19 聖母。ではない。(1)
全ての生命には、『原型』が宿る。
人間には『人間の原型』が宿っているし、栗鼠には『栗鼠の原型』が宿っている。
もとを辿れば『生命の原型』というものがあり、生命が宿す『原型』はそれから大樹の枝木の様に分化したものだ。『全ての生命の内包する原型』から、様々な種が分化した。
分化の過程は、余計な原型をそぎ落とす形で進む。
一つの原型を一つの要素とみると、ある種の生物が宿している原型は多数の要素で構成されていて要素の組み合わせで『人間』が発生したり『栗鼠』が発生したりする。
『人間』や『栗鼠』といった種を原型で捉えるなら、種とは様々な要素原型の混沌であり、つまり進化とは原型の洗練化だ。単一要素原型を目指す長い道のりとも言える。
その道のりの最初の一歩。膨大な要素原型を含んだ種の根源を『原種』と呼ぶ。
例えばララがそうでありポポもそうだ。
原種は必ずしも親を必要とせず、『力』が偶発的に『原型』を宿すことで自然発生する。そして、その彼らが子孫を残すことで進化の系統樹が描かれるのだ。
ララが発現させた形質は人間の原型だったが、宿した要素原型の膨大さは『生命』の根源にも成り得る。
そしてララ自身は女性体だ。
すべての原種が何らかの『親』だとすれば、ララは『生命の母親』と言えるかもしれない。
▽
ララが手当たり次第に触手を振り回すと、瓦礫の下敷きになって死んだらしい男女の死体があった。
その死体のさらに下。二人に抱き抱えられた格好の赤ん坊を見つける。
赤ん坊は真っ赤な毛布に包まれ、力の限りに泣いていた。
「やったー! 赤ちゃん拾った―!」
ララは赤ん坊を取り上げ、空に掲げて喜ぶ。
『……人間の赤ん坊? よくそんなとこで生きてたな』
ポポが赤ん坊を覗きこんで言った。
赤ん坊はララに掲げられながら、大声で泣いている。
『うるさいな。なんか、頭に響く。――あれ? 意外と不快だぞ?』
「いいじゃん。泣くのが仕事だもん」
ララは赤ん坊を両腕で抱えなおした。
腕の中の赤ん坊を見つめる。
「うひー。ちっちぇー。かわいい!」
『そうか? なんかくしゅくしゅしてるぞ』
「くしゅくしゅ?」
『こう、なんか……あれだ。――とりあえず、かわいくはない』
「えぇー? ポポさいあく―」
と、ララはポポを非難した。
ララには赤ん坊ならなんでも可愛く思えてしまうのだ。
その感情には理由がなく、つまり『母性』がララの性質のひとつである。
「いいもの拾っちゃったな」
ララは赤ん坊を触手で丁寧に包みこんだ。
気の向くままに、いままでも相当数の赤ん坊をその種に関わりなく拾ってきた。
今回も当然持って帰るつもりだ。
『ララ、それ飼うのか?』
「うん」
『ええー。やめとけよ。他の生き物ならともかく、人間の赤ん坊なんて面倒臭いだけだって。そいつら、大きくなるまでなにも出来ないもの』
「ポポもそうだったじゃん――あれ? そうだっけ? 思い出せないや」
『……それはどうでもいいから』
ポポは昔のこと思いだそうとするララを止めた。
『そいつらは自分で身を守れないし、食べ物も探せない。しかも、ほっとけばすぐ死ぬ』
育てるのは大変なんだ、とポポは忠告する。
人間の赤ん坊はララが育てるにしてはかなり難易度が高い。母親代わりになれないだろう。
「大丈夫だって」
『……』
「楽勝」
笑顔で言うララに、ポポは冷や汗。
ポポが心配しているのは赤ん坊のことではなく、ララのことだ。
ララが赤ん坊に対して異常な執着心を持っている事はポポも知っている。ポポ自身がそうやって拾われたのだから今回のことも不思議ではないのだが、問題は拾ったのがよりにもよって人間の赤ん坊だということだ。
ポポは人間がいかに脆弱かを知っているし、その赤ん坊についても予想できた。そして予想通りならば、この赤ん坊は死んでしまう。
その時ララが何を思い、どういう行動に出るか。
ポポとしてはそちらが心配だ。
『そうだ。使い魔は』
ポポはララに訊いた。
例えば、人間の使い魔がいればララに代わって赤ん坊を世話できる。
ずっと以前にも、ララが使い魔に育てさせた赤ん坊がいた。
『人間を世話できるようなヤツはいるか?』
「いいって。いらないよ、そんなん」
『良くないって。ララ一人じゃ無理だよ』
「出来るし」
『なら、知り合いは? 友達とかに頼れない? モルガンは?』
ポポはしつこく食い下がる。
普段のララならその態度にイラつきそうだが、しかし今は違った。
ララは笑った。
腕の中に抱く赤ん坊に向けて、
「大丈夫。悪いようにはしないよ」
そう言った。