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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第67話 おっさん、卵と出会う。

 王宮のシャンデリアが、きらきらと眩しい光を振りまいている。

 国王陛下から直々に賜った勲章が、胸元でやけに重く感じられた。

 周囲からは、俺たち『太陽の槍』を称賛する声と、祝福の拍手が、波のように押し寄せてくる。


「ダンスタン様、万歳!」

「王国の英雄だ!」


 祝福の声に混じって、ふと、聞こえるはずのない声が、俺の鼓膜を揺らした。


(――ぱぱー!)


 幼い、女の子の声。

 俺は、はっとして周囲を見回す。だが、そこにいるのは熱狂する大人たちばかりだ。気のせいか……。


 隣では、リーダーだったオーウェンが、貴族の令嬢たちに囲まれて豪快に笑っている。

 ウーナは魔法で光を飛ばし、子どもたちを喜ばせている。

 そういえば、ウーナは昔、旅が終わったら学校の先生になりたいと言っていたか……。


 胸の奥が、ずきりと痛む。

 なんだ?

 この、説明のつかない喪失感は。


 全てが満たされているはずなのに。

 心の中心に、ぽっかりと風穴が開いているような、そんな感覚。


 最近、どうしようもなく、泣きたくなる時があるんだ。


「どうした、ダンスタン? 腹でも痛いのか?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるオーウェン。

 その、あまりにも優しい親友の顔を見ていると、なぜだろう。

 嬉しいはずなのに、目の奥がツンと熱くなって、視界が滲んでくる。


「……いや、なんでもねえよ」


 幸せだ。

 そう、俺は、幸せなはずだ。


 俺は、込み上げてくる熱いものを誤魔化すように、ガシガシと頭を掻いた。

 おかしい。

 何かが、おかしいんだ。

 この完璧すぎる世界で、俺は、何かとてつもなく大事なものを、忘れてしまっているような気がしてならなかった。


 ある休日だった。

 仲間たちからの誘いを断り、俺は一人、宿舎の自室で窓の外をぼんやりと眺めていた。

 虚しい。

 何をしていても、心の穴が埋まらない。


 無意識に、ズボンのポケットに手を入れた。

 指先に、硬くて、滑らかな感触が触れる。


「……ん?」


 取り出してみると、それは手のひらにしっくりと収まる、卵の形をした乳白色の小石だった。

 いつから入っていた?

 見覚えがない。だが、その石を握りしめると、不思議と、胸の奥がじんわりと温かくなるような気がした。まるで、誰かの体温が宿っているかのように。


 その、瞬間だった。

 俺の手の中の石が、ふわりと、淡い光を放ち始めた。

 それは、攻撃的な光じゃない。ただ、ひたすらに温かくて、優しい光。

 そして、その光が、俺を呼んでいる気がした。

 南へ。

 行かなければならない、と。


 俺は、まるで何かに憑かれたように、部屋を飛び出していた。

 王都の門を抜け、ただ、手の中の石が放つ微かな光だけを頼りに、南へと続く道をひた走る。


 やがて、俺は森の奥深くへと、一人で足を踏み入れていく。


 鳥の声も、虫の音も遠のき、支配するのは深い静寂。

 木々の隙間から差し込む光が、まるで舞台のスポットライトのように地面を照らしている。

 この光景に、なぜか見覚えがあった。

 強烈なデジャヴが、俺の全身を駆け巡る。


 ……そうだ。

 俺は、この場所を知っている。

 忘れるはずがない。


 足取りが早くなる。

 いや、もう、歩いていられない。

 俺は駆け出していた。


 やがて、開けた場所に出た。

 森の中にぽっかりと空いた、小さな広場。

 そこは、苔の絨毯に覆われ、神聖さすら感じさせる空気に満ちていた。


 そして、広場の中央に。

 ぽつんと、それが鎮座していた。


「……は?」


 思わず、間抜けな声が漏れる。


 卵だ。


 明らかに、卵だった。


 俺の背丈ほどもある、巨大な卵。

 表面は磨き上げられた白磁のように滑らかで、銀色の蔦のような紋様が、まるで呼吸しているかのように、ゆっくりと明滅を繰り返している。


 ああ、そうだ。

 思い出した。

 俺は、ここで……。


 どうしようもない懐かしさと、魂が揺さぶられるような愛おしさが、俺の胸に込み上げてくる。

 俺は、まるで夢遊病者のように、その卵へと吸い寄せられていった。


 美しい。


 ただ、そう思った。

 まるで世界から切り離された、完璧な芸術品だ。


 ……触っても、いいのか?


 恐る恐る、俺は手を伸ばす。

 剣のタコと切り傷だらけの指先。

 こんな手で触れるのが躊躇われるほどに、卵は清らかに見えた。


 指先が、その滑らかな表面に触れる。

 石のように冷たいだろう、という予想は、完全に裏切られた。


(温かい……)


 確かな温もりが、そこにはあった。

 岩や木とは違う、生命だけが持つ、じんわりとした熱。


 そして、


 トクン。


 トクン。


 微かだが、確かな鼓動が、指先から伝わってくる。

 中で何かが生きている。


 その鼓動に触れた瞬間、俺の脳裏に、忘れていたはずの、本当の記憶の扉が、軋みながら開かれた。


 ―――そうだ。俺は、ここで、あの子と……。


 ピシッ。


 俺が触れた場所から、一本の、確かな亀裂が入った。

 まずい、と思った瞬間にはもう遅い。

 亀裂はまるで生き物みたいに、目の前でパキパキと割れていく。


 ピキキッ、パキィン!


 亀裂の隙間から、信じられないほど眩しい光が漏れ出してきた。

 広場が昼間みたいに明るくなる。


 パリンッ!


 甲高い音と一緒に、卵の殻が砕け散った。

 光の奔流が広場を飲み込んで、俺は思わず腕で顔を覆う。


 どれくらいの時間が経ったのか。

 光がゆっくりと収まっていく気配がして、俺は恐る恐る腕の隙間から、光の中心を覗き見た。


 そこにいたのは。


 猫ほどの大きさの、一頭の小さな竜だった。


 全身は、生まれたてだというのに、月光を浴びた真珠のように輝く、銀色の鱗に覆われている。

 背中には、まだ飛べそうにもない、小さな翼。

 そして、ゆっくりと開かれたその瞳は、まるで磨き抜かれたルビーのような、深い赤色をしていた。


 小さな竜は、きょとんとした顔で、じっと俺のことを見つめている。

 やがて、ふるふると小さく首を傾げ、短い尻尾をぱたぱたと揺らした。

 そして、その小さな顎が、ゆっくりと動いた。


「……ぱぱ?」


 辿々しく、しかし、はっきりと。

 その一言は、俺の魂を撃ち抜いた。


 ああ、そうだ。

 思い出した。

 俺が忘れてはいけなかった、宝物の名前。


 ぽろり、と。

 俺の瞳から、熱い涙がこぼれ落ちた。


「―――クータルッ!」

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