11 小さな冒険者。(1)
『あーあ。ひどいなあ、これ』
森へと逃げ込んでいたオコジョが戻ってくると、あたりの様子を見てそう言った。
「最悪だよ。宝石が、砕けちゃった」
『……うん、まあ。それもそうなんだけど――この光景も結構、悲惨じゃないかな』
オコジョが歩くたび、ピチャピチャと小さな水音が響く。
それもそのはずで、ララの周りは血の海だ。
冒険者の何人かがララによって細切れにされ、その肉片から溢れた血によって大きな水たまりを作っていた。
『何人分の血なんだろう、これ』
「知るもんか」
『もう、びしゃびしゃだよ。人間って結構血が多いんだね。まあ、あんだけ体が大きかったら当り前か』
「……」
『ララ?』
ララは地面にしゃがみ込み、両手で赤い水をかき混ぜ始めた。
よく見ると、それは土をかき集めるているのであり、つまりは砕けてしまった宝石を集めているのだった。
『なんとなく気持ちはわかるけどさ――やめなよ』
「だって……」
『食い意地が張ってると言うより、ララの様子は……なんか、浅ましくて切ないよ』
ララの様子にオコジョまで気落ちする。
忠告も力なく、それが一層ララの悲惨さを表していた。
「……ひどい」
ララは手を動かすのをやめたが、今度はうなだれた。
『砕けたのは諦めて、無事な宝石だけ持ち帰ろう?』
「もう、ほとんどないんだ」
『探せばあるって。――そうだ。冒険者は? あいつらも宝石を持ってるんでしょ?』
「あ」
砕けてしまった宝石は、元々冒険者が持っていたものだ。
なら今殺した冒険者もきっと持っているはず。
ララは触手を広げ、手あたり次第に辺りを探し始めた。
バシャバシャと音を立てて水たまりを探し、それが終わると今度は肉片を一つずつ探す。
「わ!」
ほどなく大量の宝石を見つけた。
どうやら魔法使い風の冒険者が多く持っていたらしく、杖についていた宝石や指輪などの装飾品、服のなかにしまいこまれていた宝石を発見する。
「スゴイ! 水晶とか緑柱石があった!」
『おおー。やったじゃん!』
「黄玉まであるよ! しかも大きい!」
水晶と緑柱石が数個、それと粒の大きい鋼玉と黄水晶が一つずつ。
さきほどの宝石と比べると量が少なく保有魔力もずっと少ないが、それでも数食分はある。
純度も申し分ない。なかなかのご馳走だ。
ララは単純に喜んだ。
「やたー」
『それに、ほら。冒険者が何人か逃げたじゃない?』
好転したララの気分が落ち込まないようにと、オコジョは話を振る。
「うん。……二人かな」
見つけた宝石をしまいこみながらララは答えた。
さすがのララも、もう味見をしようとは思わない。
先ほどもさっさと帰っていれば沢山の宝石を持ち帰れたのだ。食い意地張ったせいで酷い目にあったと懲りているララは、宝石をしまいこむなりさっさと広場を移動し始めた。
オコジョが追いかけてきて、触手を伝って肩へと飛び乗る。
『あいつら、仕返しにまた来るんじゃないかな? それも今回より大勢仲間を連れてさ』
「そっか!」
と言うことは、今回のように宝石が手に入ると言うことだ。
『長い目で見れば良かったかもしれないよ。ずっと続けて行けば、いっぱい宝石が手に入るもの』
「そうだねえ」
確かにそうかもしれない。
5人で駄目だったのだから、次はもっと大勢で来るだろう。そしてそれも追い返せば、次の次はもっともっと大勢で来るに違いない。
そうやって繰り返すうちに冒険者の数はどんどん増えて行く。
となれば、手に入る宝石も増えるのだ。
「沢山宝石もってたらいいなあ」
『食べきれないくらい手に入るさ。だって人間って大勢いるもの』
「――よだれ出てきた」
オコジョのおかげでララはすっかり元気になった。
良く考えれば、ララは最初宝石を全く持っていなかったのだ。それなのに今は、とりあえず当分は困らないくらいある。
色々残念なことがあったけど、それなりの収穫もあったのだった。
「楽しみだねー――あれ?」
ララは立ち止まった。
『どうしたの、ララ?』
「なんかある」
上機嫌で歩いていると、ララは地面に何かあるのに気がついた。
近づいて拾う。
『うわ。人間だよ――さっきの冒険者かな』
「……さあ?」
『しかも、子供だ。10才くらい? いや、12,3才かな。……もしかしたら15,6くらいかもしれないけど、でも20ではないよね。――あ。でも冒険者なんだから、もっと年取ってても不思議じゃないのか。よくわかんないや』
「子供だよ」
子供は暴れるでもなくぐったりしていて、どうやら気絶しているらしい。ララが散々に揺すっても目を覚まさない。
ララは触手でぐるぐるに巻き取った子供を熱心に眺めた。
くすんだ金色の髪の毛には泥が張り付き、顔には生気がない。
粗末なローブの下に薄汚れた麻のチュニックを着、手首には杖とつながった鎖をはめている。
そういえば、後ろに下がっていた魔法使い風の冒険者は二人いた。
一人は細切れにしたが、もう一人は逃がしてしまった。
「……」
これかな?
でもなんで倒れているんだろう。
『ララ?』
こんなところに倒れているのは、仲間に置いてきぼりを喰らったからか。
『ララ。ねえって』
閃いた。
「持って帰ろっと」
『え……えぇ!? なんでさ!? 捨てようよ!』
「ダメダメ。放っておいたらモンスターに食べられちゃうでしょ。これも大事な冒険者なんだから、捨てておけない」
『だからって……』
「とりあえず家に持って帰って、今度リュンナのとこに持ってこう」
『えぇー』
オコジョは不満げだがララは気にしない。
先ほども言った通り、ララは子供を連れ帰って世話をするつもりだ。元気になればリュンナの所に連れていく気もあった。
それも将来食べられる宝石を増やすためだ。
この子供がいつか、いっぱい宝石を持ってくればいいとララは思った。