表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/135

第93話 もし親が探しに来たら、その時は

 ミーシャは、自分の両親を名乗る人物に会うと決めていた。

 だが、まだ不安そうにしていた。

 無理もねぇ。

 いままでずっと、奴隷商人に売られたと思っていたんだ。

 会うのは不安だし、怖いだろう。


「……なあ、ミーシャ。辛いなら、無理する必要はねえんだぞ。断りの手紙なら、俺がいつでも書いてやる」


 俺の言葉に、ミーシャはふるふると小さく首を横に振った。


「ううんにゃ。行くって決めたから……。でも、やっぱり、ちょっと怖い、にゃ……」


 俺は、何か良い知恵はないかと頭を巡らせ、一つの考えに思い至った。


「……そうだな。こういう時は、先輩に相談するのが一番だ」


「先輩?」


「ああ。頼れる先輩がこの家にいるだろうが」


 俺はそう言って、にやりと笑う。

 ミーシャは、はっとしたように顔を上げた。

 俺たちは顔を見合わせると、どちらからともなく頷き、ピヒラの部屋へと向かった。


◇◇◇


「……そうだったの。ミーシャ、一人で悩んでたんだね」


 俺とミーシャから事情を聞いたピヒラは、妹の手をぎゅっと握りしめた。


「私は、ミーシャとは違う部分も多いけど……。私の話をするね」


 ピヒラは、森で本当の両親と再会した、あの日のことを語りはじめた。


「私は、すごく嬉しかった。もう二度と会えないと思ってた、お父様とお母様に会えたんだもん。でもね、それと同じくらい、怖かった」


「ピヒラも、怖かったニャ……?」


「うん。だって、もし、お父様たちと森に帰ったら、パパや、ミーシャや、クータルとは離れ離れになっちゃう。そう思ったら、胸がぎゅーってなって、苦しくて……」


 ピヒラはそこで一度言葉を切ると、ミーシャの瞳をまっすぐに見つめ、ふわりと微笑んだ。


「でもね、私、決めたんだ。お父様たちには、いつでも会いに行ける。でも、私の帰る場所は、このお家だって」


 その言葉は、かつて俺が扉の外で聞いたものと同じだった。

 だが、今、ミーシャに直接語られるその言葉は、何倍も力強く、温かい。


「世界で一番大切な旦那様と、可愛い妹たちがいるんだもん。だから、大丈夫」


 ピヒラは、ミーシャの頭を撫でた。


「ミーシャも、大丈夫だよ。たとえ、どんな答えを選んだとしても、私がミーシャのお姉ちゃんだってことには、何も変わりないんだから。ここは、ミーシャがいつでも帰ってこられるお家なんだからね。本当の……というか、血のつながった両親と過ごしてもいいし。そして、また戻ってきてもいいんだから」


 血よりも濃い、姉妹の絆。

 俺は、その尊い光景を見守っていた。

 俺が口を挟む余地なんて、どこにもなかった。


◇◇◇


 翌朝、ミーシャの顔にはもう迷いの色はなかった。


「パパ、行こうにゃ」


 俺は「おう」とだけ短く返すと、馬車の準備を始めた。


 家族に見送られ、俺たちは二人だけの旅に出る。


 ウィッカーデイルの城門を抜け、街道を馬車が進んでいく。

 揺れる馬車の中、俺たちはしばらくの間、言葉もなかった。


 やがて、ミーシャがぽつりと、不安げに呟いた。


「パパ……あたし、ちゃんと話せるかにゃ……」


「大丈夫だ。お前は、もう一人じゃねえ。俺がついてる」


 俺は小さな頭を優しく撫でてやった。

 だが、その言葉とは裏腹に、俺の心の中は、別の葛藤で渦巻いていた。


 ふと、思い出す。

 少し前、ミーシャが子狐の『ギン』を拾ってきた、あの夜のことだ。


『もし親が探しに来たら、その時は、ちゃんと返してやるんだぞ。それが、こいつにとっての一番の幸せだからな』


 あの時の自分の言葉が、ブーメランのように、今の俺の胸に突き刺さる。

 ミーシャの親が、探しに来た。

 だったら、俺は、あいつを「返してやる」のが正しいのか?

 それが、ミーシャにとっての、一番の幸せなのか?


 俺は、心のどこかで分かっていた。

 俺は、ミーシャを手放したくない。

 このまま、ずっと、俺の可愛い娘のままでいてほしい。

 それは、父親としての愛情であり、同時に、どうしようもない俺のエゴだった。


 ちらりと、隣に座る娘の横顔を盗み見る。

 何を考えているのか、その表情からは読み取れない。

 だが、どんな答えをあいつが出そうとも、俺はそれを受け入れる覚悟を決めなければならない。

 父親として、な。

 ……たとえ、胸が張り裂けそうになったとしても。


 俺は、そんな内心の葛藤を押し殺し、手綱を握る手に、ぐっと力を込めた。


◇◇◇


 宿場町に着き、約束の宿屋の一室で待っていると、やがて、一組の中年夫婦が、おずおずと姿を現した。

 その顔は、やつれてはいるが、確かに猫人族の特徴を備えている。


「ああ……! ミーシャ……!」


 母親と思しき女性が、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。

 父親もまた、涙を流しながら、何度も、何度も「すまなかった」と繰り返す。


 俺は、父親として、その光景を静かに見守っていた。

 だが、同時に。

 元Aランク斥候としての俺の五感は、目の前の夫婦が発する、いくつかの『不自然さ』を捉え始めていた。


 妙な点がいくつもある。


 まず、手だ。

 長年、不作に苦しみ、土仕事に明け暮れていた村人の手にしては、あまりに綺麗すぎる。

 爪は整えられ、土汚れ一つない。

 苦労人の手じゃねえ。


 服装もそうだ。

 着ているものは粗末だが、不自然に真新しい。

 まるで、裕福な人間が、慌ててみすぼらしい格好に着替えてきたみたいだった。


 こいつらは、何かを隠している。

 手紙に書かれていたことが、全てではない。

 俺の直感が、そう告げていた。


 やがて、夫婦は涙を拭うと、意を決したようにミーシャに向き直った。


「ミーシャ……。もう一度、私達と、一緒に暮らしてはくれないだろうか」


 父親が、震える手で、娘に手を差し伸べる。


「今度こそ、お前を幸せにすると、約束する。さあ、一緒に帰ろう。私達の、本当の家へ」


 ミーシャは助けを求めるように、俺の顔を潤んだ瞳で見上げてくる。

 俺は、父親として、娘の選択を、その全てを受け入れる覚悟を決めた。


 俺は、目の前の夫婦の、瞳の奥に潜む闇を見据えながら、問いかけた。


「ミーシャ。お前は、どうしたい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ