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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第80話 豊穣の女神様

 庭では、ミーシャがルーミさんからリュートのレッスンを受けていた。


「ミーシャちゃん、指の力が少し強すぎるかな。もっと、弦を撫でるように、優しく」


「にゃ! こうかにゃ?」


 ぽろん、と。

 さっきとは比べ物にならないくらい、澄んだ音色が響き渡る。


 うーん、うちの子は天才だな。


 レッスンが終わり、ルーミさんが帰り支度を始めた時だった。

 それまで黙って様子を見ていたシグルーンが、ふと彼女に近づいた。


「素晴らしい音色ですね、ルーミさん。よろしければ、少し、その楽器を拝見させてもらえませんか?」


「ええ、どうぞ」


 シグルーンは、恭しくリュートを受け取った。

 その作りを鑑定するように、じっくりと眺め始める。


 その瞬間、シグルーンの目が、すっと鋭い光を宿したのを、俺は見逃さなかった。


 ルーミさんが帰った後。

 シグルーンは、俺をリビングの隅へと手招きした。


「ダンスタン。……あの吟遊詩人、やはりただ者ではないぞ」


 彼女の表情は、いつになく険しい。


「あのリュートの内側に、小さな工房印が刻まれていた。意図的に、目立たないように、な。だが、あの紋章……間違いない。ヤンリケ皇国の旧貴族『ヴィンタークラーグ家』のものだ」


 ヴィンタークラーグ家?


「聞いたこともねぇ名前だな……誰だ、そりゃ」


「ヤンリケの、それもリベラル派の旧貴族だ。すでに子孫ごと根絶やしにされたときいていたが……。今のヤンリケ帝国にとっては目の上のこぶ。つまり、見つかれば即刻処刑されてもおかしくない、極めて危険な存在ということだ」


 なるほどな……。


「じゃあ、ルーミさんは、そのヴィンタークラーグ家の末裔ってことか?」


「そこまではわからんが、関係者なのかもしれんな。厄介な件に巻き込まれないといいがな……」


 うーん。

 そういえば、革命がどうとか言ってやがったな。

 もしかして、あいつはヴィンタークラーグ家の末裔で、国家を転覆しようとしてるってことか?

 やばい女だな。


 そんな話をしていたときだった。


 ドアが激しく叩かれる。


「だ、ダンスタン! 大変だ!」というギュンターの声。


◇◇◇


「落ち着け、ギュンター。何があったんだ?」


「の、農場が……! 街の南側にある、一番大きな農場が、全滅しちまったんだ!」


 ギュンターの報告に、俺たちは言葉を失った。

 一家総出で、すぐさま現場へと急行する。


 そこに広がっていたのは、まさに地獄絵図だった。

 数日前まで、黄金色の麦が豊かに実っていたはずの大地は、完全に生命力を失い、灰色の大地へと変貌していた。

 作物は根元から黒く枯れ果て、土は乾ききってひび割れている。

 生命の匂いが、一切しない。

 ただ、死の匂いだけが、辺り一面に立ち込めていた。


「な……なんだ、これは……」


 農場主の男が、その場に膝から崩れ落ち、絶望に顔を歪ませている。


 俺の足元にいたクータルが、ふらり、とよろめいた。顔色が悪く、いつもの元気がない。


「おい、クータル、大丈夫か!」


 俺はクータルを抱きしめる。


「ぱぱ、ここ、気持ち悪い……」


 土地が病気に?

 それが原因でクータルも?


 ピヒラが歩いてきて、両手を地面につける。


「お願い……元気になって!」


 ピヒラの体から、温かい、柔らかな若葉色の光が放たれる。

 だが。


「……っ、うそ……」


 彼女の癒やしの光は、灰色の大地に触れた瞬間、あっけなくかき消されてしまったのだ。


「この土地は、もう……」


 聖女の、無慈悲な宣告。

 その場にいた誰もが、言葉を失い、ただ立ち尽くす。

 ピヒラも、自分の無力さに打ちひしがれ、その場にへたり込んでしまった。


◇◇◇


 誰もが俯き、重苦しい沈黙が続いていた、その時だった。


 ぽろん、と。


 場違いなほど、澄んだリュートの音色が響いた。

 音の主は、ミーシャだった。


 彼女は、いつの間にか、俺が買い与えた虎柄のリュートを構えていた。


「クータル、元気だすにゃ。ルーミ先生に教わった、お花が元気になる歌、歌うにゃ」


 ミーシャは小さな指を弦の上で滑らせ始めた。

 紡がれるのは、ルーミに教わった歌。

 優しく、祈るような音色。


 ちょっと場違いではあるが……。

 もう、この土地が手遅れだとすると、どうしようもない。


 その時だった。


「……ふん、ふふん……」


 ミーシャの音色に、小さなハミングが重なった。

 ぐったりとしていたクータルが、ハミングしていた。


 ミーシャの奏でる曲。

 そして、クータルの鼻歌。

 その音色が混じり合い、音楽になる。


 ふわり、と。

 姉妹の体から、温かい、黄金色の光の粒子が舞い上がった。

 光は、死んだはずの大地に、まるで春の雨のように、優しく、優しく降り注いでいく。


 ミシミシ……。

 乾ききっていた灰色の土が、生命の息吹を取り戻し、深い黒色へと変わっていく。

 枯れ果てていた麦の根元から、力強い若葉色の芽が、みるみるうちに顔を出す。

 それは、瞬く間に天へと伸び、黄金色の、豊かな穂を実らせていった。


 死せる大地が、蘇る。

 絶望の灰色が、生命の緑と、祝福の黄金色へと、生まれ変わっていく。

 その、あまりにも美しく、神々しい光景を前にして。

 俺は、ただ、言葉もなく立ち尽くす。


◇◇◇


「お、おお……」


 奇跡が終わり、後に残されたのは、以前よりもずっと豊かに、黄金色の穂を揺らす、生命力に満ち溢れた大地だった。

 農場主の男が、その場にへたり込んだまま、わなわなと震えている。

 やがて、その瞳から、大粒の涙が、後から後からとめどなく溢れ出した。


「女神様だ! 我が街に、豊穣の女神様が、二人も……!」


 男は、天に祈るように、涙ながらに叫んだ。


 その声に、我に返ったギュンターや他の農夫たちも、次々とその場にひざまずき、涙ながらに姉妹を称賛し始めた。

 当の本人たちは、自分たちが何をしでかしたのか分からず、ただ、きょとんとした顔で顔を見合わせている。


 農場主は俺の前に進み出ると、深々と頭を下げた。


「ダンスタン殿! この畑からの未来永劫の収穫を、あなた様方に捧げることを誓います!」


 いや、そんなことされても困るんだが……。


 俺は娘たちの元へと歩み寄る。

 そして、その小さな頭を、順番に、力いっぱい撫でてやった。


「よくやったな。お前たちは、最高の姉妹だ」


 俺の言葉に、二人は「えへへー」「にゃっふん!」と、最高に嬉しそうに笑うのだった。


 しかし、この現象はいったい……。

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