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ロマネスの少女  作者: 辻本 結城
第一章 霧深き森

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霧深き森 その7

青年の顔が強ばった。いきなり笑みを向けられ、訝しく思ったのだろう。

「!!」

 ルーラがそれに気づいて、口をぽかんと開けた。

(あ……初めて合ったばかりの男の人に、笑いかけちゃった)

 顔が火照るのを感じ、頬に手を当てる。

(ほっぺた、熱くなってる……)

 頬が深紅に染まっているのを青年に見られないよう、俯いた。 

「おまえみたいなガキが、聖なる騎士に何の用があるんだ?」

「ひどい……」

 ルーラはぽつりと呟き、深くうなだれた。ガキと言われ、傷ついた。が、反論する理由は見当たらない。確かに、青年から見れば自分は子供だ、と心の片隅で認めてしまう。 

 こちらの真意を探るつもりか、青年が顔を覗き込んできた。

 一瞬、青年とルーラの目が合う。

(やだ!!)

 ルーラは顔を赤らめ、目を閉じた。やましいことは何もないのだが、心の内を彼に読まれてしまうような気がした。

 いかにも隠し事をしてそうな素振りをするルーラに、青年は興味を持ったらしい。凄みのある声で問いかけた。

「何のために、聖なる騎士を探しているんだ?」

「そっ……それは……あの……」

 ルーラは言いかけ、呑み込んだ。 

 旅する訳は誰にも話すな、と父から固く口止めされている。ジョエルがルーラに命じた言葉を利用し、ロマネス国を破滅に導こうと企む不逞の輩が、いつ現れ出でないとも限らない。ましてや、訳を話した所で、青年が『はいそうですか』と納得してくれるかどうか。にも係わらず、青年に促されるように、なぜか口走りそうになった。

(どうしてだろう……)

 ルーラは首を傾げた。

 訳を知るため、青年を上目使う。

 ルーラが話す気になったとでも思ったのか、青年が勝ち誇ったように笑んだ。

(笑ってくれたの、これで二回目)

 心持ち、ウキウキと気分が浮き立つ。度重なる恐怖に縮こまってしまった彼女の心は、青年の笑顔によって幾分救われた。張り詰めていた緊張の糸がぷつりと途切れ、気が緩む。

 ルーラの細い腕が青年の方へ伸びた。

(お父様……)

 青年の広い胸に、父のそれを重ね合わせる。できることなら、青年に縋り付いて泣きじゃくりたかった。

 嫌な予感でもしたのだろう。青年が一歩後ずさる。

(!!私、何をしようとしていたんだろう……)

 ルーラは、突き飛ばされたような、衝撃を受けた。見ず知らずの青年に甘えるなど間違った行為だ、と気づく。

「えっ?何?」

 ドレスの裾をクイッと引っ張られ、振り向いた。

 彼女の気持ちを読んだのか、言ってはダメだ、とでもいう風にヴォルン、サクラが首を大きく横に振る。

 ルーラは疲れたような笑みを浮かべ、小声で呟いた。

「そうだよね……」

 大きく頷いて、口を開く。『大丈夫よ』と声を出さずに、二匹に伝えた。

 青年の方へ振り向き、コツンと頭を叩く。

(旅を始めたばっかりだっていうのに……私ってば、ダメだなー……)

 あまりに悲しすぎて、涙が出ない。自分でもどうかしていると思いつつ、微かな笑いが零れた。 

 その声は青年の耳に届いたらしい。青年が怪訝そうに話しかけてきた。

「おい」

「大丈夫です!!」

 ルーラは、落ち込んだ気持ちを奮い立たすため、青年をクッと見上げた。そして、膝に頭がつきそうなほど、深く頭を下げた。

「ごめんなさい……私が聖なる騎士様を探している訳を、あなたにお教えすることはできないんです ……」

 喋っている内に、涙が溢れた。自分の命を救って貰ったにも係わらず、青年に本当のことがいえない。申し訳ないという気持ちで、胸が張り裂けそうだ。

 ルーラの声が徐々に震える。

「あの……助けて下さって……本当にありがとうございました……この御恩は一生忘れません……」

 ルーラはゆっくりと頭を上げ、自分の命を助けてくれた人がどんな男性なのか記憶に残そうと、青年の顔をまじまじと見た。

(覚えた……)

 涙を滲ませつつ、柔らかな日差しを映し取ったような笑みを浮かべた。

 照れ臭さを覚えたらしい。青年はそっぽを向くと、決まり悪気に咳払いを一つした。

 ルーラは青年の仕草に、クスリと笑った。青年がそんな顔をするのを初めて見た。彼の色々な面がもっと見れたら楽しいだろうに、と思いかけた。

 気分を害したのか、青年がこちらを睨んだ。

「何を見てやがる」

「!!」

 ルーラは身をすくませた。

(また怒られた……)

 顔から笑みが消え、意気消沈した。

(バカみたい……)

 叱咤して、自虐的な笑みをこぼす。これ以上は彼の側にはいられない。いれば、ますます悲しい思いをしてしまう。

 赤茶けた地面の上に細長い影が伸びた。

 目の端に、森の木々の間に沈みゆく夕日が見えた。

「日が暮れちゃう……」

 辺りの景色は、ルーラに現実を教えた。

「ルーラ」

 サクラの声に振り返って、頷く。

「今、行くから」

 そして、改めて青年に深く頭を下げる。

「本当に、ありがとうごさいました」 

 サッと体の向きを変え、ヴォルン、サクラの側に行きかけた。

 何の気紛れか、青年が声をかけてきた。

「待て。オレの話はまだ終わっちゃいねえぞ」

 振り返ったルーラと目を合わせないつもりらしい。青年がこちらに背を向けた。

「そんな傷ついた人狼を連れて、女の身で炎の湖へ行くのは危険だ。オレと行く方向も同じことだし ――ついて行ってやる」

「!!本当?本当ですか!?」

 ルーラは喜々として叫んだ。

「本当に、一緒に行ってもいいんですか?お邪魔じゃないんですか!?」 

 舞い上がり、あやうく青年の長衣を掴みかけた。

 しつこいほど同じ言葉を繰り返すルーラに、青年はうんざりしたらしい。こちらを振り返って、吐き捨てた。

「ああ、オレがそう言ってるんだ。何度も同じことを聞くんじゃねえ」

「ありがとうございます!!」

 ルーラは有頂天になっていた。深々と頭を下げ、ヴォルン、サクラに駆け寄る。 

 二匹を抱き締め、はしゃいだ。

「ヴォルン、サクラ、良かったねー。あの人が、一緒について来てくれるって。もう、大丈夫。野犬や私を売ろうとした悪い人に出会っても、あの人が助けてくれもの。魔物が襲ってきても平気よ。あの人、強いんだから。何の心配もいらないわ」

 その言葉はヴォルン、サクラに投げかけられたものではなく、ルーラが自分自身に念を押すよう言ったものだ。

 幼子を彷彿とさせる仕種をするルーラに、青年は一抹の不安を覚えたらしい。一人ごちた。

「オレはとんでもねえ間違いを犯したんじゃねえだろうな……」

 どうも彼は、一端口にしたことを撤回できない性格のようだ。渋々、ルーラに歩み寄る。

「おい」

「は、はい!!」

 ルーラは驚いて、ポンとジャンプし、体を半回転させた。

「何ですか?何でも、おっしゃって下さい」

 キラキラと目を輝かせ、青年を見上げた。

 無邪気に喜ぶ彼女を見て、困惑したらしい。青年がサッと視線を逸らした。

「そういやあ、自己紹介がまだだったな。オレの名は、レディウス=リーヴ=ブライトリング」

 青年の名を聞いた途端、ルーラは凍りついた。傍らに来たヴォルン、サクラと視線を合わせる。そして腰を落とし、小声で話し出した。

「ヴォルン、サクラ、ブライトリングって、聞いたことある、よね?……」

 無言の二匹が大きく首を縦に振る。

 ルーラは顔を真っ青に、さらに声を潜めた。

「ブライトリングって、もしかしてベルグワンの国王陛下のお名前と一緒、かな?……」

 二匹が頷くのを確認し、頬を引きつらせる。

「そう……そうだよね……それしかないもんね……」

 世間知らずなルーラだが、ロマネスと隣接するベルグワンの国王の名ぐらいは知っていた。彼が恐ろしい人物だということも。

 ベルグワンの王といえば、暴君としてアルシュランにその名を轟かせており、彼の持つ強大な武力と権力を持ってすれば、他の国々を凌駕できるだろうとも噂されていた。

 ルーラは自分を助けてくれたレディウスが、ベルグワンの王の息子だと思いたくない。

(他に、同じ名字の人がいるかもしれない……)

 固く思うことで、レディウスはベルグワンの王のように恐くはない、と言い聞かせる。

(きっと、いるのよ)

 が、それはレディウスに直接聞いて、確かめなければならない。 

 ルーラはちらと横目でレディウスの様子を伺った。 

 レディウスのこめかみがひくついている。名乗りを上げたというのに、ルーラたちが変な反応をしたので、不快感を覚えたのだろう。

 こちらの視線に気づき憤怒したのか、レディウスがカッと双眸を見開いた。

「何かあるんなら、はっきり言え!オレはコソコソされるのが嫌いだ!!」

「!!」

 ルーラは身をすくませた。

「す、済みません」

 立ち上がり、振り向いた拍子に、つい口を滑らせる。

「あっ、あの……ブライトリングって、ベルグワンの国王陛下と同じ名字ですよ、ね?」

「!!それがどうした?何か不都合でもあるのか!?」

「いっ……いえ……」

 いきなり声を荒げたレディウスに、ルーラはそれ以上聞くことはできなかった。

 そこへ、追い立てるように、レディウスが怒声を放つ。

「どうでもいいことをつべこべ言ってねえで、行くぞ!!さっさとしねえと日が暮れちまう」

「は!はいっ!!」 

 ルーラは、有無を言わさぬレディウスの強引な態度に、従わざるをえない。

「サクラ、私の肩に乗って。ヴォルン、歩ける?」

「――うん、平気だよ」

 ヴォルンが二つの荷袋をくわえ、肩に背負う。

「よし、マレノス村へ行くぞ」

 馬の背にひらりと乗ったレディウスが、こちらを横目で見た。

「さっさと歩け。いいな?――じゃねえと、置いてくぞ」

 正面に向き直り、馬の腹を軽く蹴った。

 馬がゆっくりと歩き出す。

 歩く度に、馬の長い尾が左右に揺れた。

 ルーラは、それを楽しげに見た。

(この人、レディウスさん、って言うんだ……)

 青年の後ろ姿に頼もしいものを感じた。

 何度も怒鳴られたというのに、現金なものだ。というよりも、無邪気なのだろう。

 ルーラの足取りが自然と軽くなる。歌うように呟いた。

「ヴォルンにサクラに、レディウスさんに……」

 自分をいれて四人。四人いれば、何があっても大丈夫な気がした。

 頬に暖かな夕陽を感じて、そちらに視線を移す。

「一緒に行ってくれる人ができて、良かった……」

 ルーラの口元から、まばゆいほどの笑みがこぼれ落ちた。



次章「炎の湖」につづく

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