2 山のモンスター。(2)
『ねえ、どこに向かっているのさ?』
山を下り、そのすそ野に広がる樹海を歩いているときに、ララの頭に乗っかったオコジョが訊いてきた。
ララは今、人間の住む村に向かって歩いている。
手には蔦で編まれた粗末な袋を持ち、人間に会っても驚かれないように変装までしていた。
とはいってもララが自分で考えた変装なので、どうにもお粗末。
身につけている服は山で遭難して死んでいた人間からはぎ取ったモノなので、あちこちがボロボロだ。しかもその人間は男だったので、女性の体を持つララには合っていない。加えて、ララの体に備わった色々な器官があちこちからはみ出していた。
ボロさを差し引いてもどうにもちぐはぐで、それ以上にグロイ印象。
ただ、ララ自身はそのことに気が付いていない。
ここまで周到な準備をすれば、宝石を手に入れるなんて簡単だと思っていた。むしろすでに手に入れた気分に浸っている。
「山の麓にねえ、小さな村があるんだ」
ララは上機嫌に答える。
『村? ローグ村のことかな』
「それはわからないけど、そこにワタシの知り合いがいるんだよ」
『知り合い? 人間の?』
「そう」
麓の村には、昔からのララの知り合いがいた。
帝国の辺境にある村には昔ながらの土着信仰が残っている所が幾つもあり、ローグ村もその一つだ。
ララには分からないことだったけれど、ローグ村ではララのことを『山の女神』として信仰していて、その信仰上の関係者がララの知り合い。
「まずはそこに行って、宝石をいっぱい持ってる人を教えてもらおう」
『すごい。ララがちゃんと考えてる』
「ふふふ。作戦は、完璧だよ」
ひらりとララが一回転。
その勢いでオコジョがどこかへ飛んでいく。
やがて駆けもどってきて、ララを見上げて言った。
『あ、ひょっとしてその服装もそのため?』
「そうだよ。準備万端でしょ」
『すごい。もう……すごいよ。絶対に宝石を見つけられるね』
ララと同じくらい、このオコジョの頭も幼かった。
▽
ローグ村に着くとララは一軒の家を訪ねた。
村の端にある家で、半ば森に埋もれるようにして建っている。
ララの数少ない知り合いの家だ。
「ララだよ」
古ぼけた扉の前で、そう声を掛ける。
「ララだよー?」
『……いないんじゃない?』
開かない扉の前でララが声を上げていると、オコジョが言った。
『仕事に行っているんじゃないかな?』
「リュンナはララと話すのが仕事なんだよ」
『リュンナ? リュンナっていう人なの? ララと話すことが仕事って、どういうこと?』
リュンナはローグ村にすむ婦人で、ララとの唯一の窓口である人間だ。人々はリュンナのことを『預言者』や『司祭』と呼んだりしていた。
そのリュンナは年に何度かララの元へと訪ねてきて、村の要望を伝える。例えばモンスターの数が多いからどうにかしてくれとか、干ばつが起きているので雨を降らせてくれとかだ。その要望にこたえることで、ララは少量の宝石といくつかの文明的な品を手に入れていた。
『じゃあ、何か用事でもあって村に行ってるんじゃないかな』
「……あっちのこと?」
ララは遠くに見える村の中心の広場を指差す。
オコジョはララの腕の上で二本足で立ち上がり、まっすぐに体を伸ばして指先の方へと顔を向けた。
黒い髭が、そよそよと風に揺れる。
『多分ね。行ってみる?』
「行ってみる」
ララはそう頷いて歩き出した。