追放されましたので聖女の座はお譲りします
ルーディア王国——王城前広場。
雲ひとつない青空が一面に広がり、新たな門出を祝うかのように太陽の日差しが降り注いでいる。
そんな中、多数の民衆がこの広場へと詰めかけ、これから始まる催しに期待を膨らませていた。
新たな聖女の誕生。
ルーディア王国ではしばらくの間不在であった聖女が、久しぶりにお披露目される。
数日前からのその告知を受けて、この国の民たちは活気に溢れている最中。
民衆の中に紛れ、いち一般市民のように状況を注視している者がいた。
どこか薄らと笑みを浮かべながら。
「ここに新しい聖女が誕生する! 名はルーシィだ!」
司会者のコールとともに修道服を身に纏った、いかにもな格好をした女性が壇上へと姿を現す。
王族や重鎮たちにも見守られ、民衆からも大歓声が上がる中、新たな聖女がお披露目されるのだった。
私こと——エルフィーリアは前聖女だった。
——聖女なくして、国の繁栄はなりたたない。
先代の国王が他国の急速な発展に追随するために、目をつけたのが聖女の存在だった。
そして私は先代の国王から直々に、聖女として任命されるに至ったわけなのだが、当時の自分には何故選ばれたのか理解ができなかった。
年齢もまだ十三歳と周囲と比べても、若輩者に過ぎないのは明白だ。
私よりも敬虔に祈りを捧げるものも、多数存在していた。
それこそ大半の他の候補者たちは、侵食を忘れ過労で倒れてしまうほど、祈りに没頭し続ける。
精魂も無くなり、抜け殻のようになってしまうまで。
信仰心の大きさ故なのだろうか、ただ陛下の判断には理解に苦しむ者も多く。
——他にも適任者はいるはずなのに。
そんな周りからの冷ややかな視線に晒され、肩身の狭い思いを抱きながらも聖女としての祈りを全うしていた。
そうして四年余りの月日が経過した頃、ルーディアは飛躍的な進歩を遂げていた。
結果として、先代の国王の目の付け所は正しかった。
聖なる力によってもたらされる恩恵は絶大だった。
干からびた大地に雨を降らし命を芽吹かせ、病や怪我に苦しむ者も難なく治癒し、その他様々な恩恵を受けて、このルーディアも他国にも劣らない勢いで発展を続けていた。
徐々に周囲からの雑音も、私の耳に届くことも少なくなり、人々から感謝されることも増えていく。
次第に『聖女の祈り』を捧げることにやりがいを感じるようになっていった。
そして私は、この役割を与えてくださった先代の国王には恩義を感じていた。
これは他の誰でもない、私にしか出来ないことだから。
『聖女の祈り』をこの国の民たちのために。
この先も献身的に祈り続け、国の発展のために尽力を惜しまない。
そのような誓いを胸に秘めて、さあこれからという時に。
先代の国王は旅立たれてしまわれた。
そうして現国王に先代の子息が任命されてからは、状況が一変していく。
取り巻きを含む連中たちが、自分の思うがままに内政に干渉していった。
聖女の存在も、己の私服を肥やすためだけに利用していき、ルーディア国内は徐々に衰退の一途を辿っていく。
見るみるうちに民たちは痩せ細っていき、貧富の格差の拡大、治安の悪化、街の空気は淀み始め、状況の悪化は目に見えて分かるようになっていた。
私はこの状況を看過出来なかった。
腐敗し切ったこの現状から脱却すべく、私は現国王のに対して現状を改めるように直談判を行った。
しかし、現国王は傲慢だった。
傍若無人な振る舞いで、私の存在そのものが異物であると判断されて、聖女の地位は剥奪。
後継者に力を受け継がせた後に、国外追放という処分が下された。
その情報は号外として、瞬く間にルーディア中に広がっていった。
精神的支柱となっていた存在が突如いなくなり、国内には動揺する声も多く上がっていた。
だが、現国王たちは嘘で鎮静化させた。
——この状況を作ったのは前聖女であるエルフィーリアだ。彼女が一人私服を肥やし、民たちは飢餓で苦しむ。我々は苦渋の決断を下したのだ。
などと、自らの行いを全て私に被せて、悪者へと祭り立てていった。
国からの正式な発表に大半の者たちは鵜呑みにしてしまい、聖女に対する反感の声は日が経つに連れて増していく。
王族に楯突いた不穏分子として儀式までの期間は、監視の目が厳しく、行動も制限されていた。
特に悪目立ちすることも無く、何も出来ないまま私は当日を迎え、従属に連れられながら王城へと足を運ぶ。
そうして私は聖女継承の儀式のため、現国王の御前に姿を現すこととなった。
彼らから聞いていた通りであるならば、とても簡単な儀式だ。
私の内に秘めた聖女の力を、新たな聖女ルーシィに継承する。
そう命じられるだけだと想定していたのだけれど。
「そうだ! これまでの『聖女の祈り』を、より何倍にも強力に展開出来るようにすればいい」
などと、国王の取り巻きの一人がそのような戯言を言い始めていた。
そんな無茶な、と誰かが言い始めてくれるであろうことを期待していたが、この場は頭がお花畑な連中の巣窟だった。
「簡単な話だ。今までの数倍の規模で『聖女の祈り』を展開すれば、それだけ民たちの恩恵も増えるであろう?」
「ただ、祈っているだけじゃないか。『聖女の祈り』の効力をより強力にすれば良い」
「元々備わったルーシィの力量と、エルフィーリアの力が合わされば可能ではないか?」
好き放題言ってくれる家臣たちの意見に、王城の主も同調する。
現国王もやれ、と言わんばかりに玉座にふんぞり返りながら下卑た笑みを浮かべていた。
一部カチンとくる発言もあったものの、内心呆れるしかなかった。
もういいです。貴方たちの好きにして差し上げましょう。
自分の中で、何かが吹っ切れたような感覚になっていた。
顔を引きつらせ、私は淡々と懐から一枚の紙とペンを取り出す。
その場で咄嗟に走り書きながら、一通の文書をしたため玉座に座る現国王に献上した。
「何だこれは?」
「再現に必要な手順の一環です」
「何て書いておるのだ? 全く読めぬのだが?」
「あらあら、聖女の恩恵を授かりたいとする王族ともあろうお方が、神話時代の文字を読めないでおいでで? 先代の王様でしたらすらすらとお読みになられたでしょうに」
「お前! 陛下を愚弄するつもりか!?」
「サインしないのならそれでも構いません。先ほど言った通り、これは必要な手順の一環なのです」
取り巻きたちが怒鳴り散らして、顔を真っ赤に染め上げる中。
私は全く臆することなく、玉座に居座る者と真っ向から対峙する。
「この際内容を把握する必要はないでしょう。これにサインしていただくだけで、お望み通り何倍もの『聖女の祈り』を全身全霊をかけて顕現させましょう。それはお約束いたします」
「まあよい。『聖女の祈り』による永久機関が手に入るのなら安いものだ」
現国王に促されて、一人一人が書面に名前を記入していく。
流石の決断力だ。王座に君臨なさるだけのことはある。
ならば私も覚悟を決めるしかない。
書類を受け取った後、私は彼らに言われるがままに、ルーシィに聖女を継承する儀式とやらを遂行したのだった。
「エルフィーリア様! 本当に私が継いでよろしかったのでしょうか?」
儀式の後、新たな聖女として任命されたばかりのルーシィが、申し訳なさそうに私の元へとやってきた。
そんなに気を遣わなくても良かったのに。
私からすれば、ルーシィは愛弟子みたいな存在だった。
聖女として人々を惹きつける素質も、祈りを捧げるだけの土台も良いものを持っている。
非常に優秀な人材だった。
仮に私の存在が無くなってしまったとしても、ルーディアの支えとなれるほどの力量を彼女は持っている。
「継ぐも何も、貴女はその素質を初めから持っているでしょう」
「はい……それもエルフィーリア様に見出して頂いたおかげです。なので、聖女の座を奪うような真似私には…………」
「貴女は正式にこのルーディア王国の聖女となったのです。私のことは気にせず、聖女としての誇りを持って勤めを果たしていきなさい」
「…………」
「あっ、そうそう。貴女もこれに目を通しておきなさい。聖女には必要なことですから」
そう言って私は一枚の重要事項を記載した紙を手渡した。
「これは……」
「この紙は先ほど国王が同意した契約書の中身の要約です。彼らは了承してくれましたので、この通りに遂行しても何も問題はないはずです」
ルーシィは目を見開いて、驚いた顔でこちらを見つめてくる。
まあ無理もないだろう。
国が与えた聖女の身分も、継承の儀式も、そのようなものは一切無意味だ。
ここに書かれているのは、自らの生命力をもってして『聖女の祈り』を倍化させるという、同意を求める契約書。
生命力とは、すなわち寿命だ。
「『聖女の祈り』は無限ではない、有限なのです。あの方達は聖女の存在を軽んじた。それが私には許せないのです」
祈りを捧げるだけで、誰しもに幸福が訪れる。
そんな夢のような力が何の制約もなく使用出来るのであれば、これほど喜ばしいことはない。
最も彼らはそのように思っていたのだろうが、実際は違う。
人々の幸福のため、数多くの聖女が犠牲となってしまっている。
私はたまたま運が良かっただけだ。
祖先にエルフの存在があったから、多少なりとも長寿の恩恵が受け継がれているに過ぎない。
母親まではエルフの特徴的な尖った耳も遺伝されていたのだが、私は外見的には人間の要素が強いらしい。
私自身もいつ『聖女の祈り』による影響が訪れるかは、分かったものではなかった。
「私は長寿、ルーシィは元来類稀な生命力を有している。普段の『聖女の祈り』ならば、早々に命まで落とすとは考えにくい」
『聖女の祈り』は聖女の命を削って、成り立っている代物だ。
しかしながら、これが必要な力だということも理解している。
先代の国王もこの実情を知っていただいた上で、自ら志願した私にだけ『聖女の祈り』を任せて下さった。更なる犠牲を出さないために。
エルフとの混血である私であれば、生命力を完全に失う可能性は低い。
先代には常に私の身も案じてくださり、感謝しかなかった。
「当日、壇上では祈る素振りだけをしておいて下さい。私が祈りを捧げますので」
私は先ほどの書類に自分の名前を記入した。
本来、『聖女の祈り』は日々続けることによって少しずつ豊かにしていくものだ。
けれどそれを一気にとなると、それだけの生命力が必要となる。
今回は荒技中の荒技だ。
ただ前例がないとはいえ、生命力さえあれば倍化させることも不可能ではないとは思うが。
後継者としてこの道に引きずり込んだ私が言える話ではないが、大切な後輩を命の危険に晒すわけにはいかない。
事情も説明し終えたので、お開きにしようと考えていたら。
「嫌です」
透き通った綺麗な声音が、颯爽と私の耳朶を通り過ぎていった。
「何倍、何十倍と効力を高めるのです。貴女の生命力をもってしてもどうなるか——って、ちょっと!」
私から無理やりペンを取り上げて、瞬く間にルーシィも自分の名前を記入した。
「それはお互い様ですよねっ! 私も祈ればそれだけ二人で生還する可能性も高まるでしょ!」
「いや、だからっ——!」
と、これ以上反論を口にする前に、私は思い止まった。
どれだけ論じても、ルーシィの身を案じていると主張しても彼女の考えは変わらないのだろう。
それはこれまでの過ごした日々の中で、何となく理解出来る。
彼女に理屈は通用しないのだと。
——ほんと、生意気で頼もしい後輩だよ。
※ ※ ※ ※ ※
新たな聖女誕生の瞬間とあってルーシィの登場以降、歓声が鳴り止まない。
熱狂的な雰囲気に場内は包まれつつ、壇上からはルーシィが、私はフードを取り民衆から少し離れた位置で、契約に従い共に『聖女の祈り』を発動させる。
我々や昨日、書面に名前を記載した者たちを起点とし、目が眩むほど強く白い光包まれていった。
熱い。足元から身体が焼けていくみたいに。
私自身が蒸気のように、どこかに吸い上げられていくように意識が遠のいていく。
これまでの『聖女の祈り』の規模では考えられない現象だった。
「な、何なんだこれは! どうなっている!?」
「知らん! 急に発光し始めて——」
「いいから、早く祈りを止めさせろ!」
『聖女の祈り』について何も知らない彼らは、ただ無力に狼狽えることしか出来ない。
私たちは構わずに祈りを捧げ続けた。
しばらくすると、一つ一つの発光が不意に消え始めていく。
聖女の存在を軽んじていた者たちの断末魔だけが残されて。
一人、また一人と身体から発せられていた白い光は、灯火のように儚く終わっていった。
最後の一人。現国王の生命力を吸い上げて、すでに『聖女の祈り』は完成を迎えたのだった。
忽然と姿を消し、奇怪な現象を目の当たりにしていたルーディアの民衆たちは呆気に取られていた。
そして次第に現実を直視した人々は、徐々に動揺や不安が広がっていく。
しかしそれは、一時的なものに過ぎなかった。
彼らには、すでに吉報が届き始めていた。
「おい、聞いてくれ! 長年手付かずな開拓地のはずなのに、野菜や果実が実ってるんだが……」
「お、俺も………不治の病で寝たきりだった俺の娘も、今さっき目を覚ましたって連絡が……」
他にもこれまで手付かずだった山林から、新たに希少な鉱石が見つかったとか、神話時代の歴史の解明が大きく進むそんな発見をしたりなど。
一番驚いたのは、後に『聖女の祈り』の上位互換になるかもしれない可能性を秘めている『魔法』という新たな力の存在が発現したりと。
すでに倍化させた『聖女の祈り』によって、奇跡のオンパレードとなっていた。
何年も掛けた祈りによって、ゆっくりと育てていったはずのものが一瞬の内に——度を超えすぎだわ。
「天からの……いや、聖女様からのお恵みじゃ!」
「すげぇ〜、すげ〜よ! 同時にこれだけの奇跡が起こるなんて!」
「これも全て聖女様のおかげよ!」
奇跡だ、と感嘆の声が上がり、再びこの会場内は異様な盛り上がりを見せていた。
もう王族たちが消失してしまったことなど、すでに過去の事として忘れ去られてしまったかのよう。
彼らも現王政に、苦しめられた人たちだったのだ。
すでに新しい風が吹き始めている。
あの人たちも結果としては自分の身を犠牲にして、人々に幸福を与えた。
ある意味、民にとって良い王様としての最期を迎えていたのかもしれない。
冷めやらぬルーシィコールを背に、私はこの場を後にするのだった。
後日談。
——なぁに、一人で黄昏ちゃってるんですか先輩。
と、ルーディアを立ち去ろうとしていた私に新聖女のルーシィは声を掛けてきた。
もうすでに、ここに居場所は無いとばかりに思っていたのに。
——結果的に旧王政は打破されて、次の王様が決まるまでの間、どうしても情勢には不安が残るでしょ。
いくら目覚ましい発展を続けようとも、統率の取れてない国がどうなるのかは想像に難くない。
所詮烏合の衆。外部勢力からの干渉。
少しの軋轢で、いとも簡単に崩れ去ってしまうだろう。
——聖女は何人いたって困るものじゃないですから。それに私たちは倍化の祈りを生き延びた実績があります!
だから、私たちは通常の『聖女の祈り』程度では、絶対に犠牲にならない。
そう言いたげな、自信満々な口調だった。
だが今の言動を受けて、正直に言って不安になったよ。
祈り続けて失った同志の姿を、私は何度も見ている。
確かにあの一件を乗り越えたとはいえ、少々自分を過信し過ぎているようにも思える。
危ういな、とそう思ってしまった。
私は一つ息を吐いて、彼女が差し出す手を取る。
もうしばらくは、彼女の面倒を見なければならないらしい。
今日も今日とて、私たちは隣り合わせで。
二人で『聖女の祈り』を捧げるのであった。
此度の一件はルーディア王国の文明に、大きな変化が生じさせる事象となった。
後世にも大きな転換点として、語り継がれていくこととなる。




