霧深き森 その3
「終わった、の?」
ルーラは誰に問いかけるともなく、独り言を漏らした。
恐る恐る木から離れ、正面を見つめる。
「ヴォルン?」
問いかけたが、彼からの返事はない。
ルーラは焦った。
(ヴォルンに何かあったの?)
怖くて、言葉にはできずにいた。
心臓が破裂しそうなほど高鳴る。
ルーラは息苦しさを感じ、胸に手を当てた。
深呼吸しつつ、何度も言い聞かせる。
「大丈夫よ。聞こえたのは野犬たちの叫び声だけだったもの。ヴォルンはすぐに戻ってくるわ……」
ゴクリとツバを呑み込み、ヴォルンが姿を見せるのを待った。
が、ヴォルンは一向に姿を見せず――それどころか、声すら聞こえてこない。
「ヴォルン、どうしたの?……」
ルーラは道の中央に突っ立ち、霧の中へ視線をさ迷わせた。
視界はゼロに等しく、目に入ってくるもの全てが、ぼやけた。足元の地面、森の木々、上に広がっているはずの真っ青な空さえ、霧に遮られ、白く霞みがかっている。
ルーラの不安は次第に膨れ上がり、動揺した。
「ヴォルン……」
ガタガタ震える足を一歩、前に踏み出す。
「ヴォルン、どこにいるの?……」
今にも消え入りそうな声でヴォルンの名を呼び、慎重に足元の地面を踏み締める。
「ヴォルン……ねえ、ヴォルン。どこにいるの。ふざけてないで、返事して。隠れんぼしているつもりなんでしょう?……それとも、怖がってばかりいた私を怒って、出てきてく
れないの?……」
ルーラは泣きだしそうだった。
やがて、不安は焦りに変わり――ルーラはヒステリックに叫んだ。
「ヴォルン、出てきて!どこにいるの!?返事をして!!」
彼女の声がこだまとなり、戻ってくる。
「ヴォルン……」
ルーラは膝をつき、しゃくり上げた。
「……ヴォルン……ねえ。戻ってきてよ……」
と、啜り泣くような声が聞こえた。間違っても、自分のものではない。
ルーラは、膝をついたまま顔を上げ、やや驚いた。
「見える、わ……」
立っている時よりも、幾分周囲の景色が見えた。
「そうか。体を低くすれば、いいんだ」
ルーラは泣き笑いし、上体を屈めた。
調子づいたのか、地面を這って前進し始める。ドレスの裾が赤茶色の土にまみれようが、ヴォルンを見つけるためには、一向に構わない。
「ねえ、ヴォルン。私の声が聞こえてるんでしょう?ヴォルンが自分から出てこないつもりなら、いいわ、私が見つけるから」
少しでも見えれば、後は簡単だ。
ルーラはウキウキと、道から木々の間の草地へ入って行った。
草には水滴が張り付き、その合間を縫うように這うルーラのドレスの裾は、今度は濡れた。
ルーラの這う速度が少しずつ遅くなる。
「んっ……」
膝で裾を踏んでしまったらしい。
「ドレスは好きだけど、地面を這うのに、向いてないみたい……」
小さくため息を零し、裾を踏んだ膝をやや持ち上げる。
その拍子にバランスが崩れ、左手が大きく前に出た。
グニャリ
指先に何かが当たった。木切れや小石などの硬い物ではなく、もっと柔らかい物である。
「何?……」
ルーラはこわごわしつつ、草の茂みに視線を転じた。
残念なことに、密集した草が邪魔をして、触っている物が何なのか、わからない。
もう少し触ろうか、放っておこうか――ルーラはためらった。
キキッ
頭上で、小さな鳴き声が聞こえた。
ルーラの瞳がパッと輝く。
「今の声、ラクチュだわ」
ラクチュとは、アルシュランに広く生息する小動物のことで、頭胴長二十セス、尾の長さが十五セスほど。毛の色はオス、メスにより異なり、オスは鮮やかな赤褐色、メスは茶色と黄色の交じったような体毛をしている。どちらとも腹は白く、森林に多く生息し、木の身や木の葉、虫などを食べる。人間には害を成さず、愛らしい生き物として人々に好まれ、良く慣れた。
「この森には、ラクチュがいるのね」
ルーラは頭上を振り仰ぎ、嬉しそうに笑んだ。そして、口を尖らせ、ぽつりと呟く。
「ラクチュがいるって知ってたら、携帯食のクラッカーを持ってきたのに……」
クラッカーを、ラクチュは好んで食べる。いや。人間の与えた物は何でも口に運び、美味しそうに食べた。基本的に、菓子や果物類が好きなようだ。
ロマネスの城にいた頃、ルーラは庭園に時折姿を現すラクチュに食べ物を与え、小さな彼らのクルクル動く仕草を飽きずに、いつまでも見つめた。絵に描いたり、寄って来たラクチュの体を撫でたりもした。
ルーラは、クラッカーを取りに戻ろうか、と先ほどまでいた木の方を振り向いた。
クラッカーは、ヴォルンが背負っていた、二つの荷袋の中に入れてある。
グニッ
体を後ろに傾けたせいで、左手の下にある何かを、思いっきり触ってしまった。
ルーラは凍りついた。
彼女の手の下の物は、ごわごわした毛にも布地にも受け取れ、生温かく、肌にへばりつくような、ぬちゃりとした感触がした。
「うっ……」
ルーラは生臭い匂いに、吐き気を覚えた。
唇を一直線に引き結び、息を止める。
(何、この匂い?……こんな匂い、嗅いだことがないわ……)
と、目の前の霧が揺れた。
ルーラはゆっくりと顔を上げ――彼女の髪を、どこからともなく吹いてきた風が撫でる。
「!!」
ルーラの顔が真っ青になった。
あろうことか、風は彼女の髪だけでなく、草の葉も揺らした。
(あれは、何……?)
ルーラの瞳が一点に注がれる。
どす黒い血に濡れた灰色の物体が、草の合間に見えた。一個だけではない。転々と散らばり、頭らしきもの、胴体らしきものがそこら中に転がっている。
ルーラはパッと手を離すや、呆然と座り込んだ。
鼻を突く異臭に顔を歪め、掌を返すと、恐る恐るそちらに視線を移す。
血がべっとりとこびりついていた。
声を震わせ、首を大きく左右に振る。
「……い、や……」
その場から離れようと、座ったまま、じりじりと後退した。
「いや……」
だが、凄まじい不快感は彼女の背筋を這い――ルーラはついに悲鳴を上げた。
「いやーっ!!」
かなり混乱したようだ。ルーラは転がっている肉片が誰のものか、確かめるのを怠った。
ヒステリックに叫び、白霧の中を闇雲に走る。
(どうしよう。ヴォルンが死んじゃった。早くサクラを見つけて知らせないと……)
ルーラは、霧で湿り気を帯びた道をけつまづきそうになりながらも、ただひたすら走った。時折、救いを求めるように、真っ白な頭上を仰ぐ。声がかすれるほど叫んだ。
「サクラ!サクラ!!戻って来てー!!」
ドンッ!!
何かにぶつかった。
その拍子に、ルーラは尻餅をついた。
「キャッ」
「何じゃ!?」
同時に男の声がした。
ルーラはゆるゆると立ち上がり、ぶつかった相手の正体を確かめようと目を凝らす。
目の前に男がいた。それもルーラより背が低く、百五十セスぐらいだろう。肩まで伸びた頭髪は、霧とは区別がつかないほど真っ白で、顔中に深い皺が刻まれている。年は彼女の父よりももっと上か。前のめりになった体を支えるため、手には木製の杖が握られており、薄汚れた服を着ていた。
「そなたは誰じゃ?」
男は、ぶしつけにそう言うと、棒立ちになるルーラを、上から下へ嘗め回すように見た。
「ゲオルグ様、おケガはありませんか」
獣の唸りに似た低い声が、ゲオルグと呼ばれた男の背後からし、ルーラがギョッと後ずさる。
霧の中から、にょいと姿を現した四人の大男は、人間ではなかった。頭部が馬で胴体が人の獣人である。
獣人とは、獣と人間の双方の特徴を兼ね備えた存在だ。彼らがどうやって生まれたのか、は未だ謎に包まれていた。ちなみに、ヴォルンも彼らと同種なのだが、ルーラには四人の大男が、恐ろしい化け物に思えたらしい。
ルーラは四人の獣人たちを脅えた目で見た。
四人ともゲオルグを守護しているらしく、何本もの刺の付いた金棒を手にしていた。
それを見たルーラは、急いで頭を下げた。
「も、申し訳ありません。連れの者が行方知れずになり、先を急いでいたものですから」
いかにも怪しそうな五人組に行く手を阻まれ、心臓が破裂しそうだ。
(どうしよう、こんな人たち見たことない……)
手足が心なしか小刻みに震え、額に脂汗がじっとりと滲み出た。
ルーラは、どうしよう、と頭の中で連呼した。
恐怖心に追い立てられるように、ゲオルグたちとの距離を少しずつ広げ、ゆっくりと後
ずさる。
霧の中だ。運が良ければ、このまま逃げても見つからずに済むかも知れない。
ゲオルグたちの存在が自分にとって危険な物だ、と判断したルーラは、自然に体を動かしていた。
「かわいそうに、供の者とはぐれてしまったのか……」
思いもかけぬゲオルグの優しい言葉に、ルーラの足が止まった。答えようか答えるまいか、ためらう。
ゲオルグが、沈黙したままのルーラに、つっと近づいた。
「それは、さぞ心細いであろうな。どれ、わしらが一緒に、そなたのお仲間を探してやろう」
言葉とは逆に、ゲオルグの口元にいやらしい笑みが浮かぶ。
ルーラが気づいた時には遅く――ゲオルグが彼女の細い手首を掴んだ。
「!!は、離して下さい!一人で探せます!!」
ルーラは、いきなり態度を豹変させたゲオルグを見、焦り、彼の手を必死で振り解こうとした。
だが、ゲオルグは見かけよりも腕力があるのか、ルーラの抵抗にも屈せず、爪を彼女の手首にギリギリと食い込ませた。
ルーラは眉間に皺を寄せ、虫の羽音のようなか細い声で呻いた。
「うっ……」
「ヒャハハハッ!!」
ルーラの細く透き通るような手首に筋条の血がにじんだのが、よほどおかしかったらしい。ゲオルグが変態じみた笑い声を上げた。
長い口ひげを撫でつつ、四人の獣人を上目使う。
「どうじゃ、お前たち。この娘の持っている物は高く売れそうか?」
ゲオルグに掴まれたまま、動けずにいるルーラの回りを、四人の獣人たちがグルグルと歩き、品定めを始めた。
と、獣人の八つの目が、ルーラの腰元に注がれた。
いかにも高価そうな、金糸で縁取りされたポシェットが、ルーラの肩から下がっていた。
獣人の一人がニヤッと笑うや、ポシェットを指さす。
「ゲオルグ様。この中に、金目の物がぎっしり詰まっていそうですぜ」
「ほおう」
ゲオルグの目が、ルーラの顔から、ポシェットへと移動する。
ポシェットをまじまじと見つめる双眸に、醜悪な光が帯びた。
「なるほど」
「それに、この娘の着ている洋服。かなり高そうですぜ」
獣人の太い指先が、ルーラのドレスの裾を少し摘まんでは、弾く。
ドレスは風を受けたようにフワリと舞い上がると、元あった位置に収まった。
「やめて!お父様が下さった物に気安く触らないで!!」
ルーラは気丈に振る舞い、ゲオルグらを睨み付けた。が、それとは裏腹に血の気の失せた頬は、うっすらと涙で濡れていた。
「そんなに悲しむことはない。わしらは何も殺そうとしている訳ではないのじゃ。そなたほどの娘なら、ドレスや持ち物がなくとも、高く売れるじゃろうて」
ゲオルグの口から含み笑いが漏れた。
ルーラの回りを囲む獣人たちも、賛同するように目で笑った。
ルーラは首を傾げた。
(私を売るって言ったの?……)
彼女の仕草がおもしろかったらしい。ゲオルグ、獣人たちが吹き出す。
ルーラは頬を強ばらせた。
「何がおかしいの?」
ゲオルグたちがさらに声を立てて笑う。
ルーラの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
ゲオルグのしわくちゃな手が彼女の頬に伸びる。
「これは、これは。涙も綺麗なものじゃ。手に取れば宝石になるやもしれ……」
「やめて!!」
ルーラは顔を深紅に染めると、ゲオルグに詰め寄った。
「私を売る?売るって、どこへ!?私をどこへ連れて行くの!?」
物の売り買いなら知っているが、人身売買などという言葉を、父や教育係から教わった記憶が一度もない。
獣人の一人がおかしそうに腹を抱えながら笑った。
「ゲオルグ様。この娘、何も知らないようですぜ」
「物を知らん娘に思えたが、どうやら、わしの見当違いではないようじゃ。これはますます高く売れるぞ。無知な者ほど扱い易いものはないからのう」
ルーラの顔が蒼白になる。
(この人たち、本気で私を売るつもりなんだ)
が、ゲオルグの手を振りほどいて逃げる自信はない。彼の腕力はルーラの想像以上だ。
(ヴォルン!サクラ!!)
視線を霧の中に走らせる。
(二人ともいない……)
うなだれ、唇を強くかみしめた。
ゲオルグがこちらをなめるように見、止めの言葉を吐いた。
「どうじゃ、私に売られる心の準備はできたか?」
ルーラは首を微かに振った。
ゲオルグの嘲笑が響く。
「心配するでない。おとなしくしておれば、悪いようにはせんからな。おまえのような無知な子供を欲しがる、男たちは山ほどいる。どの男も金回りがいいぞ。おまえに不自由な暮らしをさせんぐらいになあ。ただ……性格に少し問題があるようだが」
「お願いです。ドレスも私が身に付けている物も、あなた方に全部差し上げます。ですから、私を売りに出すのだけは、どうか辞めて下さい」
ルーラは顔を上げ、必死で懇願した。無知と言われ少々腹立ちはしたものの、この非常時にそんな些細な事を気にしている余裕はない。ウォルンもサクラも側にいない今、自分自身で活路を見出すしかないのだ。
考えが甘かった、とルーラはすぐに気づかされた。
ゲオルグの濁った茶色の瞳が、ルーラの首を飾る薄紅色のリボンを見つめた。
薄気味悪い声を出し、左右の獣人たちを見回す。
「これは見覚えがあると思ったら、ロマネス国の物ではないか。お前たちも良く見てみろ」
獣人たちはゲオルグに命じられるまま、ルーラの二倍以上はあろうかと思われる馬面を彼女の首元へ寄せた。
「この布地は、ロマネスでしか手に入らない貴重な物で、しかも得られる者は金持ちだけじゃ」
主の知識の豊かさに獣人たちは感心したのか、ひたすら、うんうんと頷いた。
そこへ、ゲオルグの一喝が飛ぶ。杖の先端を地面に叩きつけた。
「バカ者!!お前たちはわしと一緒にアルシュラン大陸全土を渡り歩いて来て、それぐらいわからんのか!!」
ゲオルグは獣人たちを叱責した後、何か閃く物でもあったのか、こちらに視線を戻した。
「そなた、いったいどこの家の娘じゃ?ロマネスでその布地が買えるほどの名家と言ったら……サバン家か?クレミア家か?まさかと思うが、そなた、ロマネス王の娘ではないじゃろうな?素直に白状すれば、おまえを売るのを撤回してやってもよいぞ」
ルーラが幼い頃より健やかであれ、幸せであれと、父がお守り代わりに授けてくれたリボンがこういう結果を招くことになろうとは。
絶句したルーラは、ゲオルグから顔を逸らすと、首を大きく左右に振った。
ルーラを売った後の金の使い道でも想像しているのだろう。ゲオルグがギラギラと目を輝かせる。
「まあ、どちらにしても、そなたが高く売れるのは決まったようなものじゃ。賢いわしに出会って不運じゃったのう。恨むんなら、そなたに、そのリボンを託した両親を恨むがよい。お前たち、こんな所でぐずぐずはしておれんぞ!!この娘が行方知れずになったことが家人の者に知れ渡る前に、どこぞの人買いに娘を売りさばいてしまうのじゃ」
ゲオルグの命を受け、獣人たちが途端に慌ただしく動き、ルーラの回りを囲んだ。
四方を囲まれたルーラはというと、別の世界にいるように、硬直していた。
目の前が真っ白なら、頭の中も同様だ。
(ヴォルン、サクラ……)
俯き、下を向いた拍子に、髪の先が目に入る。
キラキラと輝く金髪は、父のそれを思い起こさせた。
(お父様……)
ゲオルグに掴まれていない方の手で、髪を摘まむ。
柔らかな手触りに、胸が熱くなった。
(お父様、私、どうなるの……?)
ズルッ
ルーラは、ゲオルグに腕を掴まれたまま、ずるずると引きずられた。
しばらく行った所で、前方を歩いていた獣人の一人が、こちらを振り返った。
「ゲオルグ様。もしこの娘が、ロマネス王の子供なら、他にも利用法があるのでは?」
「そうじゃ。利用方法は数え切れないほどある。一番金が多く手に入る方法は、この娘をダシに、ロマネス王を脅すことじゃ。自分の娘が誰かわからぬ卑しい男の手に売られようとしている、と知れば、ロマネス王は大金どころか、国さえわしらに差し出すだろうて」
「私たちがロマネス王に掴まることはないのですか?」
「ない――金を受け取ったら、追っ手がくるまえに、娘を放り出して逃げればよいのじゃ。見つからぬように、五人バラバラにな」
ゲオルグが勝ち誇った笑みを浮かべた。
こちらをちらと見、口の端を歪める。
「そなたには、気の毒じゃったな。何か希望があるか?例えば、どんな男がいいか――売るのを止めることはできんが、相手を選んでやるぐらいはしてやるぞ。そなたは、私の六十年の人生の中で、最も金になる人間じゃからのう。ロマネス王には感謝せねば……」
ゲオルグは頭上を仰ぐと、大金を手にする自分を想像しているのか、陶酔した。
「ゲオルグ様……」
飽きれたらしい。ゲオルグと共に歩みを止めた獣人たちが顔を見合わせ、軽く首を振った。
ルーラは、ゲオルグと獣人の話を聞き、悟る。
(私が売られてしまったら、お父様に迷惑がかかってしまう……)
傍らにいるゲオルグをそっと伺い、泣きそうな顔をした。
(どうすればいいの?せっかくここまで来たのに……)
足元、肩の上に視線を転じて、張り裂けんばかりに胸を痛めた。
(それに、私が霧の森からいなくなったら、サクラは?ヴォルンはどうなるの?)
宿を探しに行ったサクラはまだ帰ってこず、ヴォルンの安否さえ不明である。
(二人を置いてはいけないわ)
危機一髪に陥りながらも、ルーラは一生懸命考えを巡らせた。泣いている場合ではなかった。父から与えられた使命――聖なる騎士を探す――さえ、まだ果たし終えていないのだ。
(何か助かる方法は……)
視線を周囲に巡らし、頭上に青いものを見つけた。
真っ白な霧の向こうに、ほんのわずかだが、空が姿を覗かせている。
(そうだ!!サクラ、サクラを呼んでみよう。サクラなら空を飛べるから、助けてくれる人を呼んでこれるかもしれない)
ルーラは一条の希望を胸に秘め、声のあらん限りに叫んだ。
「サクラー!サクラー!!私はここよっ!!」
予期していなかったらしい。ルーラのそれに驚いたゲオルグが血相を変え、彼女の口を塞いだ。
「何じゃ、いったい何をした!?誰を呼んだのじゃ!!」
声を荒げると、ルーラの腕を今にもへし折らんばかりの勢いで、ガクガクと揺さぶった。




