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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第76話 吟遊詩人のルーミ

 家の建設も順調に進んでいる。

 今日も一日頑張った。


 たまには、みんなでパーっと外で飯でも食うか。


 そんな気分になった俺は、その夜、家族全員を連れて『獅子のグリル亭』の暖簾をくぐった。


「おう、ダンスタンじゃねえか! いらっしゃい!」


 厨房から顔を出したギュンターが、野太い声で歓迎してくれる。

 店の中は大勢の客で賑わっていた。

 冒険者たちの豪快な笑い声と、肉の焼ける香ばしい匂い。

 最高だな!


 俺たち家族が席についた。

 子どもたちが目を輝かせながらメニューを眺めていると……。


 ふと、店の隅の方から、美しいリュートの音色が聞こえてきた。

 音の主は吟遊詩人だった。

 女性で、歳の頃は三十代半ばか……。

 客からのチップを目当てに演奏している、いわゆる『流し』ってやつだ。


 腰まで届く、雪のように真っ白で、月光を浴びて銀色に輝く長い髪。

 儚げで、どこか憂いを帯びた、人形のように整った顔立ち。


 俺は、なんとなく、その曲に耳を傾けていた。


◇◇◇


 その音色は、ただの酒場のBGMにしては、あまりにも人の心を惹きつけるものだった。

 俺は運ばれてきたエールを飲むのも忘れ、その演奏に完全に心を奪われてしまった。


 聞いたこともない曲のはずなのに……なぜだろう。

 胸の奥が締め付けられるような、どうしようもなく懐かしい気持ちになる。


 やがて、演奏が終わる。


 我に返った俺は、思わず席を立っていた。

 彼女の足元に置かれた、チップを入れるための小さな革袋に、銀貨を一枚、そっと投げ入れる。


「……いい音色だった。なんていう曲だ?」


 俺が尋ねると、吟遊詩人の女は俺の顔をまっすぐに見つめ返してきた。


「ありがとうございます。これは、私の生まれ育った故郷に伝わる古い歌です。ここで会えたのも、何かの縁ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」


「あぁ、ダンスタンだ」


「私はルーミと申します」


「このあたりでは聞かない名前だな」


「旅人ですから」と微笑む。「お食事の間も楽しんでいってください」


 そして、彼女は再び曲を奏で始めた。


 俺達一家は、ギュンターのつくってくれた料理を食べながら、その曲を聴いていた。

 普段はおしゃべりばっかりになる食卓だが、彼女の演奏に、思わず聞き入ってしまう。


 紡がれる音色は、どこまでも美しく、澄み渡っていた。

 俺は、その音色に、なぜか胸の奥が締め付けられるような、懐かしいような、不思議な感覚を覚えていた。


 家族みんなが、その美しい音楽を楽しんでいたが、その中で一人だけ、様子が違う者がいた。

 ミーシャだ。


 彼女はルーミを、キラキラした瞳で見つめている。

 ミーシャの猫耳は、音の一粒一粒を逃すまいとするかのように、ぴんと立てられていた。

 その横顔は、俺が今まで一度も見たことのない、真剣な、そして心を完全に奪われてしまった者の顔だった。


◇◇◇


 店を出て、俺たちの、あの懐かしいボロ家へと帰った後。

 俺は一人で月を見ながら晩酌をしていた。

 すると、家の裏手の方から、かすかな音が聞こえてくるのに気づいた。


 ト、ト、ト……。

 トン、トト……。


 それに混じって、透き通るようなハミングが聞こえる。


 なんだ?

 こんな夜更けに。


 俺は音を立てずに、そっと裏口の扉を開けた。

 月明かりの下、裏庭の切り株に、小さな影がちょこんと座っている。

 ミーシャだった。


 彼女は、拾ってきた木の枝を、切り株の平らな面に打ち付けながら、昼間に聴いた楽曲のリズムとメロディを、一音の間違いもなく、完璧に再現していたのだ。


 嘘だろ……。


 神がかり的な「聴覚」と「リズム感」。

 俺は、その瞬間、確信した。

 この娘の中には、まだ誰も気づいていない、とんでもない「才能」が眠っている、と。


 一度聴いただけで、どんな複雑なメロディも、リズムも、完璧に記憶し、再現する。

 それは、もはや才能というより、天賦の、神から与えられたギフトそのものじゃねえか。


 俺が、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていると。


 俺の気配に気づいたのだろう。

 ミーシャの肩が、びくりと大きく跳ねた。


「ひゃっ!? パ、パパ! い、いつからそこにいたにゃ……!」


 彼女は慌てて木の枝を背中に隠し、顔を真っ赤にしている。

 その姿が、どうしようもなく愛おしい。


「……すごいじゃないか、ミーシャ」


 俺は、驚きと、それ以上の喜びを込めて、言った。


「全部、覚えてるのか? あの曲」


「う、うん……。なんだか、勝手に……。頭の中で、ずっと鳴ってるにゃ……」


 もじもじと、恥ずかしそうに俯く娘。

 だが、その瞳は、昼間のレストランで見た時と同じように、キラキラと輝いていた。

 本当に、楽しかったんだろう。


「そっか」


 俺は、彼女の前にしゃがみ込むと、その小さな頭を、わしわしと少しだけ乱暴に撫でてやった。


「お前の歌、パパは好きだぜ。また、聞かせてくれよ」


「……うんっ!」


 ミーシャは、これまでで一番嬉しそうな笑顔で、力強く頷いた。


◇◇◇


 俺は、満足げに鼻歌を歌いながら家に戻っていく娘の背中を、静かに見送った。

 ミーシャの、あんなに楽しそうで、夢中になっている顔。

 俺は、胸の奥が、どうしようもなく温かくなるのを感じていた。


(……決めた)


 俺は、空に浮かぶ月を見上げ、一人、静かに決意する。


 明日、あのルーミとかいう吟遊詩人に、ミーシャのことを相談してみよう。

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