暴食の覇者 ~嫌われ者の豚伯爵に悪役転生したけど、チートスキルで【全て】を食らい、最強に! そして人生大逆転の学園ハーレム無双へ~
「嘘……だろ……」
鏡に映る自分の姿を見て、俺は呆然と立ち尽くした。
脂肪だらけの丸い顔。たるんだ二重あご。ビヤ樽のようなデブ体型。
「この顔ってまさか――豚伯爵か!?」
見覚えがある姿だった。
そう、俺が毎日のようにやりこんでいた大人気恋愛ファンタジーゲーム、『メルトノール・ファンタジア』……通称『メルファン』に登場するキャラクターそっくりなのだ。
「クソデブ悪役、ガロン・アルガローダじゃねえか! ヒロインに粘着して、主人公に断罪される未来しかない破滅エンド確定キャラ!」
おいおい、まさかこれって――ゲーム世界に転生したってことじゃないのか?
そう、転生だ。
俺はブラック企業に通うサラリーマンだったけど……どうも通勤途中に事故に遭ったような記憶があるんだよな。
あのとき俺は死んで……『メルファン』の世界に生まれ変わったんじゃないだろうか。
よりもによってデブの悪役に。
ちなみにゲーム内のガロンはこんな感じのキャラだ。
伯爵家の嫡男で、傲慢かつ卑劣な性格の嫌われ者。
あだ名は【豚伯爵】。
本編の中盤で数々の悪事が露見し、主人公と彼を慕うヒロインたちによって断罪され、破滅してそのままフェードアウト。
もし俺がゲーム通りの運命をたどるとしたら――。
「最悪だ……最悪すぎるぞ」
俺はその場に崩れ落ちた。
せっかくクソみたいな前世から転生できたっていうのに、またクソみたいな人生を過ごさなきゃいけないのか?
――ぐう。
不意に腹の虫が盛大な音を立てた。
「絶望してても腹は減るんだな……デブキャラに転生したせいか? まあ前世でも俺はデブだったが……」
この状況で食欲が湧く自分に、少し呆れてしまう。
けれど、この強烈な空腹感には抗いがたい。
「とりあえず、腹ごしらえだな」
俺は重い体を必死に持ち上げ、どたどたと歩き出す。
そのままダイニングルームへと向かった。
「お食事ですか、ガロン様」
そこには一人のメイドが待っていた。
銀色の髪を綺麗に編み込み、清楚なメイド服に身を包んだ可憐な美少女だ。
ゲームには登場しないモブのメイドみたいだ。
モブにしては、めちゃくちゃ美少女だが――。
「あ、ああ……腹が減ったんで、つい」
彼女は俺の姿を認めると優雅に一礼した。
「承知いたしました、ガロン様。お食事をお持ちいたしますね」
そう言って彼女はワゴンで大量の料理を運んできた。
いずれもLサイズの各種パン、巨大なローストビーフにステーキやチキンソテー、色彩鮮やかな野菜が添えられたサラダの大皿、なみなみと注がれたスープ……とにかく、すべてがビッグサイズで、しかもめちゃくちゃ美味しそうだ!
「いや、それにしても多くないか」
いくら俺が前世でデブだったといっても、さすがにこんな量は食べきれない。
平均的な一食分の五倍……いや、十倍近くあるかもしれない。
「? いつもの量ですが?」
メイドはキョトンとした顔になった。
「いつも、こんなに食ってるの!?」
驚きつつも、ごくり、と喉が鳴る。
もう我慢の限界だった。
「い、いただきます……っ!」
俺は椅子に腰を下ろし、一番近くにあったローストビーフに手を伸ばした。
かぶりつくように食べ始める。
「なんだこれ……う、美味いぞぉぉぉぉぉぉっ!」
思わず絶叫してしまった。
ステーキやソテー、サラダ、スープ、パン……と次々に手を伸ばしていく俺。
「美味い……美味い……!}
感動的だった。
食材も調理の技術も、すべてが極上の数々だった。
俺は夢中で料理を口に運び続ける。
次から次へと、一心不乱に――。
と、そのときだった。
ぴろりーん!
どこからか、ゲームの効果音のような音が響いた。
「なんだ……?」
俺がきょろきょろと周囲を見渡す。
その瞬間。目の前に半透明のゲーム画面のウィンドウのようなものが浮かび上がった。
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『極上のローストビーフを食したことで、筋力値が0.01上昇します』
『特級のステーキを食したことで、筋力値が0.01上昇します』
『最高のチキンソテーを食したことで、筋力値が0.01上昇します』
『新鮮な山の幸のサラダを食したことで、俊敏性が0.01上昇します』
『秘伝のコンソメスープを食したことで、魔力値が0.02上昇します』
『職人の手作りパンを食したことで、魔力値が0.02上昇します』
ウィンドウには、そんなメッセージが表示されている。
「なんだこれ? 食ったらステータスが上がった、ってこと……?」
俺は驚いてつぶやいた。
【暴食の覇者】?
そんなスキル、原作ゲームにはなかったはずだ。
俺は『メルファン』を隅々までやり込んだ。
こんなチートみたいなスキルがあれば、絶対に覚えている。
ただ、実際に筋力や魔力が上がったという実感はない。
「数値が小さいからな……誤差レベルってことか?」
0.01や0.02ぽっち上がったところで、体感できるわけもないだろう。
そもそも魔力に関しては、前世の俺には未知の力だ。
自分の魔力が今どれくらいあって、どうすれば使えるのかさえ、全く分からない。
けれど……。
「ま、試してみる価値はありそうだ」
破滅エンドしかない悪役に転生した俺にとって、これは唯一の希望かもしれない。
もし、このスキルが本物なら――。
もし、食べ続けるだけで無限に強くなれるとしたら。
――ぐう。
腹がまた鳴った。
「まだまだ腹も減ってるし、いろいろ考えるのは食後にしよう……おかわりをくれ!」
――結果、俺はその日の食事だけで、筋力と魔力を合計で『0.3』ずつ上げたのだった。
微々たる数値だけど、まずはここからだ。
すべては――ここからだ。
『食べる』という行為が、俺のレベルアップに直結する――。
この【暴食の覇者】というスキルは、俺にとってまさに福音だった。
破滅エンドが確定している最悪の運命も、この力さえあれば覆せるかもしれない。
何よりも、食べれば食べるだけ自分の能力が上がっていく――その実感が嬉しかった。
ちなみに、先ほど食事を終えたけど、あれはどうやら朝食だったらしい。
そう、あの凄まじい量は『ガロン・アルガローダ』にとってはごく普通の朝食だったのだ。
まったく、前世の俺もデブだったし、平均よりはかなり食うほうだったけど、ガロンはレベルが違う。
恐ろしいほどの上級デブだ。
時間になり、俺は馬車に乗って登校した。
物語のメイン舞台であり、メインタイトルにもなっているメルトノール魔法学園――。
ここは貴族の子女が魔法を学ぶための場所だ。
たまに特待生として平民も混じっているけど、生徒の大部分は貴族だった。
もちろん、前世がサラリーマンの俺に魔法のことなどさっぱり分からない。
けれど、不思議なことに、授業で専門的な単語が出てくると、その意味や概念が自然と頭に浮かんできた。
どうやら、元のガロンが持っていた知識を引き継いでいるらしい。
これは本当に助かる。
ただ、その知識をもってしても、授業についていくのは大変だった。
ゲーム本編でもガロンは劣等生だったからな。
俺は授業内容を半分くらい理解するのが精一杯だった。
――そうして午前の授業をなんとか乗り切り、待ちに待った昼休みがやってきた。
ぐううううっ。
腹の虫が盛大な音を立てる。
朝にあれだけ食べたというのに、もう空腹でたまらない。
「よし、学食に行くぞ!」
学食の食事はバイキング形式になっていて、ずらりと並んだ料理はどれもこれも美味そうだ。
俺は大きな皿を手に取り、片っ端から料理を盛り付けていく。
各種の揚げ物、ローストチキン、ビーフシチュー、山盛りのパスタ、色とりどりのサラダ――。
「さすがは貴族の学園。どれもこれも美味そうだ」
皿を満杯にしたところで、俺はホクホク顔で席に着いた。
と、
「えっ、うそ……あれ全部食べるの……?」
「すごい量……ちょっと、近寄らないでおきましょう」
近くにいた女子生徒たちが、俺を見て離れていく。
……たぶん俺の食事量にドン引きしたんだろう。
デブはつらいぜ。
ま、それはそれとして腹が減ったので、この山盛りのメニューを食うことにしよう。
「いただきまーす!」
まずチキンにかぶりついた。
口の中にジューシーな肉汁が広がっていく――美味い!
さらに揚げ物を、パスタを、サラダを――次々に口に運んでいく。
どれもこれも絶品だ。
学食だと侮っていたけど、はっきり言って高級レストラン並みの味じゃないか、これ!
あれだけ大量にあった料理を、俺は気が付けば完食していた。
ぴろり~ん!
脳内に例の効果音が響く。
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『学食の特製ローストチキンを食したことで、筋力値が0.01上昇します』
『秘伝のビーフシチューを食したことで、魔力値が0.01上昇します』
『絶品の揚げ物を――』
(以下略)
よし、またちょっとステータスアップしたぞ。
地道に、地道に……だよな。
と自分に言い聞かせた、そのときだった。
「おい見ろよ、豚伯爵のお出ましだぜ。あんなのが同じ貴族だと思うと虫唾が走るな」
「ははは、今日も盛大に餌の時間か? お前のその体重で、椅子が壊れるんじゃないのか?」
「まったく醜い豚が、俺たち人間様と同じ食堂に来るんじゃない。目障りだ」
聞こえよがしに浴びせられる嘲笑と罵声。
さすがにカチンと来て、俺は声のした方をにらみつける。
そこにはニヤついた男子生徒たちが立っていた。
数は全部で五人。
「なんだよ、その目は?」
「俺たちに何か文句でもあるってのか、ああ?」
彼らがやって来て、俺のテーブルを取り囲む。
――やれやれ、貴族というよりただのチンピラだな。
俺は内心で呆れ返った。
しかし、状況としては最悪だ。
五対一か……。
ガロンは悪役といっても、戦闘能力はごく低かったはずだ。
ケンカになれば勝ち目はないだろう。
けど、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺はニヤリと笑って彼らに告げた。
「悪いが、食事が終わるまで待っていてくれないか」
「はあ? こんな状況でまだ食うのかよ」
「信じられねえ。本当にこいつは豚なんだな」
「まあ、いいだろう。食い終わったら、その豚みたいな顔をボコボコにしてやるからな」
彼らは俺を馬鹿にしきった様子で言い放った。
――よし、これでさらなるステータスアップができるぞ。
俺はふたたび皿に山盛りの料理をよそい、食べ始めた。
ぴろりーん! ぴろりーん!
脳内で鳴り響くステータスアップ音。
最後のスープを飲み干し、俺はゆっくりと立ち上がった。
「ごちそうさま。さて、と……」
チンピラ貴族たちに向き直り、不敵な笑みを浮かべる俺。
「俺に食う時間を与えたことが、お前たちの敗因だ」
さあ、お待ちかねの断罪タイムだ。
「どれくらい強くなっているのか、イマイチ実感が湧かなかったからな……ちょうどいい。お前らで試させてもらうとしよう」
「なんだと……?」
チンピラ貴族のリーダー格が、俺の言葉に眉をひそめた。
「豚のくせに、俺たちに勝てるとでも思っているのか?」
「くくく……お前たちがこれから味わうのは、圧倒的な敗北の味だ。せいぜいしっかり噛みしめるんだな」
俺は不敵に笑ってみせた。
……まあ、半分くらいはハッタリだけど。
「この豚が……!」
リーダー格の男子生徒が俺をにらんだ。
「身の程ってモンを教えてやるよ! 【ディーファイア】!」
こいつはゲーム本編でも登場する中級火炎魔法だ。
ちなみに『ディー』は『破壊(Desutoroi)』の頭文字から命名されたらしい。
これ豆知識な。
「うおっ!?」
俺は思わず身をひるがえして避けようとした。
が、デブの体はとにかく動きが鈍い。
避けきれずに肩をかすめられた。
「あっちぃぃぃぃっ!」
苦鳴を上げる俺。
「はははっ、どうした豚伯爵! 全然だめじゃねーか!」
「さっきのデカい口はどうした! そら、【ディーサンダー】!」
今度は中級雷撃魔法だ。
またまた避けきれずに、俺は痺れるような苦痛を味わう羽目になった。
「うううう……」
ダメージで地面を這いつくばる俺。
もう立ち上がれない――ほぼ瞬殺といってよかった。
ステータスが少し上がったくらいでは、どうにもならない差があるってことか……。
俺は打ちひしがれた。
元のガロンは、魔法学園に通っているくせに初級魔法しか使えない劣等生だった。
対して、彼らが今放ったのは中級魔法。
威力が段違いだ。
勝てるわけがない。
「なんだよ、こいつ! はははは、口だけかよ!」
「豚はしょせん豚だな。餌だけ食ってりゃいいんだよ!」
彼らがニヤニヤ笑いながら、俺を取り囲む。
「とどめだ、豚。これに懲りて二度と俺たちに逆らうなよ――【サンダーランス】!」
別の男が手をかざし、雷撃魔法を放った。
中級魔法【サンダーランス】。
生み出された雷の槍がまっすぐ向かって来る。
避けられないし、これ以上食らったら無様に気絶するだけだろう。
駄目だ、一方的にやられるのか。
悔しいな。
前世でも今世でも、俺はこんな役回りなのかよ――。
負けて、虐げられて。
虐げられて、負けて。
そんな底辺の人生。
生まれ変わっても、結局俺はまた――。
「――違うっっっっ!」
俺はキッと顔を上げて叫んだ。
まだだ。
まだ、終わりじゃない。
何かまだ――手はあるはずだ。
そう、俺にはスキルがある。
『食う』ことでステータスが上がる【暴食の覇者】が。
もし……もしも、このスキルが食べ物以外にも適用されるとしたら?
例えば――。
魔法、そのものを。
「……食えるんじゃないか?」
根拠はない。
ただの直感だ。
けれど、今の俺はそれに賭けてみるしかない。
「――いただきますっ!」
俺は迫りくる雷の槍に向かって、大きく口を開けた。
衝撃や痛みはなかった。
ちゅるんっ。
そんな感じで雷撃が俺の口の中を通り、体内に吸収される。
ぴろりーん!
脳内に効果音が響き、目の前におなじみのウィンドウが現れた。
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『中級攻撃魔法【サンダーランス】を食したことで、これを獲得しました』
『魔力値が0.05上昇しました』
「なっ……!?」
チンピラ貴族たちは信じられないといった様子で固まっている。
「なんだこいつ……」
「魔法を食った、だと……!?」
「ふふ、ごちそうさま」
俺は口の端をペロリと舐めた。
「なかなかスパイシーで刺激的な味だったぞ」
「き、貴様……いったい何を――!?」
「何って……お前たちの魔法を、ちょっと味見させてもらっただけだが?」
俺はニヤリと笑い、チンピラの一人に向かって右手を突き出した。
俺が獲得したという魔法攻撃を、さっそく試してみるか。
「【サンダーランス】!」
先ほどの雷の槍を放つ。
本来なら俺には使えないはずの中級魔法だ。
しかも、おそらくその威力はさっき『食った』ものと同威力――。
「ぐあっ……!」
不意を突かれた男は避けきれず、雷撃によってダウンした。
「な、なんでこいつが中級魔法を――!?」
「いきなり強くなった……!?」
他の男子生徒たちがうろたえている。
俺の魔力自体は、こいつらよりかなり下だ。
その俺が彼らと同じ威力の魔法を撃つことができた。
これは推測だけど、魔法を『食った』場合、その魔法をそのまま撃ち出せるんじゃないだろうか。
一発だけ撃てるのか、それとも何発でも撃てるのかは分からない。
ただ、ここはハッタリを利かせて優位に立っておこう。
「さあ、いくらでも撃ってこい。俺も同じようなやつを撃たせてもらう――何発でもな」
「ぐっ……」
残った男子生徒たちは明らかにうろたえていた。
「ち、調子に乗るなよ、豚野郎! 【ファイアスピア】!」
「【ウィンドサイズ】!」
他の男子生徒がそれぞれ炎の槍と風の鎌を放ってきた。
どちらも高い威力を秘めた中級の攻撃魔法だ。
だけど今の俺にとっては、ただのごちそうだった。
「くははは、おかわりどうも!」
二種類の魔法をまとめて平らげる。
ぴろりーん!
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『中級攻撃魔法【ファイアスピア】を食したことで、これを獲得しました』
『中級攻撃魔法【ウィンドサイズ】を食したことで、これを獲得しました』
『魔力値が合計で0.1上昇しました』
「く、くそっ、こいつなんでも食っちまうのか!?」
「そら、返すぜ!」
俺は【ファイアスピア】と【ウィンドサイズ】をまとめて吐き出した。
奴らは魔法を放った直後で、すぐに次の魔法は出せない。
どー……ん!
爆風とともに、奴らはまとめて吹っ飛ばされた。
いちおう命に別条がないように、奴らの前方で炸裂させておいたけど――、
「思ったより派手に吹っ飛んだな」
俺はポリポリと頬をかきながら苦笑した。
ともあれ、完全勝利だ。
前世のうだつの上がらないサラリーマン人生では、こんなにスカッとしたことは一度もなかった。
「へへっ……勝った」
俺は勝利の余韻に浸る。
それから、これからのことに思いを馳せた。
そう、このスキルの運用方法について、だ。
「ステータスは食事をしてもちょっとずつしか上がらない。けれど、このスキルがあれば、相手の魔法やスキルを食って、その場で自分のものにできる」
つまり、こういうことだ。
「俺のステータスはまだまだ低い。けど、それを補って余りあるだけのスキルがある。当面は魔法やスキルを食って、身に付けて……それを上手く使ってステータスの不利を覆す。そういう戦法を取った方がよさそうだな」
よし、とりあえず整理できたぞ。
「うん、立ち回りさえ間違えなければ、無双できるだけのポテンシャルがあるぞ、俺!」
破滅エンド確定の悪役デブ。
そんな運命、この【暴食の覇者】で食い尽くしてやる。
俺の新たな人生は、まだ始まったばかりだ。
チンピラ貴族たちを撃退し、俺はとりあえず自分の教室へと戻ることにした。
スキル【暴食の覇者】の新たな可能性を見出したのは大収穫だった。
魔法すら喰らい、自分の力にできる――。
これさえあれば、破滅エンドを回避できるかもしれない。
そんな希望を胸に抱き、俺は意気揚々と廊下を歩いていた。
と、
「きゃっ……!」
角を曲がったところで、誰かとぶつかってしまった。
ぼよんっ。
俺の分厚い腹に弾き飛ばされた相手は、派手に尻もちをついた。
ふわふわしたピンクブロンドの長い髪に、愛らしい顔立ちをした絶世の美少女だった。
ん? もしかして、彼女は――。
「大丈夫か、すまない」
俺は倒れている彼女に手を差し伸べた。
「……いえ、私もちゃんと前を見ていなかったので」
彼女は俺の手を取ろうとはせず、自力で立ち上がった。
「ぶつかってしまい、申し訳ありません」
と、丁寧に頭を下げる。
あらためて間近で見て、間違いないと悟る。
彼女こそ『メルファン』のメインヒロイン――ラフィーナだ。
伯爵家の令嬢であり、心優しい性格で誰からも好かれる癒し系の美少女だった。
そして、原作のガロンはラフィーナに粘着した結果、主人公の怒りを買って断罪されるのだ。
言ってみれば、彼女は俺を破滅エンドに導くトリガーのような存在だった。
「いや、俺の方こそ済まなかった。怪我はないようで何よりだ」
俺も頭を下げ、
「じゃあ、俺はこれで」
ラフィーナに背を向けて、すぐにその場を去ろうとする。
とにかく、余計な関わりは持つべきじゃない。
確か原作だとこんな感じのイベントがあった。
「俺の靴を舐めたら金貨1000枚をくれてやる、なんて脅すんだよな……」
最悪の悪役ムーブだ。
もちろん、俺はそんなことを言うつもりはまったくない。
余計なトラブルを招いたら破滅エンドへ一直線だ。
と、
「く、靴を舐めろですって……」
「……えっ?」
俺はギョッとして振り返った。
見れば、ラフィーナがワナワナと震えながら俺を見つめている。
しまった、今の独り言、聞かれたのか!?
「い、いや、ちょっと待て! 今の言葉は、その……単なる確認というか、ただ自分の考えを頭の中で整理していただけで……!」
俺は必死に弁解する。
この展開は――さすがにまずいか!?
「わ、私は……そんな脅しには、絶対に屈しません……うう……!」
ラフィーナは涙目になりながらも、キッと俺をにらみつけた。
「だから誤解だって!」
と、そんな俺たちのやり取りに周囲の生徒たちがざわめき始めた。
「おい、見ろよ……あれ、豚伯爵じゃないか?」
「ラフィーナ様を脅してるみたいだぞ」
「なんてひどい奴なの……!」
ちがーう!
俺は思わず頭を抱えた。
どうしてこうなるんだ。
俺はただ破滅フラグを回避して平穏に生きたいだけなのに……。
「そこまでよ、豚伯爵! ラフィーナをいじめる奴は、あたしが許さない!」
凛とした声が響き渡る。
振り返ると、そこに一人の女子生徒が立っていた。
腰まで届くほどの赤い髪をポニーテールにした凛々しい美少女だ。
『令嬢騎士』の異名を持つ、武闘派ヒロインのマナハ・レイドールだった。
「マナハさん――」
「もう大丈夫よ、ラフィーナ。あたしが守るからね!」
マナハはラフィーナの前に立ち、鋭い視線を俺に向けてくる。
「うわ、これって原作イベントそのままじゃねーか……」
最悪だ。
俺は意図せずして、破滅への第一歩を踏み出してしまったらしい。
「ラフィーナをいじめるなんて、あんたみたいな男は絶対に許さない! あたしと決闘しなさい、豚伯爵!」
マナハはビシッと俺に指を突きつけ、宣言した。
「そうだそうだ!」
「やっちゃえ、マナハ!」
「豚伯爵に正義の鉄槌を下せ!」
周りの生徒たちが囃し立てる。
完全に俺が悪役で、マナハが正義のヒロインという構図が出来上がっていた。
「だから誤解だって」
「問答無用! ラフィーナを泣かせた事実は変わらないわ!」
聞く耳を持たないらしい。
俺はため息をついた。
こうして俺はマナハと決闘する流れになってしまった。
場所は校舎に併設された魔法訓練用の闘技場だ。
円形のフィールドの周囲に観客席が設置されている。
その観客席は、大勢の生徒で埋まっていた。
「ギャラリー多いなぁ……」
俺はため息をつく。
「おい、あれが豚伯爵かよ。噂以上のデブだな」
「マナハが相手じゃ、瞬殺だろ」
「無様に負けるところを見せてもらおうぜ」
聞こえてくるのは、俺を馬鹿にする声ばかりだ。
誰もが俺の惨めな敗北を期待している――。
前世でも、こういうことはあった。
理不尽な状況で、俺だけが悪者にされる。
「今世でもまた同じか……」
段々と腹が立ってきた。
「……悪いが、お前らの期待通りにはならんぞ」
俺は小さくつぶやき、観客席をにらみつけた。
そうだ、どうせ悪役扱いされるなら、とことんやってやる。
破滅エンドを回避するためじゃない。
ただ、この胸糞悪い空気をぶち壊すために――。
俺の中で、確かな反骨心が芽生えていた。
そして、闘技場の中央で俺とマナハは向かい合った。
「さあ、勝負よ。騎士の誇りをもって、友だちを脅したあんたを叩きのめす!」
マナハが凛々しく宣言すると、ギャラリーから割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
完全にアウェーだ。
「ふん、騎士の誇り、か」
俺はわざとらしく鼻を鳴らし、ニヤリと口の端を吊り上げてみせた。
「そいつを食ったらどんな味がするんだろうな?」
「いちいち食べ物に例えないでよ、豚伯爵」
マナハは勝ち気に言うと、右手を突き出した。
しゅううううううう……んっ。
その手にまばゆい日かrが集まる。
光はやがて一本の美しい長剣の形になった。
【魔力剣】。
自らの魔力を剣の形に練り上げて戦う、魔法騎士のクラスの得意戦術だ。
「さあ――始めましょうか!」
叫んで、弾丸のような速度で突っこんでくるマナハ。
「速い――!」
俺は思わず目を見開いた。
高い身体能力に加え、風魔法による加速もあって、信じられないスピードだ。
マナハは一瞬で俺との距離を詰め、魔力剣を振りかぶる。
「この一撃で――終わらせる!」
白く輝く刃が弧を描き、俺に迫る。
だが、俺は焦っていなかった。
むしろ、
「いただきまーす!」
喜びの声を上げて迫りくる魔力剣に食らいつく。
そう、文字通り『食らいついた』。
ちゅるんっ。
まるでゼリーをすするように、輝く刃が俺の口の中にまるごと吸い込まれた。
「えっ???」
マナハはポカンとした顔だ。
彼女が手にしていた魔力剣は跡形もなく消滅していた。
同時に、
ぴろりーん!
おなじみの電子音が鳴る。
今のでまた魔力が上がった。
そして、同時に【魔力剣】を一発撃ち出すことができるようになったが、これはまだストックしておこう。
「なるほど、魔力剣ってのはこんな味がするのか……くくく、なかなかデリシャスだったぜぇ」
魔力でできた剣なんて、俺にとっては絶好のごちそうに過ぎない。
彼女の得意戦法は、俺の前ではまったく通用しないのだ。
「お前に勝ち目はない。どうする? 降参するか?」
俺は高らかに宣言した。
「ば、馬鹿な……あたしの魔力剣が、こんなにあっさりと……」
マナハは信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「くくく、なかなか美味だったぞ。おかわりをくれ!」
「なめるなっ!」
マナハは再び右手を突き出した。
「【ルーンブレード】!」
先ほどと同じように光が集まり、新たな魔力剣を形成する。
「今度こそ!」
彼女はもう一度、弾丸のような速度で突っこんでくる。
ゲーム本編にも登場する、彼女固有の高速攻撃スキル【クリムゾンラッシュ】だ。
その名の通り、残像すら生み出す高速移動が美しい赤の軌跡を描きながら、俺に向かってくる。
「はああああああああっ!」
繰り出されたその太刀筋は鋭く、速い。
さすがは学園トップクラスの魔法騎士の斬撃だ。
けれど、俺にとってはただのごちそうでしかなかった。
「いただきまーす」
俺は迫りくる刃に向かって、ふたたび大きく口を開けた。
ちゅるんっ。
二本目の魔力剣も、俺の口の中に跡形もなく吸い込まれていく。
ぴろりーん!
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『【魔力剣】を食したことで、魔力値が0.2上昇しました』
「う、美味い……美味いぞぉっ!」
俺は歓喜の声を上げた。
さっき食ったものよりも、なぜかステータスの上昇値が高い。
もしかしたら、同じものを食い続けると効果が上がったりするんだろうか?
「まだだ……まだ、終わってない!」
マナハは諦めずに三本目、四本目の魔力剣を生み出しては、俺に斬りかかってくる。
そのすべてを、俺は喜んで平らげてやった。
ちゅるんっ、ちゅるんっ、と小気味いい音を立てて、彼女の攻撃が俺の力に変わっていく。
「もっとくれ! お前の誇りとやらを、根こそぎ食い尽くしてやる!」
俺が挑発すると、マナハはさらにムキになって魔力剣を放ち続けた。
けれど、それも長くは続かなかった。
十本目を食い終わったころだろうか。
マナハの動きが、ぴたりと止まった。
「ううっ……体に力が……入らない……」
彼女はその場に膝をつき、ぜえぜえと苦しそうに肩で息をしている。
額には玉のような汗が浮かんでいた。
魔力剣は特に魔力消費の大きい術式だ。
それを短時間で連発すれば、こうなるのは当然の結果だった。
「ムキになって魔力剣を使いすぎたな。俺の胃袋にはまだまだ余力があるが……お前にはもう力は残されていないだろう?」
俺はニヤリとした顔で勝ち誇った。
「降参するか」
「うぐぐぐぐ……」
マナハは悔しそうに唇を噛みしめ、うつむく。
観客席は静まり返っていた。
誰もが予想しなかった結末に、言葉を失っているのだろう。
「じゃあな。ごちそうさまでした」
俺は勝利を宣言し、闘技場を後にしようと背を向けた。
と――そのときだった。
「そこまでだ」
凛とした声が響いた。
闘技場の入り口に、一人の男子生徒が立っている。
「ラフィーナ、マナハ、大丈夫か?」
輝くような金色の髪に澄んだ青い瞳。
絵に描いたような美少年だ。
間違いない、あれは――。
「リドル……ついに出たな原作主人公!」
俺は思わず叫んでいた。
リドル・フォルテッシモ。
そう、彼こそが『メルトノール・ファンタジア』の主人公だった。
平民出身でありながら、特待生として学園に入学した天才だ。
「原作……? なんの話だ?」
俺の言葉に、リドルが不思議そうに眉をひそめる。
「それより、お前がラフィーナやマナハに絡んでいると聞いたぞ、豚伯爵。いい加減に人に嫌われるような行動は慎むんだ」
彼はまっすぐな瞳で俺を見据え、たしなめてきた。
その正義感ぶった物言いが俺の神経を逆なでした。
「絡んできたのは向こうからだ」
俺は即座に言い返す。
「リドルさん……」
「リドル……」
ラフィーナとマナハが、リドルの元へと駆け寄っていく。
二人とも、心から彼を頼りにしている様子だった。
……なるほど。
俺はふと考えた。
今までは、こいつら原作のキャラクターたちとの接触を、とにかく避けようとしてきた。
けれど、もしかしたら違うのかもしれない。
何も彼らを徹底的に避けなくても、この目の前にいる主人公、リドルを叩きのめせば、俺の破滅エンドはなくなるんじゃないだろうか。
そう、『悪役』が勝利するシナリオを俺自身が体現すればいい。
本来なら滅ぼされるはずの俺が、主人公を打ち負かす。
その未来を創り出せば、俺が破滅する運命そのものが消え去るかもしれない。
不可能ではないはずだ。
今の俺には、ゲーム本編には存在しないチートスキル【暴食の覇者】があるのだから。
相手が原作主人公だろうと、負ける気はしなかった。
……いや、待て。
短絡的に結論を出す必要はないな。
俺は一度、思考を落ち着かせる。
今日のところは、まずマナハに勝った。
それだけで、周囲に舐められずに済むようになったはずだ。
『豚伯爵ガロンは、噂と違って実は強かった』
この印象を周囲に与えられただけで、今後の俺を取り巻く環境は大きく変わっていくだろう。
俺にとって、より都合のいい形に。
そうだ、今はそれでよしとしよう。
「もう一度言おう。絡んできたのは向こうからだ」
俺は高らかに宣言した。
「そうだろ、マナハ? 決闘を挑んだのはお前の方だったよな」
「それは……まあ……」
マナハは気まずそうにうつむき、言葉を濁した。
「ラフィーナ。俺が廊下で言ったことは、本当にただの独り言だ。お前に言ったわけじゃない。誤解させて悪かった」
「い、いえ……私も、早とちりしてしまって……」
ラフィーナも申し訳なさそうにうつむいた。
よし、これでいい。
ここはいったん休戦の空気を作っておくべきだ。
俺の力は、まだ発展途上。
ここで無理に主人公とぶつかり合って、無駄なリスクを負う必要なんてない。
「じゃあ、そういうことで。俺はそろそろ行くよ」
俺はひらひらと手を振り、今度こそ悠然とその場を後にしたのだった。
翌日、俺は学園の実戦授業に参加していた。
生徒たちはいくつかの班に分かれ、『魔物の森』と呼ばれる広大なフィールドでのサバイバル訓練に挑む。
これは実際にゲーム内でも存在するイベントだ。
フィールドは学園の敷地内とはいえ、本物の魔物が徘徊している危険な場所だった。
「いいか、お前ら! 今日はモンスター討伐の実習だ! フィールドには凶暴な魔物がうろついているから、決して油断するんじゃないぞ!」
教官が声を張り上げた。
ごつごつした岩石を思わせる武骨な風貌と鍛え上げられた巨躯。
そのコワモテの容姿から、ゲーム本編では『鬼軍曹』という綽名で呼ばれている中年教師だった。
実は生徒思いで熱い一面もあり、一部のプレイヤーからは根強い人気を誇るキャラクターだったりする。
「それにしても、名前がゴリ……って、そのまんまだよな」
俺は思わずクスリと笑ってしまった。
と、その声が聞こえたのか、ゴリ教官がぎろりと俺をにらみつけた。
「特にガロン! お前は足手まといになるなよ! この前の演習でも、真っ先に逃げ出して足を引っ張っていただろうが!」
相変わらずの劣等生扱いだが、これまでのガロンの行いを考えれば当然の評価かもしれない。
けれど、今の俺はもう違う。
オリジナルのガロンとは、違うんだ。
「心配いりませんよ、教官。今の俺は強いですから」
自信たっぷりに言い返すと、ゴリ教官は怪訝そうに眉をひそめた。
「……何も変わったようには見えんがな。そのだらしない体も、貧弱な魔力も。あいかわらずの豚伯爵だ」
ゴリ教官はジト目で俺を見ている。
確かに、スキルのおかげで魔力やステータスは上がっているものの、まだ劇的に変わったわけじゃない。
だけど――、
「まあ、見ていてくださいよ」
俺は不敵に笑った。
この実戦授業は、俺のスキル【暴食の覇者】のいい訓練になるはずだ。
「……ん?」
ふと見ると、ラフィーナやマナハも同じ班にいた。
二人とも緊張した面持ちだ。
ゲーム本編から考えると、今はまだ入学して間もない時期のはず。
ゲームが進んでくれば、二人とも熟練魔術師顔負けの実力を身に付けるほどの成長を遂げるものの、この段階ではまだまだルーキーだ。
「本物の魔物が出るんですよね……怖いですけど、皆さんの足を引っ張らないように頑張らないと……」
「大丈夫よ、ラフィーナ。あたしがついてるからね。魔物なんて全部やっつけてやるわ」
そんなラフィーナを励ますように、マナハが力強く宣言した。
俺としては原作のヒロインたちとこれ以上関わるつもりはないが、授業で一緒になるのはどうしようもない。
まあ、なるべく距離を取って、近づかないようにするか。
「よし、それでは訓練開始だ! 各自、班で協力して課題をこなせ!」
ゴリ教官の号令を合図に、俺たちのサバイバル訓練が始まった。
さて、どんな『ごちそう』が待っているのか――。
「楽しみだ」
俺はペロリと舌なめずりをした。
俺たちのサバイバル訓練が始まった。
班ごとに分かれて、森の中へと足を踏み入れる。
魔物の森――。
名前の通り、この広大な演習フィールドにはさまざまな種類のモンスターが生息している。
もちろん、いずれも学園が訓練用に調整したものだ。
生徒の命を奪うような凶悪さを発揮しないように、特殊な調教が施されているらしい。
それでも、その攻撃力は本物。
まともに食らえばただでは済まないし、脅威であることに違いはなかった。
「きゃあっ、ゴブリンの群れよ!」
「こっちはオークが来たぞ!」
さっそく、同じ班の生徒たちが悲鳴を上げた。
森の木々の間から、緑色の肌をした小鬼【ゴブリン】と、豚の顔をした亜人【オーク】が姿を現したのだ。
どちらもゲームでは序盤に出てくるザコモンスターで、あまり強くない。
だけど実戦経験に乏しい新入生からしたら、十分に恐怖の対象だった。
「なんだ、ゲームそのまんまだな」
そんな中、俺の心は妙に落ち着いていた。
何しろ、毎日のように見慣れたグラフィックそのままの姿なのだ。
おかげで、これが実戦だという緊張感が薄れていた。
ゴブリンが棍棒を振りかぶり、オークが汚れた剣を構える――その動きも、ゲームで見たモーションとそっくりだった。
と、
「うわあああっ! 【ファイアボール】!」
生徒たちが迎撃の魔法を放つが、焦りからか狙いが定まらない。
その隙を突いて、ゴブリンの一体が無防備な女子生徒に石つぶてを投げつけた。
「危ない!」
俺はとっさに彼女の前に躍り出た。
「いただきますっ!」
飛んできた石つぶてが、俺の口の中にちゅるんと吸い込まれる。
ぴろりーん!
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『ゴブリンの投石を食したことで、物理耐性がわずかに上昇しました』
ステータスが少しだけ上がったけど、これはあくまでもオマケ。
俺の狙いは、
「そら、お返しだ!」
吸い込んだ石つぶてを、同じ威力でゴブリンに向かって吐き出す――こっちが本命の狙いだ!
「ぎゃっ!?」
放たれた石はゴブリンの額に命中し、昏倒させた。
続いて、オークの一体が俺に向かって突進してきた。
巨大な剣が振り下ろされる。
だが、俺は慌てない。
「それもごちそうだ!」
剣の軌道に合わせて、ふたたび口を開けた。
刃が俺に届く寸前、まるでゼリーでもすするように斬撃そのものが俺の口の中に吸収されていく。
『オークの斬撃を食したことで、物理耐性がわずかに上昇しました』
「……!?」
攻撃を吸われたオークが、驚きに目を見開いている。
「よし、剣の攻撃も『食え』るな。ちょっと怖かったけど……」
俺はつぶやきながら、吸収した斬撃をそのままオークに返してやった。
ざしゅううっ!
見えない刃がオークの体を真っ二つにする。
「す、すごい……」
ラフィーナが呆然とつぶやく。
「あんな戦い方、見たことないわ……攻撃を食べて、跳ね返すなんて……」
マナハも信じられないといった表情で俺を見つめている。
他の生徒たちも、さっきまでの恐怖を忘れて、俺の戦いぶりに釘付けになっているようだった。
「ガロンくん、すごい!」
「かっこいい……!」
特に女子生徒からは黄色い声援まで飛んでくる始末だ。
悪役豚伯爵のはずの俺が、まさかこんな声援を受けるなんて――。
悪くない気分だった。
「そういえば……」
そのとき俺の頭に一つの考えが浮かんだ。
「そもそも攻撃じゃなくて、モンスター自体を食えばいいのか?」
スキル【暴食の覇者】は、魔法すら食らうことができる。
ならば、生命体であるモンスターだって食えるんじゃないだろうか。
「うーん……ゲテモノ食いだが」
さすがにモンスターを丸ごと食べるのは、少し抵抗がある。
そう思った次の瞬間、
ぐうううううっ……!
俺の腹の虫が盛大な音を立てた。
目の前にいるゴブリンやオークの群れを見ていると、強烈な空腹感がこみ上げてくる。
「なんか……奴らが美味そうに見えてきた……」
じゅるり、と口の中に唾液が湧く。
と、
グルアアアアアア!
残ったゴブリンとオークの群れが一斉に襲いかかってくる。
「ええい、食っちまうぞ! いただきまーーーーーーす!」
覚悟を決めて大きく口を開いた。
俺のスキルが、その効果範囲にモンスターたちを捉える。
すると、
しゅうううううう……んっ!
襲いかかってきたモンスターたちが、次々とまばゆい光の粒子へと変わっていく。
光の粒子はそのまま俺の口の中へと吸い込まれた。
「んむっ!? こ、これはっ!!!!」
俺はカッと目を見開いた。
口の中に広がる、経験したことのない味わい。
光の粒子を吸い込んだからか、生臭さを感じない。
ただ濃厚で、豊潤で、コクがあって、旨味があって――。
『美味しさ』のエッセンスだけが口の中一杯に広がっていく感じといおうか。
それはまさに極上のグルメ体験だった。
「う、うまーーーーーーーーい!」
絶叫する俺。
『ゴブリンを食したことで、俊敏性が0.05上昇しました』
『オークを食したことで、筋力値が0.05上昇しました』
俺のステータスが上がったことを、脳内に響くメッセージが告げる。
ん? いつもよりステータスの上昇幅が大きいかもしれない。
モンスターを直接食すと効果が大きいんだろうか?
俺たちは、森の奥へと進んでいった。
道中、出現するモンスターはすべて俺が美味しくいただいた。
そのおかげで、班のメンバーは誰一人怪我をすることなく、順調に探索を続けることができた。
そして――森の最深部にたどり着いた。
そこに待ち受けていたのは――。
「キングオークか」
俺は表情を引き締めた。
通常のオークの数倍はあろうかという巨大なモンスターが、玉座のような岩に腰かけている。
みすぼらしい格好の他のオークと違い、豪華な刺繍の入ったローブをまとい、頭には金の王冠をかぶっている。
両手にはそれぞれ巨大な剣が握られている。
二刀流による連続攻撃と高いHPを誇り、ゲーム本編では中盤のボスとして登場する強力なモンスターだ。
グオオオオオオオオオッ!
キングオークは俺たちの存在に気づくと咆哮を上げた。
「う、うわ……強そう」
すさまじい威圧感に、他の生徒たちは恐怖で顔を青くしている。
まあ、訓練用の相手だから本来のキングオークより弱い可能性はあるけど――それでも手ごわそうだった。
ただ、俺は恐れない。
「ボスキャラはどんな味がするのか……ザコとは違う最高にデリシャスな味を提供してくれよ。じゅるり」
不敵に笑い、口の端からこぼれたよだれをぬぐった。
さあ、メインディッシュの時間だ――。
俺は平然とキングオークに向かって歩き出した。
「嘘でしょ……キングオークはAランクモンスターよ。あいつ一人で何をする気なの……」
振り返ると、マナハが信じられないといった様子でうめいている。
「ガロン様……」
ラフィーナは祈るように両手を胸の前で組んでいた。
「心配するな。すぐに終わる」
俺は二人に向かってニヤリと笑ってみせた。
それから、ふたたびキングオークに向かっていく。
どたどたどた。
……まあ、デブだからスピードはのろいな。
ステータスが上がったっていっても、微々たるものだし。
と、
グオオオッ!
キングオークは両手に握った巨大な剣を振りかぶった。
二本の剣がに同時に襲いかかってくる。
【ツインブレードアタック】。
二刀流による、回避困難な連続攻撃スキルだ。
だが、俺に回避という選択肢はない。
「いただきまーす!」
と、大きく口を開けた。
ちゅるんっ。
二つの斬撃が――その威力が、丸ごと俺の口の中に吸い込まれる。
当然ダメージもゼロだ。
ぴろりーん!
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『キングオークの斬撃を食したことで、筋力値と物理耐性が上昇しました』
「よし……お返しだ!」
俺は吸収したばかりの斬撃を、そのままキングオークに向かって吐き出した。
ざしゅうううっ!
見えない刃が、キングオークの巨体を切り裂く。
豪奢なローブが血に染まり、苦鳴を上げるキングオーク。
俺はさらに前進する。
キングオークはおびえたように二本の剣を振り回すが、俺はそれをことごとく食らっては跳ね返した。
ちゅるんっ。ちゅるんっ。
攻撃を食らうたびに、俺のステータスは着実に上昇していく。
食った斬撃を跳ね返しては、キングオークにダメージを与えていく。
「す……すごい……」
「キングオークを一方的に……」
背後でマナハやラフィーナが驚く声が聞こえてきた。
ず……ん。
やがて、キングオークは満身創痍で膝をついた。
すでに戦意喪失している様子だ。
「ごちそうさま……と言いたいところだが」
俺はキングオークの前に立ち、ニヤリと笑う。
「お前にはまだ、メインディッシュとしての大事な役目が残ってるぞ」
そう、まだこいつ自身を味わっていない。
「いただきまーーーーーーす!」
しゅうううううう……んっ!
キングオークの巨体がまばゆい光の粒子に変わり、俺の口の中へと吸い込まれていった。
「んむっ……! こ、これはっ……!」
俺はカッと目を見開いた。
口の中に広がったのは、ザコモンスターとは比べ物にならない濃厚で、豊潤で、完璧に調和がとれた味のハーモニーだった。
旨味のエッセンスだけを凝縮したような味わいが、舌を通じて全身を駆け巡る。
「う、うまーーーーーーーーい!」
俺は絶叫した。
と、そのときだった。
『一定量のモンスターを食したことで、スキル【暴食の覇者】が進化します』
『脂肪燃焼効果が発動しました』
「ん……?」
脳内に響いたメッセージと同時に、俺の体がカッと燃えるように熱くなった。
ごうっ!
全身から金色のオーラが立ち上る。
「うおおおおおおおおっ!」
体の内側から、何かが変わっていく。
今までまとわりついていた『豚伯爵』の分厚い脂肪が、すさまじい勢いで燃え上がっていくような感覚だった。
体が、軽い。
力が、湧いてくる。
そして――。
「え……?」
「うそ……」
マナハやラフィーナ、他の生徒たちが、信じられないといった表情で俺を見つめている。
……なんだ、これは?
俺は自分の体を見下ろした。
ビア樽のように丸く張り出した腹が跡形もなく引っ込んでいるし、手足もスラリとして、しかも全体的に背が伸びたような気がするんだが……?
まさか――。
俺は近くにあった水たまりに自分の姿を映し出してみた。
そこにいたのは『豚伯爵』と揶揄される悪役デブとは似ても似つかない姿だった。
モデル顔負けの均整の取れた長身に加え、整った美しい容姿。
信じられないほどの絶世の美少年となった俺が、そこには映っていたのだ。
しかも、変わったのは姿だけじゃない。
感覚が、今までとは比べ物にならないほど研ぎ澄まされているのが分かる。
うおおおお……んっ。
と、戦闘の気配を聞きつけたのか、前方からさらに三体のキングオークが現れた。
「ちょうどいい。今の俺の力を試してみるか」
ぺろり、と舌なめずりをする俺。
三体は俺を取り囲むようにして迫ってきた。
だが今の俺には、キングオークたちの動きが異様なほどスローモーションに見える。
奴らの踏み込みが、振りかぶる剣の動きが、振り下ろされる剣の軌道が。
そのすべてが手に取るようにわかり、簡単に反応して避けることができた。
ボスクラスが三体いようと――敵じゃない。
ぎおおっ!?
キングオークたちは戸惑ったような声を上げる。
俺の動きが明らかに変化したのを感じ取ったのだろう。
そう、俺だって驚いている。
これほどまでとは――。
今までの鈍重な動きなんて欠片もない。
さながら野生の獣のように異常なまでに俊敏な動き――。
「遅いんだよ」瞬にしてキングオークたちの背後に回り込んだ。
そして奴らの背中に魔力弾をまとめて叩きこむ。
ごうんっ!
三体まとめて、跡形もなく消滅した。
圧倒的すぎる力。
一方的すぎる展開。
これが俺の、本当の力なのか……?
そのとき、ふいに全身から力が抜けるような脱力感を覚えた。
「うおっ……!?」
体中に満ちていた圧倒的な『力』の感覚が消失する。
同時にあれだけ軽かった全身が、急に重さを感じるようになった。
「これってまさか――」
近くの水たまりをもう一度覗き込む。
そこに映っているのは、いつもの『豚伯爵』――デブの男子生徒だった。
「……戻っちまったか」
俺は苦笑半分、ため息半分といった感じでつぶやいた。
どうやら、あの痩せた姿――便宜的に『脂肪燃焼モード』と名付けよう―― の状態は、莫大な魔力を消費するらしい。
だから、キングオークたちを倒した途端に魔力切れを起こして、元の姿に戻ってしまったというわけか。
あの姿のままでいられたら無敵だし、イケメンだし、最高だったんだけどな。
まあ、仕方ない。
「とりあえず――こいつを自在に使いこなせれば、いざというときに最強の切り札になるな」
俺はニヤリとほくそ笑んだ。
そのとき――ふと視線を感じて顔を上げた。
ラフィーナが俺をじっと見つめている。
お互いの視線が、合った。
「っ……!」
彼女は驚いたように視線を逸らした。
その頬がやけに赤らんでいるけど――まさかな。
「デレた……わけないよな。やっぱり嫌われてるか?」
俺は苦笑した。
これも仕方ない。
俺はゲーム本編じゃ、彼女をイジメる悪役デブ男なんだからな。
その印象は変わらないだろう。
※
SIDE ラフィーナ
その日の夜――。
「ふう、今日は本当に激動の一日だったな」
ラフィーナは自室のベッドに腰かけ、ため息をついた。
学園での演習――魔物の森での出来事を思い返す。
強大なモンスター【キングオーク】の前に、誰もが――幼なじみのマナハさえもが臆していたあのとき。
ガロンは敢然と立ち向かったのだ。
しかも金色のオーラを発したかと思うと、普段の『豚伯爵』とは似ても似つかぬ美しい少年に変身して。
そして、圧倒的な強さでキングオークを倒してしまった。
「ガロンくん、素敵だったな」
ラフィーナがにやける。
「ふふ、あたし……ドキドキしてる~!」
親や使用人、あるいは学友たちの前では『お嬢様』としての態度を崩さないラフィーナだが、自室で一人っきりの時だけは『素の態度』が出る。
堅苦しいお嬢様言葉もなく、溌剌とした一人の女の子でいられる時間だった。
「でも、なんだったんだろうな~。一瞬でおデブに戻っちゃったし」
どうせならずっとあの姿でいてくれたらいいのに。
目の保養になるし。
と、ラフィーナはニヤニヤしてつぶやく。
自分がこんな気持ちになることが意外だった。
そもそも彼のことは苦手だったはずだ。
入学前から、その悪評はラフィーナの耳に届いていた。
アルガローダ伯爵家の嫡男、ガロン・アルガローダは傲慢で、卑劣で、怠惰で――およそ他人から好かれるような男ではない、と。
丸々と太った容姿から『豚伯爵』と揶揄され、親しい友人もいないのだとか。
だから、廊下でぶつかってしまったときは本当に怖かった。
独り言で『靴を舐めろ』なんて聞こえたときは、背筋がゾッとしたものだ。
親友のマナハも、彼のことをよく思っていないようだった。
「ラフィーナを怖がらせるなんて、あいつ絶対に許さない!」
決闘の後も、マナハはそう言って憤慨していた。
今でもガロンのことになると、すぐに眉を吊り上げる。
そんなマナハは最近、同級生のリドルのことが気になっているようだった。
平民出身でありながら、特待生として入学した天才少年。
まだ出会って日が浅く、マナハにとってリドルは『憧れ』程度の気持ちだろう。
それでも彼女の様子を見ていると、その『憧れ』は遠からず『恋心』に変わるのではないかと感じる。
ただ、ラフィーナ自身はリドルに関して、そういった憧れを感じない。
確かに素敵な少年なのかもしれない。
だが、見ていて心が躍るのは彼ではなく――。
「ガロンくん……」
その名前をそっとつぶやく。
頬が自然と熱くなった。
彼に心惹かれる自分を意識する。
なぜ、こんなにもガロンが気になるのか、それは――。
彼女は、常に他者の目を意識して生きてきた。
自分の本来の性格や口調を封じ、周囲が求める『お嬢様としてのラフィー
ナ』を演じ続けてきた。
今では『普通の少女』のラフィーナと『お嬢様』のラフィーナと――どちらが本当の自分なのか分からなくなる時もあるほどだ。
だけど、ガロンは違う。
周囲から『豚伯爵』と馬鹿にされても、まったく気にする様子がない。
自分らしく振る舞い、自分の道を進み続ける。
そんな彼の前でなら、ラフィーナも本当の自分でいられる気がするのだ。
だから心が惹かれているのだろう。
「あー、もうっ、胸がキュンキュンするよ~!」
彼を、もっと知りたい。
彼と、もっと話したい。
「早くあなたに会いたい……ガロンくん。はふぅ……」
ラフィーナは彼の顔を思い浮かべ、明日の学園生活を思って胸をときめかせるのだった。
※
翌日、俺たちは校庭に整列していた。
「はい、みなさん静粛に。これより本日の実習を始めますよぉ」
俺たちの前にいるのは、昨日のゴリ教官とは別の教官だ。
やせぎすで、陰険そうな印象を与える細面の男――名前はローンバル。
豪快で熱血漢のゴリ教官とは、まったく正反対のタイプであり、ゲーム内での人気も低い。
まあ、いわゆる憎まれ役だ。
「ガロンく~ん。君は昨日、一人でキングオークを倒したそうですねぇ」
そのローンバルがさっそく俺に対して厭味ったらしい口調で話しかけてきた。
「はい。昨日の演習で」
「いやいやいや、そんなはずはないでしょう。君は入学試験の成績、実技も筆記もすべて含めた総合査定で最低のEランク評価ですよぉ。そんな生徒が、Aランクモンスターのキングオークを倒せるわけがないじゃないですか」
周囲の生徒たちが、ざわざわし始める。
「確かに、言われてみれば……」
「昨日のあれは、何かの間違いだったんじゃ……」
せっかく昨日、少しは見直されたと思ったのに、空気がまた元に戻っていくのを感じる。
「ゴリ教官も、まったくいい加減な報告を上げてくるから困ったものですよ」
ローンバルがわざとらしくため息をついた。
「きっとキングオークは何かのはずみで弱っていたんでしょう。それを、たまたま君が発見して、とどめだけ刺した。そういうことですよねぇ?」
どうやらこいつは、頭から俺の戦果をインチキの類だと信じて疑っていないらしい。
ただ、ここで舐められるわけにはいかない。
このまま『卑劣な手を使って手柄を横取りしたインチキ野郎』なんて評判が立ってしまったら、クラスでの俺の立場は最悪なことになる。
それはつまり、ゲーム本編で描かれた『誰からも嫌われる豚伯爵』としての破滅ルートに、また一歩近づいてしまうことを意味していた。
それに、そんな計算高い理由を抜きにしても――。
「理不尽に疑われたままで黙ってられるか」
俺はふんと鼻を鳴らした。
「んん? なんですかぁ、ガロンくん。私の言っていることに、何か反論でも?」
「反論なら大いにありますね」
俺はローンバルに対して顎をしゃくった。
教官だろうがなんだろうが、引くつもりはまったくない。
「ほう……面白いことを言いますねぇ。では、聞かせてもらいましょうか。君の反論とやらを」
ローンバルはまだ、俺を完全に見下している。
「俺の反論は簡単です。実力でもって証明する――というやつですよ」
「実力?」
「そう、俺の力がインチキでもなんでもない本物だってことを――先生が、直接その体で確かめてみますか?」
「……なんですって?」
「だから、あんたが俺の相手をすればいいって言ってるんだよ。そうすれば、俺がキングオークを倒したのがまぐれじゃないって、すぐに分かるだろ」
俺の言葉に、今度こそローンバルの表情から笑みが消えた。
「ガロン様……!」
ラフィーナが、心配そうに俺を見た。
「あ、あの、いくらなんでも教官相手にそれはまずいのでは……!」
「ん? 俺を心配してくれてるのか、ラフィーナお嬢様」
俺が悪戯っぽく問いかけると、なぜか彼女は顔を赤くした。
「い、いえ、その……えっと……」
恥ずかしそうにもじもじし始めた。
「――ガロンくんと、お話しちゃった」
ん? めちゃくちゃにやけてないか、ラフィーナ?
しかも今、ちょっと話し方とか雰囲気が変わってなかったか?
「……ふっ、ふふふ。いやはや、驚きました。さすがは悪名高い豚伯爵。言うことだけは一丁前ですねぇ」
ローンバルは鼻で笑った。
「さすがにそれは調子にのりすぎですよ、ガロンくん。生徒が、教官である私に勝てるわけがないでしょう。身の程を知りなさい」
「そうですか? 確かに、ゴリ教官が相手なら手ごわいと思いますが……」
俺はここぞとばかりに挑発の笑みを送る。
「あなた程度なら、大した手間もかからないかと……おっと、失礼」
「き、貴様ぁ……!」
ローンバルの顔が真っ赤になった。
「いいでしょう……! そこまで言うのなら、望み通りにしてあげますよ!」
ローンバルは金切り声を上げた。
「これから模擬戦でその思い上がりを叩き潰してあげましょう! 生徒と教官の間にある、決して超えられない壁というやつを思知らせることで!」
訓練場には、大勢の生徒たちが集まっていた。
観客席がぎっしり埋まっている。
「おいおい、すごい人数だな」
俺は苦笑した。
自身の権威を見せつけようと、ローンバルが生徒たちを集めたのだろう。
名目上は「上級者の試合を見ることも大切な訓練です」なんて言っていたが、当然そんなものは建前だ。
本音は『生意気な豚伯爵ガロンを、大勢の前で完膚なきまでに叩きのめし、さらし者にしてやる』といったところか。
「くくく、さらし者になるのはどっちかな?」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、始めましょうか。いつでもいいですよ?」
対するローンバルは自信満々だ。
俺がいつ攻撃してきても返り討ちにしてやると、そう言いたいのだろう。
「いえいえ、教官から来てくださいよ」
俺はひらひらと手を振り、手招きをして挑発する。
「ハンデです」
嫌味な教官に身の程を分からせてやる――という気持ちもあるが、何よりも俺のスキルは、相手に先に攻撃を出させることが肝要だからな。
挑発は、俺にとっての基本戦術だ。
うまく乗ってくれればいいんだが。
「……なんだと」
ローンバルの余裕の笑みが消えた。
お、いいぞ。
思った以上に精神的に打たれ弱いのか、簡単に挑発に乗ってくれそうだ――。
「いいかげん、その生意気な態度を矯正しなくてはなりませんね。後悔しても知りませんよ」
ローンバルがすっと右手を掲げる。
「いいでしょう、これで終わらせます――【サンダースピア】!」
ごうっ!
ローンバルが雷の槍を放った。
それも一本や二本ではない。
一度に十本もの雷槍が、俺めがけて殺到する。
観客席から「うわっ」とか「すごい……」といった驚きの声が聞こえた。
確かにゲーム内でも【サンダースピア】は通常だと五本前後を撃ち出す魔法だ。
これだけの本数を一度に撃てるのは、なかなかの実力と言えた。
「ほう、魔力だけなら大したもんだ」
俺はニヤリとした。
「くくく、あなたの魔力でこれを防ぐすべはありませんよ!」
ローンバルが勝利を確信したように叫ぶ。
「防ぐ? そんな必要はない」
俺はにやりと笑い、大きく口を開いた。
こんな美味そうな『ごちそう』を前にして、みすみす逃すわけがない。
ちゅるんっ。
まるでスープをすするように、十本の【サンダースピア】が、俺の口の中へと綺麗に吸い込まれていった。
当然、ダメージはゼロだ。
ぴろりーん。
脳内におなじみの効果音が響き、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『中級攻撃魔法【サンダースピア】×10を食したことで、これを獲得しました』
『魔力値が1.0上昇しました』
「ごちそうさま。なかなか刺激的でいい味だったぜ」
俺がぺろりと唇を舐める。
「ば、馬鹿な! 今のは俺の必殺の――」
ローンバルは信じられないといった顔で固まっている。
「さて、それじゃあ……お返しだ」
俺は右手をローンバルに向ける。
「【サンダースピア】!」
今しがた食ったばかりの【サンダースピア】のうち、半分の五本をそっくりそのまま撃ち返してやった。
「こ、これは――」
自分の魔法がそのまま返ってきたことに驚いたのか、ローンバルは狼狽したように後退した。
「防御魔法? いや反射魔法か? だ、だが、魔力が発動していない……どういうことだ……!? だいたい、ガロンくんがこんな術を使えるという情報はありませんでしたよ……!?」
ローンバルは完全に混乱しているようだ。
そう、俺は魔力を使って魔法を『発動』させたわけじゃない。
ただ『食った』ものを『吐き出した』だけだ。
だから、魔力の発動なんて一切いらない。
魔力を使わずして魔法現象を起こす――それは通常の魔法理論からすればあり得ない現象なんだろう。
「どうした? 生徒と教官の実力の差を見せつけてくれるんじゃなかったのか?」
俺がニヤニヤしながら挑発すると、ローンバルの顔が屈辱に歪んだ。
「ぐぬぬぬ……いいだろう! 今度は私の最大威力の魔法を食らわせてやる! いくぞ――」
ローンバルは両手を高く掲げた。
ばちっ、ばちぃぃっ!
無数のスパークが弾け、いくつもの雷の槍がその頭上に形作られていく。
「数を増やして飽和攻撃ってところか。確かに魔力量は大したもんだが――」
俺は笑った。
大技の詠唱中は、最大の攻撃チャンスだというのに。
「隙だらけなんだよ!」
俺は先ほどストックしておいた残り半分――五本の【サンダースピア】を一斉に発射した。
「えっ!? ま、また魔力発動なしで――!」
ローンバルが驚愕の声を上げたが、もう遅い。
最大魔法の発動準備中で完全に無防備だった奴は、雷の槍を避けることも防ぐこともできず、まともに食らった。
「ぐあああああああっ!」
苦鳴とともに失神して倒れるローンバル。
模擬戦用の会場には安全装置代わりの防御結界が張ってあるから大怪我するような事態にはならない。
けれど、気絶するくらいのダメージは与えたみたいだ。
「俺の、勝ちだ」
しかも完勝。
いや、まったく気分がいい。
と、次の瞬間、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「すげええええええ!」
「勝った……ガロンが教官に勝っちまったぞ!」
「いい気味だぜ、あの嫌味教官!」
生徒たちは、俺が教官に勝ったことに驚き、そして称賛の声を送ってくれた。
悪役デブだった俺が、まさかこんな歓声の中心に立つ日が来るとはな。
喧騒の中、俺はふと観客席の一点に視線を向けた。
ラフィーナと、目が合う。
「ガロンくん……」
彼女は頬を真っ赤に染め、うっとりとした表情で俺を見つめていた。
その熱烈な視線を受けて、俺は疑問を覚える。
「もしかしてラフィーナ……俺にデレてる?」
破滅フラグのトリガーだったはずのメインヒロインが、まさか俺に心を奪われたのか。
もしそうなら――この世界は、もう俺の知るゲームのシナリオ通りには進まない。
破滅の未来は、確実に好転を始めているのかもしれない。
ローンバルを叩きのめしてから数日が過ぎた。
あの一件以来、周囲の目が明らかに変わったのを感じる。
「なあ、あれが噂のガロン・アルガローダだろ……」
「教官に勝ったっていう……とてもそうは見えないけどな」
「でも、マナハも負かされたって話だし……」
廊下を歩いているだけで、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
以前のような嘲笑や侮蔑は完全に鳴りを潜めていた。
代わりに好奇と、ほんの少しの畏怖が混じった視線が俺に注がれるのを感じることが多くなった。
くくく、いい兆候だ。
悪役の豚伯爵から学園のヒーローへと昇格しつつあるんだからな。
さらに、
「ガロン様、おはようございます!」
「あ、あの、この前の試合、すごくかっこよかったです!」
「普段はそんな格好していても、本当は超美男子なんですよね?」
などと、面識もない女子生徒たちが話しかけてくる。
モテモテじゃないか……。
悪くない気分だった。
と、そのときだった。
「ガロン」
凛とした声に呼び止められて振り返る。
そこに立っていたのは、ポニーテールを揺らした武闘派ヒロイン、マナハ・レイドールだった。
『令嬢騎士』の異名をとる彼女は腕を組み、勝ち気な瞳で俺を見据える。
「あんた、少し見ない間にまた太ったんじゃないの?」
「ほっとけ。これが俺の標準体型だ」
なんだ、挑発か。
「まあ、いいわ。それより――」
マナハの表情がフッと和らいだ。
「この前の試合は見事だったね。あのローンバル教官を倒すなんて、少し見直した」
素直じゃない物言いだが、彼女なりに俺を認めているらしい。
まあ、俺に負けたという事実がある以上、俺が弱いままでは彼女のプライドが許さない、という部分もあるのだろう。
「それで? 見直した結果、俺に何か用か?」
彼女に引っ張られて、つい俺も素直じゃない返答をしてしまった。
「別に」
マナハがムッとしたような顔になる。
「ただ……あんたに負けたままじゃいられないって、そう思っただけよ。あたしはもっと強くなる。次こそ、あんたに勝つからね」
言って、マナハは立ち去ろうとして――そこでピタリと足を止めた。
ん?
「あたしと次に戦うまで……誰にも負けないで」
おお、ツンデレライバルキャラのテンプレ台詞だ!
あまりにもテンプレートな物言いだったので、俺は感動してしまった。
と、そのマナハと入れ違うように、今度はふわふわしたピンクブロンドの髪が視界に入った。
ラフィーナだ。
彼女は俺の姿を認めると、少しだけ躊躇うそぶりを見せた後、こっちに歩み寄ってくる。
「あ、あの……ガロン様」
「なんだ、ラフィーナ」
「その……おはよう、ございます」
彼女は頬をほんのりと赤く染め、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめてきた。
……なんだ、この分かりやすい反応は。
マナハがツンデレな、ラフィーナはデレデレか?
破滅フラグのトリガーだったはずのメインヒロインが、こうも簡単に陥落するとは。
「ああ、おはよう」
俺はそっけなく返事をした。
「は、はいっ!」
挨拶を返しただけなのに、彼女は花が咲いたような笑顔を見せる。
どうやら本当にデレデレらしい。
まあ、彼女に好意を寄せられること自体は、破滅フラグを回避する上でプラスに働くだろう。
ただ、油断はできない。
歴史の修正力のようなものが働いて、俺の破滅フラグがいきなり復活するかもしれないし、何かとんでもないどんでん返しが起きる可能性だってないわけじゃない。
それを覆すためには――、
「もっとだ……もっと強くならないと」
俺は自分自身に言い聞かせた。
「ガロン様……?」
ラフィーナがキョトンとした顔をする。
そのためには、効率よく力を吸収する必要がある。
食事やモンスター狩り、あるいは対人戦闘でのスキルや魔法を食うだけでは、ちょっとずつしかステータスが上昇しない。
もっと別の『ごちそう』はないだろうか。
俺のステータスを大幅に上昇させるような何かが欲しい。
「俺は、もっと強くなりたい」
「すでに十分お強いかと……」
ラフィーナが俺をうっとりした目で見つめる。
「ですが、魔法の探求ならやはり図書館で地道に学ぶとか……でしょうか?」
「なるほど、基本だが――その通りだ」
楽して食ってばかりじゃなく、地道な勉強も必要だよな。
「ありがとう、ラフィーナ」
「っ……! い、いえ、ガロン様のお役に立てたのであれば幸いです……!」
ラフィーナの顔が真っ赤になった。
「や、やった……ガロンくんに褒められちゃった……! また一歩お近づきになったぞ……がんばれ、ラフィーナ……ふふふ♪」
などと、ボソリとつぶやく。
……独り言だと微妙にキャラ変わってるよな、ラフィーナ。
放課後、俺は図書館に向かった。
メルトノール魔法学園が誇るこの図書館は、校舎に併設された巨大な塔になっている。
で、さっそく読み始めたんだけど――。
「むしゃむしゃ……本の中身も『食える』とはな……しかも、なかなかコッテリした味じゃないか……食い応えがあるぞ……くくく」
もちろん、物理的にページを破って食べているわけじゃない。
スキル【暴食の覇者】を発動させ、本に込められた『知識』という情報を喰らっているのだ。
ぴろりーん!
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『高等魔法理論書を食したことで、魔力値が0.5上昇しました』
『古代魔法【エクスバリア】の知識を獲得しました』
口の中に広がるのは、濃厚な知識の味。
それは熟成されたチーズのような芳醇で深みのある味わいだった。
魔法理論が俺の脳に直接流れ込み、魔力そのものも増大していく感覚が心地いい。
「こうやって食ってるだけで、どんどん魔法の知識が増えていくなんてな。楽でいいぜ……むしゃむしゃ」
これなら授業に出るより、よほど効率がいい。
俺は次の『ごちそう』を探して、別の魔導書に手を伸ばした。
と、そのときだった。
「へえ、それって固有魔法かしら? 随分とユニークな魔法ね」
澄んだ声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこに一人の女子生徒が立っている。
ツインテールにした青い髪。
知性と威厳をたたえた真紅の瞳。
完璧に整った顔立ちは、まるで芸術品のようだ。
彼女の姿を認めた瞬間、俺の脳裏に警報が鳴り響く。
学園の【女帝】の異名を持つ少女、ミリエラ・シュターク。
学内ランキング一位の三年生であり、ゲーム本編においてラフィーナやマナハと並ぶメインヒロイン格の一人だ。
間違いなく、この学園で最も厄介な人物だった。
「最近、君の噂を随分と聞くわ。一年生の有望株はラフィーナやマナハ、後は天才と名高いリドル辺りだと思っていたけど……どうやら、とんでもない隠し玉がいたようね」
ミリエラは優雅な笑みを浮かべながら、俺に歩み寄ってくる。
「俺は今、読書で忙しいんだ、先輩」
俺はあえて素っ気なく答え、ふたたび魔導書に意識を戻した。
食べるのに夢中なフリをして、この場をやり過ごそうと思ったのだ。
彼女にどうかかわるべきか?
それを整理するまでは、あまり深く関係を持たない方がいい。
俺の破滅フラグがどう進むか分からないからな。
「ふうん。あたしより魔法書の方に興味があるのね?」
ミリエラはじっと俺を見つめる。
「っ……!?」
異様なプレッシャーを感じる眼光に、俺は思わず顔を上げた。
彼女の真紅の瞳の中心に、複雑な紋様が輝いていた。
【魔眼】。
ゲーム本編において最強の魔法スキルの一つだ。
魔力がこもった瞳は、魔法発動の補助をしたり、魔力自体を増幅したり、あるいは瞳から直接魔法を放ったりと応用の用途が非常に広い。
その力が、ミリエラを学園の【女帝】たらしめている要素の一つだった。
「ところで――」
ミリエラは【魔眼】の光を消し、普通の目に戻ってから微笑んだ。
「来週、三年生と一年生の代表で親善試合があるのを知っている?」
「ああ、確かゲーム内のイベントであったな」
俺は思わずつぶやいた。
「ゲーム?」
ミリエラが不思議そうに首をかしげる。
「あ、いや、なんでも……」
しまった、と内心で舌打ちしつつ、俺は首を振ってごまかした。
「あたしも代表の一人として試合に出るのよ。君と試合ができればいいわね」
「俺は代表に入るか分かりませんよ?」
「入るわよ」
ミリエラはくすりと微笑んだ。
「新入生の代表選手の中には『推薦枠』があるのよ。教師や上級生から見て有望な生徒を推薦するの」
言って、俺をまっすぐ見つめるミリエラ。
「あたしは君を推薦するつもり。後は対戦できることを祈るのみ、ね」
「……なんで俺なんですか」
俺は眉をひそめた。
「【予知】よ」
ミリエラの瞳が、また妖しく輝く。
「あたしの【魔眼】が秘めた七種の魔法の一つ――【予知】に君が出てきたの」
予知……だと?
ミリエラが【魔眼】を持っているのはゲーム通りだけど、そんな能力を持っている設定はなかったはずだ。
この世界は、俺が知っているゲームの世界とは異なる部分もあるのか?
それとも――。
と、
「随分そいつを高く買ってるんですね、ミリエラ先輩」
凛とした声が、俺たちの間に割り込んできた。
つか、つか、と足音高くマナハが歩いてくる。
「あら、噂の令嬢騎士さんね」
ミリエラはマナハを一瞥し、にっこりと笑った。
「確か、そっちの彼にあっさり負けたとか? 噂ほどじゃないのね、君って」
「……ケンカ売ってます?」
マナハが勝ち気な表情をむき出しにした。
「そうね。軽く売っておこうかしら」
ミリエラは少しも動じず、にこやかに笑みを浮かべたままだ。
「出る杭は早めに打っておきたいからね。頂点は変わらず、このあたし――ミリエラ・シュタークであると証明するために」
「じゃあ、あなたはガロンが『出る杭』だと思っているわけですか」
「少なくとも君よりも、ね」
ミリエラの魔眼が挑戦的な光を放った。
「いずれ、あたしの脅威になるかもしれない――そう考えているわ」
「そいつより、あたしを警戒したほうがいいんじゃないですか?」
マナハが負けじと挑発する。
「警戒?」
ミリエラはつまらなさそうに肩をすくめた。
「君を? どうして?」
「……やっぱりケンカ売ってますよね」
「じゃあ――買ってくれる?」
「いいですよ」
完全に売り言葉に買い言葉だった。
会話の流れのまま、二人は決闘することになった。
やれやれ、面倒なことになったぞ……。
「じゃあ、俺は読書があるから、これで」
俺がそそくさとその場を離れようとすると、
「「ちょっと待ちなさい」」
二人が同時に俺を引き留めた。
「何言ってるのよ。君が発端なんだから、ちゃんと見届けなさい」
「ガロンにも見せてあげる、あたしの実力を。っていうか、ミリエラ先輩を片付けたら、次はあんただからね」
「いや、俺は読書が」
「「じー」」
二人同時にガン見された。
……こんな目で見られると、落ち着いて読書もできやしない。
どうやら、この厄介事から逃れる術はないらしい。
「わかったわかった。手短に頼むぞ」
俺はため息交じりに本を閉じた。
そして渋々、二人と一緒に模擬戦用の決闘場へと向かうことになったのだった。
――やれやれ、どうしてこうなった。
俺は内心で盛大にため息をついた。
俺たちは今、模擬戦用の決闘場にいる。
これから、学園最強の【女帝】ミリエラ・シュタークと、武闘派ヒロインの【令嬢騎士】マナハ・レイドールが決闘するのだ。
「妙な展開になったもんだ……」
苦笑する一方、ワクワクする気持ちもあった。
ゲーム『メルファン』では、ミリエラもマナハも、間違いなく最強キャラ候補に挙げられる存在だ。
人気も実力もトップクラスの二人が直接戦うなんて、ゲーム本編にはない特別なイベントだった。
「ドリームマッチだな」
どんな戦いになるのか……ゲームのファンとしての気持ちで二人を見守る俺。
とはいえ、冷静に考えれば勝敗はある程度予想できる。
ゲーム本編のマナハは、数々のイベントや試練を乗り越えて、目覚ましい成長を遂げていくキャラクターだ。
だけど物語が始まったばかりのこの時点では、まだ実戦経験が浅い。
対するミリエラは、すでに学園最強としてその名を轟かせている三年生だし、経験値の差は明らかだった。
「やっぱりミリエラ有利かな」
「……何か言った?」
俺がポツリとつぶやく、それを聞き咎めるようにマナハが振り返った。
「あたしは負けないからね」
マナハの勝ち気な瞳にはいっさいの迷いがない。
お、いいね。
そういう熱血キャラ、俺は嫌いじゃない。
むしろ好ましいとさえ思う。
「ああ、楽しみにしてるぜ」
俺はニヤリと笑って返した。
「あんたに勝つまで……あたしはもう二度と負けない」
マナハはそう宣言して、決闘場の中心へと歩いていく。
フィールドの中央で二人の美少女が対峙した。
「君には才能がある。現時点でも十分に強いわ」
ミリエラが悠然と微笑む。
その笑みは絶対的な強者の余裕に満ちていた。
「でも残念ね。君以上の天才が、目の前にいるの」
「なら、努力の差で勝つ」
マナハが臆することなく言い返す。
仮に才能で劣るとしても、それを覆すだけのものを自分は積み重ねてきた――そう言わんばかりだ。
「それも残念ね」
ミリエラがまた微笑む。
「努力でも――あたしは誰にも負けない」
その言葉を合図に、二人の戦いが始まった。
「【エアブースト】!」
ごうっ!
マナハは風魔法で自身の体を加速させ、一瞬でミリエラとの距離を詰める。
その手には、自らの魔力で練り上げた白く輝く【魔力剣】が握られていた。
体術と剣術を組み合わせた、魔法剣士としての戦闘スタイル。
マナハの真骨頂だ。
対するミリエラは、その場から一歩も動かない。
「なるほど、速いわね」
ただ静かに、迫りくるマナハを見据えている。
彼女の得意戦法は、圧倒的な魔力量に物を言わせた高火力の爆裂魔法。
遠距離からのごり押しを得意とする、パワープレイスタイルだ。
――接近すればマナハの勝ち、離れたままの戦いならミリエラの勝ち。
俺は二人の戦いをそう分析していた。
だからこそ、マナハは迷わず接近戦を挑んだ。
その選択は正しい。
ミリエラが魔法を発動するよりも速く、マナハの剣がその懐に届く。
「この距離は、あたしの距離よ! 勝つのは――」
マナハが勝利を確信し、叫ぶ。
刹那、ミリエラの笑みが深まった。
「そうね。このあたしよ」
どがああぁぁんっ!
凄まじい爆音とともに、マナハの体が紙切れのように吹っ飛ばされる。
何が起きたのか、俺も、そしてマナハ自身も理解できなかった。
「が……はっ……!」
地面に叩きつけられたマナハが、苦痛にうめく。
その視線の先には、先ほどと何一つ変わらない姿で、ミリエラが静かに立っていた。
「今のは……爆裂魔法……?」
マナハが呆然とつぶやく。
いえ、ありえない。
「これだけの高火力魔法を、あの至近距離で、しかも無詠唱で――」
「残念だったわね。遠距離からのごり押しだけが、あたしの得意技だと思っていた?」
ミリエラが、ゆっくりとマナハに歩み寄る。
その瞳が妖しく輝いていた。
そうか、今のは爆裂魔法じゃない。
【魔眼】による攻撃……だから呪文詠唱なしのノータイムで発動できるんだ。
「くっ……」
マナハは立ち上がろうとするが、ダメージが大きいのか、這いつくばったままだ。
「あたしはね――」
ミリエラはそんなマナハを見下ろし、静かに告げた。
「どんな距離でも、どんな状況でも、誰にも負けない――もちろん、君が得意とする接近戦においても、ね」
しゅんっ。
次の瞬間、ミリエラの手に魔力剣が現れ、マナハの目の前に突きつけられた。
勝負あり、だった。
「こんなにも、あっけなく――」
俺は言葉を失う。
学園の女帝――ミリエラ・シュターク。
こいつは……とんでもない化け物だ。
ほとんど瞬殺状態でミリエラがマナハに勝った場面は、俺にとっても衝撃だった。
やっぱり――強い。
【女帝】の二つ名は伊達じゃない。
俺はぽつりと呟く。
ミリエラの強さは、俺の想像をはるかに超えていた。
「残念だったわね。才能でも、努力でも、君はあたしには及ばない」
ミリエラは魔力剣を消し、マナハから離れた。
余裕の表情だ。
「まだよ……まだ終わってない!」
マナハは勝ち気な表情を崩さずに叫ぶ。
「悪いけど、君にはもう興味がないの。実力はだいたい分かった」
ミリエラの目に冷たい光が宿った。
「あたしの敵じゃない」
「っ……!」
マナハが悔しげに表情を歪めた。
ミリエラはそれ以上彼女を一瞥すらせず、踵を返した。
「君との勝負を早くしたいものね」
と、俺の元まで歩み寄る。
「本当はここで君とも試合をしようと思ったんだけど――」
言って、ミリエラはわずかにうつむく。
「またの機会にしましょうか。あたしの【魔眼】はけっこう魔力消費が激しいからね。連戦には向いてないの。次の機会にね」
「親善試合で――」
「そういうこと。あたしと君の試合になるように祈っていて。楽しみにしてるわ」
そう言って、ミリエラは決闘場を後にした。
俺は去っていくミリエラの背中を、ただ見つめていた。
「……ここまで強かったとは、な」
まさに底知れない強さというやつだ。
「あたし……」
マナハがぽつりとつぶやく。
「ミリエラ先輩に、何もできなかった……」
背中を向けたマナハは全身を震わせていた。
「くっ……」
泣いているんだろうか。
「おい、マナハ。そう落ち込むなって。今回は相手が悪かったんだし、泣くなよ――」
「はあ? 泣いてないし」
振り返ったマナハは怒った顔だった。
「あたしはただ――自分が許せないだけよ。誰にも負けたくない。なのに、あんたに続いてミリエラ先輩にも負けた。負けっぱなしよ……それが許せない!」
全然凹んでないな、こいつ。
俺は内心で苦笑した。
そんな彼女の心の強さに好感が持てた。
「見てなさいよ。あたしはもっと強くなる……いずれ必ずミリエラ先輩を倒す。そして……その次はあんたの番だからね」
「ふん、俺はラスボスってわけか」
ニヤリと笑う俺。
「そうよ、文句ないでしょ」
「ああ、待っててやる」
言うと、マナハもニヤリと笑った。
さて、これからどうするか――。
マナハと別れた後、俺はあてどもなく廊下を歩いていた。
もう一回、図書館に戻って魔法書を『食う』続きをやるか。
と、
かつ、かつ、かつ……。
前方から一人の男子生徒が歩いてくる。
「お前……」
俺とそいつの声が重なった。
リドル・フォルテッシモ。
ゲーム本編の主人公で、俺とは少しだけ面識がある。
そう、ラフィーナとトラブルになり、それが原因でマナハと初めて戦った後、彼がやって来たのだ。
「ミリエラ先輩とトラブルになったらしいな」
リドルが俺に言った。
「……お前、彼女に何かしたのか?」
その表情は険しい。
以前のトラブルもあって、リドルはたぶん俺に対して悪印象を抱いているはずだ。
「別に何もしてない。向こうが勝手に俺と戦いたがってるだけさ」
俺は肩をすくめた。
「ミリエラ先輩が、お前と?」
「有望株を早めに叩いておきたいらしい」
「……じゃあ、ミリエラ先輩はお前をその有望株だとみなしているわけか」
「ああ。ちなみにお前やラフィーナ、マナハもそうだぞ」
「――それは知ってるよ。入学初日に声をかけられた」
と、リドル。
「ただ、そのとき先輩が語った有望株の中に、お前の名前はなかった」
「入学後の評判で俺を追加したんだろ」
俺はまた肩をすくめる。
「……先輩が注目しているということは、やはりお前には相応の素質があるということか」
リドルが俺を見据える。
「はは、見直したか?」
「ああ。認識をあらためておこう」
リドルは素直だった。
「もし彼女と戦う可能性があるなら、警告しておくぞ」
と、付け足す。
「ん?」
「ミリエラ・シュタークは呪われている。気を付けろよ」
リドルの表情が険しくなった。
「真の力を解放した彼女は――宮廷魔術師すら凌ぐほどの力を持っている」
「わざわざ警告してくれるなんて優しいんだな」
俺はリドルを見つめた。
「俺はお前に嫌われていると思ってたよ」
「……好きじゃないさ。お前はラフィーナを泣かせた」
リドルが俺をにらんだ。
「だけど、それが誤解だったのかもしれない。まだ判断がつかない――だからお前への評価は保留だ」
依然としてこいつと敵対するルートに入る可能性は残されているわけか。
「ま、せいぜい頑張るんだな。もしお前がミリエラ先輩と戦うことになったなら」
言って、リドルは背を向ける。
「対戦の組み合わせはいつ決まるんだ?」
「確か……三日後だ」
「楽しみだな」
俺はニヤリと笑う。
「……怖くないのか?」
「まあ、不安がないと言えば嘘になるけど」
俺は笑みを深め、
「今の俺は、俺がどこまで強くなれるのかを試したい。だからワクワク感もあるのさ」
「……噂に聞いていた『豚伯爵』とは、やっぱり違うのかもな、お前」
リドルが俺をジロリと見た。
「見直したか?」
「判断は保留だ、と言ったろ」
じゃあな、と言ってリドルは去っていった。
そして、親善試合の日がやってきた。
選手として一年と三年が五人ずつ選ばれ、それ以外の生徒はほとんど全員が観客席にいる。
これはゲーム本編でも存在するイベントだけど、豚伯爵ことガロンは選手には選ばれていない。
だけど――この世界の俺は、事前にミリエラが予告していた通り、一年生の代表選手の一人に選出されていた。
ちなみに残る四人はリドル、ラフィーナ、マナハ、そしてもう一人、これもゲームのメイン級のキャラである女子生徒がいる。
「本来ならガロンが経験しないはずのイベントを、俺は経験しているわけか……」
つぶやきながら考える。
この時点でゲーム本編の流れとは変わって来てるよな。
これから先も、どんどん変わっていくんだろうか。
それとも細部は変わっても、結局は大筋はそのままで――歴史は収束していくんだろうか。
俺としては前者を目指したいところだ。
後者の場合――俺を待っているのは、おそらく破滅エンド一択だからな。
「そのためにも――ここで活躍するのはアリだよな」
豚伯爵としての悪評を覆す絶好のチャンスだ。
「ま、そのための障壁はちょっとばかり大きいが……」
俺は前方を見据えた。
そこにはミリエラが微笑みを浮かべ、たたずんでいる。
彼女の目論見通り、俺の対戦相手はミリエラになった。
学園最強の【女帝】と【豚伯爵】との決戦――。
その火蓋が、間もなく切って落とされる。
「【ローズバインド】!」
ラフィーナの拘束魔法が三年生の女子生徒の全身を縛り上げた。
「ううっ……ま、参った」
相手が降参し、ラフィーナの勝利が確定する。
ちなみにこの模擬戦は、防御結界が張られたフィールド内で行われ、攻撃魔法が命中しても結界がそのダメージをすべて肩代わりしてくれるため、選手が怪我をすることはない。
ただ、命中した魔法は結界によってダメージ値が計算され、あらかじめせていされている生徒のライフポイントから差し引かれていく。
そのライフポイントがゼロになるか、一方が降参することで勝敗が決まる。
「うおおおおお! これで一年生が二連勝だ!」
「今年の一年、強ええええ!」
「っていうか、あの子可愛い!」
「めちゃくちゃ美人~!」
歓声が次々に上がる。
第一試合でマナハが勝利し、さらに今行われた第二試合でもラフィーナが勝利。
例年、親善試合では三年生が圧勝することがほとんどとあって、この『下剋上』に観客席は大盛り上がりだった。
そして――第三試合。
「ふうん。これは三年生の威信にかけても負けられないわね」
闘技場に上がったミリエラが不敵な笑みを浮かべている。
「悪いが三年生の威信とやらを叩き潰させてもらうぜ」
続いて俺も闘技場に上がった。
「……なんだ豚伯爵か」
「これで一年生側の二勝一敗か」
「あーあ、リドルを出せよ、リドルを」
と一気にテンションが下がる観客席。
「いや、ちょっと待てい!」
俺は思わず観客席に向かって叫んだ。
「よかった、君と戦えることになって」
ミリエラが笑っている。
「お手柔らかにな、先輩」
俺もニヤリとした笑みを返した。
「出る杭を打つ、ってあたしが言ったこと覚えてる?」
ミリエラが言った。
その表情から笑みが消える。
「この間の手合わせでマナハちゃんは潰した。次は君の番」
「あいにくだな。俺は潰されない」
言い返す俺。
「そして――マナハも潰されちゃいない」
ミリエラに負けた直後の、マナハの姿を思い出す。
悔しがりながら、もっと強くなることを誓っていた彼女――。
考えてみれば、俺に負けたときも同じようにしていたな。
マナハは、負けるたびに強くなる。
実際、今日の親善試合では三年生を相手に圧勝劇を見せていた。
その克己心と闘争心――俺にも分けてもらうぞ。
「さあ、始めようか。俺の下克上を!」
【女帝】への挑戦が、始まる。
「そっちから来る? それともあたしから行く?」
ミリエラは余裕の表情だった。
「そうだな……マナハとの戦いはカウンターだったし、今度は先輩から先制攻撃するところを見てみたいな」
俺は軽口を叩くように言った。
実際、俺のスキルの特性上、こちらから攻撃するより、相手の攻撃を『食って』からカウンターを食らわせる方が都合がいい。
とはいえ、それを馬鹿正直に言う必要はない。
すでに学内の噂で俺の【暴食の覇者】のことを知っているかもしれないけど、知らない可能性だってある。
とにかく手の内は可能な限り見せない――それが鉄則のはず。
「なるほどねぇ……じゃあ、あたしから攻撃しようかな」
ミリエラがニヤリと笑って近づいてきた。
彼女は接近戦も遠距離戦も両方こなすはずだ。
どちらで来る――?
俺はミリエラの動きを注視する。
「とりあえず――様子見だね」
ミリエラが右手を掲げた。
「【エクスサンダー】」
ばりばりばりばりっ!
無数の稲妻が空から降り注ぐ。
マナハ戦で見せた【魔眼】に由来する攻撃魔法ではなく、オーソドックスなそれだ。
確か本人も【魔眼】は魔力消費が激しいって言ってたから、普段からガンガン使うのではなく、ここぞという場面で使うという戦闘スタイルなんだろう。
ちなみに魔法の名称に『エクス』が付くのは上級魔法だ。
このクラスの魔法を無詠唱で撃てるのは、さすがは女帝だった。
【魔眼】を使わなくても十分強い。
「ま、俺にとっては極上の食事にしかならないけどな」
降り注ぐ稲妻に向かって大きく口を開け、
「いただきまーす!」
ちゅるりんっ。
稲妻だけあって、ちょっぴりスパイシーな味だ。
ぴろりーん!
脳内におなじみの効果音が響き渡る。
「うん……上級魔法は中級より濃厚で美味だな」
俺は満足してビヤ樽のような腹をポンと叩いた。
「ごちそうさま」
「上級魔法を簡単に吸収できるんだ? やるね」
対するミリエラもまだまだ余裕だ。
今のは小手調べってことか。
なら、俺も【エクスサンダー】を反射で撃つことはせず、ストックしておくことにする。
「他の属性も食べちゃうのかな? 【エクスファイア】」
今度は上級火炎魔法か。
「いただきまーす!」
これも完食。
「【エクスウィンド】」
ちゅるりん。
問題なく完食。
「なるほど……上級魔法でも連続で吸収できるのか。なら、遠距離から連発しても無駄ってことだね」
ミリエラはあいかわらず余裕の表情だった。
淡々と、そして冷静に俺のスキルを分析している。
不気味な女だ、と思った。
今まで戦った相手は、この時点で戦慄するか、あるいは闘志が折れ始めていたのに。
ミリエラはむしろ逆だった。
この戦いを楽しんでいるような雰囲気さえ漂わせている。
それこそが学園最強の【女帝】のメンタリティなのか――。
「じゃあ、こういうのはどう? 【ルーンブレード】」
ミリエラの右手に魔力が集まり、剣の形に変わった。
近接戦闘用の攻撃魔法【ルーンブレード】。
発動速度や命中時のダメージ値の高さなど、ゲーム内でもかなり使い勝手がいい魔法だ。
俺の身近だと、マナハがこの魔法を使った戦闘スタイルを得意としているけど、ミリエラも同じく――。
「いくわよ!」
床を蹴り、一気に距離を詰めてくるミリエラ。
デブで鈍重な俺は、その速さに対応しきれない。
あっという間に距離を詰められ、ミリエラが魔力剣を繰り出してくる。
だが――無駄だ。
「いただきまーす!」
当然、これも完食。
ミリエラの手から魔力剣が消えた。
「へえ……これも食べちゃうんだ?」
「そういうことだ。あんたの魔法は全部俺のごちそうに過ぎない」
俺はニヤリと笑った。
そして不意打ち気味に、
「【エクスサンダー】!」
「!?」
至近距離から上級の雷撃魔法を浴びせてやる。
「きゃあっ……!?」
さすがの【女帝】もこれには対応しきれなかったらしく、まともに食らって吹っ飛ばされた。
「あいたた……ちょっと油断した~」
言いながら立ち上がってくるミリエラ。
あのタイミングで、とっさに防御魔法を無詠唱発動したらしい。
恐るべき反射神経だ。
とはいえ――ノーダメージというわけにはいかなかったようだ。
ミリエラのライフポイントは試合開始時の『10000』から『2700』へと大幅に減っていた。
「降参するか?」
「ふふ……」
ミリエラの口元に笑みが浮かんだ。
さっきまでの余裕の笑みじゃない。
獰猛で、攻撃的な笑み。
まるで野生の獣のような――。
「面白い……君は本当に面白いね、ガロンくん」
ミリエラの瞳が強い輝きを放った。
【魔眼】。
彼女が学園最強の【女帝】たらしめている要素の一つ。
今の今まで使ってこなかった切り札を、ついに使うのか――?
「これはね、あたしの切り札だけどリスクもあるのよ」
ミリエラが言った。
「あたし自身にも完全に制御できない。だから、本当に強い相手にしか使えない――」
その瞳に妖しい紋様が浮かび上がる。
「弱い相手だと……殺しちゃうかもしれないからね。たとえ試合用の防御結界があっても」
「っ……!」
なんだ、ミリエラの雰囲気が――?
雰囲気が、異様なまでに禍々しく変わっていく――!
「じゃあ――始めましょうか」
ミリエラがニヤリと笑う。
ヴンッ!
その瞳がまばゆい光を放った。
「!」
俺はとっさに横に跳んでいた。
本能が告げたのだ。
何かが――やばい、と。
ごうんっ!
俺がさっきまで立って場所が粉々に吹き飛んだ。
さらに二発、三発。
続けざまに周囲が吹き飛んでいく。
「今のは――」
不可視の衝撃波……だろうか?
同時に俺のスキルの弱点に気づき、ゾッとなった。
俺の【暴食の覇者】は上級魔法すら簡単に食って、己の力に変えられる。
威力そのままに撃ち出すこともできる。
攻守両面を備えた強力なスキルだ。
対象が剣のような物理攻撃だろうと、炎や稲妻などの魔法攻撃だろうと、なんでも食える。
だけど……『見えない』ものは食べられない。
「今のあたしは上級魔法と同等以上の魔法を連発できるからね。ボーッとしてると怪我するわよ」
瞳を赤く輝かせながらミリエラが言った。
「発動速度が最速かつ強力な魔法を連発できる【魔眼】……か。俺のスキルとは相性が悪いな」
ゆっくりと後ずさり距離を取る俺。
とにかく、少しでも間合いを取るんだ。
距離が近ければ近くなるほど、今のを避けるのは難しくなる。
「距離を取る――か。まあ、妥当な選択よね」
ミリエラが微笑んだ。
「かといって、うかつに近づけば、君には瞬時に魔法を撃ち出す能力がある。あれって、自分の中に『ストック』でもしてるのかしら?」
図星だが、もちろん答える必要はない。
わざわざ手の内をさらしても仕方がないからな。
「不意打ちで撃たれると、さすがに避けられないかもしれないね。だから――」
ばさり。
ミリエラの背中から黒い何かが広がった。
「なっ……?」
あれは――。
「翼……!?」
そう、ミリエラの背から黒い翼が生えていた。
なんだ、これは……!?
ゲームのミリエラにこんな能力はないはずだぞ。
どうなっている――!?
「【魔妖変化】」
ミリエラが厳かに告げた。
「一時的に魔族に変身し、魔族と同等の力を得る――これがシュターク家に伝わる固有魔法。実際に発現できるのは、数代に一人程度のレア魔法だけどね」
ばさり、ばさり。
翼をはばたかせ、ミリエラが宙に浮かび上がる。
「空から近づいて一方的に殲滅する――たぶん、それが最適解でしょ。あたし、こう見えても君を最大限に警戒してるのよ?」
上空という死角から自在に攻撃できるミリエラ。
地上にいるしかない俺。
絶対的に不利な状況だ――。
「魔族になったあたしは、魔力量も数倍にアップする。この距離からでも――」
ヴンッ!
ミリエラの魔眼が輝く。
「ちいっ……」
俺は床を転がるようにして、不可視の衝撃波を避けた。
ごううううんっ!
大爆発が起こる。
「うわ……」
フィールドの半分が消し飛んでいた。
とんでもない破壊力だ。
「魔族の魔力量に飛行能力、そして魔眼の速射能力――これが本気になったあたしよ」
ミリエラが勝ち誇るように笑った。
これが、学園の女帝の真の力か――。
俺は戦慄した。
強い。
信じられないほどに。
「どう? 降参する?」
ミリエラが促した。
「……俺は」
正直言って、少しうぬぼれていたのかもしれない。
強力なスキル【暴食の覇者】を得たことで。
ただそれだけで、世界中の誰にでも勝てるような気持ちが湧いていたのかもしれない。
実際、このスキルで俺は連戦連勝だった。
けれど、世の中、上には上がいる――。
「参った――」
ミリエラを見上げ、そう言ってから、
「――するわけねぇだろ!」
叫んだ。
心からの叫びだった。
ちょっと困難なことがあったら諦める。
どうせ自分には無理だと投げ出してしまう。
前世の俺がそうだった。
思い返せば情けない話だ。
転生しても結局おなじことをしていたら――前世と何も変わらない。
「だから――お前との戦いはきっと試練なんだ」
上空のミリエラを見据えた。
「俺は今こそ、俺を乗り越える――」
「降参しないんだ? じゃあ、叩き潰してあげるね」
ごうっ!
ミリエラの放つ不可視の衝撃波が、激しい風圧となって襲ってくる。
上空を舞いながら自在に位置を変え、次から次へと――。
「くっ……」
俺は転がるようにして、それらを避け続けた。
だが、デブの鈍重な動きでは回避にも限界がある。
ただでさえ回避難度が高い『目に見えない攻撃』で、しかも空中という人間の死角から次々に攻撃が飛んでくるんだからな。
ごうっ! どごおっ!
結界のおかげで直接的な痛みはほとんどないものの、連続で炸裂する衝撃波にライフポイントをどんどん減らされていく。
まずいぞ――。
「このまま0になるまで削り取る。空中のあたしに、君の反撃は届かない――」
ミリエラが勝ち誇る。
ヴンッ!
魔眼が輝き、とどめとばかりに不可視の衝撃波が連発された。
「うわあっ……」
爆風で大きく吹き飛ばされる俺。
くそっ、攻撃が見えないんじゃ、食えない――。
ぴろりーん!
脳内に例の音が響いた。
『スキル【暴食の覇者】が発動しました』
『魔眼による衝撃波(爆風)を食したことで、魔力値が0.3上昇しました』
『物理耐性が0.2上昇しました』
「爆風……?」
そうか、魔法自体は食えなくても、爆風や衝撃波を食うことはできる。
追い込まれていて、そこに気づかなかった。
今、スキルが発動したっていうことは、俺が『食おう』と考えたことが発動トリガーになった、ってことだろうか。
「――それなら、戦うすべはある」
「……何を笑っているの」
ミリエラが眉を寄せる。
「いいから撃ってこいよ。仮にも学園の女帝なんて呼ばれる実力者なんだろ、あんた? セコセコ攻撃せずに正面から俺に魔法を浴びせてみろよ。ま、そんな度胸もないだろうけどな」
「安い挑発ね」
ミリエラは鼻を鳴らした。
「その挑発に乗って馬鹿正直に撃ってくるとでも思った? 魔法を吸収、あるいは撃ち返せる君に、わざわざ正面から攻撃するわけないじゃない」
「プライドはないのかよ」
「あたしのプライドはね、勝つことでしか満たされない。あらゆる手段を使って勝ちをもらう――それが女帝のプライドよ!」
ごうっ!
ミリエラは【魔眼】を使って不可視の衝撃波を放つ。
やはり爆風や衝撃波でじわじわ削り殺そうというんだろう。
だけど――そこが落とし穴だ。
ミリエラは俺を『魔法しか吸収できない』と勘違いしている。
けれど、実際にはこうして副次的な爆風や衝撃波を『食う』ことができる。
これを悟られないまま、もう少し吸収しておきたい。
さっきわざわざミリエラを挑発したのも、このためだった。
俺のスキルは『魔法しか吸収できない』というミリエラの仮説に疑いを持たせないため――。
――やがて、そのときが来た。
何度か爆風と衝撃波を『食い』、頃合いと見て、俺は地面に向けて口を開く。
「があっ!」
そこから溜め込んだ衝撃波の一部を吐き出した。
その反動で、空へと飛び上がる俺。
「えっ!?」
虚を突かれたミリエラの動きが一瞬止まる。
「その力は――」
「くくく……俺は魔法を『食う』だけじゃなく、その『余波』だって食えるるんだぜ?」
猛スピードでミリエラに接近した俺は、振り返りざま、残りの爆風と衝撃波をまとめて放った。
「があああっ!」
「きゃあっ!?」
ほぼゼロ距離からの不意打ちだ。
さすがのミリエラも【魔眼】を発動する暇さえない。
一瞬にして彼女のライフポイントはゼロになった――。
「勝った……!」
俺は勝利の余韻に浸りながら降下していく。
このまま地面に叩きつけられるとどうなるんだろう?
闘技場は防御結界があるから、たぶんダメージはないはずだ。
とはいえ、この高さから落ちていくのは結構怖いものがある。
「……念のため」
ごうっ!
ほんの少しだけ残しておいた爆風のストックを地面に向かって吐き出し、その反動で衝撃を相殺した。
おかげで軟着陸成功だ。
「ふうっ」
俺は大きく息を吐きだした。
それから上空を振り仰ぐ。
ミリエラはまだ呆然としているのか、翼をはばたかせて空を舞ったまま。
降りてこようとしない。
「勝負はついたぞ。もうその姿を解いたらどうだ?」
「……る……るぉ……ぁ……」
ん?
「ぁぁ……おお……ン……ぅぅぅああぁぁぁ……」
彼女の口から意味をなさない言葉が漏れ続けている。
なんだ、様子がおかしい!?
「うあああああああああああああああああああっ!」
そして、ミリエラは絶叫した。
ばさり。
その背から広がる黒い翼がより長大に、より禍々しい形に変化する。
その全身を覆う魔力が漆黒に変化し、今までとは比較にならないプレッシャーを放つ。
「お、おい、なんだよ、これ――」
ミリエラが――ミリエラではない何かに、変わろうとしている……!?
ううるるるおおおおおおおおおおおお……っ!
ミリエラが、咆哮した。
およそ人間が出している声とは思えない、不気味な咆哮だった。
実際、今のミリエラは――人間ではなくなっているようだ。
「まさか、魔族……!?」
疑似的に魔族に変化する【魔妖変化】が、今や彼女の体を本物の魔族に変質させている――?
驚き、戸惑いつつも、俺は脳内で仮説を立てた。
「があっ!」
短く吠えて、ミリエラが突っこんでくる。
翼の羽ばたきを利用し、超スピードで迫る――。
「ちいっ……」
俺は転がるようにして、かろうじて避けた。
いや、避けたつもりだった。
「ぐうっ……」
彼女の一撃がかすったのか、あるいは触れなくてもなおこの威力なのか、右肩の辺りが裂けて血を噴き出す。
この武闘場の防御結界すら貫通するほどの攻撃力とは――。
「……まともに食らったら死ぬかもな」
「がああああっ!」
今度は魔力弾を放ってくる。
「!」
俺は大口を開けてそれを食った。
「がああああああああっ!」
さらに二発、三発。
続けざまに放たれる魔力弾を、俺はことごとく食らう。
元のミリエラなら、俺がスキルで魔力弾を食ってしまうことは分かっているから、わざわざこんな攻撃はしなかっただろう。
たぶん、あの魔族モードだとミリエラは意識を失った状態なんだろう。
「おかげで、たっぷり食うことができた。礼を言うぜ」
あとは――『アレ』で仕上げだ。
「はああああああっ……!」
気合いを込めて、発動する。
俺の全身が黄金のオーラに包まれた。
ビヤ樽のような腹が引っ込み、手足がスラリと伸び、顔立ちも端正になり――。
「こいつが俺の【脂肪燃焼モード】だ」
黄金の魔力をまとった状態で、俺は魔族ミリエラと対峙した。
「さあ――終わらせてやる」
どんっ!
床を蹴って突進する俺。
その速度はデブ状態のときとは比較にならない。
「があっ!?」
それどころか、人間をはるかに凌駕する身体能力を備えた魔族すら、俺の速度に後れを取る。
一瞬でミリエラの背後に回り込んだ俺は、魔力弾を叩きこんだ。
「がああうっ……!?」
苦鳴と共に吹っ飛ぶミリエラ。
勝てる――。
今の一瞬の立ち合いで理解した。
戦闘能力は俺の方がかなり上のようだ。
おおざっぱな見立てだけど、俺を10として、魔族ミリエラは6くらいだろうか。
ただ――彼女を叩きのめして終わりということにはならない。
目的はあくまでもミリエラを正気に戻すこと。
「どうすれば……」
迷う。
だが、その間にも魔族ミリエラは攻撃してくる。
爪で、魔力弾で。
それらの威力を俺は食いながら、反撃に移れない。
「どうすれば……!」
さらに迷う。
そうだ、たとえば――こう仮説を立ててみる。
今のミリエラを暴走させている魔力自体を『食って』しまえば。
あるいは、彼女は解放されるんじゃないだろうか。
「魔力自体を……」
俺はミリエラを見据えた。
……ん?
すると、彼女の胸元に赤い輝きが透けて見えた。
体の内側に存在するそれは、炎のように燃え盛っている。
ミリエラの魔力の核みたいなものが、透けて見えているのか……?
「あれを、食えれば……」
だけど、体の中にあるものを食うことはできない。
どうにかして、あれを体の外に――。
「があっ!」
と、ふたたびミリエラが突進してきた。
繰り出される両腕の爪を、俺はなんとか受け止める。
「ぐっ……」
すぐ間近に彼女の顔がある。
「ううう……」
その表情が一瞬、歪んだ。
「たす……け……て……」
「ミリエラ――」
俺に、助けを求めている……!
「安心しろ」
俺はニヤリと笑った。
「今、元に戻してやる」
言うなり俺は、
ぶっちゅううううううううううううっ!
ミリエラの唇を強引に奪った。
その状態で、思いっきり息を吸い込む。
ミリエラの中にある魔力の核を――吸いだしてやる!
くちゅくちゅくちゅ……ちゅるんっ!
勢い余って舌を絡めるディープキスになってしまったが、そのままミリエラの中にある魔力の核を吸い込むことができた。
ぴろりーん!
『【魔妖変化】の呪詛を完全に吸収し、魔力値が100上昇しました』
同時にミリエラの表情が和らぎ、翼が引っ込み、爪が元に戻り、全身を覆う黒いオーラが霧散していく。
元に戻ったようだ――。
「あ……」
ミリエラが小さく声を漏らした。
その頬が、みるみる赤く染まっていく。
「あ、あたしの……ファーストキス……」
彼女は顔を真っ赤にして、俺から距離を取った。
先ほど、俺から受けた荒々しいキスを思い出したようだ。
「今のは、お前を助けるためにやった魔法儀式みたいなものだ。初めてを奪ってしまったのは悪かったけど……いや、治療行為みたいなものだからノーカウントってことにしてもらえるとありがたい」
言いながら、若干の罪悪感を覚える俺。
「……ううん、助けてもらったんだもの。お礼を言いこそすれ、君に悪い感情なんてないわ」
ミリエラは照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとう、ガロンくん」
それから彼女は審判員に向き直り、右手を上げた。
「ミリエラ・シュターク、降参を宣言します」
シン、と周囲が静まり返る。
そして次の瞬間、
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
爆発的な歓声が大勢の生徒たちから湧き上がった。
学園最強の女帝が、その座を陥落した瞬間だ。
そして、それを成し遂げたのは嫌われ者だった『悪役』の豚伯爵――つまり、この俺である。
「すげえええええ! あの豚伯爵が女帝に勝ったぞ!」
「マジかよ……ありえねえ……!」
「ガロン様、かっこいいいいい!」
俺は割れんばかりの歓声と称賛の声を浴びながら、勝利の余韻に浸った。
もはや、俺は学園のヒーローだ。
これで俺の破滅エンドは、また一歩遠ざかっただろう。
いや、もしかしたら、完全に消滅したのかもしれない。
と、そこでミリエラと視線があった。
「……ねえ、ガロンくん」
彼女は恥じらうように頬を染め、
「あたしの初めてを奪った責任、ちゃんと取ってよね?」
悪戯っぽく微笑んだ。
……可愛いな。
俺は不覚にもときめいてしまった。
親善試合から数日が過ぎた。
あの一件以来、俺を取り巻く学園での空気は一変した。
「なあ、あれが噂のガロン・アルガローダだろ……」
「うん。あの女帝ミリエラ先輩に勝ったっていう……」
「見た目はただのデブだけど……」
「でも、キングオークを倒したのも本当らしいぞ」
廊下を歩いているだけで、そんなひそひそ話が聞こえてくる。
以前のような嘲笑や侮蔑を含んだ声は、もうどこにもない。
代わりに注がれるのは好奇と憧憬、賞賛、そして……ほんの少しの畏怖が混じった視線だった。
「きゃっ、ガロン様よ」
「痩せたら超絶美少年になるって本当かな?」
「ちょっと、こっち見てくれたんじゃない……?」
女子生徒たちの黄色い声も明らかに増えた。
まあ、普段の俺は豚伯爵のあだ名が示す通りのデブ男なわけだが、親善試合では大勢の前であの超絶美少年の姿を見せているからな。
あっちの姿込みで、今までよりもモテ度が段違いにアップしたようだ。
実際、俺と少し目が合っただけで、彼女たちはいっせいに頬を赤らめ、熱狂的に騒ぐ。
悪役の豚伯爵だった俺が、まさかこんな扱いを受ける日が来るとはな。
モテ期だ。
既にその兆候はあったものの、親善試合を経て、間違いなく本格的なモテ期が到来している。
まあ、悪い気分じゃない――。
「おはようございます、ガロン様!」
俺が教室の扉を開けると、真っ先に駆け寄ってきたのはラフィーナだった。
ふわふわしたピンクブロンドの髪に、つぶらな瞳。
あいかわらずの可憐な美少女ぶりだ。
本来なら、こんな美少女が俺に好意的な視線を向けてくるはずがない。
実際、ゲーム本編では完全に嫌われていた。
なのに、どうだ。
目の前のラフィーナは明らかに俺にデレている――。
「あの、もしよろしければ、今日のお昼にいかがでしょうか……? わ、私が作りました……!」
ラフィーナが差し出したのは可愛らしいラッピングが施されたバスケットだった。
「ん? もしかして手作り弁当か?」
そんなもの、今までの人生で一度も受け取ったことがないぞ。
こんなイベント、漫画やゲームの中だけのものだと思っていた。
まさか、自分の身の上にそれが訪れるなんて――。
「ガロンくん……じゃなかった、ガロン様、よくお食べになりますから。よかったら、どうぞ」
ラフィーナがにっこりと笑う。
「ありがたく、ごちそうになろう」
俺はニヤリとして、それを受け取ったのだった。
と――、
「待ちなさいよ、ラフィーナ。あんた、まさかガロンに惚れてるんじゃないでしょうね!?」
今度はマナハだ。
さらに、
「あらあら、朝から賑やかね」
学年が違うはずのミリエラまでやって来た。
おいおい、朝っぱらから三人の美少女に囲まれるハーレムシチュエーションじゃないか――。
「おはよう、ガロンくん」
ミリエラは俺の側に立つと、そっと耳打ちした。
「あたしの初めてを奪った責任、忘れてないよね?」
「……あれは治療行為だろ」
「ふふ。あたしにとっては大切な思い出よ。だから、他の女にうつつを抜かさないでね?」
ミリエラの瞳が妖しく光る。
「なんか【魔眼】使ってないか?」
「まさか」
微笑むミリエラ。
「でも体がゾワゾワするんだが……ちゅるんっ」
試しに『食って』みた。
ぴろりーん!
「やっぱり使ってるじゃねーか!」
俺は思わず大声でツッコんだ。
「あら、君にはそれがあったわね。簡単にバレちゃうか」
ミリエラがペロリと舌を出す。
「……ミリエラ先輩、さっきからガロン様にべったりですね」
ラフィーナが反対側から体を寄せてきた。
「そう? あたしにとっては普通の距離感よ」
「そうは見えませんけど」
マナハがずいっと身を乗り出した。
「まさか、ガロン様が好き……とか?」
ラフィーナが顔を赤らめながら、俺とミリエラを交互に見た。
「あら、気になる?」
ミリエラが微笑む。
「いや、そこは否定しないのかよ」
思わずツッコむ俺。
「否定してほしかったの? つれないわね」
ミリエラはクスクスと笑っている。
まったく……どこまでが本心なんだか、読めない女だ。
「むむ……ガロン様、やっぱりモテモテですね」
ラフィーナが妙に険しい表情になった。
「君こそ、ガロンくんが好きなの? ヤキモチ焼いてるわけ?」
今度はミリエラがラフィーナにたずねる。
「わ、私は……っ」
たちまちラフィーナの顔が赤らんだ。
「その……親善試合では、素敵でした……」
「そりゃ、どうも」
恥ずかしそうに言ったラフィーナに、俺は軽く礼を言った。
「それと……その、ミリエラ先輩とガロン様が、く、口づけをしたとき……なんだか胸がざわざわして……」
「それヤキモチじゃん」
マナハが即座に言った。
「……ったく」
言いながら、マナハがチラチラと俺を見る。
「……あたしだって、胸がざわざわしてるからなぁ……」
などと、つぶやくのを俺は聞き逃さなかった。
もしかして、これはハーレムの萌芽……なのか?
いや、さすがにそれは都合がよすぎるか。
ただ、俺の周囲の状況が急激に好転しているのは確かだろう。
このまま誰からも好かれるバラ色の学園生活になってくれれば、万々歳だった。
ともあれ、破滅エンドを回避し、その先にある幸せな学園生活を目指して――俺は邁進することを誓った。
これからも食べて、食べて、食べまくりながら――。
【完】
【読んでくださった方へのお願い】
日間ランキングに入るためには初動の★の入り方が非常に重要になります……! そのため、面白かった、続きが読みたい、と感じた方はブックマークや★で応援いただけると嬉しいです……!
ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある
☆☆☆☆☆をポチっと押すことで
★★★★★になり評価されます!
未評価の方もお気軽に、ぜひよろしくお願いします~!