第2話 ぽつんと異世界
私はいま大草原の中でアウトドア用のローチェアに座りながらコーヒーを飲んでいる。空は雲一つない快晴。さわさわと草を揺らす風がきもちいい。日本の季節に当てはめるのなら初春といったところだろうか。
「んー、いい天気だなー」
すごくまったりとしているのだけど、実のところ私はここがどこなのか全くわかっていない。そもそも日本なのかも、そして地球なのかも不明だったりする。私の背後には小型の一人用テントがぽつんとあるだけで、周りは足首くらいの長さの草が生えた草原が広がっている。
コーヒーの入ったマグカップをローテーブルにおいて、代わりにタブレットを手に持つ。タブレットにはまとめ買いした電子書籍がダウンロード済みでお菓子をつまみながらのんびりとそれを読み始める。
「あーー! 見つけたーー。アレクシアさま、見つけましたよーー!」
空の上から唐突にそんな声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方向を見るとそこには人の形をした何かが飛んでいた。
「え? 妖精?」
声の主と思われる妖精を見たと同時に私は見覚えのある白い空間に立っていた。
「あなた今までいったいどこにいたのかしら?」
いつの間に現れたのか私の目の前に美しい女性が立っていた。白銀の髪は地面に付きそうなほどの長さがあり、衣服はギリシャ神話の女神が着ていそうな純白の物を着ている。
「聞こえていますか?」
「あ、はい、聞こえています。えっとその状況がよくわかっていないのですが、もしかしてあなたは以前ここと同じような場所で会った白い人のかたですか?」
「白い人? もしかしてあの時わたしの姿がちゃんと見えていなかったといいたいのですか?」
「そうですね。それに以前は声が聞こえてなかったですね」
「え、あ、まさか、チャンネルがずれていた?」
目の前の女性はブツブツと何かをつぶやいている。
「事情はわかったわ。とりあえず自己紹介をしましょうか。わたしはアレクシア。ここアースガルズの創世神よ」
「創世神……ですか」
どうやらあの大草原のある世界を作ったのがこの女神様のようだ。
「私は峰川音羽です。よろしくお願いします」
「オトハでいいかしら?」
アレクシア様の問いに頷いて返す。
「オトハ少し聞きたいことがあるわ」
「何でしょうか?」
「あなた今までどこへいっていたのですか?」
「どこにと言われても、さっきの草原に辿り着く前って事ですよね? それならあそことは別の世界、地球の日本にいたと言えばいいですか」
「ん? 別の世界? どうやって……」
「えっと、いつの間にかそういう力? 能力? みたいなのが使えるようになっていて」
「能力? おかしいわね。私はあなたにそのようなギフトは授けていないはずだけど……」
そう言ってアレクシア様はじーっと何もかもを見透かすように見つめてきた。
「どうやらオトハにはこちらとあちらの世界の存在が魂に刻まれているようね」
「そうなのですか?」
「どうしてそうなったのかしら? 死んだオトハの魂はわたしの管理世界で転生しているはずなのに……」
今までの会話で色々と察してしまった。どうやら以前この白い所へ来た時の私は魂だけの状態だったらしい。だから手も足も体が見えなかったわけで納得できた。そして本来なら私はこの目の前の女性によってこの異世界に転生するはずだったのだろう。
だけどそうはならなかった。なぜかというと、心臓マッサージとAED、それと人工呼吸などで蘇生したために私は元の世界に戻ってしまったということになる。医療技術の勝利といったところだろうか。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
何やら考え事をしているアレクシア様に気になっていたことを聞いてみることにする。
「何かしら?」
「以前ここにつれてこられた理由を教えてもらってもいいですか?」
「そのことね。あの時に一度説明したつもりなのだけど、どうやら会話が成立していなかったみたいね。それではもう一度説明しましょう。簡単にいうと私の世界は技術的に長い間停滞しているの。そこで別の世界の魂をこの世界に転生させて技術革新をしてもらうと思ったわけなのよ」
「技術革新ですか……。私にはそう言った技能は持っていないのですけど」
「技術革新と言ってもなんでもいいのよ。料理でも遊戯でもなんでもね。今この世界にないものを広めてほしかったのよ」
「そうなのですね……ん? ほしかった?」
「ええ、実はオトハ以外にも転生してもらっていてね」
「そうなんですね。つまり私はもう必要ないってことですか?」
「そんなことはないわ。人それぞれに得意不得意があるでしょ? あとその子たちはまだ生まれたばかりの子どもだからね。すぐに広めることは出来ないわ」
てっきり私はもう必要ないのかと思ったけど、よく考えてみればそうだなと思える理由だ。どうも同じ時に召喚された者たちはまだ生まれて間もない子どもというわけで、既に大人の私に期待をしているようだった。
「ただね問題が一つあるのよ」
「問題?」
「そう、今あなたのいる大陸と人の住む大陸はアースガルズの反対側、つまり裏側に位置しているのよ」
「裏側ですか、かなり移動するには距離がありそうですよね。ちなみにその大陸に送ってもらえるのですよね?」
私のその言葉にアレクシア様はそっと顔をそらした。あ、はい、自力でいけということですね。陸で繋がっているのなら良いけど、いや仮に繋がっていてもたどり着くまでにどれくらい日数がかかるのだろうか?





