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短編小説

任せて、村の防衛はお母さんがするわ 〜元勇者候補、今はただの母ですが最強です〜

作者: おでこ
掲載日:2026/04/05

数ある作品の中から、開いていただきありがとうございます!

本作は、全七章で構成されたファンタジー短編小説です。


一気に読んでいただいても、お気に入りの場面で一度閉じて続きを楽しんでいただいても、どちらも大歓迎です。どうか、ご自分のペースでゆっくりお付き合いください。(*‘ω‘ *)/


━━━━━━━━━

第一章 勇者の旅立ち

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 朝もやが畑の上にうっすらと広がっていた。


 空はまだ白く、太陽は東の山の向こうで出番を待っている。村の入り口にある古い石碑の前に、僕は立っていた。


 背中には革の旅行鞄。腰には、八歳の鑑定の儀の日に神殿から授けられた聖剣。


 今日、僕はこの村を出る。魔王を、倒しに行く。


 振り返ると、父さんと母さんが並んで立っていた。

 父さんはいつものように腕を組んで、口元だけで笑っている。母さんは両手を胸の前で組んで、にこにこしていた。泣いてくれるかと思ったけれど、その気配はない。


 ……まあ、母さんらしいか。


 八年前のことを思い出す。

 八歳になった僕は、神殿で鑑定の儀を受けた。白い光が全身を包んで、石板に刻まれた文字を神官が読み上げたとき、神殿中がざわついた。


 ――称号:勇者。


 その日から、僕の人生は変わった。


 村の人たちの目が変わった。期待と、それから少しだけ、怖れ。


 そして、魔物が村に来るようになった。

 勇者が誕生すると同時に、魔族は活発化し、魔王が誕生する。勇者の気配を辿り、勇者の住む村が魔族に襲われることが多くなる。


 最初はEランクの小さな獣型。それが次第に強くなっていった。


 十二歳のとき、Bランクの魔物が村に現れた。

 僕はそいつを聖剣で斬り伏せた。本気で戦って、はじめて怖くて、でもなんとか勝った。


 膝が震えたまま家に帰ったら、母さんが玄関で待っていた。


「おかえり。すごいじゃない、アレン」


 頭を撫でてくれた手が、やけに温かかった。

 父さんは黙って僕の肩を叩いて、それから「飯にするか」とだけ言った。


 あの夜の味噌汁の味を、僕はたぶん一生忘れない。


 それから四年。

 僕は何度も村を守った。Aランク級の魔物を二体同時に相手にしたこともある。王都の騎士団から「いつでも来い」と声がかかるようになった。


 でも――魔王を倒さなければ、魔物は来続ける。村は狙われ続ける。


 だから、行かなきゃいけない。


「母さん。父さん。行ってくる」


「ええ。行ってらっしゃい」


 母さんは目を細めて笑った。


「任せて、村の防衛はお母さんがするわ。それにお父さんもいるしね」


 ……。


 正直、不安だった。

 母さんには職業称号がない。父さんも、ただの農家だ。鑑定の儀で称号を持たない人間のステータスなんて、たかが知れている。


 今まで僕が村を守ってきた。僕がいなくなったら、Cランクの魔物が来ただけで――。


「……母さん、無理しないでね。本当に危なくなったら、すぐに王都に逃げて」


「あら、心配してくれるの? 嬉しいわ」


「してるよ……」


「大丈夫よ。お母さんはね、けっこう丈夫なの」


 よくわからない返事だった。


 (丈夫って、なんだよ。丈夫なだけじゃ魔物は倒せないだろ)


 父さんが一歩前に出た。


「心配するな。おまえの母さんは……まあ、おまえが思ってるよりずっと、しぶとい」


「……父さんまでそんな曖昧な」


「行け。おまえには、おまえの戦いがある」


 父さんの声は、静かだった。

 でも、その目はまっすぐだった。昔、僕がBランクの魔物を倒したときと同じ目。信じている、という目。


 だから僕は――不安を飲み込んで、前を向いた。


 歩き出す。


 振り返らない。振り返ったら、泣きそうだから。


 五十歩。百歩。

 村の屋根が小さくなっていく。


 (……大丈夫かな)


 拳を握る。

 大丈夫じゃなくても、僕が魔王を倒せば全部終わる。


 だから――走れ。


 僕は、走り出した。



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第二章 母の日常

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 息子の背中が見えなくなって、しばらく。

 あの子の足音がもう聞こえないことを確かめてから、私はようやく、唇を噛んだ。


 ……行っちゃった。


 隣で夫のレオンが「戻るか」と言った。私は「そうね」と返した。


 それだけ。それだけでよかった。

 泣かない。泣いたら、あの子が振り返ってしまうから。


 家に帰ると、あの子の部屋がやけに広く感じた。

 脱ぎっぱなしの靴下がないだけで、こんなにも静かになるものなのか。


「……洗い物、減ったわね」


 食器を三つ並べかけて、一つ棚に戻した。


 レオンは何も言わずに、畑に出た。私も少し遅れてあとを追う。

 鍬を振る背中を見ながら、隣の畝に膝をついて雑草を抜く。土の匂い。虫の声。風が稲穂を揺らす音。


 この生活を、私は選んだのだ。


 午後になって、村の広場で井戸端会議に顔を出した。

 パン屋のおかみさんが「寂しくなるわねえ」と肩を叩いてくれて、鍛冶屋の爺さんが「あの子なら大丈夫じゃ」と笑った。


 そのとき。


 南の森から、地鳴りがした。


 鳥が一斉に飛び立つ。空気がびりびりと震える。

 広場にいた村人たちの顔が、一瞬で青ざめた。


「魔物だ! 森から来るぞ!」


 見張り台の男が叫ぶ。

 私は立ち上がった。エプロンの土を払って、広場の中央に目をやる。


「ま、魔物って……勇者様はもういないのに!」

「どうすんだよ! Aランクだったらもう……」


 村人たちがざわつく。


 若い農夫が槍を持って駆け出そうとして、足がもつれて転んだ。自警団の団長が剣を抜いたが、手が震えている。


 森の木々を薙ぎ倒しながら、それは姿を現した。

 全長五メートルほどの牙猪。赤黒い体毛に覆われた、Aランクの魔獣。


 自警団の団長が息を呑んだ。


「あ、Aランクの赤牙猪……こんなの、俺たちじゃ……」


 私は、エプロンのポケットに手を入れた。

 中にはペティーナイフが一本。研いだばかりで、よく切れる。


「あら」


 赤牙猪がこちらに突進してくる。地面が揺れる。村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 私は一歩、前に出た。


 牛革の鞘を外し、ナイフ逆手に持つ。赤牙猪の突進を半身でかわして、すれ違いざまに首筋を一閃。


 肉の断たれる重い感触が手のひらに伝わる。


 赤牙猪は三歩進んで――崩れ落ちた。


 沈黙。


 振り返ると、村人たちが口を開けたまま固まっていた。


「……え」

「い、今……ナイフで?」

「A、Aランクを……一撃……?」


 自警団の団長が剣を持ったまま、呆然としている。


「あ、あの、奥さん……今の、一体……」


 私はエプロンでナイフの血を拭きながら、にっこり笑った。


「勇者の母ですから。これくらいはね」


 誰も笑わなかった。


 (まあ、そうよね。ちょっと無理があったかしら……)


 その日の夕食。レオンが味噌汁をすすりながら、ぽつりと言った。


「ナイフは危ない。しっかりした武器で……」

「あら、他に手頃なものがなかったのよ」

「……せめて鉈にしてくれ」


 私は笑った。レオンも、少しだけ笑った。


 あの子がいない食卓は静かだけれど、悪くない。悪くは、ない。



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第三章 ありふれた幸福

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 朝。

 畑に出る。大根を抜いて、かぼちゃの蔓を整えて、トマトの脇芽を摘む。

 あなたは黙々と鍬を振っている。時々こっちを見て、何か言いたそうにして、結局何も言わない。


「なに?」

「……いや。土、ついてる」

「え、どこ?」

「ほっぺ」


 レオンの指が頬に触れる。ざらざらした、大きな手。

 こそばゆくて肩をすくめたら、レオンは何事もなかったように鍬に戻った。


 昼。

 台所であの子の好物だった芋の煮っころがしを作りかけて、やめた。二人分だと芋が余る。

 代わりに、夫の好きな焼き魚にした。川で釣った岩魚を丸ごと炭火で焼いて、大根おろしを添える。


「うまい!」

「うむ。そうでしょ」


 午後。

 縁側で繕い物をしていたら、隣家のおばあちゃんがお茶を持ってきた。


「あの子、元気にしてるかねえ」


「きっと元気よ。私の子は、父親に似て丈夫だから」


「はは、あの子はどう見てもあんた似だよ」


「そうかしら……」


 (あの子は、私に似ているだろうか)


 ……似ていてほしくない、と思うことがある。

 あの子は鑑定の儀を受けた。勇者の称号を、真正面から受け止めた。


 私とは、違う。


 逃げた私とは。


「……お母さーん!」


 遠い記憶の中で、まだ小さかったあの子が駆けてくる。転んで膝を擦りむいて、泣きべそをかいて。


 ああ、あの頃に戻れたら。


 戻れたら、何をする? 

 同じことだ。同じように抱きしめて、同じように傷に息を吹きかけて、「大丈夫、大丈夫」と繰り返すだけだ。


 夕方。

 あなたと二人で縁側に座って、沈む夕日を眺めた。

 茜色が畑を染めて、遠くの山の稜線が黒く浮かび上がる。


「いい夕日ね」


「ああ」


「……あの子も、どこかで見てるかしら」


「さあな。あいつは前しか見てないだろ」


「……そうね。あの子は、あなたに似て不器用だから」


「おまえに似て頑固だからだろう」


 笑い合って、それから少し黙って。

 あなたの肩にもたれたら、大きな手が頭をぽんと叩いた。


 (……ああ、幸せだな)


 この暮らしを守るために、私は勇者にならなかった。


 間違っていなかったと、思いたい。



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第四章 選ばなかった道

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 数日後の朝。

 畑に出ようとしたら、南の空が黒く濁っていた。

 瘴気だ。濃い。


 ……来る。


 Aランク級の魔獣が三体、森から現れた。

 蛇の頭を持つ大蜥蜴が二体。翼のある黒い狼が一体。どれも目が赤く濁っている。瘴気に汚染されて凶暴化した個体だ。


 自警団が慌てて集まるより先に、私は走っていた。


 今日は鉈を持ってきた。レオンに言われたから。


 大蜥蜴の一体が尾を振るい、地面がえぐれる。


 私は跳んでかわし、着地と同時に鉈を振り下ろす。

 首の付け根に刃が食い込む。硬い鱗が砕ける音。一体目、沈黙。


 二体目が酸の息を吐く。避けきれずに左腕の袖が焼けた。


 (――わっ、お気に入りだったのに……)


 怒りに任せて踏み込む。鉈を横薙ぎに払い、顎の下から頭頂まで断ち割った。二体目。


 黒い狼が上空から急降下してくる。翼で風を巻き起こしながら、鋭い爪を突き立てようとする。


 私は鉈を投げた。

 回転する刃が、狼の眉間に突き刺さる。狼はそのまま地面に墜落し、動かなくなった。


 三体。

 息が、少し上がった。


 村人たちがおそるおそる顔を出す。

 自警団の団長が今度は転ばずに走ってきて、それでもやっぱり口を開けて固まった。


「……奥さん、本当に何者なんですか」


「だから、勇者の母よ」


「いや絶対それだけじゃ……」


「それだけよ」


 適当にかわして家に戻る途中、ふと足が止まった。


 焼けた左袖の下、腕に薄い光が走っている。


 魔力の残滓。


 (……私の体に刻まれた、血筋の証)


 鑑定の儀を受けなくても消えない、勇者一族の紋様。


 八歳の日のことを思い出す。

 神殿の前まで行って、引き返した。母に手を引かれて、白い階段を上って、扉の前で――止まった。


 (受けたら、戦わなきゃいけなくなる)


 あの頃の私には、もうわかっていた。

 祖父が魔王と戦って相打ちになったこと。


 勇者の称号は、死への片道切符だ。


 (……嫌だ。死にたくない。普通に生きたい)


 八歳の子供の、たったそれだけの願い。

 私は扉の前で泣いて、母の手を振り払って、逃げた。


 あの日の選択を、後悔したことは――ない。

 ないと、思いたい。


 「……あの時、受けなくてよかった」


 呟いて、空を見上げた。

 瘴気の黒雲はもう散りかけていて、隙間から青空が覗いている。


 私は勇者にならなかった。

 でもうちの子のアレンは、勇者になった。


 うちの子は逃げなかった。

 うちの子は――私より、ずっと強い。


 焼けた袖を押さえながら、家に帰った。

 夫のレオンが玄関で待っていた。


「怪我はあるか?」


「大丈夫。袖が焼けただけ」


「また無茶を……おまえが三体くらいなら余裕だってのは知っているが、心配だ」


 心配って。

 もう、本当に。


 私はレオンの胸に額をくっつけた。汗と土の匂いがした。


「……縫い物、増えちゃった」


「俺が繕ってやろうか」


「あなたの繕い物は目が粗いからいやよ」


「そうか……」


 笑い合って、家に入った。


 日常に戻る。この瞬間が、いちばん好きだ。



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第五章 日常の崩壊

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 それは、秋の終わりだった。

 紅葉が散りはじめて、畑の収穫も一段落した頃。


 空が、割れた。


 比喩ではない。

 文字通り、空に亀裂が走ったのだ。黒紫の裂け目から瘴気が滝のように溢れ出し、大地を覆う。


 村人たちが悲鳴を上げる。子供が泣き叫ぶ。

 自警団の団長がすでに蒼白な顔で私のところに駆けてきた。


「お、奥さん……あれは……」


 裂け目から、それが降りてきた。


 全長十五メートル。六本の腕を持つ、骨と炎でできた巨人。

 眼窩に青白い炎を宿し、一歩進むだけで大地にひびが入る。


 SSランク。災害級。

 国家戦力でなければ対処不能とされる、最上位の魔獣。


 「……なんで、こんなのが」


 息を呑んだ。

 Aランクまでなら余裕だった。Sランクでも、やれないことはないと思っていた。


 ――でもSS。これは、規格が違う。


 村人たちを背にかばいながら、鉈を握り直す。


「みんな、家に入って。地下蔵があるなら地下に」


 声は出ている。でも、手が震えている。


 あの子がいれば。勇者の称号があれば。聖剣があれば。


 ――ない。

 今ここにあるのは、鉈一本と、鑑定を受けなかった女一人。


 走った。

 骨の巨人の足元に潜り込み、鉈を振るう。脛を斬る。火花が散った。刃が通らない。


 巨人の拳が振り下ろされる。

 横に跳んで避ける。着地した地面が陥没して体勢を崩した。


 次の拳。


 右に転がる。三発目。左に跳ぶ。四発目――避けきれない。


 腕で防いだ。衝撃が全身を貫いて、三十メートル吹き飛ばされた。


 背中から畑に突っ込む。土煙が上がる。


「がっ……」


 起き上がるが、足が震えている。

 視界がぼやける。頭から血が流れている。


 (……やばい)


 骨の巨人がゆっくりとこちらに向き直る。六本の腕が同時に持ち上がる。

 次の一撃を食らったら、たぶん立てない。


 (でも……退けない。後ろに、村がある)


 鉈を拾おうとした手が滑る。血で、握れない。


 (あの子に……私が、村を守るって言ったのに)


 巨人の拳が振り下ろされ――


「下がっていろ」


 聞き慣れた声。

 目の前に、大きな背中。


 レオン、立っていた。

 手には、いつも畑で使っている鍬。使い込まれて柄が黒光りする、ただの農具。


「あな――」


 言い終わる前に、跳んでいた。

 鍬を両手で構え、全身の力を乗せて――巨人の胸の中心を、裂いた。


 亀裂が巨人の全身に走る。青白い炎が揺らいで、骨の体が内側から崩壊していく。


 レオンは、地面に着地した。土煙の中、背中を向けたまま。


 轟音を立てて、骨の巨人が崩れ落ちた。

 瘴気が霧散する。空の亀裂がゆっくりと閉じていく。


 静寂。


 鍬を肩に担いで、少し息を切らしながら。私の方へ向かってくる。


「……無事か?」


 あたふたしながら、私に聞いてきた。


 私は、血まみれの顔で、笑った。

 笑いながら、たぶん泣いていた。



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第六章 あなたと私の話

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 村人たちが恐る恐る外に出てきたとき、そこにあったのは砕けた骨の残骸と、荒れた畑と、鍬を持った農夫と、血まみれの主婦だった。


「だ、旦那さんまで……いったい何者……」


 自警団の団長がまた口を開けている。この人はいつも口が開いている。


 レオンは「ただの農家だ」とだけ言って、私に手を差し出した。

 その手を握って立ち上がる。膝が笑っていて、あなたの腕にしがみつく形になった。


「怪我はないか? 大丈夫か?」


「……うん。大丈夫。ありがとう、あなた」


「無事でよかった……」


「かっこよかったよ」


「……今日は、俺が家事をしよう」


 照れているのがわかる。

 耳が赤い。もう二十年以上一緒にいるのに、この人はまだこういうところで照れる。


 その夜。

 傷の手当てを終えて、囲炉裏を囲んだ。

 あなたが淹れてくれたお茶が、やけに美味しかった。


「……あなたも、まだやれるのね」


「さあな。明日は全身筋肉痛だろうけど」


「元聖騎士は伊達じゃないってことね」


「元、な。もう引退した身だ」


 あなたは静かにお茶をすすった。


「あなたは、さ」


 私は湯呑みを両手で包みながら、少し昔の話をした。


「覚えてる? はじめて会ったとき」


「……ああ。覚えてる。おまえが、道端で寝てたんだよな」


「寝てたんじゃないわよ。倒れてたの」


「同じだろ」


「全然違うわよ」


 あれは十八のとき。

 私は故郷を出て放浪していた。勇者一族の血を持ちながら鑑定を受けなかった私を、親族は理解しなかった。


 行く当てもなく歩き続けて、ある村の街道で力尽きた。


 目を覚ましたら、知らない男の家の天井が見えた。


 それが、今の夫のレオン。


 聖騎士を辞めたばかりで、この村で農業を始めたところだった。


「目が覚めるなり『ここどこ』って言ったよな」


「だって知らない天井だったんだもの」


「で、飯を出したら三杯おかわりした」


「……それは、その、お腹が空いてたから」


 レオンは笑った。珍しく、声を出して。


「あのとき思ったよ。こいつ、強いなって」


「どこが? 行き倒れてたのに?」


「倒れてた割には、飯を食う勢いがすごかったからな。……ああ、この女性は、自分で思っているよりずっと生きる力が強いんだな、って安心したんだ」


「……それ、皮肉? 私がただ食い意地が張ってただけみたいじゃない」


 レオンは、また声を出して笑った。


「いいや、本心だよ。死にたくないって胃袋が叫んでるうちは、人間は大丈夫だ」


 ……ああ、そうだった。

 あなたは、行き倒れていた私を「惨めだ」なんて一度も思わなかった。

 弱いから手を貸すだけじゃない。強さを知っているからこそ、休む場所をくれる。そういう人だった。


 その日以降、レオンと過ごす日々が続いた。


「しばらくして、私は聞いたわよね。『なんで聖騎士やめたの』って」


 レオンは少し黙って、それから言った。


「……守りたいものが、剣の先にはなかった。だったな」


 その言葉で、私は恋に落ちたのだ。


 同じだ。

 私と同じだ。この人も、戦う以外の生き方を選んだ人だ。


「でも、今は守りたいものがある……」


「あなたのその言葉がなかったら、私はまだ放浪してたかもしれない」


「大げさだな」


「本当よ。あなたのおかげで、私はここにいる。あの子を産めた。この村にいる。……全部、あなたのおかげ」


 何も言わなかった。

 ただ、手を伸ばして、私の頭をぽんと、撫でた。


 それで十分だった。



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第七章 息子からの手紙

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 季節はめぐる。


 あの子が旅に出て、二年が経った。


 魔物はあれからも何度か来た。

 でもSSランク級はあの一度きりで、あとは私一人で何とかなった。


 あなたは「次から俺が先に出る」と言い張ったけれど、翌日の筋肉痛で三日間寝込んだのを見て、二度と言わなくなった。


 村は、相変わらずだ。

 パン屋のおかみさんが新作のパンを持ってきてくれる。鍛冶屋の爺さんがぎっくり腰になった。自警団の団長に子供が生まれた。隣家のおばあちゃんがうちの畑の大根を勝手に抜いていく。


 平和だ。あの子が命をかけて守ろうとした日常が、ここにある。


 ある日の昼下がり。

 郵便屋が手紙を届けてくれた。


 あの子からだった。


 封を開ける手が震える。二年ぶりの手紙。

 あなたも畑仕事の手を止めて、隣に来た。


 -------------


 母さん、父さん。元気にしてる?

 僕は元気です。たぶん、人生で一番元気です。


 報告があります。

 魔王を、倒しました。


 長かった。本当に長かった。何度も死にかけたし、何度も泣いた。

 でも、仲間がいたから頑張れた。

 旅の途中で出会った魔法使いと、盗賊上がりの剣士と、ちょっと変わった神官。みんな最高のやつらです。いつか村に連れてくるから、よろしくね。


 それから。

 もうひとつ報告。


 恋人が、できました。

 隣の国の騎士で、強くて優しくて、ちょっと怖いけど、すごくいい人です。


 帰ったら紹介します。


 母さん、父さん。

 ありがとう。

 あの朝、笑って送り出してくれたこと、ずっと覚えてます。

 不安だったけど、二人の笑顔があったから、前に進めた。


 もうすぐ帰ります。

 母さんの芋の煮っころがし、食べたいな。


 追伸:村は大丈夫? 魔物とか来てない? 心配です。


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 手紙を読み終えて。

 私は、静かに手紙を畳んだ。


 目の奥が熱くなっているのを感じた。


 それから。


「どこの誰よその子は!!」


 叫んだ。


「何よ騎士って! 強くて優しいってなによ!! ちょっと怖いってどういうこと!? あの子まだ十八よ!?」


「落ち着け、十八なら別におかしくないだろ」


「おかしいわよ!! 何も聞いてないわよ!! せめて事前に相談しなさいよ!!」


「手紙で知らせてくれているから、良いではないか……」


「あなたに似たわね……」


「え?」


「あなたも何の相談もなくいきなり『結婚しよう』って言ったじゃない!!」


「……あー。確かに」


 縁側に腰を下ろして、困ったように頭を掻いた。


 私は手紙を握りしめたまま、ぜえぜえと息を切らした。

 SSランクの魔獣より、こっちのほうがよっぽど心臓に悪い。


 でも。

 でも――。


 手紙をもう一度開いて、最後の行を読み返す。


『母さんの芋の煮っころがし、食べたいな。』


 ……ばか。


 目頭が熱くなって、慌てて空を見上げた。

 秋の空は高くて、雲ひとつない。


「……食器、三つに戻さなきゃ」


 呟いたら、涙が一筋、頬を伝った。


 あなたが黙って手を伸ばして、肩を引き寄せた。

 私はあなたの胸に顔を埋めて、声を殺して泣いた。


 嬉しくて。

 ほっとして。

 ちょっと寂しくて。

 でもやっぱり、嬉しくて。


 こうして、世界は勇者によって救われた。


 魔王は討たれ、瘴気は晴れ、長い戦乱の時代は終わりを告げた。

 歴史書にはきっと、勇者の名前が刻まれるのだろう。


   ◆


 でも私は知っている。

 あの子を育てたのは、聖剣でも称号でもない。

 味噌汁と、芋の煮っころがしと、畑の土と、何も言わずに頭を撫でてくれる手のひら。


 勇者を育てたのは、ただの日常だ。


 私は涙を拭いて、立ち上がった。


「……さて。芋、買いに行かなきゃ」


「まだ帰ってきてないだろ」


「準備は早いほうがいいの。あ、それと」


「ん?」


「その恋人って子。来たら私が面接するから」


「……手加減してやれよ」


「善処するわ」


 エプロンを結び直して、玄関を出る。

 秋の風が吹いて、金色の稲穂が波のように揺れた。


 あの子が帰ってくる。

 この村に。この家に。この、ありふれた幸福の中に。


 ――おかえりって言うために、今日も私はここにいる。



ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!


「任せて、村の防衛はお母さんがするわ」、いかがでしたか?


面白かった!と少しでも思っていただけたなら、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やリアクションで応援いただけると、本当に飛び上がって喜びます!


また他の作品でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)

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― 新着の感想 ―
昔は守る物が分からないから逃げたけど、今は守る物が分かるから逃げずに戦えて居るんだね。
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