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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第83話 我が家

 ひんやりとした初秋の空気が、心地いい。

 俺は、目の前にそびえ立つ、真新しい我が家を、ただ黙って見上げていた。


 長かったような、あっという間だったような。

 クータルの天変地異から始まり、ピヒラの森の助け……。

 そしてゴードン棟梁たち街の仲間たちの汗と技術。


 その全てが、今、この一つの形になっている。


 俺が羊皮紙に描いた、ただの夢物語だったはずの設計図が、完璧な形で目の前に建っている。


 俺は、最後の一本となる真鍮の飾り釘を、玄関扉の脇框わきかまちにそっとあてがった。

 手にした金槌に、ぐっと力を込める。


 カン、と。

 澄んだ、最後の槌音が、ウィッカーデイルの青い空に響き渡った。


 俺は、完成した我が家をもう一度、ゆっくりと見渡す。

 込み上げてくる、どうしようもないほどの達成感と、胸が熱くなるような幸福感。

 俺は、腹の底から、ありったけの声を張り上げた。


「―――よし、できたぞ! 俺たちの、城が!」


 その声に、控えていた三つの小さな竜巻が、弾丸のように飛び出してきた。


「「「わーい! できたーっ!」」」


 クータル、ピヒラ、ミーシャ。

 三人の娘たちが、完成したばかりの我が家をきゃっきゃと笑いながら駆け回り、俺の足に代わる代わる抱きついてくる。

 その、どうしようもなく愛おしい重みを全身で受け止めながら、俺は、柄にもなく、少しだけ滲んだ視界で、天を仰いだ。

 オーウェン、見てるか。

 俺、ちゃんとやれてるみたいだぜ。


◇◇◇


 その日の昼下がり。

 俺たちの新しい城には、ウィッカーデイルの仲間たちが、続々と集まってきていた。


「……おいおい、ダンスタン。いい家じゃねえか!」


 一番乗りでやってきたギュンターが、あんぐりと口を開けたまま、目の前の建物を呆然と見上げている。

 彼の隣では、リーネさんも「素敵なおうちですね……」と、感嘆の息を漏らしていた。

 ゴードン棟梁をはじめとした大工仲間たちも、自分たちが建てた傑作を前に、満足げな、そして誇らしげな顔で酒を酌み交わしている。


 俺たちの新しい家は、街の仲間たちの温かい祝福と、娘たちの賑やかな笑い声に包まれていた。

 かつて、静寂と孤独だけが満ちていた俺の人生が、嘘のようだ。

 俺は、そんな喧騒の中心で、ただ、どうしようもなく幸せな気持ちで、エールを呷った。


「さて、と」


 俺は立ち上がると、集まってくれた仲間たちに向かって、ニヤリと笑いかける。


「せっかく来てくれたんだ。自慢の城の中を、案内させてくれよ」


◇◇◇


 俺の言葉に、仲間たちから「おおっ!」と歓声が上がった。

 俺は、胸を張り、家族の夢が詰まった我が家を、一歩ずつ案内していく。


「まずは、ここだ」


 玄関を入ってすぐ右手。

 そこには、ギュンターの店に勝るとも劣らない、広々とした厨房が広がっていた。

 最新式の石窯いしがま、磨き上げられた調理台、そして、壁一面に設えられたスパイスラック。


「すごい……! 私の、厨房……!」


 ピヒラが、目をキラキラと輝かせ、夢見るような表情で、自分の城を見つめている。


 次に案内したのは、二階の奥にある、静かで、落ち着いた一室。

 窓からは、ウィッカーデイルの森が一望できる。

 壁一面に作り付けられた巨大な本棚には、まだ一冊の本も収まっていない。


「……素晴らしい」


 ソルヴァが、感極まったように、そっと本棚の木肌に触れた。

 彼女の知性が、この家を、そして俺たちの未来を、さらに豊かなものにしてくれるだろう。そのための、ささやかな投資だ。


 クータルとミーシャの部屋は、とにかく広く、日当たりがいいことを最優先した。

 壁の一面は、クータルが好きなだけ落書きできるように、特殊な漆喰で仕上げてある。

 二人は、完成したばかりの自分たちの部屋を、きゃっきゃと笑いながら、靴下のままスケートみたいに滑り回っていた。


 そして、最後。

 俺は、仲間たちを、一番奥にある、少しだけ小さな部屋の前へと導いた。


「ここは……?」


 ギュンターの問いに、俺は答えなかった。

 ただ、ミーシャの背中を、ぽん、と優しく押してやる。

 彼女は、こくりと一つ頷くと、おそるおそる、その扉を開けた。


 部屋の中には、何もない。

 ただ、壁と天井が、分厚い、特殊な吸音材で覆われているだけ。

 部屋の奥には、小さな、一段だけのステージ。

 ミーシャのための、『防音室』だ。


 彼女は、その部屋に一歩足を踏み入れたまま、固まっていた。

 人前で歌うことを恐れていた、この優しい娘。

 だが、彼女は、俺のために、そして街のみんなのために、ステージに立つことを決意してくれた。

 そんな彼女の、大きな一歩を、俺は全力で応援したかった。

 誰にも邪魔されず、心ゆくまで、自分の音と向き合える場所を、どうしても作ってやりたかったんだ。


「……っ」


 ミーシャの肩が、小さく震え始めた。

 ぽろり、と。

 その大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


 彼女は、ゆっくりとこちらに振り返ると、ぐしゃぐしゃの、涙で濡れた顔のまま、これまでで一番、幸せそうな笑顔で、言った。


「パパ……ありがとう、にゃ……!」


 その声に、俺の涙腺も、あっけなく決壊した。

 ……なんだか、歳をとると涙もろくなるんだよな……。


◇◇◇


 仲間たちが帰り、夜の帳が下りる頃。

 俺たちの家には、静かで、温かい時間が戻ってきた。


 俺は、新しくなったリビングの、大きな暖炉に、初めての火を入れた。

 パチパチ、と。

 心地よい薪のはぜる音が、高い天井に響き渡る。


 やがて、その温かい光に吸い寄せられるように、家族が一人、また一人と、暖炉の前に集まってくる。

 シグルーン、ソルヴァ、そして、眠い目をこする娘たち。

 全員が、思い思いの場所に腰を下ろし、ただ、揺れる炎を黙って見つめている。


 言葉はない。

 だが、この場にいる誰もが、同じことを感じているんだと思った。


(ああ、ここが、帰る場所なんだ)


 長い旅は、終わった。

 俺たちは、ようやく、本当の意味での『我が家』にたどり着いたんだ。


 俺は、隣でこくりこくりと船を漕ぎ始めたクータルの頭を、そっと自分の肩にもたれさせてやる。

 その、どうしようもなく愛おしい重みを感じながら、俺は、これからの、騒がしくて、手がかかって、そして間違いなく幸せな毎日を想い、一人、静かに微笑んだ。

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