゃ、結局食べられないじゃん!」
ララは呆然とした。
何のためにここまでやって来たのやら。
「……帰る」
不機嫌にララは言った。
乱暴にオコジョを掴みあげ、首に巻く。
「なんだよー、こんなに人間いるのに誰も持ってないのかよー。人間なんている意味ないよー」
「……リュンナが必ず持っていきます。それもなるべく早く訪ねますから、どうか、自棄を起こさないでくださいましね」
「うっさいうっさいうっさい。宝石持って無いくせにワタシに文句ばっかつけてー。役に立たない人間なんか、全員殺してやる」
スルスルと無数の触手がうごめき、リュンナに纏わりついた。
軽々とリュンナを持ちあげ、空中に吊り上げる。そのままギリギリと締め付けた。
「……」
リュンナは何も言わず、ララを見つめた。
『ララ、やめときなよ。さっき宝石貰ったじゃん。またくれるって言ってるんだからさ。殺すことないって』
オコジョの言葉を聞いて、ララは力を緩めた。
「あ、そうだった」
「……ごほっ、ん! ん、ん。――ええ、必ずお持ちします」
せき込みながら答えつつ、リュンナはニコリと笑った。
気分屋のララとはいえ、ここまで感情に起伏があるのはやはり宝石のマナ供給が足りていないせいだった。
黄玉と数種類の宝石では、ララの空腹は全然満たされない。これまでの不足分を補うには足りていないし、空腹が中途半端なものになったせいか「もっと食べたい」という欲求も増している。
そのため、些細なことでも怒りやすくなっていた。
それを感じ取り、リュンナの表情が曇る。
何事かを言おうとしたが地面に顔を伏せ、少しの間の後に、真剣な表情を作ってララと向かいあった。
「ララ様――先ほど、おそらく冒険者が山に入りました」
「うん? さっきの?」
ララはリュンナと話していた人間たちを思い出す。
何人かの男たちで、リュンナは彼らを『冒険者』と呼んでいた。多分彼らのことだろう。
「今まで山に入って来た冒険者たちを、ララ様はどうしていました?」
「殺してた」
「――きっと、そのまま捨て置いたのでしょうね」
「うん」
リュンナはララから視線を逸らし、しばらく言葉を探して、やがて言った。
「冒険者は、魔法行使のために宝石を持っていることが多くあります。――宝石には魔力を留める性質がありますから、生まれつき魔力の絶対量が少ない人間で、特に冒険者などという職種の者には必要なのです」
「ほ、宝石持ってるの!?」
ララは驚いた。
今まで気がつかなかった。
いつも、殺した後はお腹を空かせているモンスターたちにあげていた。
「ええ。ただ、冒険者だけです。普通の人は、持っていません――ララ様の平穏を乱しその罰を受けた冒険者から、宝石を手に入れてはどうでしょうか」
「うん、うん! そうだね! 早速帰って、冒険者を探すよ!」
ウキウキと帰り支度をし始めるララ。
リュンナは苦い顔をしながらそれを見つめている。
「ララ様。宝石を持っているのは、冒険者だけですよ。それ以外の者は、持っていません」
「わかった! ありがとう、リュンナ!」
「殺生は、山に入りララ様の怒りを買った者だけに留めていただけると、リュンナはうれしいです」
「うん! 殺さなくても、宝石は手に入るもんね! ――あ、そっか。殺さずに逃がしてやれば、宝石持ってまた来るかもしれないし! あったま良いー!」
そう言って、ララはバタバタと家を出て行った。
リュンナと、一つだけ中身が残ったままの紅茶のカップだけが残った。