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仲間を全員失った元英雄のおっさん(42)、辺境で子育てを始めたら娘たちが最強すぎてスローライフが崩壊する件  作者: 河東むく


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第66話 両親と幸せに暮らせよ

 松明の頼りない光が、牢の中をぼんやりと照らし出した。


「ピヒラが、あんたたちに会いたがっていた。だから、迎えに来たんだ」


 俺はそれだけ言うと、奪った鍵束の中から、牢に合うものを手早く探し出す。

 ガチャリ、と重い金属音を立てて、牢の扉が開いた。


 リアムが真っ先に駆け寄り、感極まった様子で二人の鎖を解いていく。


 まだだ。

 まだ、終わっちゃいねえ。

 ここはまだ、敵地のど真ん中だ。


「さあ、行くぞ」俺は、感傷に浸りそうな空気を断ち切るように言った。「話は、ここを抜け出してからだ」


 俺はリアムにピヒラの両親を託し、先導して地下牢からの脱出を開始した。

 ピヒラが示してくれた、完璧な地図。

 それがある限り、俺たちは誰にも見つかることなく、この砦から抜け出せるはずだった。


 ―――その、はずだった。


 俺たちが地下牢から地上へと続く、最後の階段を上りきった、まさにその瞬間だった。


 ウウウウウウウウウッ!


 砦中に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 それは、侵入者の存在を告げる、絶望の音色。


「なっ……!?」


 ガヤガヤガヤッ!


 遠くから、複数の足音と、怒声が急速に近づいてくる。

 松明の光が、通路の向こう側を、いくつも、いくつも照らし出していく。

 完全に、包囲されていた。


 ちっ、と内心で舌打ちする。

 ピヒラの予知が外れたんじゃない。


 相手が、俺たちの動きを読んでいたんだ。

 この砦には、俺と同等、あるいはそれ以上の腕利きがいる。

 俺たちの潜入は、最初から筒抜けだったと考えるべきだ。


◇◇◇


「くそっ、ここまでか……!」


 リアムが、悔しそうに歯噛みする。

 ピヒラの両親は、衰弱しきっていて、まともに戦うことなどできやしない。

 このままでは、全員、袋の鼠だ。


 絶望的な状況。


 だが、俺の頭は、不思議なほど冷静だった。


 いつだって、俺はこういう土壇場で、活路を見出してきたもんだ。


 俺は、リアムの肩を、ぽん、と一度だけ力強く叩いた。


「リアム。ピヒラの両親を頼む」


「え……?」


「ここから先は、俺が一人で行く」


 俺の言葉に、リアムも、ピヒラの両親も、呆気に取られた顔で俺を見つめている。


「何を言っているんですか! 一人でなんて、無茶です!」


「無茶じゃねえ。これが、唯一、全員が助かる方法だ」


 俺は、ニヤリと不敵に笑って見せた。


「いいか、よく聞け。俺が、派手に暴れて、奴らの注意を全部こっちに引きつける。その隙に、お前たちは、ピヒラが示してくれた、もう一つの脱出経路から、砦を抜け出すんだ」


 そうだ。

 ピヒラの地図には、万が一のための、予備の脱出ルートも記されていた。

 俺が陽動を仕掛ければ、そちらの警戒は手薄になるはずだ。


「ですが、それではあなたが……!」


「心配すんな。俺は斥候だぜ? 逃げ足の速さだけは、誰にも負けねえよ。ひとりならなんとかなるが、お前たちが一緒にいると、はっきり言って足手まといだ」


 嘘だ。

 敵の大軍を一人で引きつけて、無傷で逃げ切れるほど、敵は甘くはないだろう。


 だが、今はこう言うしかなかった。


 俺は、有無を言わさぬ口調で、リアムに命令する。


「行け! これは命令だ! ピヒラの両親を、必ず、無事に俺たちの拠点まで連れて帰れ!」


 リアムは唇を噛み締め、何も言えずに、ただ、深く頷いた。


「必ず、生きて戻ってください」


「おう。約束だ」


 俺は、ピヒラの両親を見た。

 優しそうな二人だ。


 ピヒラ。

 両親と幸せに暮らせよ。


 クータル、ミーシャ、シグルーン、ソルヴァ……みんな、ごめんな。


 俺は敵が迫り来る通路へと、一人、駆け出していく。


 さあ、始めよう。


 斥候ダンスタンの、人生最後の、最大の大博打を。


 俺は、通路の角を曲がったところで、わざと大きな物音を立てた。


「こっちだ、間抜けども! お前らが探してる獲物は、ここにいるぞ!」


 その挑発的な声に、敵の足音が、一斉に俺の方へと向かってくるのが分かった。

 よし、食いついてきた。


 俺は、迷路のような砦の中を、あえて派手に、目立つように駆け抜けていく。

 松明を蹴り倒し、武器庫の扉を蹴破り、食料庫に火を放つ。

 砦中を、混乱と破壊の渦に叩き込んでやる。


「追え! 絶対に逃がすな!」


 背後から、怒号が追いかけてくる。


 上等だ。

 もっと、もっとだ。

 全て俺一人に集中しろ。


 リアム。

 頼んだぞ。

 行け。

 お前たちは、必ず生き延びろ。


◇◇◇


 どれくらいの時間、砦の中を駆け回っただろうか。

 リアムたちの気配が、完全に砦の外へと消えたのを、俺は肌で感じ取っていた。


 ――よし。


 俺の仕事は、終わった。


 俺は、砦の中庭へと続く、最後の扉を蹴破った。

 中庭には、既に百を超えるであろう『ヘフンド』の兵士たちが、俺を包囲するように待ち構えていた。


 その、物々しい包囲網の中心。


 一人の男が、静かに立っていた。

 月明かりに照らされた、冷たい笑みを浮かべた男。


「これはこれは、こんなところで奇遇ですね。ダンスタン顧問」


「……面白い冗談だな」


 俺は吐き捨てるように言った。


 目の前の男。

 間違いない。

 あの「人生をやり直せるとしたら、やり直したいですかな?」という変な質問をしてきた学園教師。

 確か……ホーコンとか言ったか。


 ……まあ、こいつが裏で糸を引いている黒幕と考えるのが妥当か。


「あなたの陽動作戦は実に見事でした。危機的状況における判断力、そして実行力。さすが、もとAランクパーティーの斥候だけある」


 俺の過去まで知ってやがるのか。

 やはり、ただの教師じゃねえ。


 俺は周囲を確認する。

 敵の数は……多すぎる。

 この場を打開する方法はないものか……。

 懐の煙玉で目くらましをして、一瞬の隙を作れれば……。


「無駄ですよ、ダンスタン顧問」


 ホーコンが、俺の思考を読んだかのように、にこりと笑った。


「物理的な抵抗は、もはや何の意味もなしません」


 彼が、指をぱちん、と鳴らす。

 その、あまりにも些細な動作。

 だが、次の瞬間、俺の体から、完全に力が抜けた。


「なっ……!?」


 体が、動かない。

 まるで、見えない鎖でがんじがらめにされたようだ。


 抗うことのできない、強烈な眠気が、脳を直接揺さぶってくる。

 瞼が、鉛のように重くなっていく。


「さあ、お眠りなさい」


 ホーコンの、穏やかな声が、まるで子守唄のように聞こえた。

 くそ……意識が……。


 薄れゆく視界の中、俺は必死に、残してきた者たちの顔を思い浮かべた。

 クータル。

 俺がいなくても、ぴーぴー泣くなよ。

 いや、少しくらいは泣いてほしいかな。


 不思議と後悔はなかった。


 俺の体が、がくりと膝から崩れ落ちる。

 完全に意識が闇に飲まれる、その寸前。

 耳元で、ホーコンの、悪魔のような囁きが聞こえた。


「後悔は、辛いものです。だから、私があなたの過去を『修正』してあげましょう。夢は、いつだってあなたの味方です。幸せな眠りをどうぞ」


 その言葉を最後に、俺の意識は、完全に途絶えた。

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