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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第71話 魂の盟約

 ピヒラと抱き合っているエイリケを、黙って見ていた。


 これで良いんだ。

 本当の家族と一緒に暮らす。

 それが、ピヒラの幸せなんだ。


 さびしくなるけどな。


 俺は、腕に抱いたクータルを、ぎゅっと抱きしめた。

 もしかしたら、お前も、いつかは俺のもとから出ていくのかもしれないけれど。

 それまでは、一緒にいてくれよな。


 しばらくピヒラたちを見ていた。

 すると、エイリケが俺のほうへと歩いてきた。


「ダンスタン殿。相談がある。今後、どうすればいいのか、私には……」


「さあなぁ。俺は、ただのしがないおっさんだ。一つの種族の未来なんて、背負えるほど立派な人間じゃねえよ」


 俺はそう言って、空を見上げた。


 うーん、ひとまずマグナル公爵に相談してみないとな……。


◇◇◇


 数日後。

 俺は、王都にあるマグナル公爵の屋敷の、とんでもなく豪華な執務室にいた。

 隣には、エイリケが硬い表情で座っている。

 そして、巨大な執務机の向こう側で、鉄血公爵――マグナル・アイゼンベルクが、俺たちを射抜くような鋭い眼光で見据えていた。


 ……場違い感が、半端じゃねえ。


 なんで俺が、国家間の交渉みたいな場所に同席してんだよ。

 だが、エイリケが「貴殿がいてくれなければ、私は……」なんて言うもんだから、断れるわけもなかった。


「――まず、我が方の見解を述べさせていただく」


 重い沈黙を破ったのは、マグナル公爵だった。


「ミョルクヴィズの森は、地政学的に極めて重要な拠点。これを放置すれば、ヤンリケ皇国が介入する隙を与えることになる。故に、森は王国が管理下に置く。これは、国防を担う者として、譲れん一線だ」


「しかし、それでは我らエルフの同胞は納得しますまい」


 エイリケが、静かに、だが力強く反論する。


「我らは、何百年もの間、あの森と共に生きてきた。それを、人間の都合で奪われるなど……。再び、憎しみの火種を生むだけです」


 王国の国防という現実と、エルフの独立という理想。

 二人の指導者の言葉が、火花を散らす。

 息が詰まるような緊張感が、部屋を支配した。


 やがて、公爵はふぅ、と長い息を吐くと、一つの、驚くべき提案を口にした。


「……では、こうしよう。ミョルクヴィズの森を、公爵家が庇護する、エルフの『特別自治領』とする」


「……なんと?」


「エルフによる自治を認め、その文化と伝統を尊重する。だが、有事の際には、王国の防衛拠点として機能してもらう。……これならば、双方の顔が立つだろう。戦火に巻き込まれたくないということであれば、いざというときには、我が国の領地へ避難してもらう」


 それは、あまりにも現実的で、大胆な落としどころだった。

 この男、やはりただの頑固親父じゃねえ。

 エイリケも、その提案に、わずかに目を見開いている。


 だが、公爵の本当の狙いは、その先にあった。


◇◇◇


「ただし、だ」


 公爵の視線が、俺を、まっすぐに射抜いた。


「その同盟を、ただの紙切れで終わらせるつもりはない。血よりも濃い、決して揺らぐことのない『楔』が必要だ」


 彼は、そこで一度言葉を切ると、とんでもない爆弾を投下した。


「――その楔として、英雄ダンスタンを中心に、我が娘ソルヴァと、エイリケ殿の娘ピヒラが、『魂の盟約』を結ぶというのは、どうだろうか」


「…………は?」


 俺の口から、間抜けな声が漏れた。

 隣のエイリケも、完全に固まっている。


 魂の盟約……だと?


「仰っていることが理解できているのですか?」とエイリケは尋ねた。


「ああ。もちろんだとも。エルフにとっての『魂の盟約』とは、血縁や婚姻以上に強い、魂同士の絆を結ぶ誓いだ。ダンスタンを中心に、公爵家のソルヴァ、エルフという種族の姫であるピヒラが魂の盟約を結ぶ。それにより、実質的に我らは親族となるわけだ」


 俺を中心に、ソルヴァと、ピヒラが、魂で結びつく?

 それって、つまり……。

 ……結婚、みてえなもんじゃねえか!?


 俺の頭は、完全にショート寸前だった。

 だが、公爵はそんな俺の混乱などお構いなしに、静かに、だが重い言葉を続ける。


「これは、政略結婚などという、陳腐なものではない。ダンスタン殿、貴殿は、人間でありながらエルフの聖女を育て、種族の垣根を越えて、新しい『家族』の形を築き上げた。貴殿だからこそ、二つの種族を繋ぐ、唯一無二の楔となり得るのだ」


 その言葉に、ハッとした。

 そうだ。

 これは、恋愛とか、そういう個人的な感情の話じゃねえ。

 俺が、この手で築き上げてきた、あの温かい家族の形。


 それを、もっと大きな、国と、一つの種族を巻き込む規模で、もう一度、この手で創り上げろと、この男は言っているんだ。


 俺の脳裏に、娘たちの顔が浮かぶ。

 シグルーン、ソルヴァ、そして、ピヒラ。

 あいつらの笑顔が、未来が、この俺の双肩にかかっている。


「……分かりました」


 俺の声は、震えていなかった。


「俺が、その楔になる」


 とはいえ。


「……ピヒラとソルヴァが、それでいいなら、だが」


◇◇◇


 聖地『ヴェルザンディの泉』は、月光を浴びて、銀色に輝いていた。

 泉の水面が、鏡のように星々を映し出し、幻想的な光景を作り出している。


 その泉の中央に、俺は立っていた。

 右手には、シグルーン。

 左手には、ソルヴァと、そしてピヒラ。

 俺の大事な家族たちが、緊張した面持ちで、俺を見つめている。


 少し離れたところからミーシャとクータルが笑顔でこちらを見ている。


 泉のほとりでは、マグナル公爵とエイリケが、そして、呪いから解放された全てのエルフたちが、固唾をのんで、この歴史的な瞬間を見守っていた。


 エイリケが、厳かに儀式の開始を告げる。


 俺はまず、ソルヴァに向き直った。

 そのプラチナブロンドの髪が、月明かりに透けて美しい。


「ソルヴァ」


 俺は、懐から取り出した小さな銀の指輪を、彼女の左手の薬指に、そっと嵌めてやった。


「お前の兄貴の代わりに、なんて言うつもりはねえ。俺が、この先の人生、お前を必ず幸せにすると誓う」


「……はい」


 涙を浮かべながらも、ソルヴァは、これまでで一番美しい笑顔で頷いた。


 次に、俺はピヒラに向き直る。

 その翡翠色の瞳は、少しだけ寂しそうに、だが、確かな覚悟の色を宿して、俺を見つめ返してくる。


 俺は、もう一つの、蔦の模様が彫り込まれた腕輪を、彼女の華奢な腕に通してやった。


「ピヒラ。お前には、本当のパパとママがいる。だが、俺も、お前の『もう一人のパパ』でいさせてくれ。これは、お前と、お前の愛する森の同胞たちを、俺が命懸けで守り抜くと誓う、『守護者の腕輪』だ」


「……うんっ!」


 ピヒラは、声を上げて泣きながら、俺の胸に飛び込んできた。

 俺は、その小さな体を、力いっぱい抱きしめる。


 その光景を見届けたエイリケが、天にまで届くかのような、高らかな声で宣言した。


「――聞け、同胞たちよ! そして、この地に集いし全ての人々よ!」


 彼の声が、静まり返った聖地に響き渡る。


「英雄ダンスタンは、我が娘ピヒラの、そして、この森に生きる全ての同胞の、永遠の『守護者』にして『義父ちち』である! 今日この日、我らエルフと人間は、血よりも濃い魂の盟約を結び、新しい歴史を歩み始めるのだ!」


 うおおおおおっ! と。

 エルフたちの、地鳴りのような歓声が、森を揺るがした。

 人間とエルフが、肩を抱き合い、新しい時代の幕開けを、共に祝福している。


 とんでもなく重いもんを背負っちまったもんだ。

 だが、不思議と、心は晴れやかだった。

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