12 小さな冒険者。(2)
『まだ目が覚めないの?』
「うん」
『死んでるんじゃない?』
「息はしてる――あ、瞼が動いた。起きそうだよ」
『ララ、リュンナを呼んで来よう』
「そ、そうだね」
ララはオコジョを肩に乗せてバタバタと寝室を後にした。
▽
気絶している子供を小屋に運び込んで数日、ララはオコジョに小言を言われながらも甲斐甲斐しく世話を続けた。
ただ、世話といっても病人を看病するようなものではない。たまに様子を見て死んでないか確認したり、夜に掛け物を増やしてやる程度のものだ。初歩的な医術の知識すらないララにとって、それが精一杯の『世話』である。
そんな世話もむなしく、と言うよりは当たり前に役に立たなかった。
これは死ぬかもしれないとララは思ったが、子供にとって幸いなことは、リュンナがララを訪ねてきたことだ。
寄付で募った宝石と、山の食料問題の解決策をララに届けに来たリュンナは、ララが子供を拾ったことに驚きつつもその看病を申し出た。
ララが気まぐれで人間の子供を育てるということはごく稀にだがあることで、それはローグ村にも伝わっているしララ研究者であるリュンナも知るところだ。
最近では50年くらい前にも似たようなことがあり、その時はリュンナの前任者の男性司祭が細々と世話をしている。教会の司祭が面倒を見たというのはそれなりに意味するものがあり、その役目を引き継いだリュンナにとって、ララが拾った子供の世話は重要な職務でもあった。
子供が目を覚ましたのはリュンナが小屋で寝起きするようになって3日後、拾われてから一週間後のことだった。
▽
「――?」
子供は目を覚ましてもしばらく動かなかった。
薄く眼を開け、ぼんやりと天井を見上げている。それから頭を動かしてベッドの横を見た。
「目が覚めましたか?」
ベッド横に腰かけていたリュンナがそう尋ねた。
「……」
「どこか、痛いところはありますか?」
「ここ――、ごほッ……げほ」
「水です。体、起こしますね」
リュンナはせき込む子供の体を抱き上げ、口に水を含ませた。
最初は湿らせる程度に、少しずつ飲ませる。
やがて子供はコップ一杯の水を飲み干した。
「……ここは、どこですか?」
リュンナにコップを返しながら子供は訊いた。
「ここはワタシの家だよ」
「……北嶺山脈の中腹にある小屋です。なぜここにいるかわかりますか?」
ララの言葉を補足しながらリュンナが答える。
子供はそれを聞いて俯き、首を振った。
「あの……わからないです。――北嶺山脈の……山小屋? 人は住んでいないはずじゃ?」
「人は住んでいません。山はモンスターの住処ですから。――そうだ。あなたの事を訊いてもいいかしら。名前は?」
「……エアです。ただのエア」
と、子供は答えた。
「エアですね。私はリュンナです。ローグ村の教会で司祭をしています」
「――そういえば、教会に祝福を受けに行ったときに見ました」
「やはりあの時の冒険者とご一緒していた方でしたか。小さい方がいらっしゃるので、印象に残っています」
リュンナは微笑みながら言った。
「――うっ」
突然、エアがぽろぽろと涙を落した。毛布を握りしめて泣きだす。
「ううぅ……ぐす」
「あらあら――怖かったんですね。大丈夫ですよ」
リュンナはエアの肩を抱き、優しく背中をさすった。
「うううぅーっ」
エアはリュンナにしがみ付いて泣き続ける。
『あんなに泣けるってことは、元気そうだね』
音を立てずにオコジョがやってきて、ララに囁いた。
「そう?」
ララにはオコジョの言っていることがわからない。
エアが泣いていることと元気なことがどうしてもつながらなかった。
『ずっと眠っていたのに起きた途端に泣けるってことは、全然平気ってことさ』
「へえ」
『大きな怪我もしてないみたいだし、体力が回復すればすぐに歩けるようになるんじゃないかな。良かったね』
「そうなー。よかったよかった」
これで宝石も手に入る、とララはうれしくなった。
そのうれしさの何割かはエアが無事に目を覚ましたことに対するものなのだが、自分では気がつかない。宝石への食欲に完全に隠れてしまっていた。
「あ、そうでした」
エアが落ち着いてきたのを見計らって、リュンナがララを示した。
「――エア。そちらにいるのが、あなたの神さまですよ」
「ぐすっ――、え……?」
エアはララを見て、ゆるゆると目を見開いた。
「――ラ、ララリウム!?」