15 モンスターの仕事。(1)
『エアは村についたかなあ』
ある日の午後、テーブルに寝そべったままオコジョがそう言った。
「ああ。金剛石な」
『ダイヤ? なにそれ?』
「いつか綺麗な金剛石になるんだって」
『エアが? へえ――大丈夫かなあ。道に迷ったりしてないかなあ』
「そればっかりだねえ」
エアが小屋を去って村に向かってから、すでに一週間以上経っている。
もうとっくにローグ村に着いて、もしかしたらさらにどこかへ向かって旅をしているかもしれないのに、オコジョはずっとそればかり口にしていた。
なんの音沙汰もないのが心配らしい。
「生きてはいるみたいだけど」
主従契約をしているララにはそれがわかるし、すこし集中すればエアの現在の位置まで把握できる。
と言っても、ララがなにかに集中することは滅多にないので、エアの生存しか知らない。
『それならいいんだけどさ。元気なのかなあ』
「さあ?」
ララはぞんざいに答える。
目の前にいないエアのことより、ララにはもっと考えなければいけないことがあった。
「あーあ。最後の紫水晶だよ」
実は、先日冒険者から手に入れた宝石を全て食べきり、リュンナが届けてくれた分まで食べつくしてしまった。
その日の食料はその日に採る、という生活を続けていたララにとって、目の前に宝石があれば放っておくことがどうしても出来ない。あとあとを考えて少しでも節約していかなければならないところを終日ポリポリ食べ続け、ついに最後の一粒になってしまったのだ。
『本当にお腹が減った時のために、とっておいたら?』
「ばりばり……」
『――ね。動物でも冬のために食料をとっておいたりするんだよ?』
「ワタシは、冬に冬眠するほうの動物なんだよ。食べられるときに食べる」
『なら冬眠すればいいさ』
ぽりぽり。
ぽりぽり。
ごくん。
「食べ終わった」
『あ、そう』
ぐーっとオコジョは体を伸ばした。
『じゃ、眠ろうか。日の当たる窓際にいこっと』
身軽にテーブルを飛び降りたオコジョを、ララは触手で捕まえた。
そのまま首に巻きつける。
『外出?』
「宝石を探しに行こう。まだ日があるから、出歩けるよ」
『食べたら眠るんじゃなかったの? 動けば、お腹がすくよ』
「ワタシはねえ、食べることと寝ることしか考えない動物とは違うの。精霊なんだよ? しなきゃいけないことが色々あるんだ」
『だろうとも。知ってたよ』
首に巻きつけたオコジョがぐったりと返事をした。
それに構わずララはこの間リュンナが置いていった布袋を手に取り、小屋を出た。
▽
ララのしなければいけないこととは、つまり宝石集めだ。
日々の糧を得るために、ララは山中を歩き回る。
ただ、当然そこらじゅうに落ちているものではない。例えば鉱床が露出した岩肌、山を削って流れてくる川の川底。様々な場所に宝石はあるが、採れる場所は限られていた。
そういった場所を、ララは丁寧に歩き回って探していく。
「ないね」
『そうだねえ。石英なら結構あるけど』
オコジョの目の前には人の頭ほども大きさのある石英の原石があった。
不純物が多いために本来の色は濁り、そのうえ岩石にくっついている。
「そういうのは、食べたくないカンジかな」
『家に引きこもって綺麗な宝石ばっか食べてて、舌が肥えた?』
「そうかも――次は……久しぶりに、神殿に行ってみようか」
『神殿? どっちの?』
北嶺山脈には、山肌を切り取ったように建つ神殿がいくつかあった。
ローグ村がララを祭っているようにかつてララを信仰した無数の人間たちが建てたもので、その名残だ。
今となってはあまり信仰している人はいないのだが、それでも一年に何度かは折に触れて祈祷が行われたりしている。
それ以外では、山を越える旅人がたまに立ち寄り道中の無事を祈って捧げものをしたりしていた。それも昔の信仰の名残と言えるかもしれない。
「北の方かな」
『ってことは、王国側か……』
「よくわからないけど、リュンナ達がいるのとは反対方向を目指そう。こっちの神殿はこの前行ったから」
『でも、今から行くの? 日が暮れるどころか、何日もかかっちゃうよ』
「だってこっちに宝石ないし」
『あ、そっか。魔法使うんでしょ』
「使わない。宝石探しながら行く。歩くよ」
てくてくとララは歩き出す。
オコジョはララの肩に飛び乗った。
『えぇー。疲れるよー』
「肩に乗っかってるだけじゃん」
『これものすごい疲れるんだ、実は。脅威の平衡感覚と体力が必要なんだよ。小動物的には服に爪引っ掛けてぶら下がってた方が楽なんだけど、でもそんなんかっこ悪いもんね』
「爪立てたら怒るからね」
『はいはい』
オコジョと会話を交わしながら、ララはどんどん山を登ってゆく。
不意に、遠くから竜の咆哮が聞こえた。