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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第68話 こんなところで奇遇だな

「―――クータルッ!」


 忘れていたはずの名前。

 忘れるはずのなかった、俺の宝物の名前。

 ぽろり、と。

 自分でも気づかないうちに、頬を熱いものが伝っていく。


 目の前の、生まれたばかりの小さな銀色の竜。

 そのルビーみたいな瞳が、俺の叫びに答えるように、きらりと輝いた。


「ぱぱー!」


 辿々しく、しかし、確かな喜びの色を乗せて。

 小さな竜は、短い足で一生懸命に地面を蹴り、俺の胸へと飛び込んできた。


 ずしりとした、温かい重み。

 ごつごつした鱗の感触の下に、確かに、娘の体温を感じる。


「ああ……ああ……! クータル……! 会いたかった……!」


 俺は、その小さな体を、壊れ物を扱うように、だが力いっぱい抱きしめた。

 そうだ。

 これだ。

 俺が、この完璧な偽物の世界で、ずっと探し求めていた、たった一つの温もり。


 俺が、娘との再会の奇跡を噛み締めた、まさにその瞬間だった。


◇◇◇


 俺はクータルを頭に乗せ、森を進んでいた。


「なあ、クータル。どうしてお前が、この夢の中にいるんだ? どうやって、ここまで来た?」


 俺の問いかけに、クータルは空を飛んで、俺の胸ポケットを、短い前足でぽんぽんと叩いた。


「ぱぱにあげた、おまもりのいしだよ」


「お守りの石……?」


 言われて、俺はポケットに手を入れた。

 指先に触れる、硬くて、滑らかな感触。

 そうだ。『鋼鉄のグリフォン』との戦いの前、クータルが俺に握らせてくれた、あの竜の紋様が描かれた小石だ。


「あの石が、クーをここに呼んでくれたの!」


 クータルは、にぱっと屈託なく笑う。


「……そうか。ありがとうな、クータル。お前がいてくれて、パパは心強いよ」


 俺は娘の頭を優しく撫でる。

 よし、と覚悟を決めた。


「この世界の出口を探すぞ。ホーコンとかいう野郎の、隠れ家を見つけ出すんだ」


「うん!」


 クータルは力強く頷くと、俺の腕からぴょんと飛び降りた。

 そして、静まり返った森の中を、くんくんと鼻を鳴らしながら歩き始める。


「なあ、クータル。何か分かるのか?」


 ふと、気づけば森が消える。

 まるで夢を見ているみたいに。

 いや、ここは実際に夢の世界なのか……。


 やがて、クータルの足は、見覚えのある一軒の建物の前でぴたりと止まった。

 古びた石造りの、小さな孤児院。

 俺の原点だ。


「ぱぱ、あっち」


 クータルが、短い前足で示した先。

 孤児院の裏庭。

 俺たちがよく隠れて遊んだ、大きな樫の木の根元に、一人の小さな女の子が座り込んでいた。

 亜麻色の髪を揺らし、俯いているせいで顔は見えない。

 だが、その小さな背中には、どうしようもなく見覚えがあった。


 俺が近づくと、少女はゆっくりと顔を上げた。

 大きな瞳。

 いつも俺の後ろに隠れて、べそをかいていた、泣き虫の……。


「……しーちゃん?」


 俺の口から、懐かしい名前がこぼれ落ちた。

 少女は、俺の顔をじっと見つめると、ふっと、悪戯っぽく笑った。

 その笑い方は、泣き虫だったあいつとは、少しだけ違う。

 もっと、芯の通った、怜悧な光を宿している。


「やっと来たか、この朴念仁」


◇◇◇


「……は?」


 呆気に取られる俺をよそに、少女――しーちゃんの姿をした『何か』は、やれやれと肩をすくめてみせた。

 その仕草は、どう見たってガキのものじゃない。

 俺がよく知る、誰かさんのものだ。


「な、なんで……しーちゃんが、ここに……。いや、それより、その口調は……」


「説明は後だ。時間がない」


 彼女は木の根元から立ち上がると、俺の隣にちょこんと立った。

 その時、俺の足元にいたクータルが、くんくん、としーちゃんの匂いを嗅ぐと、ぱあっと顔を輝かせた。


「ぱぱ! しぐるーんのにおいがするよ!」


 『しーちゃん』。

 そして、俺が知る、あの怜悧な女。

 まさか。そんな馬鹿な。


「その子の言う通りだ。私は、現実世界にいる『シグルーン』が、お前がクータルに贈ったお守りを介して送り込んだ、魂の化身みたいなものだと思え」


 シグルーンは言葉をつづけた。


「お前がホーコンに捕らわれたと知ってな。クータルが、お守りがあるから一緒に祈れと言うので祈ってみたら、ここに来られたよ。まあ、都合よく昔の姿になったのは、この世界がお前の記憶でできているせいだろう」


 淡々と語られる、信じられない事実。

 俺の頭は、もう完全にショート寸前だった。


 しーちゃんが、シグルーン……?

 じゃあ、俺がガキの頃、いつも一緒にいた、泣き虫で、ドジで、だけど誰よりも優しかった、あの『しーちゃん』は。

 ウィッカーデイルのギルドで再会した、あの氷みたいに冷たくて、だけど本当は誰よりも情に厚い、ギルド支部長の……。


「……ああ、そうだ。私が、お前の言う『しーちゃん』だ」


 シグルーンは、観念したように、だが、どこか照れくさそうに、そう告白した。


「王都の魔法学園を卒業した後、色々あってな。ギルド職員として、辺境のウィッカーデイルに赴任してきたんだ。そこで、お前と再会した。だが……お前は、私のことなんて、すっかり忘れているようだったからな」


 ふいっとそっぽを向く横顔。

 その、素直じゃない態度。

 ああ、間違いない。こいつは、シグルーンだ。


 長年の、そして最大の謎が、今、この偽物の世界で、解けた。

 驚きと、どうしようもない愛おしさと。

 そして、今まで気づかなかった自分への猛烈な腹立たしさが、ごちゃ混ぜになって、俺の胸に込み上げてきた。


「……馬鹿野郎」


 俺の口から、かろうじて絞り出されたのは、そんな一言だけだった。


「なんで、今まで黙ってたんだよ……!」


「……お前が、朴念仁だからだ」


◇◇◇


「感傷に浸っている場合じゃないぞ。ホーコンを見つけ出し、この術を破るのが先決だ」


 シグルーンは、ぱん、と頬を叩いて気合を入れると、いつもの、頼れる指揮官の顔に戻っていた。

 ……少女だけどな。


「さて、どうやって見つけるか、だな」シグルーンは、子供の姿には不釣り合いな、険しい顔で腕を組む。「この世界は、お前の記憶そのものだ。広すぎる」


「いや、範囲は限定されているかもしれない」


 俺は、自分の頭を指さした。


「この世界は、俺の記憶でできている。それは間違いない。だが、ホーコンの奴は、俺の記憶を『材料』にしているだけだ」


 俺の言葉に、シグルーンの目が見開かれた。

 俺が言わんとすることの核心に気づいたのだろう。


「なるほどな。灯台下暗し、というわけか。奴は、お前の記憶を再構成してこの世界を作った。だが、術者自身の隠れ家、心の『聖域』だけは、お前の記憶からは作り出せん。だから、この世界に、後から無理やり『増築』したはずだ。……つまり」


「ああ」俺は、シグルーンの言葉を引き継ぐ。「この、俺の記憶でできたハリボテの世界に、たった一つだけ存在する、本物の『魂』が込められた場所。世界の法則から外れた『異物』を見つけ出せばいい」


「そういうことだな」


 さすが、話が早い。


 さて、そうと決まれば話は早い。

 これより、斥候ダンスタンの、独壇場だ。


 俺は目を閉じ、意識を集中させる。


 だが、脳内にウィッカーデイルの地図を描き出すのではない。そんな単純な探し方では、術者の巧妙な偽装は見破れない。

 俺は、この世界の『空気』そのものに、神経を研ぎ澄ませた。


 俺の記憶から作られた場所は、全てが懐かしく、馴染み深い。

 だが、同時に、どこか薄っぺらで、魂が抜けたような空虚な感覚がする。


 俺が探すべきは、その逆だ。

 俺にとって『見覚えがない』にもかかわらず、強烈な『誰かの魂』を感じる場所。

 この偽りの世界で、唯一、異質な『手触り』を持つ場所を探すんだ。


 そして、目を開く。


 俺は、シグルーンとクータルを伴い、懐かしい街を歩いていく。

 パン屋の看板の文字が、一文字だけ違う。

 孤児院の窓の数が、一つだけ多い。

 だが、こんなものは、ただの間違いだ。

 俺が探している、根源的な矛盾じゃない。


 やがて、俺の足は、街外れの、見慣れた丘の上でぴたりと止まった。

 ここだ。


 この丘から見下ろす街並みは、俺が一番好きな景色だった。

 そして、この世界の『空気』を、最も広く感じられる場所でもある。


 俺は、丘の上に立ち、ゆっくりと、三百六度、視界を巡らせた。

 風車の位置、川の流れ、遠くに見える森の稜線。

 全てが、俺の記憶と完全に一致している。


 ―――いや。


 一つだけ、あった。

 俺の記憶の地図には、決して存在するはずのないものが。

 俺の魂が、ここにはないはずだと叫んでいるものが。


「……見つけたぜ」


 俺は、丘の麓へと続く、一本の細い、見覚えのない小道を指さした。

 他の道が、使い古された土の道なのに対して、その小道だけが、真新しい、白い砂利で舗装されている。

 まるで、この世界に、後から無理やり描き加えられたかのように。


「ぱぱ、あの道から、かなしくて、あったかいにおいがするよ」


 俺の足元で、クータルが確信に満ちた声で言った。

 やはり、間違いねえ。


◇◇◇


 俺たちは、その異質な小道を、慎重に下っていく。

 一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのが分かった。

 クータルの言った通りだ。

 どうしようもなく、切なくて、温かい、誰かの思い出の匂いがする。


 霧が、ゆっくりと晴れていく。

 俺たちの目の前に現れたのは、小さな、一軒の家だった。

 庭には、色とりどりの花が咲き乱れている。

 ブランコが、静かに揺れていた。


 懐かしい。

 俺は、この家を知らないはずなのに。

 なぜか、心の奥底が、締め付けられるように痛んだ。


 家の扉が、ぎぃ、と音を立てて、ひとりでに開く。

 俺たちが、その中に足を踏み入れた、瞬間だった。


「―――何者だ」


 静かで、冷たい、怒りに満ちた声が、家の奥から響き渡った。


「私の、聖域に、土足で踏み入る不敬な輩は……」


「ホーコン先生」俺は言ってやった。「こんなところで奇遇だな」

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