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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第81話 ただ、お前のことが、好きすぎるだけだ

 ミーシャとクータルのデュエットが起こした奇跡。

 死に絶えていたはずの農場が、以前にも増して豊かな黄金色の大地へと生まれ変わった。

 一見落着ではあるのだが……。


 そもそも、なにが原因でそうなったのか、ということを考える必要があるだろう。

 いつもクータルがなんとかできるってわけでもないだろうし。


 天然の災害、病気のようなものであればいいが……。

 もし、人為的なものだった場合、大変なことになる。


 俺は、あの日森で助けた農業魔法の専門家、リーネに正式に調査を依頼することにした。

 報酬は弾むと伝えると、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。


 そして数日後。


 リーネから「結果が出ました」と連絡を受け、俺は一人、件の農場へと足を運んだ。


◇◇◇


「ダンスタンさん。結論から言います。この土地を襲ったのは、自然発生した病気などでは断じてありません。これは……極めて高度で、悪意に満ちた、人為的な『呪術』です」


「呪術、か。やっぱりな」


 俺の相槌に、リーネはこくりと頷く。


「ただの呪術ではありません。私が学園で学んだ、いかなる呪いとも違う……これは、もっと根源的な、禁忌の領域の術です」


 彼女は、震える声で言葉を続けた。


「犯人は、この土地から生命力を『奪った』のではありません。この土地に存在する、生命という『概念』そのものを、強制的に『無』へと書き換えたのです」


 ん?


「……どういうことだ?」


「植物は、ただ枯れたのではありません。その魂ごと、存在そのものを消し去られた。だから、ピヒラちゃんの癒やしの力でも、干渉することすらできなかった。本来なら、二度と生命が芽吹くことのない、完全な『死の大地』にされていたんです。……クータルちゃんとミーシャちゃんの力が、それを上回る奇跡を起こしたから、こうして蘇りましたが」


 生命の概念を、書き換えるだと?

 そんな真似ができてしまうのか?


 一体、誰が、何のために?


 うーん。

 やばい匂いがするな。


「……調査、感謝する。この件は、他言無用で頼む」


「はい。お気をつけて、ダンスタンさん」


 リーネと別れた俺の足取りは、鉛のように重かった。


 見えざる敵。

 その底知れない技術力と、悪意。

 考えれば考えるほど、思考は暗い迷路に迷い込んでいく。


◇◇◇


 家に帰ると、娘たちが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「パパ、難しいお顔してる」とピヒラ。

「大丈夫か、にゃ?」とミーシャ。


「……おう。ちょっと考え事だ」


 俺は、重い気分を振り払うように、努めて明るく笑ってみせた。


 そういえば、最近、クータルと一緒にいる時間が減っているな……。


「クータル。少し、散歩でも行くか?」


「いくー!」


 俺の誘いに、クータルは満面の笑みで飛びついてきた。

 俺たちは、家の裏手に広がる、ウィッカーデイルの森へと、二人で足を踏み入れた。


 ひんやりとした木々の匂い。

 木漏れ日が、苔むした地面に、きらきらとした模様を描いている。

 クータルは俺の手をぎゅっと握りしめ、ご機嫌に鼻歌を歌っていた。


「ふんふふーん♪」


 それは、先日、農場で奇跡を起こした、あの歌だった。

 ミーシャのリュートが奏でた、ルーミさんの故郷の歌。

 こいつは、すっかりこの歌が気に入っちまったらしい。


 その、あまりにも無邪気なハミングを聞いていたら、さっきまでの重苦しい気分が、少しだけ晴れていくようだった。


 ああ、そうだ。

 難しいことは、今は忘れよう。

 俺は、この小さな手を守るために、ここにいるんだからな。


 俺が、そんな父親らしい感傷に浸っていた、まさにその時だった。


「―――ぱぱ、みてー!」


 クータルが、ぱっと顔を輝かせ、森の一角を指さした。


「ん? ……は?」


 思わず、間抜けな声が出た。

 俺は、自分の目を疑った。


 クータルが指さす先。

 夏の盛りだというのに、そこだけが、まるで真冬のような景色に変わっていた。

 地面には霜が降り、木々の枝には、雪が積もったかのように、真っ白で、可憐な花が、一斉に咲き乱れていたのだ。

 一つ一つの花びらが、内側から淡い光を放ち、周囲を幻想的な光で満たしている。


 あれは……『冬告げの花』。

 真冬、雪が降り積もる頃にしか咲かない花だ。

 それが、なぜ、この真夏の森に?


 ……クータルの、あのハミングか?


 大地を癒やすだけじゃない。

 今度は、季節という、世界の法則そのものを、無自覚に書き換えて……。


「ぱぱ、きれーい!」


 クータルは、自分が何をしでかしたのかも分からず、ただ、目の前の美しい光景に、きゃっきゃと声を上げてはしゃいでいる。


 その、あまりにも無邪気な笑顔を前にして、俺は、言葉を失っていた。


◇◇◇


「おおっ! これは……なんと!」

「『冬告げの花』じゃないか! なんてこった、女神様が、俺たちに冬を届けてくださったんだ!」


 偶然、通りかかった村人たちが、その奇跡の光景を目にして、感極まったように声を上げた。

 彼らは、その場に膝をつくと、俺の隣ではしゃぐクータルに向かって、祈るように、感謝の言葉を捧げ始めた。


「女神様、ありがとうございます!」

「なんと、ありがたい……!」


 純粋な、祝福の声。

 賞賛の嵐。


 だが、その声は、もう俺の耳には届いていなかった。


 俺は、ただ、目の前の娘を見つめていた。

 みんなを笑顔にする、奇跡の力。

 それは、祝福だ。

 間違いない。


 だが、同時に。

 本人の意思とは無関係に、世界の理を捻じ曲げてしまう、あまりにも強大で、制御不能な力。

 もし、この力が、悪意ある何かに利用されたら?

 もし、この力が、いつか暴走して、この子自身を、そして俺たちの愛する全てを焼き尽くしてしまったら?


 ぞくり、と。

 背筋を、冷たい汗が伝った。


 村人と別れ、クータルと二人になる。


「なあ、抱きしめてもいいか?」


「ん」


 クータルは俺に向け、手を伸ばす。


 俺はクータルを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。


「ぱぱ、いたいの? どうかしたの?」


「ううん。ただ、お前のことが、好きすぎるだけだ」


「わーい。うれしー」


 クータルも、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。


 たとえ、クータルがどんな力を持っていようとも。

 俺は、この子を最後まで守り切る。


「クータル、愛してるよ」

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