四章:本能
「……どうして、肝心なところで逃げようとするのかな?」
前を飛ぶラファエルが呟いた。
「……逃げる?」
問い返したが、答えは返ってこない……??
何だ、独り言なのね……私に言ってるのかと思った。
図星で、戸惑う……
逃げたい……これ以上、自信を失ったら……羽はどうなる?
怖い!!
「リル?どうしたの……顔色が悪いけど。」
振り返り心配する彼は、どこかイズフィーを思い出させる。
大きい羽がそうさせるのか、その雰囲気……今は……
「ごめんなさい……少し、別行動でもいいかな?」
泣きそうな私に、やはり戸惑う手……
「うん。分かった……一回りしたら、ミカエル様のところに戻るよ。資料館に依頼している『神器』の情報が、手に入る時間に……現地で会おうか。」
「ええ……ごめんなさい。ありがとう……」
ラファエルから離れ、飛ぶのをやめる。
歩く足は、重い……
「くす……くすくすくす……これも、美味しい♪」
気配のない後ろから声がして……振り返る。
私の目に、ありえない色の羽……何度か記憶にあるモノ……
「あなた……まさか、ラファエルが言っていた候補生とは違う気配の。」
「さて、問題です。答えたら、“俺”も質問に答えるね……」
私の言葉を遮り、強引なことを言う。
“俺”……?
どこか、中性的な……まとう空気は冷たくて……恐怖に包まれる。
私の表情に、満足した笑顔……
「くくっ……どうしたの?彼のこと、知りたいでしょ……イズフィーのこと……教えてあ・げ・る♪」
イズフィーのこと!!
「あなた、イ……」
思わず叫んで、近寄った私を冷静にしたのは……彼の瞳の色。
危険信号……冷静になれ、落ち着くんだ……
息を吸い、吐き出す。
「……つまんないの……ま、お楽しみが待っているから我慢してあげる♪くすくす……」
私の周りを、くるくる飛びながら……
「あなたは、誰なの?」
私の質問で目の前に止まり、冷たい視線を向ける。
【ゾクリ……】
質問に答えず、ミカエル様の像のほうに移動……
像の頭に足を乗せ、私を見下ろした。
「問題。教科書は、なぜ存在するのか……」
「天使になるため!」
私は即答した。
「くっ……くはは!!なるほど……くくく……だから、羽が小さいんだね♪あははは……」
像から転げ落ちながら、笑い続け……
像にしがみついたと思ったら、その像の頭をペシペシと、叩く。
幾ら、ミカエル様のお姿と違うからと言っても、『付き人』以外の皆は……
「あなたは『付き人』なの?」
笑い続けているので、聞いているのかは分からないが、問いかけた。
笑うのが止まり、羽が大きく開く……
「ね、誰にそんなくだらないことを言っているの?ふふ……教えてあげるよ……今から、お楽しみの中心は君だから♪」
私が……中心……?
「君の答えは、正解ではない。学ぶため……しかし、基本であって……応用ではない。すべてのものが天使になれないのと同じ……感じたまま行動すべき時があり、考えて迷い……苦渋の決断の時もある……どちらも必要。」
……雰囲気が、ミカエル様に……近い!?
まさか、そんな方が存在するの?
羽は、あってはならない色なのに……
まるで、何にも左右されず……強さに圧倒される輝き……
“彼”は、一体 何者なの?
冷たい風が、私を包んでは通り過ぎていく……
「弓には矢が必要であり、自由には重荷が必要……すべては均衡を保っている。未来には、過去が必要なように……過去も、未来を必要とする……試練に選ばれた者たち……そして、ワタシの必要とする……ミカ。くっ……くく……時が来ている。リル……期待しているね♪」
いきなりの突風で、目を閉じた一瞬に……“彼”の姿はなかった……
何が起きたのか、それさえ理解できない。
話は、教科書が何故 存在するのか……
「リル!」
【ビクッ】
名を呼ばれ、高鳴る心音……
「リル、時間になっても来ないから……どうかしたの?」
近づいたのはラファエル。
「……いえ、何でも……」
一瞬、いるはずのないイズフィーを感じた。
イズフィー……どこにいるの?もう、会えないのかな……
“彼”は、イズフィーを知っている?
追放に、『神器』が関係しているのなら……
私の言いたくても、まとまらない……そんな表情に、ラファエルは優しく微笑む。
頼ってしまいそうになる……!!
ダメ……何を考えた?私は……
「……何故、教科書は必要なのかな?」
視線を逸らし、ラファエルの優しさを感じないような言葉を引き出す質問……
今 思いついたのは、それだった。
「天使になるため。」
私と同じ答え……なのに、その羽の大きさ。
原因は、理解ではないんだ……分からないことが、どんどん増える!!
悔しいぃ~~
「私たちは候補生なのよ。完璧なんかないわ!」
悔しさに、ラファエルを睨んでしまった。
「リル……そんな顔されると、何かを思い出してしまう……」
今までとは違う、強引な力……それが、私の体を抱きしめる。
……え?……
【ドキッ……】
私に出来た心の隙間……
慌ててラファエルを押し退け、背を向けた。
「リル?ごめ……」
ラファエルの動揺した声……
【トスッ】
パニックになった私の胸に、矢が刺さった。
冷たさを伴った一瞬の痛みが、信じられないほどの甘さに変わる。
「……ッ……ラファエ……」
“彼”が、この心の隙を狙って、まだ近くにいたなんて……
「何だ、これ……まさか神器……~」
ラファエルの声が、小さくなっていく……
遠のく意識の中、精神の奥深く……ざわめく何かが、私を襲った。
自分ではない何かに、動かされ……
軽くなるはずのない心が爽やかな……いえ、消えていく……塗り替えられていく……
「リル!!」
【ドク……ン……】
愛しい。この想い……
いつからだったのかな……目に映るのは、心配する懐かしい表情。
「よかった。分かる?さっき、君の胸に……」
「ラファエル……。ごめんね、素直になれなくて……?」
違う……ラファエルじゃない……
私は……私の想いは……ダメ、どうして……
体が熱い……背中に、力が集中する。
「……リ……」
分かる……羽が大きく成長しているんだ。
何かの力に、誘われるかの様な……
それでも、受け入れ……身を委ねる。
「触れて……この、羽に……」
違う……思考とは違う感情が……
何を口にした?
嫌……違うの……
違わない?この優しい瞳……同じ……ちが……う……
「駄目だ。君は、心を……違う……その、赤く透き通る美しさは……君のじゃない!」
いつになく、感情的なラファエル……
私を睨み、距離を取ろうとした。
【カツ……ッ……】
落ちたのは、きれいな髪飾り。
「あ……」
慌てて、今までに見たことのない取り乱し方のラファエル。
……女の子の物を、大切に……
会えない状況で……とても気にしていた大切な存在……
何故、離れるの?どうして、一緒にいてあげないの?どうして……
アナタハ……私のこと、何とも思っていないの……?私より、大切な人が……?
混ざる感情が、燃え上がる嫉妬心となり……
拾おうとするラファエルより先に、その髪飾りを奪っていた。
両手に持つその髪飾り……
知っている……ラファエルが、胸元にさして……無意識に触っていた。
何度も、何度も……愛しく。私には、触れない……戸惑う手……
何故?あんなに、優しく……私の羽に触れたのに……
私の羽に、触れ……読み取る感情を……知っていた。
本当は、私だけ……ね、そうでしょう?
……ラファエル……
違う、その名じゃない……誰を求めてる?
感情は、この髪飾りに反応しないのに……
必死で、これを取り戻したい表情のラファエル……
胸が苦しい。これは、嫉妬……?
違う……消さなきゃ……返さなきゃ……これは、あの矢の所為だ。
分かる……きっと、ミカエル様の任務……
思考は冷静なはずなのに、感情は思い通りには……ならない。
愛しさが……想いが……塗り替えられていく!!




