5話 3から8に増えたって駄目だってば!
行商人タナスに随行する女性だけの冒険者パーティー──「暁に眠るダイヤ」のおねだりは止まらなかった。
食事については、日々食材を確保できる目算が立つため提供を承諾。
だが甘味は希少性を鑑み、牛車を牽く魔牛の乳に砂糖を混ぜたものを二、三日に一度だけ振る舞うことにした。
食にこだわるラング一行にとって、自分たちの食事の質を落とす気は毛頭ない。
そのうえで譲歩した温情に、女性冒険者たちも応えるように魔物討伐へと気合を入れる。
「よ~し、お前ら! ラングさん達に見捨てられないよう、魔物をぶっ倒すぞ! あいつらはただの肉! アタイらの食卓に並ぶおかずだ~!」
「牛さんのお世話も忘れちゃダメだよ! ストレスで乳が出なくなったら困るんだから、半径50メートル以内に近づいた魔物は全力で排除!」
「お~っ!」
勇ましい掛け声が響く。
だが、彼女たちは一体何を主目的にしているのであろうかと思わず疑いたくなる振舞いだった。
お風呂については、当初は断った。
要望すべてに応じられるはずもなく、そもそも野営で入浴できること自体が異例だ。
稀有な魔道具士ドグマが存在したからこそ実現した奇跡、そして特権なのだ。
それを部外者が望むのはおこがましい。
とはいえ、目の前に快適すぎる環境を突き付けられれば、享受したくなる気持ちも分からなくはない。
ましてや女性ばかりのパーティーであればなおさら。清潔を保ちたい思いは男性以上に切実だろう。
結局、彼女たちの粘りにラングも音を上げることになる。
またしても“乳”で解決しようとされては、さすがのラングも困り果ててしまった。
「ラング殿、我らも冒険者の端くれ。埃まみれは覚悟の上だ。だが、こう見えて女なのだ。他人を自分の体臭で不快にさせるのは心苦しい。どうか時々でいい、我らにも入浴を許してほしい。……そこで提案だ。ロエル、クラウ、ブレイネの三乳でどうだ?」
「へっ!? アタイの!? 人に見られて減るもんじゃねーけどよ……揉ませるってのは、なんか恥ずかしいな! けど……しょうがねぇ! ガバッと揉みやがれ!」
「だから乳の話はいい加減にやめてくださいってば~!」
「足りぬか。ならば一気に八乳だ! これなら文句あるまい!」
「ダメなものはダメですって! しかも三人から四人に増やしただけでしょ!? 実質一人しか追加されてないよね!?」
「チッ、いい案だと思ったのだが……見抜かれたか」
「アイファさん、心の声だだ漏れですよ~!」
「おいラングさん、細けぇこと気にすんな! みんな、脱げ~!」
ついには服を脱ぎ始める始末。
「や、やめ~い! これ以上やられたらオイラの腕がちぎれる~!」
ナターシャに思い切りつねられ、顔を歪めるラング。もう本当に勘弁して欲しいものだ。
「わたくしも負けていられませんわ!」
ナターシャは謎の対抗心を燃やし始め、ラングが慌てて制止する始末。
「わかった!わかったから~! とりあえず服を脱ぐのは勘弁してください!」
「やった~! お風呂に入れるんだね!? 嘘じゃないわよね!」
「はい、クラウさん。男に二言はありません。……ただし、最後に確認させてください。おねだりはもう終わりですよね? これ以上は認めませんよ?」
ラングが強調するのには理由があった。
というのも、彼女たちが見たら最後、“追加おねだり”に発展すること必至の便利アイテムが、まだ一つだけ残っていたからだ。
「もうこの際だから見てもらおう……いや、体験してもらおう。そして『最終おねだり』を確定させてもらう!」
ラングはそう腹をくくるのだった。
☆ ☆
「なんじゃこりゃ! 下からシュワッと清められていく~! アタイのお尻が聖水で清められていく~~!」
「な、なにこれ!? 超びっくりなんだけど~! 手で拭かなくていいってどういうこと? あれ? こっちのボタンは……ひ、ひええええええ~~っ! 小な~~!」
「オ、オイ待て! ダメだ、そんなとこまで…… ひゃう~~ん!」
「ほわほわ~~……ほわほわ~~……」
──もうお分かりだろう。
それぞれがウォシュレットを初体験した時の感想である。
若干ひとり、まるで参考にならない感想も混じっていたが……まあ気にしたら負けだ。
ついには四人そろって見事な土下座を披露し、ラングに懇願することとなった。
「も、もう本当にこれが最後ですからね! これ以上のおねだりは聞きませんよ! その代わり……肉の差し入れ、牛の世話、風呂とトイレ掃除の当番はちゃんと順番で割り当てますからね!」
「仰せのままに!」
女性冒険者たちの元気な返事が木霊する。
目を爛々と輝かせ、心から幸せそうだった。
こうしてお風呂については毎日一~二人が交代で利用し、トイレはその都度使用可ということに決まった。
対価についてはラングも悩むところであった。
掃除は使う者の義務だから対価とは言えない。
使用料を取る手もあったが、そもそも世に出回っていない一点物では価格設定自体が困難だ。
結局「旅人同士、借りひとつ」といった感覚で落ち着くこととなった。
──ようやく落ち着いた、と思った矢先。
堅物のアイファが妙なことをし始めた。
「暁に眠るダイヤ」のメンバーを横一列に並べ、胸を突き出させたのだ。
ラングにトドメを刺すつもりなのだろうか。
「ラング殿には要望をすべて叶えていただいた。さあ、我ら“8乳”を存分に楽しんでくれ」
「だから~! さっききっぱりとお断りしましたよね!? そういうの全部いりませんから!」
「だが、これでは私たちの気が済まぬ。どうか揉んで欲しい」
「だ~~か~~ら~~! 揉む気なんて毛頭ないんだってば~!」
「いや、そこをなんとか」
「もういい加減にしてください! これ以上言うなら、今までのおねだり全部却下しますよ!」
「そ、それは困る……ならば仕方ない。今回はこの辺で勘弁してやろう」
「はぁ……すみません」
最後はなぜかアイファの“許し”を得る形で収束した。
(……なんで俺が謝らないといけないんだ?)
「ところで、なんでナタリンまで列に並んでるの?」
「だって、“8乳”よりも“10乳”の方がよろしいかと思いましたの」
通常運転のナターシャであった……。
この一連の小芝居によって夕食はえらく長引いたが、食後の片付けを“8乳”に任せ、
ラングは生温かく見守っていた男性陣の食後の団欒に加わった。
「なるほど、ドグマさんは相当腕の立つ魔道具士なのですね。火や湯を生み出す魔道具も秀逸ですが、あのウォシュレットは……もう“凄い”の一言では言い表せませんよ」
「何、そこにいるラングに尻を叩かれ、作らされただけのことよ」
「そう仰いますが……あれほどの物を見せられたら、誰だって使ってみたくなります。その点では彼女たちの気持ちも理解できますよ」
「タナスさん、ここで見たことは他では絶対に話さないでください。あの魔道具の動力には“幻”とまで言われる遺産アイテムを用いています。秘匿性が極めて高い上、失われた魔方陣を組み込んでいるので、情報が漏れれば私たちの身に危険が及びます」
「その点は肝に銘じます。彼女たちの無理なお願いを聞いていただき、感謝しかありません。私まで使わせてもらえるとは……恩義にどう報いたらよいか。私にできることなら何でも致しましょう。もちろん、私の力の及ぶ範囲ですが」
ラングが説明した「失われた魔方陣」というのは、正確に言えば神代まで遡る。
人類の祖たる源世種が、神の手によって生み出された当時のこと。
神が用いたとされる“源世魔法”の体系は神力を前提としており、神に近い源世種でさえそのままでは使えなかった。
そこで神力を“人”でも扱えるように転換するために作られたのが、神力至人用転換魔法之体系《カミノミチカラヲリヨウセシメルテンカンマホウノタイケイ》。
ラングたちが略して「転換魔法体系」と呼ぶものである。
5年前──“ドクター・コポ”ことコーラル=ポタスの依頼で探索した遺跡で、彼らは「神石」と「転換魔法体系原書」を発見した。
その原書を読み解き、作り出したのが失われた魔方陣、すなわち転換魔方陣なのだ。
では、なぜ彼らは転換魔法体系原書を読み解くことができたのか?
──その答えは、この後明らかになる。




