第81話 ただ、お前のことが、好きすぎるだけだ
ミーシャとクータルのデュエットが起こした奇跡。
死に絶えていたはずの農場が、以前にも増して豊かな黄金色の大地へと生まれ変わった。
一見落着ではあるのだが……。
そもそも、なにが原因でそうなったのか、ということを考える必要があるだろう。
いつもクータルがなんとかできるってわけでもないだろうし。
天然の災害、病気のようなものであればいいが……。
もし、人為的なものだった場合、大変なことになる。
俺は、あの日森で助けた農業魔法の専門家、リーネに正式に調査を依頼することにした。
報酬は弾むと伝えると、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。
そして数日後。
リーネから「結果が出ました」と連絡を受け、俺は一人、件の農場へと足を運んだ。
◇◇◇
「ダンスタンさん。結論から言います。この土地を襲ったのは、自然発生した病気などでは断じてありません。これは……極めて高度で、悪意に満ちた、人為的な『呪術』です」
「呪術、か。やっぱりな」
俺の相槌に、リーネはこくりと頷く。
「ただの呪術ではありません。私が学園で学んだ、いかなる呪いとも違う……これは、もっと根源的な、禁忌の領域の術です」
彼女は、震える声で言葉を続けた。
「犯人は、この土地から生命力を『奪った』のではありません。この土地に存在する、生命という『概念』そのものを、強制的に『無』へと書き換えたのです」
ん?
「……どういうことだ?」
「植物は、ただ枯れたのではありません。その魂ごと、存在そのものを消し去られた。だから、ピヒラちゃんの癒やしの力でも、干渉することすらできなかった。本来なら、二度と生命が芽吹くことのない、完全な『死の大地』にされていたんです。……クータルちゃんとミーシャちゃんの力が、それを上回る奇跡を起こしたから、こうして蘇りましたが」
生命の概念を、書き換えるだと?
そんな真似ができてしまうのか?
一体、誰が、何のために?
うーん。
やばい匂いがするな。
「……調査、感謝する。この件は、他言無用で頼む」
「はい。お気をつけて、ダンスタンさん」
リーネと別れた俺の足取りは、鉛のように重かった。
見えざる敵。
その底知れない技術力と、悪意。
考えれば考えるほど、思考は暗い迷路に迷い込んでいく。
◇◇◇
家に帰ると、娘たちが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「パパ、難しいお顔してる」とピヒラ。
「大丈夫か、にゃ?」とミーシャ。
「……おう。ちょっと考え事だ」
俺は、重い気分を振り払うように、努めて明るく笑ってみせた。
そういえば、最近、クータルと一緒にいる時間が減っているな……。
「クータル。少し、散歩でも行くか?」
「いくー!」
俺の誘いに、クータルは満面の笑みで飛びついてきた。
俺たちは、家の裏手に広がる、ウィッカーデイルの森へと、二人で足を踏み入れた。
ひんやりとした木々の匂い。
木漏れ日が、苔むした地面に、きらきらとした模様を描いている。
クータルは俺の手をぎゅっと握りしめ、ご機嫌に鼻歌を歌っていた。
「ふんふふーん♪」
それは、先日、農場で奇跡を起こした、あの歌だった。
ミーシャのリュートが奏でた、ルーミさんの故郷の歌。
こいつは、すっかりこの歌が気に入っちまったらしい。
その、あまりにも無邪気なハミングを聞いていたら、さっきまでの重苦しい気分が、少しだけ晴れていくようだった。
ああ、そうだ。
難しいことは、今は忘れよう。
俺は、この小さな手を守るために、ここにいるんだからな。
俺が、そんな父親らしい感傷に浸っていた、まさにその時だった。
「―――ぱぱ、みてー!」
クータルが、ぱっと顔を輝かせ、森の一角を指さした。
「ん? ……は?」
思わず、間抜けな声が出た。
俺は、自分の目を疑った。
クータルが指さす先。
夏の盛りだというのに、そこだけが、まるで真冬のような景色に変わっていた。
地面には霜が降り、木々の枝には、雪が積もったかのように、真っ白で、可憐な花が、一斉に咲き乱れていたのだ。
一つ一つの花びらが、内側から淡い光を放ち、周囲を幻想的な光で満たしている。
あれは……『冬告げの花』。
真冬、雪が降り積もる頃にしか咲かない花だ。
それが、なぜ、この真夏の森に?
……クータルの、あのハミングか?
大地を癒やすだけじゃない。
今度は、季節という、世界の法則そのものを、無自覚に書き換えて……。
「ぱぱ、きれーい!」
クータルは、自分が何をしでかしたのかも分からず、ただ、目の前の美しい光景に、きゃっきゃと声を上げてはしゃいでいる。
その、あまりにも無邪気な笑顔を前にして、俺は、言葉を失っていた。
◇◇◇
「おおっ! これは……なんと!」
「『冬告げの花』じゃないか! なんてこった、女神様が、俺たちに冬を届けてくださったんだ!」
偶然、通りかかった村人たちが、その奇跡の光景を目にして、感極まったように声を上げた。
彼らは、その場に膝をつくと、俺の隣ではしゃぐクータルに向かって、祈るように、感謝の言葉を捧げ始めた。
「女神様、ありがとうございます!」
「なんと、ありがたい……!」
純粋な、祝福の声。
賞賛の嵐。
だが、その声は、もう俺の耳には届いていなかった。
俺は、ただ、目の前の娘を見つめていた。
みんなを笑顔にする、奇跡の力。
それは、祝福だ。
間違いない。
だが、同時に。
本人の意思とは無関係に、世界の理を捻じ曲げてしまう、あまりにも強大で、制御不能な力。
もし、この力が、悪意ある何かに利用されたら?
もし、この力が、いつか暴走して、この子自身を、そして俺たちの愛する全てを焼き尽くしてしまったら?
ぞくり、と。
背筋を、冷たい汗が伝った。
村人と別れ、クータルと二人になる。
「なあ、抱きしめてもいいか?」
「ん」
クータルは俺に向け、手を伸ばす。
俺はクータルを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「ぱぱ、いたいの? どうかしたの?」
「ううん。ただ、お前のことが、好きすぎるだけだ」
「わーい。うれしー」
クータルも、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。
たとえ、クータルがどんな力を持っていようとも。
俺は、この子を最後まで守り切る。
「クータル、愛してるよ」




