第79話 最近、女の人と会ってるでしょ
「ダンスタンさんは、革命って興味あります?」
ん?
何を言っているんだ、こいつは?
俺が答えに窮していると……。
「ふふふ。冗談です。ありがとうございました。それでは」
そう言って、ルーミは夜闇に姿を消した。
うーん。
いったい、なんだったんだ?
◇◇◇
翌朝の食卓、俺は上の空だった。
昨晩、ルーミに言われた、わけのわからない言葉について、ずっと考えていたのだ。
「パパ」
不意に、ピヒラがぽつりと呟いた。
その声には、どこか寂しげな響きが混じっている。
「最近、女の人と会ってるでしょ」
その言葉に、シグルーンとソルヴァが、ぎろりと俺を睨んだ。
「……いや?」
脳裏にはルーミの姿が浮かんだ。
いや、まあ、会っているといえば会っているが……。
「べつにいいんだけどね。パパは、みんなのパパなんだから、みんな平等に愛さないとだめだよ」
十歳の娘からの、あまりにも真摯なご高説。
俺はぐうの音も出ない。
ピヒラは、すう、と息を吸い込むと、諭すように続けた。
「特に、シグルーンママが、一番寂しそうな顔をしてたよ。パパ、今日はシグルーンママをどこかへ連れて行ってあげて」
その、あまりにも健気な提案。
俺の浮気(という、とんでもない勘違い)を心配し、なおかつ母親役であるシグルーンの心を気遣う。
なんて出来た娘なんだ、俺の娘は。
「……分かった」
俺は椅子から立ち上がると、ピヒラと、そして驚いた顔をしているシグルーンに向かって、高らかに宣言した。
「よし! 今日は三人で、街へデートに行くぞ!」
◇◇◇
久しぶりに三人で歩くウィッカーデイルの街は、どこか新鮮で、くすぐったい気分だった。
……というか、三人で街を歩くのは、はじめてか?
いつもクータルやミーシャがいるからなぁ。
俺の右手をピヒラが、左手をシグルーンが、それぞれぎゅっと握りしめている。
傍から見れば、仲睦まじい、どこにでもいる普通の家族だ。
だが、俺にとっては、これ以上ないほど特別で、かけがえのない時間だった。
そんな、穏やかな空気が流れる中。
中央広場に差し掛かった時、俺たちは黒山の人だかりができているのに気づいた。
『さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これぞ、聖女ピヒラ様の祝福を受けし、奇跡の霊薬『聖女の涙』だよ!』
その口上を聞いた瞬間、俺たち三人の足がぴたりと止まった。
「……パパ。私の名前が……」
「お前じゃないんだよな?」と一応確認する。
「違うよ」
「悪質な詐欺師だな」シグルーンは言った。「聖女などと……ピヒラをダシに使うとは、許せん」
どうやら、俺たちの可愛い娘の名前が、とんでもない形で悪用されているらしい。
見れば、男の隣には顔色の悪い老婆がぐったりと椅子に座らされている。サクラだ。
『ご覧の通り、このおばあさんは不治の病に冒されている! だが、この『聖女の涙』を飲めば……!』
男が老婆に薬を飲ませると、老婆は途端に「おお、体が軽い!」なんて言って、元気に立ち上がってみせる。
その見事な茶番に、観衆から「おおっ!」とどよめきが起こった。
「……パパ。あれ、やっぱりただのニガヨモギの汁です」
ピヒラが、こっそりと俺の耳元で囁く。
「よし」
俺は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「あのイカサマ野郎の化けの皮を剥がしてやろうぜ」
◇◇◇
「これはこれは、お客さん! お目が高い!」
俺は客のふりをして、詐欺師の男に話しかけた。
その間、斥候としての目で、男の懐、荷物の中身、そして、いざという時の逃走経路を、さりげなく、だが完璧にインプットしていく。
「うちの娘が、どうにも体が弱くてな。この薬、本当に効くのかい?」
「へっへっへ。旦那、ご心配なく! この通り、聖女様のお墨付きでさあ!」
男が得意げに胸を張る。
よし、食いついてきた。
俺は、わざとらしく辺りを見回すと、声を潜めて言った。
「……実は、俺、ピヒラ様の知り合いでな。こんなところで彼女の名前を使っていると知ったら、きっとお怒りになると思うんだが」
俺のハッタリに、男の顔が、一瞬だけ、だが確かに引きつった。
よし、これで奴の意識は完全に俺に集中した。
その、俺が作った一瞬の隙。
それを、シグルーンが見逃すはずがなかった。
「――そこのあなた」
氷のように冷たい声が、詐欺師の背後から響く。
いつの間にか回り込んでいたシグルーンが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「その薬の、認可番号を言ってみろ」
元ギルド支部長ならではの、鋭い一言。
詐欺師は「げっ!」と短い悲鳴を上げ、俺とシグルーンを交互に見比べ、完全に狼狽している。
そして、最後のとどめは、俺たちの聖女様だ。
ピヒラが、人混みをかき分けて、とてとて、と詐欺師の前に進み出た。
彼女はその純粋な翡翠色の瞳で、男が持つ小瓶をじっと見つめる。
そして、その小瓶から漂う微かな匂いを確かめるように、小さく鼻をひくつかせた。
やがて、全てを理解したようにこくりと一つ頷くと、天使のような、だが、ある意味で悪魔よりも残酷な一言を、広場中に響き渡らせた。
「私がピヒラです。あのう、すみません。その薬、中身はただの『ニガヨモギ』を水で薄めただけのものですよ?」
しん、と。
広場が、水を打ったように静まり返った。
詐欺師の男は、その場に荷物をおいたまま逃走しようとした。
「させるかよ」
俺は、その男を拘束した
◇◇◇
詐欺師が衛兵に連行されていくのを、俺たち三人は見送った。
一瞬の静寂の後、誰かが始めたパチパチという拍手が、一人、また一人と伝染し、やがて広場全体を包み込む万雷の喝采へと変わった。
呆然としていた人々が我に返り、興奮した様子で俺たちの周りに集まってくる。
「ありがとう! あんたたちのおかげで、危うく騙されるところだった!」と男。
薬を買いそうになっていた気のいいおばちゃんが、ピヒラの手を両手で固く握りしめた。
「あなたが本物の聖女様だったのねぇ! なんて聡明で、可愛らしいのかしら!」
「え、えへへ……。わ、私は、そんな……」
戸惑いながらも、はにかんで顔を赤らめるピヒラ。
その姿に、周囲から「かわいいー!」という声が飛ぶ。
「さすがはシグルーン元支部長だ! あの風格、俺たち現役も見習わねえと!」
「姐さん、惚れ直しやしたぜ!」
若い冒険者たちが、憧れの眼差しでシグルーンに親指を立てる。
彼女は「ふん。当然のことをしたまでだ」とそっぽを向きながらも、その口元は満足げに緩んでいた。
そして、商店の親父さんが、ニヤニヤしながら俺の肩をバンと叩いてきた。
「ダンスタンさんも大したもんだ! 客のふりして、さりげなく奴の逃げ道を塞いでたろ? 俺の目にはお見通しだぜ! まったく、とんでもねえ家族だな、あんたたちは!」
「いや、俺は何も……」
照れくさくて、俺はガシガシと頭を掻くことしかできない。
◇◇◇
帰り道、ピヒラは、俺とシグルーンの活躍を、何度も楽しそうに繰り返していた。
その、心から嬉しそうな横顔を見ながら、俺は静かに思う。
やっぱり、俺の居場所は、ここ以外にありえねえな、と。
家族の絆を再確認できた、最高の休日だった。
「ところでダンスタン、最近、浮気しているという噂の女について聞いてもいいか?」とシグルーンが言った。
いいわけがなかった。




