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  作者: 一ノ瀬亮太郎
3/6

【三】

 弥助の家には弥助の他に年老いた母親と妻と娘がいた。娘はおしずと言い、茂次より一つ歳下だった。二人はそれまで兄妹のように育ったが、その日から仲良くすることを禁じられてしまった。


 子供は純粋だと言うが、いや、純粋だからこそ、残酷なことも平気でする。村の子供達は揃っておしずを苛めるようになった。全てを憶えてはいないが、泥の中に突き飛ばしたり、草鞋を肥溜めに投げ捨てたり。茂次は自分が直接おしずに何かしたような記憶は無いが、苛めの仲間につるんでいたので、きっとあれこれしていたに違いない。自分に都合の悪いことなので思い出せないのだろう。


「その報いがおみよちゃんに?」

「ああ。身近なモンがそういう目に遭ってみて初めて気付いた。俺達は酷いことをしてたんだな、と」

「今そのおしずちゃんはどうしているの?」

「判らない。結局弥助さんの家は村でやっていけなくなって、田を捨てて村を出たから」

「そう……じゃあ、それから一度も会ってないのね」

「ああ。会えたら一言でも謝りたいんだがな」

「謝って許してもらえると?」

「いや、許してもらえるとは……ただ俺の気が済まねえだけだな」

「そう。やってしまったことは取り返しつかない。後でどんなに悔やんでもね」

(ちげ)えねえ」

「ごめんなさい。変な話になっちゃったね」

「こっちこそすまねえ。もう(けえ)るよ」

「うん、そうね。おみよちゃんも心配だしね。でもこれに懲りずにまた来てね」

「ああ。ここが膨らんだらな」


 茂次は懐を叩きながら床几から立ち上がった。


 それから、仕事の手間賃が入ると必ず女の店に行くようになった。女はそんな茂次に魚ともう一品、それにちろりを二杯、それ以上は決して出さなかったから、茂次の生活に差し障りが出たりはしなかった。


「今日もおみよは苛られてきたみたいだ」


 茂次がここへ通うのは、長屋の住民に話せない愚痴を言うためかもしれない。


「長屋の人達に話をつけられないの?」

「長屋の皆のお蔭でおみよを育てられたようなモンだし、なにより、おみよが何にも言わねえ。憶測だけでケチつけるわけにもな……」

「じゃあ、このまま放っておくの?」

「仕方ない。おみよには可愛そうだが、俺の悪行の報いなんだ。俺が代わってやれるなら代わりてえ」

「そんなこと……」

「あのとき、おれだけでもおしずを庇ってやれば……おみよはこんな目に遭わなかったんだ……そうか……おしずはもう死んでいて、その恨みがおみよに……おしず! 赦してくれ! 俺の命くらいくれてやる。だからおみよをこれ以上苦しませるのはやめてくれ!」


 いつも最後は茂次が泣き崩れて店の奥で寝込んでしまう。おかみは店を閉めるまでそのままにしておき、片付けが終わった後に少し酔いの醒めた茂次を長屋まで送ってくれる。長屋に着いて畳の上に転がった茂次は、おかみとおみよの話し声を(おぼろ)に聞きながらまた眠りこんでしまう。こんなに迷惑をかけられても、おかみは茂次に「もう来るな」とは言わなかった。

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