6話 「書物の神」セシャティーナ
源世種とは、神が創り出した原初の人々である。
今を生きる人々は、その子孫にあたる。
ヒューマンの祖たるエルダーヒューマン。
エルフの祖たるエルダーエルフ。
ドワーフの祖たるエルダードワーフ。
獣人の祖たるエルダービースト。
──その存在が確認されている。
当然ながら、彼らが用いていた言語体系は現代とは異なる。
権威ある研究者たちが少しずつ翻訳を試みてはいるが、進捗は遅々して進まず、道のりは遠い。
では、ラングはいかにして解読に成功したのか?
それには、ラングの盟友モルモル──下級神モルベスト=ルミスの存在が大きく関わっている。
ある時「書物の神」セシャティーナ(以下セティ)が、汚腐会に姿を現したのだ。
セティは学問の神としても知られ、古今東西あらゆる書物や学術に精通している。
モルモルにとって数少ない“神友”であり、趣味嗜好を共有する間柄でもあった。
ラングの元の世界の古典『源氏物語』をモルモルが貸したところ、セティはすっかり夢中に。
それをきっかけに日本文化へ関心を持ち、「ぜひラングと会いたい」と言い出したのである。
初対面にもかかわらず、セティはナタリンと即座に意気投合した。
同じ趣味を持つ者同士、むしろ当然の流れだった。
ラング自身は、ナターシャが育て上げた“男版・若紫”。
セティはその存在に異常なまでの興味と興奮を示し、
「このまま二人に食べられてしまうのでは」と貞操の危機を感じた──かどうかはご想像にお任せする。
なおモルモルは見て見ぬふりを決め込み、後で大いに責められたらしい。
結果としてラングは、セティから「自らを祀る教会のある町では大いに頼れ」とお墨付きをもらう。
さらには各地の司祭に対して「ラングなる者を我が使徒とした。全力で便宜を図れ」とわざわざ神託を下す徹底ぶり。
かくしてラングはモルモル、アムピトリーナに続き、三柱目の神の使徒となってしまった。
汚腐会の“女神たちの女子会”という側面を考えれば当然の流れともいえるが、
「使徒の乱発はいかがなものか」と、当のラングは頭を抱えるのだった。
セティはアムピトリーナ同様、上級神である。
書物と学問を司るその神格は意外なほど広く信仰を集めており、各地に教会が点在する。
旅を続けるラング一行にとっても大きなメリットとなるだろう。
そしてラングは、新たにセティから加護を授かった。
「集書究学の徒」──自らに益する書物を引き寄せ、解明する力。
当初ラングは「役に立ちそうな加護をもらってラッキー」程度にしか考えていなかった。
しかしその真価はすぐに発揮された。
権威ある研究者が何十年かけても解読できなかった「転換魔法体系原書」を、ラングは感覚的に理解できてしまったのだ。
あまりの容易さに、むしろ申し訳なさすら覚えるほどだった。
ラングはこれまで「人脈こそが人生の宝」と信じていた。
だが今や「神脈」もまた同じくらい大切だと痛感する。
ちなみにセティは、ラングがさりげなく出したお茶菓子──甘味を大層気に入った。
以後ラングはセティの教会を訪れる際、感謝を込めて甘味を奉納することを忘れないようにした。
やがてこの“甘味の奉納”が女神たちの女子会をさらに活性化させるとは、この時のラングは夢にも思わなかった。
──女性は人であれ神であれ、甘い物には目がない。
この普遍の真理を痛感する出来事となったのである。
そしてラングは思う。
「いずれあのクソ女神も、甘味に釣られて汚腐会に顔を出すのではないか」と……。
神器マジックアイテムについても変化があった。
これまではドグマが魔道具を作り、モルモルの【夢想神の加護】を受けたラングが神力を注ぎ込むことで完成していた。
だが転換魔法体系原書を解読したことで、略式の魔法式を刻み、魔道具士が単独で作成できるようになったのだ。
結果として、どこにいても神器マジックアイテムを作れるようになったのである。
今後は「夢神シリーズ」と銘打ち、生産量を増やして信者に配布していく方針となった。
いわば“入信特典”だ。
ラング曰く──
「物でも何でも、釣れるなら釣ってやろうホトトギス」
もちろん旅の仲間たちは全員、指輪やブレスレットなどをすでに身に着けている。
ラングは笑みを浮かべながらつぶやいた。
「もう少し仲良くなったら、タナス一行も釣り上げてやろう」と。
その後コンテナハウスで宿泊するラング達をうらやましそうに眺めるタナス一行を尻目に、ラング達は快適な夜を過ごした。
『最終おねだり』が確定した以上いくらうらやましそうな眼差しを向けられても一切受け付けない。
翌朝。
コンテナハウスから出ると「暁に眠るダイヤ」の面々はすでに活動を開始していた。
道具の手入れをする者、体操で体を温める者……。
中には“ほわほわ”している者もいたが、これは放っておいてよいだろう。
服の前後が逆であろうと、わざわざ教えてやる必要もない。
(黙ってれば美人なのになぁ……。惜しい人だ)
ラングはそう思いながら、生暖かい目で“ほわほわさん”を見守った。
朝食は、昨晩作りすぎた燻製肉で手早く済ませた。
戦力は単純計算で倍になったが、戦いは数で決まるものではない。
当面は連携を確認しながら進むため、進度は落ちることになるだろう。
「よし……じゃあ一丁、魔物どもを蹴散らしてやるか」
ラングがそう言い、腕にしがみついていた希が巨大化した瞬間──。
大きな悲鳴が辺りに響き渡った。
そう、彼らにはまだ“希”の存在を説明していなかったのである。
「お~い、クラウさん逃げないで~! 斥候だけあって危険察知能力はさすがだけど!」
「神に祈るのはやめてくださいタナスさん! 命の危険は迫ってませんから!」
「ほらアイファさん! 剣先を希に向けない! 冒険者としては正しい反応だけど、可愛い希に何て態度をとるんですか!」
「ブレイネさん、死んだふりは不正解! これは『クマ』じゃなくて『クモ』ですよ!」
「ロエルさんは……まあ、放っておこう」
連携云々の前に、まずは希とその眷属を紹介するのが先のようだった……。




