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それでも、人として

こんにちは

作者: マーク
掲載日:2026/01/29

『うーん。どうしよう』


…迷った。ここどこ?

地図…を見てもわからん。

っすー…目的地がここだろ?で、

こっちから入ってきて……?

うん。わからん。

そろそろ暗くなるし…今日は野宿かなぁ。


…お?家がある。

ラッキー!空き家かな?


『ん?空き家…か?』


近づいていくと、遠くからは見えなかったがあきらかに整備されている…というか、きれいな状態に整えられている。


『あのー』


扉をトントンと叩きながら、誰かいるか確認してみる。


『すいませーん。誰かいますかー?』


…反応がない。

中を覗けるところを探すか。


『うおっ!』


ビックリした!

家の周りを見てみようと一度振り返ると、そこに人がいた。

まったく音がしなかった。


『あの、すいません。この家の人ですか?』


俺の身長が百七十六だから、背は…百七十ないくらい?

年…は、わからないな。

見た目は幼い?…か?

男…だよな?

…目に光がない。

光がないというか、光を飲み込んでいるような、そんな目だ。

見るからに普通じゃない。

…なにも分からない。


というか、全然話さないんだけど。


『…あの?』


『どいて』


『あっはい』


言われた通りにする。

家の前にいたから邪魔になってたのか。

そりゃ申し訳ない。


『えっ、あの?』


なにも言わず家に入っていった。


っすー…そろそろ本気で暗くなる。


『…お邪魔します』


さっきの人に、泊まっていいか聞こう。

勝手に入るのはよくないけど、なるべく野宿は嫌だ。



さっきの人はどこだろ。


…綺麗な部屋だな。

埃は見えない。生活感がある。

綺麗すぎるぐらいだ。


一人で住んでる…にしては広い気がする。


あ。さっきの人が暖炉の前にいる。


さっきの人が、火打ち石と打ち金で暖炉に火をつけた。


『迷ったのか』


急に、こちらの考えを見透かすようなことを、俺に言うでもなく、ただ呟いたように言った。


声的に、男性かな?


『はい、実はそうなんです。そのー、無理を言ってるのは分かってるんですけど、今日一日だけ、泊めてくれませんか?』


『いいよ。でも、今日だけ、はやめた方がいい』


『…えっと?』


『明日の朝から3日間、嵐が来る』


…嵐?耳を疑った。


気になったので、外を見る。


風はない。雨もない。


到底嵐が来るとは思えない天気だ。


『えっと、今日入れて四日間はこの家に居た方がいい…ということですか?』


黙って、ほんのすこし頷いた。


…なんで分かるんだ?


『ついてきて』


言われた通りついていく。

扉の前で止まる。


『ここを使って』


彼が、扉を開けながらそう言った。


『えっ、いいんですか』


少し見ただけで分かる。

手入れが行き届いていている。


…なんで?


『お腹は空いてる?』


『空いてます』


『分かった』


歩いて行った。

…料理を作ってくれるってこと?


彼よりも少し遅れて、歩いていく。


暖炉がある部屋に戻ってきた。

火がさっきより強くなっている。部屋がほんのり暖かい。


彼は料理の準備をしているようだった。


『…何か、食べられないものはある?』


鍋に水を入れながら言った。


『野菜が嫌いです!』


そういうことを聞いてるわけではないということは分かってるけど、言いたくなったので言った。


『…そう。じゃあたくさん入れておくね』


そう答えて、火をつけた。

…ん?やめて?


棚から食材をいくつか出した。

何かの根菜と、干した肉。特別なことはなにもない。


包丁で刻む音が、静かな部屋に響く。一定のリズムで、淡々としている。


『嵐って、よくあるんですか?』


『たまに』


それ以上、続かなかった。




鍋を火から下ろして、器を二つ用意する。中身をよそって、机に置いた。


『熱いよ』


そう言って、先に椅子に座った。

熱いんですよね?それ。

じゃあ、なんで素手で触ってるんですか?


俺も向かいに座る。湯気が立っている。


『いただきます』


彼はそう言いながら、軽く手を合わせた。


彼が食べ始めたので、俺も食べてみる。


…おいしい!野菜めっちゃ入ってるのに!?

この人は料理人だったのか?!




…一瞬で食べ終わってしまった。


『おかわりはないよ』


俺の食べっぷりをみて察したのか、彼はそう言った。ちょっと残念。


なんとなく、彼が食べている間椅子に座って待っていることにした。


こっちを気にする様子はなかったし、食べている間特に話しはなかった。


話し…というか、彼が食べている音が全くしなくて、なんとなく不気味だった。


彼が食べ終わる。

一緒に食器を片付ける。



『…私が許可するまで、家から出ない方がいい』


案内された部屋に行こうとすると、彼がそう言った。


『それは…何でですか?』


『私なら、危険かどうか分かる』


『あの、聞いてもいいですか』


『なに』


『どうして、こんなに良くしてくれるんですか』


どうしても気になった。

森のなかに住んでいて、きっと食料に余裕なんてないし、一人でも大変だろう。

それなのに。


『人だから』


淡々と、そう言った。

ごく当たり前のことを言ったかのように。


『私が人であるには、こうする必要がある』


理解はできなかった。

でも、彼にとって大切なことであることだけは分かった。

俺が口を挟むのは、駄目だと思った。


『どういうことかは分からないけど…。泊めてくれてありがとうございます』


頭を下げた。


彼は返事をせず、部屋に入っていった。


『なんなんだあの人』


俺も、部屋に行く。


…うーん。

俺の家よりも豪華かもしれない。

なんか、虚しくなってくるな。


配達遅れちゃうなぁ…どうしよ。


…いいや、寝よ。

今日は疲れた。









『ん?』

風の音で目が覚める。

いま何時だ?…まぁいいや。


窓から外を見る。


…おぉ、スッゴい風。歩くのも難しそうだ。

雨はまだ降ってない。

あの人が言った通りになったなぁ。


とりあえず、部屋を出る。


すると、


『おはよう』


『おはようございます』


リビングにいた彼が、挨拶をしてくれた。


『風、すごいですね』


世間話をしようとしてみる。


『…君、目的地はどこ』


『ええっと、この森を抜けた町なんですけど…』


『地図、ある?』


『あります』


何をするかは分からないけど、地図が見たいらしい。


部屋から持ってきて、机に地図を広げる。


『これが目的地です』


手で、目的地に指を指す。


『…わかった。ありがとう』


『あの』


『なに』


『なんで地図を見たかったんですか?』


『道案内しないと、また迷いそうだったから』


『それは、嵐が止んだら町まで送っていってくれるってことですか?』


『森を出るまでね』


…そうか。

この人は、ただ困っている人をほっておけないだけなんだ。


『ありがとうございます』


なんとなく、彼のことを知りたいと思った。

なんの利益もなく、俺の安全を第一に考えてくれている。


目指すべき場所な気がした。


彼は暖炉の前に腰を下ろし、火の様子を見始めた。最近寒いからありがたい。


『俺、配達員をしてるんです』


彼のことを聞くんじゃなくて、自分のことを話すことにした。


『そう』


こっちを見ずに答える。


『町と町の間を行ったり来たりしてて。荷物、結構大事なやつで』


こっちを見てはいないけど、聞いてくれている気がした。


『遅れたら、怒られるだろうなぁ、って』


『そう』


彼は、それだけ答えた。

命の方が大事だとか、今回はしょうがなかったとか、なにも言わず。

ただ、俺を受け入れてくれた気がした。


『…最近思うんです。俺、向いてないなぁって』


言葉にしてみたら、思ったよりも軽かった。


『朝起きるの遅かったしね』


『え?』


『今、11時』


『じゅ、十一時?』


『うん』


ただ事実を述べるように、そう言った。


『そ、そんなに寝てたの?』


『疲れてたんだよ』


窓の外を見る。

雨が少しずつ降ってきていた。


『君』


『なんですか』


『名前、教えて』


『俺は、ツグです』


『ツグ』


『はい』


『君は、頑張ってる』


『…はい』


『君が、自分をどう思ってるかはしらないが。君は、少なくとも人だ』


『……人、ですか』


思わず、聞き返していた。

当たり前すぎる言葉。


『そう』


『人って……そんな大したものですか』


自分でも、少し拗ねた言い方だと思った。

配達は遅れ、道に迷い、人様の家に泊まらせてもらっている。


彼は、暖炉に薪を一本くべた。


『大したものかどうかは、私には決められない。決める権利がない』


『ただ、人でいることは、簡単じゃない』


よく分からなかった。

だから、


『名前を教えてくれませんか』


『セイ』


やさしい声だった。

それだけが分かった。


『俺、ときどき考えるんです。俺がいなくなっても、町は困らないんだろうなって。でも、それでも、必死で仕事をしている。じゃないと生きていけないから』


『そうだね。きっと、困る人は少ないだろうね』


事実を述べるような、聞き慣れた声。


『でも、君がそんなことを考える必要、あるのかい?』


『君が扱えるのは、少なくとも、生きている今だけだよ』


暖炉の火が、静かに揺れている。

外からの音は、すでに嵐そのものだった。


『ご飯にしようか』


『そう…ですね』


–––––––––––––––––––––––––––––––


『ツグ。起きろ』


『…おはようございます』


『もう昼だ』


『…こんにちは?』


『もう嵐は止んだ』


『そうですか』


『準備しろ。行くぞ』


『あー…はい』


背負い袋と、地図と、配達物。

持ち物はそれだけ。


『ほんとに止んだんですね』


空を見上げる。

…嘘みたいに澄んでいる。

風も、雨もない。


『行くぞ』


それだけ言って、セイは歩き出した。


森の中は、嵐の爪痕が多く残っていた。

折れた枝、倒れた木、ぬかるんだ道。


でも、不思議と歩きづらさはなかった。


『セイ』


『なに』


『あなたは、いつまで森にいるんですか』


『…さぁ。私には目的地がないんだ』







森を抜ける。


『ここから先は、一人でいけるね』


『はい。ありがとうございました』


『…あの』


『なに』


『また、家に行っていいですか?』


『…君には必要ないだろう』


『俺、セイと友達になりたいんだ』


『………』


黙り込んでしまった。

ダメか?ダメなのか?


『…来たら、もてなそう』


『…!ありがとう!』


今度、お礼を持っていこう。


『じゃあ』


『ありがとうございました』


セイが、森へ歩いていく。


その背中を、ずっと見ていた。

一度も振り返らず、姿が見えなくなった。


『…人ならざる人』


そんな人だった。




休日に夕方まで寝るのが一番気持ちいい。

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