14話 それぞれが目撃したもの〖アイファの視点〗
スタンピードが目前に迫っていると気づいた時、私は死を覚悟した。
せめて雇い主であるタナス殿と、その積み荷だけでも守らなければ。
――いや、その使命すら果たせないかもしれない。
渦巻く不安を振り払うように、私は皆に危険を知らせた。
希望なきこの瞬間ですら、見苦しい姿は晒すまい。
そう覚悟した“悲壮なる決意”は、しかしすぐに打ち払われる。
「皆さんまずは落ち着きましょう。ちと、作戦会議といきますか♪」
緊迫からあまりに遠いその言い様に、拍子抜けした。
だが、場違いなほどの“のんきさ”を不快に感じることはなかった。
やがて語られた彼の方針を聞くうちに、何故か不安がみるみる薄れていった。
――まるで嘘のように。
何故だ?
あの青年が「落ち着け」と言ったからか?
その一言だけで、私の心は穏やかになっていったのだ。
危機と決めつけた自分が、一時の気の迷いだったとすら思えてくるほどに。
彼が砦を作ると言い出した時――私は疑念を挟まなかった。
思考より先に、体が動いていた。
長年共にしてきた仲間達と共に。
短時間で作る砦がどれほど役立つのか。
頭のどこかでは冷静な“常識”が疑っていた。
なのに、心の奥底では彼を信じていた。
常のままのようでいて、常とは違う私がいた。
今思えば不思議な感覚だった。
そして――
出来上がった小さな砦は、“常識的な私”の方が間違っていたと教えてくれた。
彼は“戦う”のではなく “生き残る” を最優先した。
いや、違う。
私の“普通”は 命がけで戦い、どうにか生き残れないかを考える。
彼の“普通”は 絶対に生き残れる道を最初に探し出す、という事だったのだ。
千にも及ぶ魔物の群れは、面白いほど砦を避けて進んでいった。
もちろん偶然ではない。
彼がそう“導いた”。
円柱のトライアングルは確かに効いた。
前方障害を避けようとする流れが自然に生まれ、群れは綺麗に二つに分かれた。
後続の蟻は、ただ前に従う。
万一、流れからはずれて砦へ向かったとしても――
伝導コイルの電撃に触れれば息絶える。
あるいはしびれて動けなくなる。
屍を踏み台にして、ようやく砦まで辿り着いた数十体。
それだけを討つだけでよかった。
途中、空を飛ぶ個体(恐らくオス蟻)に仲間が狙われる事もあったが、
それすら“危険”ではなかったらしい。
後に聞いた話だと――ラング殿の能力補正スキルが、
我ら暁の仲間たちにまで作用していたのだという。
あの鋭い牙で噛まれても命は奪われなかったはずだ。
ただ一つの不満は……
“その説明”、事前に欲しかったという点だけである。
飛来した羽蟻を払っただけで――
一刀両断。
纏わせた炎がいつも以上に強く、柄を握る手を焼きかけた。
知らなければ、想像すらしないことだけに、知らせて欲しかった……。
あの青年はいったい何者なのだ?
天才と呼ぶには纏う空気が緩すぎる。
だが、そう呼ぶにふさわしい資質を持つのも、また事実だ。
そも、神獣を従える身である。
“普通”の枠にいるはずがない。
だが、私が最も恐ろしいと思ったのは――
あの補正スキルのおかげで、“正面から”戦ったとしても生き残れたであろうという点だ。
まして希という神獣は桁違い。
主たる青年も……同等の力を持つという。
私は未だ、戦闘における彼の実力を完全には信じきれていない。
だが――できるのに敢えてそれを選ばず、生き残る道を最優先した という事実が、何より凄まじい。
身をかわす事は少しも恥ではない。
彼はそう自信満々に言い切った。
そしてその言葉通り――
我々は全員傷一つ負う事なく、生きている。
ラング殿こそやがて英雄と呼ばれるにふさわしい人物なのかもしれぬ。
今はまだ世に知られていないだけであって、既にその片鱗を見せているように感じられた。
いったいどれほどの人物になっていくのか、その行く末を楽しみにする己がいた。




