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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第70話 くーのそばにいないと、あぶないんだから……

 意識が、ゆっくりと浮上する。

 鼻腔をくすぐるのは、埃と、湿った苔の匂い。

 肌を撫でるのは、ひんやりとした石牢の空気。


 現実だ。

 俺は、ミョルクヴィズの砦の地下牢で、意識を取り戻したらしい。


 目の前には、一人の男が力なく床に座り込んでいる。

 ホーコンだ。

 その瞳には、もう何の光も宿っていない。

 完全に、心が壊れちまったらしい。


(……さて、どうやってここから抜け出すか)


 俺は、壁に繋がれた古びた鎖を睨みつけた。

 力任せに引きちぎろうと力を込める。

 だが、呪詛が込められているのか、びくともしねえ。


 そのときだった。


 ドォンッ!


 遠くから、地を揺るがすような轟音と、剣戟の音が響いてきた。

 それは、俺が聞き慣れた、シグルーンの剣の音。

 ソルヴァの魔力。


(……来たか、あいつら!)


 俺の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

 俺は、世界で一番頼もしい希望の音を聞いていた。


◇◇◇


 ドゴォォン!!


 地下牢の壁が、外からの凄まじい衝撃で吹き飛んだ。

 砂塵が晴れ、月明かりを背に現れたのは、抜き身の剣を構えた、亜麻色の髪の女剣士。


「迎えに来たぞ、ダンスタン!」


 シグルーンのどうしようもなく頼もしい一言。

 彼女に鎖を断ち切られ、地上へと駆け上がった俺が目にしたのは、砦の中庭で繰り広げられる、壮絶な総力戦だった。


 ソルヴァが、広範囲に展開した氷結魔法で、敵の足止めをしている。


 『竜の牙』が、その隙を突いて、数の利を活かしヘフンドたちを打ち倒していく。

 来てくれていたとは……。


 そして。

 壁を駆け、天井を走り、猫のような俊敏さで敵の指揮系統を引っ掻き回しているのは、我が家のチーフ・ガーディアン、ミーシャ。

 その後方で、負傷した味方に、ピヒラが次々と治癒魔法をかけていく。


◇◇◇


 だが、敵の数はあまりに多い。

 呪いで強化された『ヘフンド』たちの猛攻に、徐々に、仲間たちが追い詰められていく。

 シグルーンが、敵の隊長格の一撃を受け、大きく吹き飛ばされた。


「シグルーン!」


 俺が叫ぶ。


 絶体絶命。

 誰もが、そう思った瞬間だった。


 砦の上空が、突如として、温かい銀色の光に包まれた。

 戦場にいた全ての者が、武器を構えたまま、呆然と空を見上げる。


 光の中心から、ゆっくりと舞い降りてくる、小さな少女。

 その背中には、光でできた翼が生えている。

 クータル。


 彼女は、目の前の地獄絵図を、ただ悲しそうな瞳で見つめると、ぽつりと、呟いた。


「みんな、もう、やめるの!」


 そして、その両手を広げる。


 彼女の体から放たれたのは、戦場にいる全ての者の心に直接語りかけるような、温かく、そしてどこか懐かしい、生命そのもののような『浄化の光』だった。


 その光を浴びた『ヘフンド』たちの目から、憎悪の光が消える。

 彼らの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 武器が、カラン、と力なく地面に落ちる音が、あちこちから聞こえてきた。


◇◇◇


 戦いは、終わった。

 浄化の光によって、森は本来の静けさを取り戻していた。


 力を使い果たしたのだろう。

 クータルが、ふわふわと俺のもとへゆっくりと飛んでくる。

 俺は駆け寄り、その体を強く抱きしめた。

 そうすると、クータルから生えていた羽が、粒子となって消えていく。


「……ありがとうな、クータル。お前が、あの石ころのお守りで俺を呼んでくれなかったら、パパは、まだあの夢の世界から抜け出せなかったかもしれない」


 俺の言葉に、クータルはこくんと頷いたのが分かった。

 そして、安心しきったように、小さな声で呟く。


「うん……ぱぱ、くーのそばにいないと、あぶないんだから……」


 それを最後に、彼女はすーすーと穏やかな寝息を立て始めた。


 俺が娘を抱きしめていると、呪いから解放されたエルフたちの中から、一人の男が静かに進み出てきた。

 リーダー格だろう。

 彼は、俺たちの前に立つと、深々と頭を下げた。


「我々は、間違っていた。憎しみに心を喰われ、同胞を、そして森を傷つけた。この罪は、どう償えばいいのか……」


 その問いに答える前に、俺はやるべきことを片付ける。

 俺は『竜の牙』の連中に、心の壊れたまま転がっているホーコンを指さした。


「そいつを捕縛しろ。こいつが、全ての元凶だ」


 俺の指示を受け、『竜の牙』の連中が、手際よくホーコンを拘束していく。

 ホーコンは黙ったままで、抵抗をしなかった。


 その時だった。


 「パパ……ママ……!」というか細い声が聞こえた。


 ピヒラが両親の元へと駆け寄っていく。

 三人は、言葉もなく、ただ涙を流しながら、強く、強く抱きしめ合っていた。

 血の繋がった、本当の家族の再会。


 その光景を、俺は、ただ黙って見つめていた。

 胸の奥が、ちくりと痛む。

 寂しいような、でも、どうしようもなく嬉しいような、不思議な気持ちだった。


 良かったな。

 ピヒラ。

 幸せに暮らせよ。


 ……さびしくなるけどな。

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