13 小さな冒険者。(3)
『エアー。リュンナの準備出来たってさ』
ララの小屋の奥にある寝室。
最近はエアが寝起きしていた部屋にオコジョがやって来て言った。
「あ、ああ。うん。……ボクも、準備し終わったよ」
そう言って、エアはベッドに置かれた小さな袋を持ちあげる。
中には、かつて仲間だった冒険者たちの遺品がいくつか入っていた。
彼らの体は、すでに埋葬してある。
エアが歩けるようになったから最初にしたことだ。
『じゃ、早く行こうよ。今から出れば、昼過ぎくらいには村に着ける』
「そうだね」
体力が完全に回復したエアは、これからリュンナに案内されてローグ村へと戻る予定だ。
来る時は冒険者に連れられて命がけで登って来た山も、リュンナの案内とララの祝福があれば半日足らずで登ってくることが出来るらしい。
冒険者のリーダーでそれなり以上に腕が立ったリノンですら北嶺山脈攻略には相応の準備と屈強な仲間たちが必要だったが、しかし今のエアは、まるで散歩に行くかの様な気軽さで山を行き来することが出来た。
実際に、体を動かす練習をしているときにローグ村が見える場所まで行った事もある。
ララの祝福。その恩恵。
『どうしたの、ボーっとして?』
「ううん。なんでもないよ」
それは『古精』ララリウムとの、主従契約の副産物でもあった。
▽
ララが居間でリュンナが持ってきてくれた宝石をつまんでいると、オコジョを頭に載せたエアがやって来た。
肩に小さな袋を背負い、手にはララによって宝飾品が抜き取られた杖を持っている。
「準備出来た?」
「うん。出来た」
頷くエアに、ララが近寄った。
「ハンカチとちり紙持った?」
「もった」
「荷物は? 必要なものは全部持った?」
「もった」
エアはそう言って肩に背負った袋を示した。
あまりに小さいが、もともとエアは着の身着のままの姿でララに拾われている。持ち物は少なかった。
「お昼ごはんは?」
「私が持ちます」
外行きの服の上からケープを羽織ったリュンナが、ララの隣に立ってバスケットを見せた。
「よーしよし。準備万端だね」
ララはそう頷き、
「ここまでの道はわかるよね?」
とエアに訊いた。
「……うん」
なぜか肩を落として頷くエア。
それに気付かないララは、満足げな笑みを見せた。
エアとは、ララが魔法的な『主従契約』を結んである。
人間たちの間では『使い魔契約』と呼ばれるその魔法は、『主』が『従者』に力を分け与えてそれを使役するものだ。
リュンナの薦めによって、ララは弱っていたエアの体力を底上げするためにその魔法を行使し、結果エアは通常の人間ならば考えられないほどの勢いで力を回復させることが出来た。
また『使い魔契約』伴って、『使い魔』エアにはいくつかの新しい能力が備わっている。
同じ使い魔同士で意思疎通が出来る能力と、主であるララの居場所を感じ取る能力だ。
この能力によって、エアは迷うことなくララの元へ行くことが出来る。
「じゃー、気をつけて帰るんだよ。途中で死んじゃったりしたら駄目だからね」
「……うん」
「いつでも来てね。友達の冒険者大勢連れてくるんだよ」
「……」
「エア?」
ララは黙り込んでしまったエアを覗き込んだ。
「泣いてるの?」
『そりゃー、あれだよ。エアにとって人間って仲間だもん。裏切れって言ってるようなもんじゃん』
「でもエアはワタシのだよ?」
『だからって簡単には割り切れないさ』
ララがオコジョとそんな会話をしていると、エアが「違う」と言った。
「そうじゃないんだ」
『じゃあ何が問題なのさ?』
「――ボク、このままここに居ちゃ駄目かな」
「え!?」
驚いたのはララだけだった。
リュンナは事情を察したように頷き、オコジョはむっつり黙りこんでいる。
「ララって、宝石を食べるんだよね? なら人間のボクが増えても食べ物が不足することはないだろうし。――それにボク、宝石集めも手伝う。2人いればいろんな場所に探しに行けるでしょ。あ、そうだ。ララの代わりに町まで宝石を買いに行く事も出来るよ。山には珍しい木の実や鉱物が沢山あるから、きっと儲かると思うんだ」
「だ、駄目!」
ララは悲鳴を上げた。
エアの早口はまるで理解できなかったが、それでもエアが麓に戻りたくないと言っているのは理解できた。
しかしそれでは冒険者から宝石を手に入れることが出来ない。
ララにとってエアは、冒険者をララの元へと連れてくる役割のためだけに存在している。そのために助けたのだから、そのように振る舞ってもらわないと困るのだ。
「出てけ! ほら、さっさと行けって!」
ララは触手を動かしてエアを乱暴に小屋から押し出す。
「ね、ララ。お願いだから、ボクの話も聞いてよ……」
『ああなったら無駄さ。――行こう』
そう言って、オコジョはエアを連れて出て行った。