10 敵。もしくはご飯。(4)
「リノン! 気をつけろ。 こいつ、多分ララリウムだ」
「なんだと」
そんな叫び声に、ララは座ったまま振り向く。
ララのすぐ目の前には、5人組の男女が剣や弓を構えて立っていた。
「うん? なに、あれ?」
『冒険者じゃないかな。武器を持っているもの』
「冒険者?」
首をかしげるララ。
大量の宝石が手に入ったので、「冒険者を見つける」という初期の目的をすっかり忘れていた。
何も考えずに冒険者を眺める。
「トライアングル・ツーで行く。逃がすなよ」
リノンと呼ばれた冒険者が仲間たちに指示を出し、3人と2人に別れた。
トライアングル・ツーは彼らが使う陣形の呼称で、前衛の3人が突出し、後衛として2人が距離をとる。高いレベルで攻守のバランスが取れた陣形だ。
じりじりとリノンを含む前衛がララに近寄って来た。
その途中で、冒険者の一人がある物に気がつきリノンに言った。
「うっ……。リノン、見てみろ。――冒険者の死体だぜ……」
「こんなに、か?」
リノンが顔を顰める。
次の瞬間、ララはリノンに睨みつけられた。
「どうやら『古精』ララリウムなのは、間違いなさそうだな。――古き妖精よ。滅びた仲間の元へと送ってやる」
剣の切っ先をララに向け、静かにリノンが言った。
冒険者と呼ばれる人種は、いつもララに剣を向ける。ララもそれに慣れてしまっていたが、剣を構えた冒険者にこんな風に話しかけられたのは初めてだ。
思わずリノンが口にした言葉に反応してしまった。
「仲間?」
『狙われてるよ、ララ』
毛を逆立たせて、オコジョが言う。
ララとしてはもう少しだけ話してみたいとも思ったが、冒険者たちはそれ以上話す気はないようだ。
ララを囲む包囲を縮める。
「死ね」
そう言ってリノンが剣を上段に構え、ララに接近した。
重心がブレない移動に、目を見張るほどの速度。
かなりの手錬だ。
「おっと」
しかしララは難なく回避。
リノンが振るった剣はララの横を通り過ぎて地面に振り下ろされ、地面を抉るかの様な勢いで突き刺さった。
「押し込め!」
剣を引きもどしながらリノンが素早く叫んだ。それと前後するように他の冒険者たちもララに切りかかる。
「わっ、ち」
絶え間ない攻撃に、ララは反撃できずに後退した。
「――ッ、ッ!」
「わっち、っち」
冒険者たちが攻め立て、ララがヒラヒラ避ける。
攻撃は休みなく、矢継ぎ早に繰り出されるがそのうちの一太刀もララには当たらない。
その様子はあらかじめ台本が用意されている舞台の様でもあった。
つかの間、冒険者とララが一緒になって優雅に立ち回る。
「引くぞ!」
「――お?」
ララがそんな舞を披露していると、リノンが叫んで後ろに飛び退った。他の冒険者もそれに続く。
「なんだ、もう終り? よーし。それじゃ、反撃しちゃおっかなー」
『ララ!』
「ん?」
『やばいよ、あいつらの魔法だ!』
オコジョはそう叫んでララの頭から飛び降り、森へと逃げた。
「……うん?」
「――すでに詠唱は終わったぞ、ララリウム」
リノンがそう言い、それに合わせて後ろに立っていた小柄な冒険者――魔法使いだ――が杖を高々と掲げる。
よく通る高い声で叫んだ。
『トール・ハンマー』
ドン、とララを中心に地面が陥没した。
「いぃっ!?」
トール・ハンマーは空気の圧塊を対象に落とす魔法だ。
対象に触れた瞬間、圧縮されていた空気が解放されすさまじい衝撃を生む。
その威力は、名の通り『雷神の槌』。まるで巨大な槌の攻撃を喰らったかのようだ。
ララは頭上からの衝撃に耐えきれず、片膝をついた。
「―――」
その目の前。
つまりララの足元に、粉々に砕かれた宝石が散らばっている。
硬い鉱物であるはずの宝石は、魔法使いが行使した『トール・ハンマー』を受けて砕けてしまっていた。
それほどまでに『トール・ハンマー』の衝撃というのは高威力なのだが、ララにとっては宝石が砕けた事実の方が衝撃が大きい。
思わずララの息が止まった。
「今だ。押し切るぞ」
トール・ハンマーの直撃と、直後に隙をさらけ出したララ。
相当なダメージを与えたと思い込んだリノンがその隙を見逃さずにララへと肉薄した。
絶対に避けられないタイミングでリノンが渾身の力で剣を振り下ろす。
「なに……?」
当たったと思った瞬間、剣がピタリと止まった。
「――おい」
ララは触手を蠢かせ、冒険者たちの剣をことごとくからめ捕っている。
立ち上がった。
「――砕けたんだけど」
ぐしゃぐしゃと、冒険者たちの剣がひしゃげた。