8話 変化
旅の途中で出会い、共に行動することになったタナス一行。
戦闘での連携を高めるため、しばらくは緩やかな行軍を続けていたが――
広大なポルトニア平原の半ばを過ぎる頃には、すっかり打ち解けていた。
そしてその頃には、ラング一行の“破天荒なアウトドア生活”にどっぷり浸かっていたのである。
「たは~~、風呂上がりはやっぱりこれだな!」
ブレイネの手には、しぼりたて魔牛乳の入った瓶。
『風呂上がりの牛乳』を再現したいというラングの熱意から、プラント商会が特別開発した“牛乳瓶”に、牛乳ならぬ魔牛の乳を注いだものだ。
完全に趣味の産物だったが、後にじわじわと人気が広がり――
やがて港町ポルテアの風呂上がり文化として定着するほどの逸品となった。
「ぷは~~! 私は断然“あまあま魔乳派”よ!」
クラウは二~三日に一度与えられるご褒美を、風呂上がりに楽しむのが習慣になっていた。
魔物討伐や浴室・トイレ掃除を率先して行う日々の成果を、ここで甘味として味わうのだ。
入浴で疲れを癒やした後のご褒美――その満足げな笑顔が、まるで子どものように輝いている。
「ふふふ。甘いですわね。風呂上がりといえばこれ――“コーヒー魔乳”に決まっておりますのよ!」
腰に手を当て、半裸で一気飲みするナタりんことナターシャ。
最近では《暁に眠るダイヤ》の女性メンバーたちと共に入浴を楽しむことが増えた。
『裸の付き合い』はこの世界でも親睦を深める絶好の機会らしい。
心も体も温まった女子トークは、毎晩のように花を咲かせていた。
実はこの“風呂上がりの牛乳文化”を伝えたのもナタりんである。
もちろん、腰に手を当てて飲むという“形式美”もきっちり叩き込んでいた。
湯上がりの女性陣が仁王立ちでぷは~~っと一気飲みする姿は、もはや壮観と言うほかない。
一方、タナスも例外ではなかった。
豪華すぎる食事と、香り立つ異世界の調味料。
最初こそ戸惑いを隠せなかった彼も、今ではすっかりその虜になっている。
「ラング殿! 昨日討伐したオークジェネラルの肉――今晩どうでしょう? 味噌漬けにしたものを早く食してみたいのです!」
「もう少し漬けてもいいですが、そろそろ食べごろでしょうね。今晩いっちゃいますか?」
「そうこなくっちゃ! では早速取り掛かりましょう!」
タナスは手際よくコンロを準備し始めた。
ドグマ謹製の三口コンロは、人数が増えた今も快調そのもの。
同時に複数の料理を作れるため、調理の効率は抜群だった。
さらに、バーベキュー用の鉄板や七輪など、道具も豊富に揃っている。
討伐した魔物の種類に合わせて道具袋から選び出すのが、もはや彼らの日課になっていた。
フライパンに油を引き、味噌漬けのオーク肉を焼く。
立ち上る煙と共に、食欲を刺激する香ばしい匂いが漂い始めた――。
そこへ、寸胴鍋を抱えたラングがやってくる。
「タナスさん、今日の汁物はこれです!」
「おお、味噌汁ですかね? 随分と具沢山だこと!」
「ご名答! ……と言いたいところですが、これは“豚汁”――いや、“オーク汁”です!」
「オーク汁? 味噌汁と何が違うのです?」
「それがですね……同じ味噌汁でも、ある系統の肉を使うと特別な名称になるんです。理由は定かじゃありませんが、たぶん味噌との相性が抜群だからでしょうね。特有の旨味があるんですよ」
「おお、それは実に興味深い!」
オークは人型の魔物ではあるが、ラングの元の世界の“豚”にそっくりの顔立ちをしており、肉質も近い。
それほど強くないため、この世界では一般的に食用とされている。
ただし、オークジェネラルは上位種にあたり、討伐の難易度は高い。
しかし、その肉質は極上で、市場では高級食材として扱われるのだ。
「味噌は肉の臭みを取る効果がありますし、今回のタナスさんの下処理は完璧ですね。
それに、味噌に含まれる成分が旨味を引き出すので、味も一段上がります!」
「たまたま思いついただけなのですが、まさかそんな効果まであるとは! 臭みを消し、肉を柔らかくし、旨味まで引き出すだなんて……味噌という調味料はなんと奥深い。
いえ、調味料そのものが素晴らしい! 食材の可能性を無限に広げる――今回の旅で、私は認識を改めましたよ」
調味料談義に花を咲かせているうちに、いつの間にか調理は完了していた。
漂う香りに誘われ、メンバーは三々五々集まってくる。
「皆さんそろいましたね。では――いただきます!」
「「いただきます!」」
暁メンバーも、もはや自然と口をついて出るようになったこの言葉。
意味も知らぬまま受け入れてしまっているあたり、彼らのハマりっぷりをよく表していた。
「んめ~んめ~ZO!! なんじゃこりゃ、**“TONDEMONAI”**このうまさ!? 口の中、♪幸せ☆大爆発!!」
真っ先に叫んだのはブレイネ。
まるで獣のような雄たけびを上げ、肉を突き刺したフォークを天に掲げる。
なぜか韻を踏み、リズミカルに喜びを表現している様子は――まるでビートの効いたラップのようだった。
「表面はこんがり、中はとろふわ……なんて焼き加減なの! あんたたち天才? もう嫁にして~♪」
クラウの胃袋はすっかり掴まれたらしい。
目をハートにして見つめるのが料理――というのがどうにも色気に欠けるが。
「こらお前たち、はしたないぞ。食事は楚々と味わうものだ。美味しいのはわかる。だが淑女の嗜みは忘れてはならぬ」
そう凛々しく諭すアイファ。
……が、口の周りが茶色く輝いているのはどういうことか。どう見ても口紅ではなく肉の油だ。
(むしろ一番滾ってるの、あんたじゃないか?)
「ほわほわリン♪ ほわほわルン♪ オーク汁がとってもお・い・し・いわ~~♪」
ロエルの謎歌が始まった。
ブレイネのラップに対抗しているわけではなさそうだが、ご機嫌なのは間違いない。
「主、今日も美味。希、もう一匹食べたい?」
「もう希ったら、どんどんお食べ。……でももう一匹はダメ。食べ過ぎだからね」
「わかった。じゃあもう**一塊**でがまんする」
「ハハ、それも結構な量だけど……まあ、腹八分目くらいにしておこうか」
希の食欲は底なしだ。
こうして皆と食卓を囲むほかにも、眷属たちの“供物”を日々平らげている。
分体にとって希は“母”であり、“神”でもある。
昼夜問わずせっせと獲物を運んでくる姿は、まるで信仰そのもの。
――もはや、戦力増強のために眷属を生み出しているのか、それとも単に“お腹いっぱい食べたいだけ”なのか、ラングにも判別がつかなくなっていた。
そんな主従のぶっ飛んだやり取りを、生暖かい目で眺めていたドグマがふと話題を変える。
「そういえば近頃、進行方向からやってくる旅人とすれ違うことが多くなったな。今日は一組、昨日は二組だったか」
「うん、なんだか大荷物を抱えてて大変そうだったね。この先で何かあったのかな?」
ジョナサンがマグカップを手に言う。
……いや、正確には“大ジョッキ”――いや、“ピッチャー”と言っていいサイズだが、巨人の彼が持つと不思議と普通に見える。
「それ、わたくしも気になっておりましたの。恐らくサウスポルトニア方面から来ているのでしょうが、皆どこかやつれ、身なりもお世辞にも良いとは言えません。不吉の予兆でなければよろしいのですが……」
ナタリンが、風呂上がりの潤んだ銀髪をかき上げながら静かに言葉を添える。
サウスポルトニア方面からやってくる人々――まるで何かから逃げているように見えるのは、気のせいだろうか。
考えれば考えるほど胸がざわつくため、ラングはあえて答えを探さずにいた。
だが皆の口からその話題が出た以上、もう無視することはできない。
行く手に待ち受けるものが何であれ、そろそろ正面から向き合う時が来たようだ。




