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20 聖母。ではない。(2)


 ――困ったことがあったら、すぐに私に言ってください。


 リュンナはララにそう言ったことがある。


 この言葉は、純粋にララへの親切心や信仰心から出たものではない。

 『ララの機嫌を害するものは、すなわち帝国への害になる』という考えから出た言葉だ。


 ララの不興を買って滅んだ国というのは歴史上幾つもあるし、致命的な重大事に至らないまでも帝国も何度か危機に陥ったことがある。

 原因は様々あった。

 例えばララが育てていた人間の子供が家出した、という一般的な子供の親ならちょっぴり騒ぐ程度の事態にすら、帝国は軍団を派遣してララの子供探しという名の暴走を止めなければならず、それでも被害を抑え込むのが精いっぱいだった。

 北嶺山脈からの冷風を操作できるララが不在だったことで、その年は帝国の北半分がひどい冷害に襲われ深刻な凶作が起き(ちなみに、当事者の子供はすでに青年と言ってよい年頃で、恋人が出来て駆け落ちしたらしい)、軍がララの育てていた子供を見つけるまでの半年間、帝国は神出鬼没のララに脅かされた。


 そのような事態にならないよう、面倒事を事前に、または早期に解決するのもローグ村の司祭の務めである。

  

 リュンナが司祭になってから帝国でのララ関連の騒動はほぼなくなったと言っていい。

 それは今まで誰にも成し遂げられなかったことであり、むしろその功績がリュンナをローグ村へと縛り付けたのだが、まあ、今は余談。


 そういう事情もあってリュンナはララの面倒事を全て引き受けるつもりでいた。今までララが持ち込んできた様々な問題を解決してきたし、先頃持ち込まれた山の食料問題や元奴隷のエアについてもすでに動き始めている。

 

 しかしさすがに、ララが赤ん坊を連れて来た時は呆然とした。

 ララが産んだかと思った。 




 ▽




「困ったことがあったら、リュンナに相談するんだ」

 

 とは、最近のララの考えだ。


 リュンナに相談すると大抵のことは割と何とかなることを何度かの実体験を経て理解していたララは、小屋に帰ってくるなり早速リュンナを訪ねた。

 というのも、赤ん坊がお腹を空かせて泣き止まないからだ。





「前は、牛とヤギのミルクを混ぜて飲ませたりしたんだよ。ワタシは飲ませてないんだけど。――でもおっぱいでる母親がいるなら、そっちの方が手っ取り早いしねえ」


 赤ん坊のことをリュンナに相談したところ、村には幼い赤ん坊の母親がいるらしい。

 リュンナが母乳を分けてくれるよう頼んでくれるそうなので、ララは赤ん坊を抱いて無理やりついてきた。

 ついてきたのは、隙を見てその母親を攫うつもりだからだ。 


「どこから持ち帰ったのかは聞きませんが……本当に育てられるんですか? 私はとても心配なんですけれど」


 前を歩くリュンナが、ララを振り返りつつそう言った。


「大丈夫大丈夫。前も育てたことあるし」


 実際は、ララが自分で育てたのではなく当時の使い魔に育てさせた。

 なのでララの自信には全く根拠がなく、それでもあっけらかんとしているのは、不安とか心配などという感情には縁が薄いからだ。

 ララは楽天的なのだ。


「――色々、準備しないといけませんね」 

「え?」

「ララ様一人では心配なので、私もお手伝いします」


 リュンナはそう言って、しばらく黙りこむ。

 やがて言った。


「そうですね。ちょうど良い機会なので、ララ様の小屋に逗留しながら世話をしましょう」

「いい機会?」

「ええ。――山の宝石問題にメドがつきそうなので。その下見です」

「ほ、宝石!? なんとかなりそうなの!?」

  

 勢い込んでリュンナに訊いた。

 ララは今、これまで見向きもしなかった石英クオーツを食いつなぐ生活だ。カツカツである。


「ええ。教会本部に申請して鉱山技師を派遣してもらうことになりました。具体的なことはまだ決まっておりませんが、ララ様の山に集落のようなものを作りたいと考えています。お邪魔だとは思いますが、お目こぼしくださいね」 

「わかった。わかったよ」

 

 ララは笑いながら言った。

 宝石は何とかなるらしいし、赤ん坊も拾った。

 最近は良いことが続くなあ、などと呑気に考える。


「……。その子、名前は何と言うんです?」

「これ?」


 ララは腕に抱いた赤ん坊を揺する。

  

「そうだなあ――ホルンフェストって名前にしよう」

「ホルンフェスト、ですか。由来はあるのですか?」

「ない」


 適当だった。


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