18話 スタンピードの原因
暴走した魔物が通り過ぎたあと。
ラングたちは、なぜか砦の壁の上から外の風景を眺めていた。
状況を確認するために砦へ上がったラングが、
そのままなんとなく遠くを見つめていると――
それに倣うようにナターシャが、さらにドグマとジョナサンが横に並んだ。
やがてタナスや”暁に眠るダイヤ”の面々まで加わり、
いつしか全員で、夕日に染まる地平線をぼんやりと眺めていたのだ。
きっと、それぞれに思うところはあるのだろう。
仮にも “スタンピード” という非常事態を乗り越えたばかり。
高ぶった神経を落ち着けるための、ほんのひと呼吸だったのかもしれない。
つい先ほどまでとは打って変わった、静かな時間が流れていく。
――結果としては、誰一人傷つくことなく乗り越えられた。
その意味では、この重大事件は “楽々片づいた” と言えた。
だが。
地面を埋め尽くしながら迫り来る蟻の圧は、尋常ではなかった。
禍々しく蠢きながら押し寄せる気配。
頼れるのは、にわか作りの砦ただ一つ。
まるで津波にさらわれる小舟のような、寄る辺なさ――
あれを前にして、平静でいられる者などそう多くない。
皆を鼓舞するため、努めて暢気に振る舞っていたものの、
ラングだって、本心では怖かったのだ。
“切り抜ける” 自信はあった。
だが――もし仲間が傷ついたら。
その一念が、どうしても頭をよぎってしまう。
見落としはないか?
やるべき事は本当に全部やれたか?
徐々に大きくなる地響きは、
そんな不安を煽るには十分過ぎる不気味さと恐ろしさだった。
そして今――。
静寂に包まれた砦に、皆の無事な姿がある。
その安堵を、ラングは噛みしめていた。
……だが、その静寂を破る声が上がる。
「ねぇ、あれどうする? 放置するわけには……いかないよね」
クラウの呟きだった。
夕日に照らされた横顔は赤みを帯び、
ため息にも似た調子だったのは――
地面を埋め尽くす “それら” のせいだろう。
「うむ。黄昏の時間は、そろそろ終いだな。
早いところ処理を終わらせて食事としたい。
その前に身体も洗いたいところだ。……どうだラング殿?」
アイファがその問いを継ぐと、バトンをラングに渡した。
「はぁ……そろそろ現実に戻らないと、ですよね。
では、死骸を解体しましょうか!
それと――お風呂、皆入ってよし!
だから、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!」
「お~~!」
「は~い♪」
☆ ☆
蟻の解体を進めるうちに、ひとつ分かったことがある。
――蟻型の魔物は三種いた、ということだ。
群れの大半を占めていたのは、おそらく働き蟻であろう全長七十センチほどの個体。
常にせわしなく動き回り、気まぐれに列を離れて散ったのはほとんどがこのタイプである。
次に、姿かたちは働き蟻と変わらないが“羽”を持つタイプ。
数は少ないが、地上からの侵入が困難だったため空から襲いかかってきたこの個体群の討伐数がいちばん多かった。
最後は、ひときわ大きな顎を持つタイプ。
恐らく兵蟻だろう。
比率としては羽蟻と同程度だが、働き蟻と同じ理由で死骸は極端に少なかった。
硬い外皮や鋭い顎など、素材として活用できる部位を手早く取り除き、
それ以外はドグマ氏が開けた穴にどんどん放り込んでいく。
最後にたっぷり油を振りかけ、火をつけて燃やした。
燃えさかる炎の前で汗にまみれる男達。
その男達こそ――スタンピードを引き連れてきた張本人たちだった。
希にぐるぐる巻きにされ、砦に吊るされてしばらく放置され……
ついには自ら大声で助けを求めたのだ。
自分たちのやらかした事の重大さは十分理解している。
しかし、ラング達がまるで“存在を忘れたかのように”振る舞うのに、ついに痺れを切らした。
その情けない懇願により、拘束を解き――「せめて償いたい」という申し出を受け入れ、解体作業に加わってもらったのである。
☆ ☆ ☆
「つまり、冒険者ギルドの依頼で蟻の調査に向かったところ、誤って発見され、興奮状態になった蟻達がものの数分でスタンピードを引き起こしたという事だな?」
アイファは今しがたの説明を整理するように問い直した。
やはり、スタンピードを引き起こしたのは彼らだった。
とはいえ意図して引き起こしたわけではない――それだけは理解できる説明だった。
「そうだ。周囲の警戒は怠ってなかったが、恐らく巣が地表近くを縦横に伸びていたんだろう。
地中から警戒音のようなものが聞こえたと思ったら、次の瞬間には地響きが鳴り、ぞろぞろ飛び出してきたんだ」
ゴンザレスと名乗った男は、当時を思い出したのかブルッと身を震わせた。
長年の冒険者生活で刻まれた頬の傷が少しいかつい見た目だが、案外繊細な部分もあるらしい。
ただ、パーティリーダーらしく説明は要領を得ていた。
「なるほど。では警戒にも限界がありますからね~。
巣そのものが“外敵の接近をいち早く拾う構造”だったのか、あるいは直近で侵入者がいたのかもしれませんねぇ」
ラングはゴンザレスの説明を聞きながら、推論をまとめる。
――後に分かるのだが、この時の推測は驚くほど正確だった。
「その通りだ。事前にそうした情報を知っていたら、もっと慎重に近づいただろうが……いや、おそらくそれでも気付かれただろうな。
だからといってこちらに非がないわけじゃない。その点は重ね重ね謝る」
「わかった、貴殿の言を信じよう。だが、なぜギルドはコロニーがそこまで巨大化するまで放置していたのだろう?今聞いた限りではサウスポルトニアからさして離れていない場所のようだが」
「それには理由があるんだ。今、別件で人手が取られていてな……その辺りは追い追い話すさ。
それよりだ、お前さんたちの向かう先がサウスポルトニアなら、俺たちと一緒にギルドに来てくれねぇか?
今回のスタンピードについてギルマスに報告しなきゃならんが――俺ら、渦中ミノムシみたいにプランプランしてただけでよ……説明しようにもできねーのよ」
ゴンザレスは情けない顔で頭を掻いた。
確かに、どうやり過ごしたかなど彼は全く見ていない。
「もちろん私はかまわない。ちょうど次の目的地はサウスポルトニアだ。しかも素材を買い取ってもらう都合でどうせ冒険者ギルドに立ち寄る予定だったのだからな」
「もちろん俺も同行させてもらいます。サウスポルトニアの情報も集めたいですしね」




