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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第75話 ただのおっさん

 翌朝、俺は誰よりも早く目を覚まし、例の土地へ向かっていた。


 昨日、俺たちの手で打ち立てられた一本の柱が立つ、広大な土地へと向かった。

 ひんやりとした朝の空気が、心地いい。


 さすがに俺ひとりじゃ家は建てられん。

 大工たちの力が必要だ。

 もちろん、プロの仕事をただで手伝わせるわけにはいかねえ。

 しっかりと日当を払う約束で、街で腕利きのゴードンさんと、その仲間の大工たちに声をかけていたんだ。


「よう、ダンスタンさん。ずいぶんと早いお着きだな」


 背後から声をかけられ、振り返る。

 街の大工の棟梁、ゴードンさんだった。


 その手には、年季の入ったノミと金槌が握られている。

 彼の後ろからは、ぞろぞろと、他の大工たちも姿を現した。

 その数、十数人。

 全員が、やる気に満ちた、いい顔をしていた。


「おはようさん、ダンスタンさん!」

「今日は一日、よろしく頼むぜ!」


 彼らの真っ直ぐな視線が、少しだけ気恥ずかしい。

 俺は照れ隠しにガシガシと頭を掻くと、懐から丸めていた設計図を取り出し、地面に広げた。


「おう、おはようさん。こちらこそ、よろしく頼む。専門家のお前さんたちを前に、素人が口出しするのもなんだが……まずは、この図面通りに墨出しから頼めるか?」


 俺の言葉に、ゴードンさんはニカッと笑って頷いた。


「おう、任せとけ! よし、野郎ども! 仕事の時間だ!」


◇◇◇


 作業は、驚くほど順調に進んだ。

 だが、昼を過ぎたあたりで、俺たちは最初の、そして最大の壁にぶち当たることになる。


「ダンスタンさん……こりゃ、まずいかもしれねえ」


 ゴードンさんが、渋い顔で俺に言った。


「家の骨組みに使う、巨大な柱や梁が、どうにも数が足りねえ。これだけの規模の家となると、森の奥深くまで入って、樹齢数百年クラスの大木を何本も切り出してこなきゃならん。……今の俺たちの人手と時間じゃ、正直、厳しいと言わざるを得ねえな」


 その言葉に、他の大工たちからも、重いため息が漏れた。

 無理もねえ。

 ちょっと、俺のつくった設計図が夢見すぎだった。


 現実的な路線に修正するか……。

 もう少しランクを落とした木ならなんとか……。


「あの……パパ」


 声の主は、俺たちのために昼食の用意をしてくれていた、ピヒラだった。

 彼女は、俺と、大工たちを交互に見つめると、少しだけはにかむように、だが、芯の通った声で言った。


「その木のことなら、私に、任せてもらえない?」


◇◇◇


 俺たちは、ピヒラに導かれるまま、ウィッカーデイルの森の奥深くへと足を踏み入れていた。

 一歩、また一歩と進むにつれて、空気が変わっていくのが分かる。

 ただ、生命の息吹だけが満ちる、神聖な静寂が訪れる。


「……ここなら、大丈夫」


 ピヒラは、陽光が木々の隙間から差し込む、小さな広場で足を止めた。

 そして、俺たちに「少し静かにしていてくださいね」とだけ言うと、ゆっくりと目を閉じ、すう、と深く息を吸い込む。


 次の瞬間。

 空気が、震えた。


 ピヒラの体が、淡い、柔らかな若葉色の光に包まれ始める。

 風が止み、鳥の声が止み。

 ただ、彼女の祈りのような声だけが、静かな森に響き渡った。


「お願い、みんな」


 それは、言葉というより、歌だった。

 森の木々に、土に、そして風に語りかける、生命そのものの歌。


「パパのお家を建てるのを、手伝ってほしいの。あなたのその、強くて、優しい体を、少しだけ、私たちに貸してはくれないかな」


 彼女の祈りに、森が応えた。


 ミシミシ……ゴゴゴゴゴ……ッ!


 地鳴りのような、凄まじい音が響き渡る。

 俺の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。


 樹齢数百年はあろうかという巨大な樫の木が、まるで意思を持った生き物のように、その根を大地からゆっくりと引き抜き始めたのだ。

 一本、また一本と。

 森の木々が、自らの意志で立ち上がり、ピヒラの前に、まるで敬礼するかのように、その巨体を静かに横たえていく。

 そして、その木が、みるみるうちに例の土地へと運ばれていく。

 森自身が蠢き、木を運んでいるのだ。


 それは荘厳で、神聖な奇跡だった。

 ……というか少しホラーかもしれない。


 俺は、ただ言葉を失い、目の前で起きている奇跡と、その中心に立つ、俺の誇らしい娘の姿を、呆然と見つめていた。


 さすが、エルフの姫だ。

 いや、さすが、俺の娘だ。


◇◇◇


「さて、と。最高の材料は揃った。ここから先は、俺たち人間の出番だ」


 俺は、シャツの袖をまくり上げると、運ばれてきたばかりの巨大な丸太の前に立った。

 手にするのは、ただ一本の、使い古された手斧だけ。


「おいおい、ダンスタンさん。いくらなんでも手斧一本じゃ無茶だ。まずは墨付けをして、みんなで大鋸おおがを使わねえと……」


 ゴードンさんが心配そうに声をかけてくるが、俺は笑ってそれを制した。


「いや、大丈夫だ。こいつが一番手に馴染んでるんでな」


 シュッ、と空気を切り裂く音。


 カンナも、ノミも使わない。

 ただ、手斧一本で、巨大な丸太の表面を滑らかに削り取っていく。

 長年、サバイバルで培ってきた、自然の理を読み解く知識と、ミリ単位の狂いも許さない身体能力。

 その全てが、今、この『家づくり』のために、完全に解放されていた。


 木材の繊維の流れを読み、最小限の力で、最大の効果を生み出す。

 あっという間に、巨大な丸太は、寸分の狂いもない、美しい角材へと姿を変えた。


「…………」


 プロである大工たちが、完全に言葉を失っていた。


「……ダンスタンさん、あんた、一体何者なんだ?」


 誰かが、呆然と呟く。


「いや、ただのおっさんだが」


「あんたがただのおっさんなら、我々はどうしようもないおっさんだぞ。謙遜するな。あんたは本当にすごいよ」


 いや、そこまで褒められると照れるなぁ……。


「ダンスタンさん、次はどの木材を加工すればいい!?」

「あんたの言う通りにやるのが一番早そうだ! 指示をくれ!」


 俺は照れくささを感じながらも、指示を飛ばしていく。


 俺が加工した木材を、大工たちが運び、組み上げていった。


 カン、カン、カン!

 希望に満ちた槌音が、ウィッカーデイルの空に、高らかに響き渡った。


◇◇◇


 夕暮れ時。

 太陽が西の空を茜色に染め上げる頃、それは、ついにその威容を現した。

 巨大な、俺たち家族の住む家の骨組み。

 俺が設計図に描いた通りの、完璧な姿だった。


 俺と、娘たち、そして街の仲間たち。

 みんなの協力で完成したんだ。


「……やったな、みんな」


 ゴードンさんが、感極まった様子で俺の肩を力強く叩いた。


「ああ。参ったよ、ダンスタンさん。今日の棟梁は、文句なしにあんただ」


 その言葉に、若い大工の一人が、悪戯っぽく笑いながら付け加える。


「いや、もう俺たちの『親方』でいいんじゃねえか?」


 その一言に、現場がどっと笑いに包まれた。


 俺は、照れくさくてたまらず、ただガシガシと頭を掻くことしかできない。


 そんな、温かい空気の中。

 ピヒラが、俺の隣に、とん、と立った。


「パパ、すごい」


「すごいのはお前だ」


「ううん。パパがいないと、私、こんなことできないから。本当に、パパのおかげだよ」


「俺も、お前がいないと、こんなことできないから」


「ふふふ」ピヒラは微笑んだ。「お互い様だね」


 ピヒラは、巨大な厨房スペースの骨組みを、愛おしそうに見つめていた。


「パパ」


「どうした?」


「私、この厨房で、いつか街の人たちのための、小さなお店を開いてみたいです」


「……おう。お前なら、きっとできるさ」


「本当にありがとう」ピヒラは言った。「私の素敵な旦那様」


 その、あまりにも不意打ちで、あまりにも破壊力のある呼び方。

 俺の心臓が、どきり、と大きく跳ねた。

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