5 麓の出来事。(2)
リュンナになだめられ、ララはとりあえず教会から移動することにした。
不承不承ながらもララがリュンナの言うことを聞く気になったのは、先ほど宝石を食べたからだ。少量とはいえここ最近は食べていなかった黄玉を食べられたことで、実はそれほど機嫌が悪いわけではなかった。
ララは気分屋だ。
不機嫌になるのは一瞬だが、良いことがあるとすぐにそちらに気を取られる。
リュンナが「宝石は美味しかったですか?」と聞いてきたので、ララは今さっき食べた宝石を思い出して幸せな気分に浸り、その間にリュンナに丸めこまれてしまった。
リュンナに手を引かれて広場を横切る途中、人だかりと喧騒が目につく。
すっかり機嫌が治っているララは興味を持った。
「あれなんだろう?」
「さあ……何でしょう」
ララの問いに、リュンナも首をかしげた。
ちょっと様子を見てきます、と言ってリュンナは人だかりの方へと一人歩いて行った。
『なーんか、嫌な感じがするなあ。体中の毛が逆立ってる』
「へえ。逆立つとどうなるの?」
『特にどうにもならないけど』
「じゃあなんで逆立つの?」
『なんでって……嫌な感じがするから?』
「なんで嫌な感じがすると毛が逆立つの?」
『……オコジョの性?』
「サガってなに?」
そんな会話をしていると、リュンナが戻って来た。
ララに向かって言う。
「どうやら、冒険者が来ているようです。それもララ様を狙って」
「ワタシ?」
「ええ。ララ様には、帝国が懸賞金を掛けています。それが理由でしょう」
「ふうん」
ララは気のない返事。
正直なところ、冒険者とか報奨金とかの話はよくわからない。
ただ、毎年何人かがララの山に無断で入って来ていて、どうやら彼らもそのつもりらしいというのはわかった。
「殺しておくか」
ポツリとララが言った。
知らない人間が山に入ってくるのは、なんか嫌だ。
あいつら我が物顔で歩き回るんだもん。
「せめて、彼らが山に入ってからにしてくださいませんか」
ララを見ながらリュンナは言う。
「彼らに、一応の忠告をしておきました。聞き入れてくれるかどうかはわかりませんが、とりあえず今はララ様の住居に入り込んだわけではないのですし、ララ様が戦う理由はないでしょう」
と、そこまで言って、リュンナは何かを思いついた様な顔をした。
「あ――。いえ、そんなことをするわけには……でも」
ぶつぶつと呟く。
「なに?」
「……。いえ、なんでもありません。さ、ララ様。家に行きましょう」
ぐいぐいと押されるように、ララはリュンナの家へと向かった。
▽
リュンナの家で、ララは着ていた服を脱いだ。
「窮屈だった」
ララの外見は女性で、それも奇抜なドレスを着た女性に見える。実はドレスに見える部分も体の一部で、細かく枝分かれした触手だったりする。
はた目ではわからないが、つまり人間で言えばララは裸になったわけだ。
「紅茶を入れますが、オコジョさんも飲みますか?」
リュンナが訊いてきた。
『飲む! 飲みたい!』
「飲みたいってさ」
ララが言うと、リュンナは笑って頷いた。
カチャカチャと軽い音を立ててリュンナが準備をしている。
ララは脱ぎ散らかした服をまとめてテーブルに置き、そこにオコジョを下ろした。
『ボク、紅茶って初めて飲むよ。どんな味なのかな』
「お湯と変わらないよ。色着いたお湯。あったかい泥水みたいなカンジかな」
『……ほんと?』
ララがオコジョとそんな会話をしていると、リュンナがやってきて言った。
「変なことを言わないでくださいな」
そう言って、カップを置いていく。
リュンナはオコジョの前にもカップを置いたが、すこし首をかしげ、カップの代わりにソーサーを置いてそれに薄く紅茶を満たした。
「どうぞ」
三人分を注ぐと、リュンナが言った。
『い、いただきます――あっつぅ!!』
そう叫び、オコジョはテーブルから飛び降りて逃げだした。