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3 山のモンスター。(3)


 ローグ村は、古くからララを『山の神』として信仰してきた。


 帝国では一神教である帝国国教が信仰され、またその布教に努めていたが、辺境地域には昔からの信仰が残っている地域がある。

 帝国がその版図を広げた時期、辺境地域にも宣教師がやってきて帝国の宗教を広めた。しかし元来の信仰を完全に否定して新しい宗教に改宗させるというのは容易ではなく、そこで宣教師たちが利用したのが土地で古くから信仰されている土着信仰だった。

 土着民にも理解できるようにと帝国国教に土着信仰を取り入れ、その宗教的儀式をも肩代わりすることで緩やかに土着民を改宗させていった。

 そのため、帝国の宗教には地域ごとに特徴があり、細部が異なる。

 その取りまとめを行っているのが、帝国国教会だった。


 リュンナは、元は帝国国教会から派遣された司祭だ。

 若い頃は教会中に名の知れた才媛で将来を嘱望されたが、その影響力を疎ましく思った同僚によって左遷されるようにローグ村へとやってきた。

 ローグ村での司祭の義務の一環として、帝国国教でいうところの『古精』ララリウムと毎年接している。 


 ローグ村で生活し年を重ねるごとに、その振る舞いはララへの敬愛で満ちて行った。  




 ▽




「ら、ララ様!?」


 ローグ村の広場。

 それに隣接するように建つ古びた教会にやって来た時、ララは誰かに声を掛けられた。


「うん? ――この声は、リュンナ?」


 ララは、人間の顔が区別できない。

 辛うじて男か女かの判別が出来る程度で、それさえも子供相手ではおぼつかない。特定の個人を覚えておけるのは稀だった。

 リュンナに声を掛けられた時も、誰だか分らなかった。しかし自分に声をかけてくるのはリュンナに違いないという考えのもと、ララはそう言った。

 そしてその考えは見事に当たりで、ララの目の前にいる女性は驚きの表情と共にララの元へと駆けよってきて丁寧に頭を下げ、幾らか慌てた様子で言った


「ララ様 こんな場所にいらっしゃるとは――どうなさいました?」

「リュンナ、困ったことになったんだ」

「こ、困ったことですか!?」


 口を押さえ、リュンナは絶句した。


 リュンナにすればララはまさに『山の神』と言うにふさわしい存在で、信仰上の『神』と同様に人間を超越した存在だ。

 赴任当初こそ教会中央から遠ざけられたことを憂いたりしたが、ララと接しその強大さを感じるにつれ、『神』に出会えた喜びと感動へと変わっていった。


 リュンナは実際に、ララがモンスターの大軍を一人で殲滅するのを見たことがある。聞けば、いくつか人間の国を滅ぼしたこともあるそうで、それは歴史書を開けば確認出来た。

 ララとの対話や研究で理解を深めるうちに、リュンナの中のララ信仰は強固になって行って、今に至っている。


 その神が、困ったと言う。

 これはただ事ではない。


「何があったのです? ――いえ。それよりまず、こちらへ。ここは人目がありますゆえ」


 リュンナはララを教会へと案内した。

 広場にいるララは、変装しているとは言えその本来の姿を隠しきることが出来ずに人々の注目を集めていた。 

 リュンナはもちろん村人にとっても、ララは一応神様なので人目について欲しくない。そしてそんな衆目の下でララの事情を聴くのも相応しくないと思えた。


「うん」


 ララはリュンナに言われるままに教会へと入る。


『ララ、この人がリュンナ?』

「そう」

『ふうん。この人は宝石持ってないの?』

「わかんない。でも持ってたら貰おう。今なら、なんでも美味しく食べれる気がする」


 石英クォーツを食べ掛けで放り投げて以来、ララは何も口にしていなかった。

 腹ペコだ。


『いっぱい持ってるといいねえ』

「そうだねえ」


 宝石を想像しながら、ララはオコジョと頷き合う。


「あら、ララ様? 今日はオコジョを連れているんですか?」

 

 教会の扉を閉めたリュンナが訊いてきた。


「うん。こないだ拾ったんだ」

『拾われました』

「可愛らしいですねえ。以前のコグマはどうなさったのです? 今も元気ですか?」

「あれは、ポポにあげちゃった。でもあんまり美味しくなかったみたい」

「あら。―――そうでしたか」

 

 リュンナは気の毒そうに言い、


「それで、困ったことと言うのは一体なんです?」

 

 そう訊いた。


「山にね、宝石がないんだ。リュンナ、持ってない?」

「……」


 さっと、リュンナの顔が青ざめた。

 リュンナが赴任してきて以来の一大事。ともすれば帝国にとっての重大事でもあった。


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